8話
「はあっ……はあっ……エル〜……っ! もう、お姉ちゃん……限界……! 今日はここまでにしよう……」
ランが顔を真っ赤にしながら、肩で息をしつつ地面にへたり込んだ。
「ぜえっ……ぜえっ……そうだぞ、エル……! つーか、おまえ、すばしっこすぎるだろ……ちょっと煽ってくるしよ……」
ギンも同じく、全身汗まみれで膝に手をつきながら文句をこぼしている。
どうやら彼の性格は相当な負けず嫌いらしく、開始から終わりまで一切手を抜くことなく、本気で俺を追いかけ続けてくれていた。
――ふたりとも、いいトレーニングになっただろう。
「うん。ありがとう。たのしかった。また、追いかけっこしようね」
微笑みながらそう言っておく。次回の“鍛錬”の約束も忘れずに。
「え……? う、うん。そうね……次は前にやった“魔法使いごっこ”でもいいわよ」
ランは息を整えながら頷く。
「ああ、次こそは絶対につかまえてやるからな!」
ギンは拳を握りしめ、闘志を燃やしていた。
ふふ。どうやら、ふたりとも俺の計画にはまってくれているようだ。
さて、今日はもうひとつ、試しておきたいことがある。
「ねえねえ、ふたりは“ステータス”って言葉、知ってる?」
「「ステータス?」」
ふたりの声が揃った。
「知らねーな。聞いたこともないぞ。……なんか魚の名前か?」
ギンは首を傾げる。
「うーん……私もはっきりとは覚えてないけど……どこかで聞いたことがあるような……」
ランは眉をひそめて考え込んでいたが、やはり一般的な言葉ではなさそうだ。
ならば、次のステップに進もう。
「じゃあ、今度は“空想ごっこ”をしよう。ふたりとも、ぼくが言うとおりに考えてみて!」
「なんだそれ? 面白いのか?」
ギンが訝しげに聞いてくる。
「いいから、いいから!」
俺が強引に笑って押し切ると、ふたりとも苦笑しながらも頷いた。やれやれといった表情だが、年下の俺に付き合ってくれるあたり、優しい兄姉分である。
「じゃあ、まず“ステータス”って、扉を開くイメージで唱えてみて?」
「……すてーたす? こうか?」
「ステータス……?」
ふたりは戸惑いながらも、言われたとおりに呟いた。
「なにか、変わったことはあった?」
「……特に何も」
「おれも……なにも起こらないぞ」
……うーん。イメージだけでは足りないのか。それとも、そもそもこの能力は俺にしか備わっていないのか。
いや、まだ試す価値はある。
俺は地面に指で自分のステータスを記していく。
【名前】エル
【レベル】1
【力】20
【器用】7
【敏捷】8
【知能】20
【魔力】40
【運】10
【魔法】身体強化
【スキル】魔力操作
「ステータスっていうのは、こういうものなんだ」
それぞれの項目について言葉でも説明をした。
「な、なんだこれ……? “レベル”に“力”? エルってば、ほんと変なこと考えるな〜」
ギンが呆れたように笑った。
「ふふっ、小さい子って発想が豊かよね」
ランもくすくすと笑いながら覗き込んでくる。
ふたりとも、完全に俺の妄想だと思っているようだ。いいだろう、そのままで。
「それでね、この“ステータス”っていうのは、本当は誰にでもあるものなんだ。ただ、自分から“開こう”って思わないと、見えないだけ。だからもう一回、今度は“扉を開ける”って意識で、“ステータス”って言ってみて!」
「わかったよ」
「うん、やってみるわ」
「「ステータス!」」
その瞬間――
「うわっ!」
「な、なにこれ!? なんか出たわ!」
ふたりは驚きの声をあげて、後ずさった。
「落ち着いて。ふたりとも、ステータスは見えた?」
「ええ……出てるわ、たしかに」
「ああ、おれの目の前にもなんかあるぞ。なんだこれ……?」
よし、実験成功だ。
つまり、“ステータス”を表示させるには、その概念を理解し、開くという明確なイメージを持つ必要があるということ。
「じゃあ、そのステータスに何が書いてあるか、教えてみて!」
「……」
「……」
「……エル、ごめん。私たち、まだ文字が読めないの」
「ああ……おれもわかんねぇ」
……ああ、そうだった。
ふたりとも、まだ文字を習っていない年齢だったんだ。
俺は思わず頭をかいて、ひとりで苦笑いを漏らした。