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66話 親鳥の想い。


 ——オルト、ルカ。どうか、無茶はしないで。


「侍女達は避難民への対応を。騎士達は、市中の安全を確保しなさい」


 キエッリーニの後家、領主代行アウグスタ。

 その口調は事務的な、冷たいものであった。


「伝令! 霊獣、大海蛇(セルペンテ・マリーノ)顕現を確認。行政府は現在、防衛線を構築中です」


 執務室にて指揮を執る彼女へ、行政府よりの伝令が届いた。

 彼女の眉は跳ねる。だが、声は平坦に疑問を返していた。


「ご苦労様です。市中の混乱、その収容などはいかがでしょうか」


 視線は遠く、沖合を見ている。遠くには、罅割れた紫色の空があった。それは、異界の扉が見せるもの。


「遺憾ながら、十全とは言えません」


 地震は脅威だが、最も恐るべきは二次被害にある。

 倒壊、火災、混乱。天災が、人災を呼んだ。


「でしょうね」


 人命救助、火災の鎮圧、道路の復旧。

 こういった場合に、戦力となるのは民間有志による護衛団である。のだが、委託関係にある行政府に直接の指揮権はない。


「なにせ、手が回りませんので」


 あまり足並みが、揃わないでいた。

 緊急時における対応としては、あまり良くはない事である。

 だからこそ、アウグスタのキエッリーニが、間を取り持っていた。


「我が家からも騎士を出しております。協力し、被害を抑える様、お伝え下さい」


 そうやって、これまでは騙し騙しで乗り越えて来ていた。

 伝令は踵を返す。

 彼もまた、災害救助へ向かう事となるのだろう。窓からは、立ち昇る黒煙が見えた。


「奥方様。騎士達が火事場での物盗りを捕縛しておりますが、処遇はどうしましょう?」


 想定内である。煮炊きをするこの時間、火災がそれなりに起きている。

 災害に乗じて物盗りを企む者も、少なからずいた。


「拘束したまま、屋敷に収容しなさい」


 指示は簡潔なもの。出来の良い娘は、頭を下げる。

 なのに、アウグスタの視線は沖合へと向かってしまう。浜に、港へと意識が揺れていた。


「ただ、皆にも報復などさせぬ様、気を付けてね」


 それでも、釘を刺す事を忘れない。

 推定犯罪者の行政府への引き渡しも、すぐにとはいかないものだ。

 牢など持たないキエッリーニ邸では、それくらいの対処しか出来やしなかった。


「奥方様。避難民へ、お声掛けください」


 戻ってきていた侍女の一人に請われ、アウグスタは立ち上がる。婆やは扉の方へと向かった。


「ええ。……監査官殿、少々席を外させていただきますわ」


 微笑を浮かべ、客人達を見る。思ったよりも、彼等は大人しくしている。


「ま、好きにしな」


 応えたのは、柳のジーノ。返事は短いもので、監査官殿はまだ、どこか呆然としたままでいた。

 それで良い。余計な事をされるより、余程マシである。これ以上、心配の種はいらない。


「ときに、ジーノ殿? ご協力は、仰げますか?」

「雇い主、次第だな。今は雇われなんでね」


 安心とは言えないが、最低限の言質は取れた。

 アウグスタは頷いて、彼の横を抜ける。

 執務室に客人達を残し、彼女は庭へと向かった。



 

