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22話 捜査開始。



 キエッリーニは女所帯である。

 当主代行は母であり、その側近もまた女性ばかり。

 屋敷の空気は穏やかだが、十九の青年にとってはどうも居心地は微妙である。


「……」


 だけならば、まだ良かった。慣れた事であるし、そんな気風にケチをつける程、オルトも子供ではない。

 しかし、俺だって憧れの英雄達とは話したい。

 そうも思うのだ。


「それでは、次の安息日の約束を……」

「騎士様素敵! その逞しい腕に抱かれたいわ」


 が、そこかしこで獲物を狙う獣にも似た女性陣達がいる。これでは、世間話の一つも出来やしない。中でも——。


「アントニオ様っ!」

「嗚呼、素敵……」

「見てるだけで、妄想が捗るわ……」


 やはりアントニオの「兄貴」は大人気で、話し掛ける隙などない。

 かといって、ルカを迎えに行かなくてはならないので、冒険者組合での依頼に向かう事も出来やしなかった。


 やはりこの空間、男のオルトとしては少しどころか大変、居心地が悪い。


「若様、大分退屈しておられるようですなー」


 そんなオルトの元へ、どこで覚えたのか怪しげな商人風の手揉みしながら近付いてくる影があった。

 

「若様、若様。ちょいと耳寄りなお話があるんでございますよ」


 リナである。何故かいつもの侍女服ではなく、暑いのに怪しげな格子柄の外套を羽織っていた。


「暑くねーの?」

「何を言うのかな、オルトン君。この霧の街で暑い事など、何もないのだよ」

「何言ってんだお前……あと、その格好なんだよ」


 オルトは呆れ顔で、リナが被っていたハンチング帽のツバをくいっと上げた。


「これ? 変装よ。アウグスタ様から『十五歳はまだ種子だからお留守番してなさい』って言われちゃったでしょ? だから、種子は種子なりに、土の下で暗躍することにしたの」

「……暗躍?」


 嫌な予感しかしない。オルトの背筋に、母の笑顔を見た時とは違う種類の寒気が走る。


「婆やから聞いたんだけどね、騎士団の連中、今朝から港の方で大がかりな『お掃除』をしてるらしいの。でも——」


 リナは周囲を警戒するようにキョロキョロと見回すと、声を潜めた。


「あの『ジーノ』って男だけ、まだ網にかかってないんだって。これって大チャンスじゃない?」

「チャンスだぁ?」


 オルトの声が裏返る。あの男なら網にかからなくても不思議でない。それに、野放しになっているのも恐ろしい。


「そうよ! 騎士団が見逃してる隙に、私たちがジーノの足取りを掴むの。そうすれば、若様のリベンジにもなるし、ルカ様のお姉ちゃんである私の株も、爆上がりでしょ?」

「お前、さっきお留守番って言われたばっかだろ……」

「だから変装してるんじゃない! さぁ、行きますよ。まずは学園からルカ様を回収しなきゃ」


 リナは翻した外套の裾で自分の鼻を打ちながら、意気揚々と歩き出す。

 オルトは天を仰いだ。

 悔しさはある。ジーノを放っておけない危機感もあった。だが、何より——。


 ……こいつ一人で行かせたら、ジーノに見つかる前に、官憲にしょっぴかれるんじやないか?


「おい、待てリナ! 勝手に行くな! ……クソッ、ルカのやつ、変なもんに巻き込まれてなきゃいいけど」


 結局、オルトはリナの危うい背中を追うしかなかった。

 キエッリーニの跡取りが、まさか格子柄の探偵(自称)の助手席に座らされる羽目になるとは、この時の彼はまだ知らない。




 

「申し訳ございません。取り逃がしました」


 陽光を跳ね返す午後の街並みとは対照的に、そこには潮風とも鉄錆ともつかぬ、昏い匂いが澱んでいた。


 朝焼けの中副官の報告に、アントニオは無言で頷いた。


「埠頭にて、大掃除を行った騎士達の一隊が発見されました。……六名、全滅です」


 ゆらりと、夏としては冷めた空気に圧が乗る。


「ご安心ください。生命に別条はありません」

「その面」


 副官の顔半分には包帯が巻かれ、血が滲んでいた。


「顔半分を剥がされました。右手も暫くは、使い物になりますまい」


 自嘲するかの様に、副官は笑う。


「我らエーリチェの騎士が、モノの数でした。かなりの手練。が、人は根を張らねば生きられぬモノ。探索を継続すれば、必ずや」


 副官の言葉に、アントニオは首を振る。そして、短く。


「療養せよ」


 副官も、何も言わない。そして敬礼を一つすると、踵を返した。


 退室する副官の背を見送りながら、アントニオは深く息を吐く。


 指は佩剣へと伸びている。


 静かに昏く、鬼気は街中へ満ちていった。




 午後の明るい陽射しを浴びて、オルトとリナはルカを待つ。


 リナの怪しい衣装は子供達に大人気であった。 

 彼女の纏う衣装は最近の大ヒット書籍、シーゲルソンシリーズの主人公のものである。

 なので、ある意味では当然でもあった。


 男女問わず、ルカよりも小さな子供達がリナへと集う。リナは実に楽しそうに、子供達の相手をしていた。目的を、見失うくらいには。


「ビーさんオルトー! 肩車!」

「あっ! ずっるーい! アタシも!」


 そこそこ、オルトも人気がある。

 彼もまた最近話題の童話、クマのビーさんと似ているらしい。

 クマ? と疑問符を浮かべるオルトだが、トラーパニの小熊は彼への二つ名だ。

 トラーパニの暴れ熊とも呼ばれた父の名を継いだ誇りが、オルトにはあった。


「二人共、何してんの?」


 そんな二人へと、冷たい声音が響く。

 それはよく知るもの。

 いつも小憎らしいくらいに冷静な、ルカの伶俐な声音であった。


「おう。ルカ、学園終わったみてー……?」


 ついオルトの問いは止まってしまう。

 小さく痩せっぽちなルカが、もっと小さな女の子を抱き抱え、門より出て来たからだった。

 女の子は幸せそうにして、ルカへとしがみついている。


「あれ、ルカ様。その子は?」


 リナが子供達を掻き分けて駆け寄った。言いながら女の子に手を振っている。女の子も手を振り返す。少しバランスを崩し——。


「こら。急に動かない。危ないでしょ」


 すかさずルカは抱え直す。幼子を優しく揺するその姿は、誰かに似ていた。


「一年生の子。迎えのお母さんが来れないみたいだから、送って行こうと思うんだけど」

「子供達の安全のためなら、歓迎ですよ」


 学園の送迎に保護者、もしくは準じるものがつくのは当然の習慣だが、当然そういう事もある。

 そういった場合、周囲の大人が代行するのもまた、当然の話であった。

 特にアウグスタ(母ちゃん)がキエッリーニとして当座の指針を打ち出して以来、子供達の安全は最優先されている。


「おーい。他に迎えが来れないガキんちょはいるかー? ついでに送ってってやるぞー」


 それも成人した大人としての責任だ。

 他に送りが必要な子供はなく、彼らからは不満が漏れるも、どうなる事でもない。

 次々と迎えに訪れる保護者達には、如才なく挨拶をしていくオルトであった。


「何仕切ってんですか。若様」

「で、二人共。何なのその格好?」


 おかしな格好はリナだけではない。オルトもまた、変装をしている。三揃いの背広である。それもまた、リナからの要求だった。

 暑いのに、勘弁して貰いたい。


「ま、行こうぜ。あんま遅くなるとお母ちゃんも心配だろう」


 オルトは二人の言葉を受け流し、一行を先導するのであった。


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