ACT1〜聖女召喚に巻き込まれた男~
「ここは何処なんだ?」
オレは呟いていた。周りには長いマントのような服を着た人間が右往左往している。皆、欧米の人の顔立ちで、ここにいる半分程の人は金髪だった。
「なんなのここ!触らないで!」
遠くで、そんな事を叫んでいる女の姿が見えた。黒髪で制服を着ている。たぶん、女子高生だろうと思えた。
「あなたは、どうしてここにいるのですか?」
周りにいる金髪の一人が、オレに声をかけてきた。
「いや、オレが聞きたいよ!」
オレの心の声だった。
「いや~、あなたが聖女様ですか!」
オレの事は目に入ってない様子で、赤い服とマントを着た金髪の男が、オレを素通りしながら言っていた。
どうやら、女子高生に声をかけたようだ。その後、赤い服の男と女子高生は、オレをほったらかしのまま話しをしていた。オレは、ただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
「あの、あなたも聖女様と同じ世界の方なのでしょうか?」
そんなオレに話しかけてきたのは、金髪で少し切れ長の目をした女だった。
この世界は、一言で言うと、剣と魔法の世界のようだ。生活様式も中世ヨーロッパのような佇まいに見える。
オレが召喚された国は、ヴァンライズ王国といい、王政がしかれているらしい。まあ、よくあるファンタジー世界と同じだ。
もちろん、魔物もいてそれを駆除する冒険者などもいるらしい。ただ、魔物と言っても、それ程頻繁に人間の村などを襲う訳でもなく、人間との住み分けができているらしい。
オレ達の世界のクマ被害をもっと厄介にして、頻度が少し多いといったイメージでしかない。
「百年に一度、世界の邪気が強くなる時期があるのです」
そうオレに説明しているのは、ニナ・フォルスと名乗った若い女性だ。この世界に来て、すぐに話しかけてきた女性だ。
年齢は、二十歳そこそこだろうか、長い金髪を後ろで束ねている。
「その邪気を浄化するのが聖女の役目という訳ですね」
オレが答える。今オレは、召喚の儀式が一段落した後、別室に通されて説明を受けている。
「はい、その聖女様は異世界から召喚されます」
「その聖女を召喚する時には、オレみたいに別の人間も一緒に召喚されるのですか?」
オレは質問しているが、まだ、頭がまとまっていない。なんとなく、思い付いた事を聞いているだけだ。
「いえ、今までの記録を見ても、初めてです」
オレはため息をついた。
「あの、オレと一緒に来た黒髪の女性が聖女ですか?」
「はい、玲奈様が今回召喚された聖女様です」
オレと一緒に召喚された、おそらく女子高生は、綾辻玲奈というらしい。聖女として、さっさと王子が連れて行ってしまった。
さっき聞いた話では、あの赤い服を来た青年が、この国の第一王子である、ローレンツ・フォン・ヴァンライズなのらしい。
「それで、オレはこれからどうなりますか?」
今のオレにとっては、聖女とか王子とかはどうでもいい。これからの事が心配だ。
「はい、とりあえず、この王宮に滞在していただきます」
どうやら、オレの処遇は何も決まっていないらしい。
「私が案内係を務めますので、何なりとお申し付け下さい」
そう言ったニナ・フォルスと名乗った女性は、魔術師団という王宮の魔術師なのだという。
魔術師団は国内外の魔術関係の業務を受け持つ機関で、戦時下では戦闘にも加わるらしい。召喚の儀式というのも、この魔術師団が取り仕切っていたようだ。
そのため、彼女がオレに付いているのだろう。あるいは、監視の目的もあるのかもしれない。
「わかりました!納得はできないですけど、帰る方法もないみたいですし、お世話になります」
オレは、ニナにそう言って、軽く頭を下げた。そうなのだ、召喚の儀式は、呼び出す事はできても、帰す事はできないらしい。
「オレは、藤本正則といいます。よろしくお願いします」
改めて、オレはニナに自己紹介をした。
オレは、元の世界ではたいした人生を過ごしていない。オレが、人より優れているのは、子供の頃から続けている武道くらいのものだ。
たまたま、家の近くにあった道場に入門した。そこでは、空手、拳法、柔術などの素手で戦う体術、剣術、槍術、棒術、弓術などの多くの種類の武術を教えていた。
そこの道場主が、それらを学びまとめた流派のようだ。オレは、中でも体術と剣術が得意だった。
三流大学を卒業して、就職した後も続けていた。まあ、性に合っていたのだろう。指導員なども務める程になっていた。
ただ、武道は悪くない成果をあげていたが、仕事はからっきしだった。新卒で就職した会社は倒産し、何度も転職を繰り返し、今は派遣社員でほそぼそと食いつないでいた。三十歳も目前にもかかわらず、そんな調子だった。
そんな生活をしていたオレは、あの日たまたま平日が休みだったので、近くにオープンしたばかりのカフェに行った。別に、目的があった訳ではない。
何となく行ってみようと思っただけだ。最近かった文庫本を持っていき、ゆっくり小説でも読もうと思っていた。そして、そのカフェに入ってすぐに、地面が光りだし、ここに飛ばされていた。
「そう言えば、あの女子高生も店にいたかもな」
店に入った時に彼女を見かけたような気がする。まあ、カフェでもこの王宮でも見かけた程度しか会っていないが。今だに、会って話してすらいない。まあ、相手は国の重要人物なのだから当たり前だろう。
「え?なんですか?」
前を歩いていたニナがオレに言った。
「いや、なんでもないよ」
オレは、誤魔化すように彼女に答えた。
「王宮内も自由に行けるところばかりではないですが、比較的この東の方は自由に行き来できますよ」
ニナは、王宮内を案内しながらオレに説明していた。
「この辺りからだと、見晴らしがいいね」
オレは、王宮の廊下の窓から見える景色を見て、ニナに話しかけた。
「王宮は、少し高いところに立っていますから、よく見渡せると思いますよ」
ニナは、オレの言葉にそう答えた。オレはその景色を見ながら考えていた。
「もう、ここで暮らしていくしかないんだな」
そして、オレは独り言のように呟いていた。