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お手伝い

 午後の授業が終わり、いつも通り帰りの用意を始める。


 一方私はというと…


「推しと仕事…。最高!!」


と他の人に聞こえない程度の独り言を言ってた。


「何やってるわけ?」


 玲苑が呆れた目で見る。


「大丈夫、大丈夫。私はいつも通り」

「水葵のテンションがおかしいよー!!」

「水葵は元からこんなんじゃねぇか?」


 荷物を持って生徒会室に入る。


「待ってたよ。君たち以外は全員揃ってるよ」

「こんにちはー!」


 結月がニコニコと人の良さそうな笑顔で挨拶をする。


「揃ったなら早く始めましょう」


 結月の隣の席に座っていたのは、この物語の悪役である三栗屋(みくりや)音華(おとは)だったのだ。


 三栗屋音華。日本の中枢とも言える会社の社長令嬢。律とは婚約関係にあり、律に近づく女を誰一人として許さない。実際は、この物語の主人公である律を一途に想っているだけなのである。


 結月と音華が生徒会の手伝いに来るエピソードは実際にある。


 必要以上にスキンシップを取ろうとする結月に火傷を負わせようとする話である。

 小説と同じ展開になるようなら私が止めてみせる。


「それじゃ、一条さんはこれを、橋達さんはこれを、三栗屋さんはこれをお願いします」


 律が机に資料を置いていく。


 量は多いけど、内容自体はそんなに難しくなさそう。

 よーし!推しにいいところ見せるために人肌脱ぐとしますか。


 作業を始めて一時間ほど経って休憩をいれることした。


「一条さんだったかしら」


 音華が急に話しかけてきた。


「そうですけど…」

「私、あなたとお友達になりたくて…」


 あの音華が私友達になりたくて話しかけてきたんですけど!?

 なんかすっげぇもじもじしてるし。


「私なんかでいいんでしょうか」

「あなただからお友達になりたいの」

「マジですか…」


 推しじゃなくともこんな美人に頼まれたら断れないじゃん。


「音華ちゃんって呼んでもいいですか?」

「もちろん。あと、同い年なのだから敬語は無しにしましょう?」


 音華が私に笑いかける。


 え、笑顔の破壊力つよ。


「俺のときは許可取らなかったのに他のやつには許可取るんだ」

「最終的に許可してくれたじゃん。てか、私も“変なやつ”って呼ぶの許可した覚えは無いんだけど」


 怒りを込めて言う。


「今は呼んでないし。そんな顔しても無駄だよ?どんな顔してても水葵は可愛いから」

「今可愛いって言った…?」

「可愛いものに可愛いって言っちゃいけないの?」


 玲苑が真面目な顔で答える。

 こいつ…。無意識にこれ言ってるとしたら相当やばくね?


「お茶のおかわりいる人は居ませんか?」


 結月がポットを片手に問いかける。


「じゃあ、いただこうかしら」

「はーい」


 結月が音華に向かって歩き出す。


「すごく熱いので火傷しないでくださいね」


 結月が意味深に言う。


「おっと」


 わざとらしく結月が音華に向かって転ぶ。

 しかし、音華はそれがわかっていたかのように避ける。

 音華にかかるはずだった熱湯は向きを変え私に降り掛かってきた。

 結局、火傷を負う人が変わっただけ。

 私にこの展開を止めることはできなかった。


 熱湯の熱さを想像して目を閉じる。


「う…」

「え…」


 熱湯がかかる直前、誰かに抱きしめられた。


 目を開けると、頭から熱湯を被った玲苑が私を庇うように抱きしめていた。


「何やってるの玲苑!?火傷は!?何で私のことなんか庇ったの!!」

「水葵が火傷するのは嫌だったから」


 玲苑が心配そうな目で私を見る。


「玲苑、一条さん、今日は帰っていいよ。仕事もみんなのお陰で残り少ないし。二人とも通学組でしょ?遅くなるといけないさ。玲苑をお願いね一条さん」


 律が私に向かってウインクする。


「風邪引くと困るから早く帰るよ」


 私に抱きついてピクリとも動かなくなった玲苑を引っ張る。


 しょうがないので玲苑の荷物も持つ。


「すみません。お先します」


 そう言って二人で生徒会室を出た。


「よかったね。私がタオル持ってて」


 カバンから取り出したタオルを玲苑にかける。


「火傷は?大丈夫?」

「そんな熱くなかったから大丈夫」


 いつもより元気がない。


「とりあえず玲苑の家に行っていい?」


 玲苑が静かに頷く。


 二十分ほど歩くと、とあるマンションに着いた。


 ちょっと待って。ここって私の部屋の隣じゃない…?

 え??推しが隣の部屋に住んでたってこと?


