すれ違った君は、未来から来た僕だった。
「傘、持ってないの?」
土砂降りの駅前で、気づけば声をかけていた。
白いワンピースの女の子が、ベンチで空を見上げていたんだ。
「うん、忘れちゃった」
そう言って笑うその顔が、不思議と懐かしかった。
「じゃあ、入る? これ、使って」
「でも……あなたが濡れちゃうよ」
「平気。家すぐそこだし」
彼女は少し迷ってから、そっと僕の傘の中に入ってきた。
ふたりの肩が、ほんの少し触れた。
「この駅、昔と全然違うね」
「昔?」
「ううん、なんでもない」
彼女は笑ったけど、その笑顔の奥に少しだけ寂しさが見えた。
「ねぇ、君の名前は?」
「——桜」
春の名前。
でも、季節は秋の雨。
なんだかその瞬間、胸の奥が少し温かくなった。
駅前の喫茶店で雨宿りをした。
古びた時計が、ちょうど十五時を指して止まっている。
コーヒーを前に、桜は窓の外を見つめていた。
雨に濡れる街を、懐かしそうに。
「ねぇ」
「ん?」
「もし、やり直せるなら……君は、もう一度“今日”を生きたい?」
唐突すぎて、思わず笑ってしまった。
「どうしたの、いきなり」
「ううん。ただ、知りたくて」
「やり直せるなら……そりゃ、生き直したいかな」
「……そっか」
彼女は小さく頷いた。
まるで、“その答えを聞くためだけに”ここへ来たみたいに。
雨が上がる頃、彼女は立ち上がった。
「もう行かなきゃ」
「どこに?」
「——明日」
「え?」
言葉の意味を聞く間もなく、彼女は笑って言った。
「また会えるよ。きっと、ずっと前に」
意味がわからなかった。
でも、どこか懐かしいその笑顔を、僕はずっと忘れられなかった。
翌朝。
駅前のベンチに、小さなペンダントが落ちていた。
開くと、中には写真が一枚。
そこには——笑顔の僕と桜。
背景は昨日の喫茶店。
けれど、そんな写真を撮った覚えなんてない。
胸の奥がざわついた。
何か、見落としてる気がした。
夜になって、スマホのニュースが流れた。
「2035年、タイムスリップ実験成功。初の被験者“桜”行方不明」
——2035年?
被験者の名前、桜。
頭の中で、昨日の会話が一気に蘇る。
「昔と全然違うね」
「もう一度、今日を生きたい?」
「明日へ行く」
すべてが、線になって繋がった。
桜は——未来から来たんだ。
“今日をやり直して”って、伝えるために。
翌朝。
通勤途中、信号が赤に変わった瞬間。
僕のすぐ横を、トラックが猛スピードで通り抜けた。
一歩でも出ていたら、確実に——。
その時、耳の奥で声がした。
——「もう一度、今日を生きて」
心臓が大きく跳ねた。
助けてくれたんだ、桜が。
その夜、空を見上げた。
雲の切れ間から、一つだけ星が瞬いていた。
「ありがとう、桜」
風が頬を撫でた。
ほんの一瞬、あの笑顔が浮かんだ気がした。
——翌年、春。
駅前に小さなカフェができた。
名前は「Cafe SAKURA」。
扉を開けると、優しいベルの音が鳴った。
その音が、なぜか懐かしかった。
カウンターの奥から、風のように柔らかい声がした。
「——おかえり」
思わず笑ってしまった。
きっと、彼女はまだこの世界のどこかで、“今日”を見守っている。