 赤子の泣き声が聞こえる。


「うるせぇ! ガキを黙らせやがれっ!」


 心ない罵声も。若い、青年だった。

 焦燥か、不安によるものか。あまり避難民の顔色は良くない。


 一月前には大禍に見舞われ、また続く経済不安や政情不穏。そこに、地震である。民心が、穏やかならぬのも無理はなかった。


「アンタこそ、うるさいねっ! 子供に当たり散らかしてんじゃないよっ! みっともない!」


 だが、怒鳴り返された声は明るい。


「ちょっと前までピーピー泣いてたガキが、一丁前面かい!? 海の男なら、でっかく構えてなっ!」


 そんな中でも普段と何一つ変わりなく、日常を営む者がいる。

 最初に怒鳴った若者も、言葉を失い黙り込む。


「だっせーな」

「うっせ」


 そんな彼を揶揄うのは、友人か。

 抑えきれぬ想いがありながら、喧騒の中で己を見失わないでいる、逞しい人達。


 粗野であっても、誇り高き海辺の住人達。

 そんな優しき民達の心を纏めあげ、何処へ向かうかを指し示すのも、領主代行の務めであった。


「皆、よくぞ無事でありました」


 だからこそ、アウグスタは歩きながら声を張る。

 背中に婆やを従えて。


「体調の悪い者や、怪我をした者があれば、屋敷へ入りなさい。応急手当てくらいなら、ほら……」


 彼女は先程怒鳴っていた青年の腕を取る。

 怪我をしていた。火傷だろう。そう重度のものではなくとも、痛みは心を苛んだ。


「こうして、出来ますからね。貴重な働き手には、この先も頑張って貰わねばなりません」


 青年の腕を取り、掲げて見せれば、若々しい肌が輝いた。

 火傷はもうない。簡単な治癒であった。

 得意でなくとも、軽い負傷であるならば、アウグスタでも癒せた。


 その手を離し、両手を拡げる。

 もう充分に、視線も意識も集められている。


「奥方様からの、お言葉ばい」


 訛りのキツイ婆やが告げれば、皆背筋を伸ばした。

 赤子をあやす若い母親も、ふざけていた青年達も。

 快活な女性達も、厳しい男性達も。


「さて。此度の大禍についてでありますが……」


 静かに頷く者に、顔色を変える者。

 その割合は、凡そ半々といった所であった。

 だが、誰も憶測を語らぬし、流言も飛ばさない。


 空の罅に、海の色。

 誰もが、単純な地震などではないと察していたにも関わらず、混乱はなかった。

 婆やが睨みを利かせているからだけでなく、情報は誰もが求めるものであるからだ。


「お察しの様に、霊獣大海蛇(セルペンテ・マリーノ)の顕現にございます。行政府は防衛軍を派遣しました。少なくとも本日夕刻まで、街は緊急避難体制となります」


 一瞬の、どよめき。


「おいおい、またかよ。勘弁してくれよ」

「まだ、保険下りてねーんだよな……」


 落ち着きこそ取り戻したが、前回の被害から立ち直りきった訳ではない。感慨は、尤もなものだった。


「ごほん」


 だがそれも、老婆の咳一つで治る。

 海を見る男性に、子供を抱き直す女性。仕草は様々なものの、気持ちに碇を降ろした様にも見えた。


「夕刻まで?」


 だが、当然の問いが返される。

 炎と毒を吐き、硬い鱗に覆われて、強靭な生命力を持つ大海蛇。

 のみならず、巨体により津波までをも引き起こす。


「ええ、遅くとも」


 種別としては中型に位置する霊獣であるが、時として山程の大きさまでにも育った。


「結構、長いねぇ。なんとか、ならないのですか?」


 今回の個体はまだ若く、そこまでの大きさではないにせよ、長時間の顕現ともなれば、被害は決して無視出来るものではない。


「残念ながら。州都へ向かったペントラ卿の帰還が、それくらいとなりますので」


 アウグスタは言葉に、力強く信頼を込めて言った。

 それまでは、持ち堪えるしかない。

 これまでも、そうして来ていた。


「なら、仕方ないか。あまり暴れないでいてくれると助かるんだけどさ」


 それを知る港の住民達は、再び海を見る。

 遠く沖合で、首をもたげる蛇身。

 大型輸送船よりも、巨体であった。


「それまでは、防衛隊の無事を信じましょう」


 あの大きさともなれば、銃や砲を用いても、決定打とはならない。

 化学兵器ならば通用するだろうが、海に棲む霊獣相手に使えはしないものである。

 海を汚し、街を蝕むのならば、それはもう、防衛とは呼ばなかった。


 腰を下ろす者、屋敷へと向かう者、会話に興じる者達。それぞれに、好きな事を始め出した避難民の姿。


「とーうちゃーく!」

「ここが、ルカ様とビーさんのハウスね」

「何を今更、何度も来てるじゃないの」


 そこへ、姦しい声が響いた。


「なんね、ガキども。親ばどぎゃんしたと?」


 婆やが素早く向かい、声を掛ける。

 子供だけの四人組。ルカの、同級生達だった。


 ——そういえば、ルカの初訓練。友達が観に来るって、張り切っていたわね。


 ルカからの交信を思い出すが、ただの冗談だろうと蓋をする。周りには、大人達がいる。オルトだっていて、あの子なら止めてくれると、母は考えていた。


「おっす、おっす。婆ちゃん」

「多分適当に避難してるから、心配はいらないよー」


 物怖じしない子達であった。あの婆やに纏わりつきながら、元気にはしゃいでいる。


「せからしかねぇ……」


 婆やは呆れ顔であるし、周囲の大人達も、クスクスと笑っていた。

 

