3話
それから、さらに一週間が過ぎた。
筋トレは変わらず、日課として続けている。腕立て、スクワット、腹筋に背筋。まるで前世で読んだ『地味トレ生活』を地で行くような毎日だ。その成果なのか、あるいはただの成長期の影響か――「力」の数値が、1から2へと上昇した。
……本当に筋トレの成果だろうか? 成長期なら自然と上がるものでは?
そんな疑念が頭をよぎる。だが、いずれ近所の同年代の子どもたちと比べてみれば、多少なりとも答えは見えてくるはずだ。
それでも――もし筋トレの成果ではなかったとわかったら……その日から数日は寝込む自信がある。
【名前】エル
【レベル】0
【力】2
【器用】1
【敏捷】1
【知能】15
【魔力】1
【運】10
【魔法】なし
【スキル】なし
力が1上がっただけで、トレーニング時の負荷がほんの少し軽く感じられるようになった。身体が応えている証拠だろう。だが、今の自分はまだ子ども。無理をすれば、逆に発育への悪影響が出る。加減を見極めながら、焦らず積み重ねていくつもりだ。
そして、今日。ついに――「魔力」の存在を知覚した。
最初は気のせいかと思った。しかし、それは確かにあった。
胃の奥あたりが、ほんのりと温かくなる。不意に、前世で正月に誤って日本酒を飲んでしまったときの感覚が脳裏をよぎる。あの、喉から胃へと伝わる淡い熱――それに似ていた。
いまはまだ、魔法を使うには至っていない。ただ、その熱を体内で移動させたり、かたちを変えたりする訓練をしている。まるで目に見えぬ糸を手繰るような、地道な作業だが、確かに“そこにある”と感じられるのは、大きな一歩だった。
さらにもうひとつ、重要な出来事があった。
――父と、初めて会った。
名はウェールズ。
どこにでもいそうな、優しげな男だった。悪い意味ではない。ただ、想像していた“父親”とは違っていた。
あんなにも綺麗な母――サイサ――の夫だから、さぞかし美形なのかと思っていたのだが、実際は、良くも悪くも“普通”だった。
職業は漁師。地道に生きる、真面目な男。家の中に魚の匂いが漂っていたのも、そのせいだろう。
今日は、そんな父が漁師仲間を家に招いていた。どうやら、自分を“紹介”する意味合いもあったらしい。
宴の席で交わされる会話は、興味深いものだった。酒が進むにつれて、隣村の出来事がぽつり、ぽつりと語られる。
「……リンドンがヴァイキングに襲われたらしい」
「なんだと? リンドンって、ここからそう遠くないだろう」
「ああ。女子供は攫われ、男は皆殺しだったと聞く」
「……なんとも野蛮な話だ」
「こっちも危ないんじゃないか?」
「いや、今年はリンドンで満足して、次の襲撃は来年になるだろうって、村長は言っていた」
「そんな悠長な……!」
「だが、対策も考えているそうだ。つてのある《ブラッドファング傭兵団》に声をかけたとか」
「――あの、グリムスヴァークの戦いで暴れ回ったと聞くブラッドファング傭兵団か!?」
「ああ、嬉々として敵を葬り去る化け物のような連中だって話だ」
「……そんな奴らに信用を置けるのか」
「まあ対価次第だろうな。だからそのうちおれらの漁獲量を増やすように指示が出るんじゃないかな」
「まあそうなるか。ただでさえ食いぶちが増えたってのに……はあ」
その後も父親たちの会話は続いた。
その中で初めて耳にした、「ヴァイキング」という名。そして、彼らにより滅ぼされたリンドン村の現実。《ブラッドファング傭兵団》という不穏な名。
……この世界は、どうやら前世の日本とは比べ物にならないほど、危険に満ちているらしい。
もっと、危機感を持って鍛えなければならない――そう、痛感させられた。