19.喜んで君と幸せに
sideレティシア
スヴェイン様に出会った次の日、はやる気持ちを胸に執務室へと向かう。
「おじい様、お話があります」
「ん? 珍しい。なんだ?」
祖母も一緒におり、近くでほほ笑んでいる。
「私、生涯を共にする方を見つけました。引いては婚約のために…」
「婚約!? まて、結婚など興味がないと言っていたのに、どういう風の吹き回しだ」
父や兄ではなく私に後を継がせようとしていた祖父。面倒なことに父と兄もまったく反対していない。
「一族を存続させるための婚姻」という重大な使命だと、祖父は婿養子候補を探してきたが、全て断ったわ。
「だから、見つけてしまったのです」
「……相手は?」
「辺境伯家のご次男、スヴェイン・クレシー様です。現在、第2王子の近衛隊長をなさっています」
「ほう、いいところに目を付けたな」
祖父の頭ではいろいろなことを計算しているに違いない。
「でも、婿にと言っても、頷かないと思いますわ。いくら大丈夫と言っても、嫡男であるお兄様に気を遣って。それに騎士伯をお持ちですもの。私が嫁入りをいたします」
「いたしますって…お前の父はああだし、兄のエドモンドが跡をついたら…いやだめだ、没落するぞ?」
一理ありますわね。
「そこは、お任せを。私の友に、大変しっかりとした令嬢がおります。稀有なことに、お兄様のような芸術タイプが好みだそうです。彼女ならば、子爵家を盛り立ててくれますわ。もちろん私とて協力は惜しみません」
「どちらの令嬢だ?」
「ヴァレンティー二伯爵家の三女、セリーナ様ですわ」
「これまた、いいところに目を付けたな。流石だ」
「と、いうことでおじい様。ご協力お願いいたしますわね」
祖父は目を細めて、興味深そうに私をじっと見つめる。
「スヴェイン・クレシー……確かに騎士としても名の知れた人物だが、簡単にその話が進むかはわからんぞ。何か計画でもあるのか?」
「はい。彼の信頼を得るために、まずは私が彼に関心を持たれるよう仕向けたいのです」
祖父は少し考え込み、眉をひそめながらも、楽しげな声で答える。
「ほう、興味深いな。しかし、関心か。お前の可憐さを見たら、どんな男でも関心を持つと思うが……」
祖父は深く椅子に腰を掛け、にっこりと笑みを浮かべる。
祖父に外堀を埋めることを頼み、すぐに計画を練り始める。
情報網を駆使して、スヴェイン様の行動を調査し、好きな場所や趣味、関心を探る。その情報をもとに、何度も会う機会を作り、偶然を装って彼に近づいていく計画を立てた。
ある日、偶然を装い茶会でのお礼を告げると、スヴェイン様は驚いた顔をしていたが、お茶会での私を覚えていてくれて、とても嬉しそうに返事をしてくれた。
数度の交流を経て、スヴェイン様は次第に心を開き始めているように見えた。何度も会うことで、相手への好意度や親近感が高まることは、やはり間違いないと実感する。私の話をいつも楽し気に聞いてくださる。
しかし、休日、お茶や観劇に誘われることもなく、贈り物をいただくこともない。近くにいた部下に請われ、私を紹介することもしばしば。思った以上に壁が高い。
それ故に、ますます執拗に策を練るが、上手くいかない…。
「策に溺れるなんて、レティもまだまだ子供ね。時には、決めた目標を向こう見ずに突き進むことも大事よ」
おばあ様…そうよね!
*****
「スヴェイン様、お願いがあります」
会ってそうそう切り出した私に、スヴェイン様は驚いた表情を向ける。
「レティシア嬢、どうされたのです?」
「唐突ですが、私の婚約者になっていただけませんか?」
その言葉に、スヴェイン様は驚きで目を見開く。
「……何を仰っているのです。私は武骨な騎士であり、若くて美しい令嬢とは釣り合いません」
「釣り合います! 私は、お会いした時から生涯を共にする方と決めているのです」
「……あ、会った時から?」
スヴェインの瞳が少し揺れ、疑いの色を浮かべながらも、自然と真剣に私を見つめる。
「はい。そうです。だからお願いします」
その言葉を後に、しばしの沈黙が訪れる。スヴェイン様の視線を正面から受け止めると、心臓が少し早鐘を打ち始める。言葉を待ち続ける間の静寂が、なんとも言えない。
スヴェイン様の声が、ぎこちなく響く。
「承知しました。…私のような者でよろしければ、お受けいたします。誠心誠意、令嬢をお守りする覚悟を持って、このお役目を務めさせていただきます」
固い……思っていたのと違うその返事に、少しだけ理解するのに時間がかかった。
でも、お受けいたしますって言ってくれたわ!
すると何やら考えているようだった、スヴェインが微笑を浮かべる。
「……違うな。レティシア・ロラン子爵令嬢。もう一度やり直させてくれ」
スヴェイン様は、ゆっくりとひざまずき、片膝を地面につく。肩のマントが風に揺れ、ますます凛々しさを際立たせる。
「…恋焦がれていたのは、俺も同じだ。君が望んでくれるのなら、私は喜んで君と幸せになることを選ぼう。婚約者、ひいては妻になってはくれないか?」
その瞬間、頬に熱が集まった。胸も熱くなる。彼の言葉が心にしみ込むように響いてくる。思わず微笑みがこぼれ、頬が一層赤く染まったのがわかる。
「はい!」
視線が重なり、互いの気持ちが通じ合う瞬間。その柔らかな空気が、幸せなひとときを運んできた。