「お世話になります。奥方様」

「おっす、おっす、奥方様」


 そんな事を言いながら、スカートの裾を摘み上げ、頭を下げる四人組。一人はあの赤い屋根の家、その娘さんであった。


「ええ、おっす、おっすよ。特に何もない所だけど、ゆっくりしていってね。お菓子くらいならあるから」


 婆やに着いて来ていれば、自然アウグスタの側まで来る事になる。彼女も視線を子供達に合わせ、挨拶を返した。


「さっすが、ルカママ。話がわかるぅ」

「ビーママでしょー。おかーちゃーんだよ」


 どうやらオルトはこの子達の中で、小熊のビーさんとして定着してしまっているらしい。

 浜の方へと視線が向かう。きっと、あの子は護衛団に混じり、防災に励むのだろう。


「はいはい。ママとでも、お母ちゃんとでも、好きに呼びなさいな。ルカは? 一緒じゃないのかしら?」


 ともあれ、元気なのは良い事だった。とはいえ、子供達だけでここまで来るとは思わない。

 いずれも、丘の上に住む娘達。

 あの一帯では火災もなかったし、恐らくはルカに連れられて来たのだろうと尋ねてみれば——。


「ルカ様? 一緒じゃないよ」

「避難してって、指示されたもん。かっこよかったです!」


 不思議そうな顔をされてしまう。

 責任感の強いあの子の事だ。ちゃんとした手続きの後に、護衛団を離れるつもりなのだろう。


「そうなの。貴女達も、怪我とかはないわね?」


 アウグスタは子供達の身体に触れて、確かめる。

 走ってきたのだろう。体温は高いが、どこかを悪くした様子もなかった。


「らくしょー! 元気いっぱいでっす!」

「そう。陽射しは強いし暑いから、良かったら屋敷でルカを待ってなさい」

 

 遠く沖合でまた一つ、津波が起こる。

 緊急避難で、一刻を争う時だ。まず、級友達を逃したのだろうと合理的に考える領主代行であった。

 子連れの女性達にも、屋敷へと入って貰っている。


「奥方様。平和な街に見えて、不埒者は存外に多いものなのですな」


 精悍な声。騎士が一人、戻って来ていた。両手に拘束した「不埒者達」を抱えている。片手ずつで、二名であった。


「ご苦労様。……見た事のない顔ね」

「まぁ、そういう事なのでしょう」


 街へ放った騎士達は、火事場泥棒などをこうして連れ帰って来ていた。そろそろ結構な数になる。

 そういった連中を納屋や物置きに入れて拘束しているのだが、庭にも溢れ出ていた。

 女の子達の視線は、その連中と騎士達の姿を行き来していた。


「騎士って、カッコいいよねー」

「イケメン多いし、女騎士になるのも良いよねー」


 諍いとならぬ様、数名の騎士達を残していた。その中には、女性もいる。


「無理無理、訓練とか戦闘とか、厳しいんだから」


 姦しい少女達による、微笑ましいやり取り。

 そこにまた一つ、津波が起こった。

 隆起する海を、アウグスタは目で追ってしまう。


「でもちょっと、憧れちゃうよね」


 嬉しそうな声に、意識はこの場に引き戻された。

 少女達は恐れでない、眩しげな視線を向けている。


 武とは本来、暴力そのものでしかない。

 だがこうして共に過ごしていられるならば、心強い味方であり、親しき隣人ともなった。


「ルカ様の方が、カッコいいもん! 『婦女を守りし、剣なれば(キリッ)』」


 ルカが人気者で、アウグスタも嬉しい。こういった子達に囲まれているのなら、殺伐としなくても済むだろうとも思えた。

 結構、あの子は危なっかしい子でもあるので。


「ビーさんだって、負けてないかんね。結構イケメンだし。熊だけど。『死なせねえ(ドヤァ)』」


 息子にはもう少し、あの人やアントニオの様な威厳が欲しかった。母親としての欲である。


「顔ば、緩んどるばい」


 嗄れた声は、聞こえない。聞いて、なるものか。アウグスタは少女達へと微笑みかけた。


「さ、行きましょうか」


 口喧しい婆やは無視をして、アウグスタは立ち上がる。子供達の友人を、屋敷へ迎え入れるために。


「そだね。二人がクネクネやっつけてくるのを、待ってよー!」

「津波、何回でぶっ殺すのかな?」


 あまりにも無邪気で、残酷な一言。


「は?」


 中腰のまま、アウグスタの動きが凍りついた。

 視線がゆっくりと、少女達から遥か沖合の海原へと移ってゆく。


「わかんないけど、きっと一撃必殺だよっ!」


 真昼の空は罅割れて、曙とも暁ともつかぬ、不気味な輝きを放っていた。大異界——海。


 ——何を言ってるの。霊獣なのよ。津波なのよ。


 沖合に、再びの津波が見えた。アウグスタの足元が揺れている。


「どったの、奥方様? ねっちゅーしょー?」


 何度も不規則に、津波の動きとは関わりもなく。

 すぐ側の声が、やけに遠く聞こえていた。


「まー、街の皆もいるし? 余裕だよね、私達の英雄二人ならさ」


 明るくて、不安など微塵も持たない声が。


 ——何を言ってるの? あの子達はまだ子供で、経験不足で、英雄なんかじゃ——。


「え?」


 母は、喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 声は、たった一つ漏れたもの。

 空が、晴れている。


「おおっ!」


 どよめきが、聴こえた。

 見えるのは——。


 抜ける様に蒼い空に、漂う白い雲。

 陽光に煌めき、静かに形を変える果てなき紺碧。

 海が、静かに凪いでいる。


「なん、で……」


 何が起こったのか、何が起こっているのか、領主代行には、わからない。ただ、息を喘がせる。

 ジリジリとした陽射しに、額から雫が落ちた。


 その瞬間、幾つもの慌ただしい足音。思わず、顔が上がった。


「市中の火災、食い止め申した」

「あからさまな連中は、こうして捕らえております」


 戻って来ていた騎士達がいる。煤に汚れ、手に縄を持ったアントニオの騎士達が。


「ご苦労様。海の様子はいかがです?」


 期待した顔ではなかった。だが、平静を装い問い返す。必要な事だ。良きにつけ、悪しきにつけ、状況の確認は必要なものだった。

 横へ振られた首。


「……いえ、すみません。息を入れておきなさい。貴方達にはまた、励んで貰わねばなりませんからね」


 アウグスタは労いの言葉を続ける。

 彼等に命じたのは市中の警護であり、その様子を見れば、そう余裕があったとも思えない。

 縄に繋がれた者達が、また多数いた。両手の指には余る人数の、赤布を巻いた男達が。


「おおっ!」

「お神輿っ!」


 アウグスタの思考とは無関係に響く声。少女達のものである。

 彼女達はまだ、なんとなくアウグスタの腰周りに纏わりついていた。大喜びをしている。


「輿ば、用意させたけん、行ってきなっせ」


 目を輝かせる子供達の前で、婆やが言い放った。

 目に映るのは、四名の侍女により担がれた女輿。


「お乗り下さい、奥方様」


 侍女の一人が口にする。

 復興期、肉体的な術式の不得手なアウグスタが、機動性を確保するために用いた移動手段であった。


「状況を確認する為、海へ参ります。婆や、この場は任せましたよ」


 輿へと入る前、彼女は告げる。


「御意」


 短い返事が返った。

 領主代行は、被害状況を確かめねばならない。

 情報は伝聞よりも、見るに限る。その為に、現場へと向かうのだった。


 ——どうか、あの子達が無事であります様に。


 ささやかな祈りを、胸の奥で呟いて。

 母の視線は、凪いだ海へと注がれたままだった。


「出なさい」


 一声で命ずる。


「行きます! 出発進行!」


 侍女達による掛け声。そして、大きな揺れが。

 地震ではない。急発進によるものだった。


「奥方様、いってらっしゃーい!」

「ルカ様とビーさんのお迎え、いてら」


 そんな無邪気な子供達の声のみならず、多くの声援を背中に受けて、女輿は走り出した。


 


 輿が、揺れている。急かした所為でもあるのだが、随分と荒く、乗り心地は悪かった。

 それでも、アウグスタは膝を揃えて座っていた。

 その上で、硬く握りしめられる白い指。


 ——空は、晴れた。ならば、討伐がされている。


 輿からは、外の様子は見えない。隙間から僅かに差し込む光が、青い空を見せている。

 だが、侍女達の掛け声と、時折り響く物音が地震による惨状を物語ってもいた。


 ——損害も、決して無視出来るものではない。被害状況は? 生存者は?


 形となることのない数字だけが、頭の中で滑っていた。考えるべき事は数多い。なのに——。


 ——死なせねぇ。


 頭に響くのは、幻聴だった。あの人の言葉。

 この十四年、耳を離れる事のない呟きが、あの子の、あの子達の声にも重なった。


「私に構う必要はありません。一刻を争います。急ぎなさい」


 命令を、重ねていた。領主代行らしく。統治者らしく、冷徹に。


 だが、彼女の指示は無視される。

 強い衝撃が身体を抜けた気がする。

 前へと、つんのめるアウグスタの身体。


 それは激突によるものではない。慣性によるものだ。アウグスタは、吊るされた紐を掴んでいた。


「何が、ありましたか」


 声が出る。確認の為である。輿は、その進みを止めていた。やけに、虫の音が響く。


 ジー、ジー、ジー。


 輿の中は、暑い。誰からも返事はなかった。

 アウグスタは御簾を上げる。


「——あ」


 漏れたのは、声一つ。

 見えてしまう。そして、理解してしまった。

 丘の下、浜辺から登って来る二つの人影。

 

 大きなものと、小さなものが並んでいる。


「さっさと歩く」

「歩いてんじゃねーか」


 キラキラとした陽光を受け、坂を登って来る二人。


「早くしないと、後ろがつかえる」

「へーへー」


 その背中に、沢山の人々を引き連れて。

 護衛団の面々に港の職員、それと船乗り達。

 最後まで海辺に残った、残らざるを得なかった人々だ。


「まーた若様が尻に敷かれてやがらぁ」

「そんなんで母ちゃんに、報告出来んのかぁ!?」


 笑い騒ぎながら、丘を登って来ていた。


「出来るに決まってんだろうが! あと、ルカのちっこい尻なんかに敷かれるかよ!」


 叫ぶオルトに、


「オルトは失礼」


 呟くルカ。


 二人とも、びしょ濡れだ。

 なのに、潮風に身を委ね、陽光に照らされて煌めく姿が眩い。

 

 一声も出せぬアウグスタの視線は、その光景に惹き込まれていった。

 二人が、髪を掻き上げる。


「真似すんなよ」

「真似っこはオルト」


 同じ仕草をした二人と、パチリと視線が合ってしまう。

 その口角が、自信ありげに上がっているのまで見えた。


 アウグスタからは声が出ない。

 今、何を言えば——。


「ただいま、母ちゃん」

「只今戻りました。奥方様」


 けれど、そんな簡単な挨拶だけで何かが解けた。


「お帰りなさい、二人とも。海遊びは、楽しかったかしら?」


 歓声が上がる。


「おう、安心しろよ。みんな、無事だぜ」


 力こぶを見せて、笑う息子。


「船とかは、無事じゃないけどね。——報告をいたします、奥方様。オルトの手により大禍、大海蛇(セルペンテ・マリーノ)討伐は完了しました」


 淑女の礼を見せてくれる姪。


「おまっ! ルカっ! ずりーぞ! 俺が報告するってよっ!」


 叫び、ルカを捕まえようとするオルトであった。


「オルトは鈍間」


 身を躱したルカの声に、笑い声が重なる。


「あっ、母ちゃん。フィオナとリナも、もうちっとしたら戻って来るからよ。冷てーもんでもなんか、用意しといてくれよ」


 ——ああ、もう。この子達は。


 オルトもルカも、フィオナもリナも。そして街の、港の人々の誰もが。


 ——いつからだったのだろう。手を伸ばさなければならないと思っていた場所には、もうその背中があった。


 陽射しは強く、潮風は熱いままでいる。

 空を駆ける海鳥達は、大きく羽ばたいていた。


「屋敷へ帰りますよ。皆、待っていますからね」


 目元を拭った指先が、微かに濡れていた。

 それだけは、誰にも見せずに。


 



お読みいただきありがとうございます。

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