「え、本当にここで合ってる??」

「合ってるけど…何で?」

「この隣私の部屋」

「は?」


 いやいやいや、私もその反応なんですけど。


「か、鍵は?」

「ある…」


 玲苑がポケットから鍵を出す。


「本当に大丈夫…」


 玄関に入って玲苑の方を振り向いた瞬間、玲苑が倒れ込んできた。


「ちょっと玲苑!?」


 玲苑の体を支えきれずに玄関に倒れ込む。


「ごめん…」

「大丈夫だけど…。肩貸すから立てそう?」

「うん」


 玲苑に肩を貸してリビングに入る。


「とりあえずなにか作るからキッチン借りていい?」

「うん」


 玲苑がソファーに横になる。


 玲苑の苦手なものって何だっけ。

 記憶の中から玲苑のことだけを取り出す。

 てか、よくよく考えてこの状況何?

 何で推しの家に来ておかゆ作ってるんだろ。


 出来上がったおかゆを玲苑に渡す。


「具合悪そうだったからおかゆにしたんだけど…」

「美味しそう。いただきます」


 玲苑がソファーから起き上がっておかゆを食べ始める。


「おいしい?」

「うん。おいしい」


 ホット胸を撫でおろす。


「私薬局で薬買ってくるよ?」

「いい。寝とけば治る」

「わかった」


 玲苑が空になった器を置く。

 玲苑が寝たから、今のうちに家から明日必要なもの持ってここよっと。

 確か、風邪薬もあったはずだから…


 音を立てないように静かに部屋を出る。


 起きないといいけど…


 ドアノブに手をかける。


 その瞬間後ろから誰かに抱きしめられた。


「行くな…」

「玲苑??ごめん起こしちゃった?」

「どこに行くの?」


 玲苑が少し不機嫌(ふきげん)な声で言う。


「家に荷物取りに帰ろうかなって。玲苑寝てたから起こすの悪いと思って…」


「服は俺の貸すから他に必要なものがあればこの家の使っていいから。俺から離れるの禁止」


 すねた子どもみたい。


「すぐ隣だよ?すぐ戻ってくるから」

「だめ。絶対だめ」


 私を逃さないように壁に押し付けられる。

 え、これ壁ドンなのでは?


「し、寝室は?」

「そこ」


 玲苑がドアを指差す。


「具合悪いんだから無理すんじゃねぇよ!」

「水葵が居なくなるのは嫌だから」

「え…」


 めっちゃ嬉しい事言うじゃん。

 熱が出ると素直になるタイプだったんだ。


「風呂と服借りていい?」

「いいよ。好きに使って。服は隣の部屋にあるから」

「ありがとう」


 隣の部屋から服を借りて風呂に入る。


「ふー」


 やっと一息つけた。

 本当に朝から高カロリーな一日。

 まぁ、いいことがあれば、悪いこともあるって言うしね…

 音華と仲良くなれたのはいいことだけど、問題は結月か。


 嫌な予感がする。

 あのタイミングでころんだのは必然か偶然か。

 もし、結月も原作の内容を知っている転生者だとしたら?

 私に敵意を向けてくるのも、原作の結月と性格が変わっていたのにも説明がつく。

 音華に危害を加えようとした理由は単なる嫉妬?

 音華も原作の内容を知っている可能性のあるんじゃ…

 確かにあの時、音華は結月が転ぶことをわかっていたかのように避けた。

 二人はお互いに()()もしくは()()()であることを知っているのかも。

 それを邪魔に思った結月が音華を排除しようとしたのかも。


 自分の中を色々な考えが駆け巡る。

 すべて可能性の話だ。それをすべてだと思っちゃいけない。

 視野を広く持たないと。

 相手が何を仕掛けてくるかわからない以上、たくさんの可能性を見て動かなきゃいけない。


 自分の中で一区切りつけて風呂から上がって、あらかじめ用意しておいた玲苑の服を着る。


「やっぱ大きい…」

 選んだ服は玲苑が来てもダボダボそうなトレーナー。

 女子の中でも小柄な方な私が着るとワンピースみたいになった。

 髪もあまり乾かさないまま玲苑の元へ行く。


「具合大丈夫そ?」

「うん。大分よくなった」


 玲苑がベッドから起き上がって答える。


「よりによってその服…」

「え、まずかった?」

「いや、目のやり場に困るというか…」


 玲苑の顔が段々赤くなっていく。


「え、そんな短い?」

「うん」


 どうやら私が思っているよりも丈が短かったらしい。


「着替えたほうがいい?」

「どっちでも。どういう服でも水葵は可愛いから」

「え、そういうこと簡単に言わないほうがいいよ?」

「本心だけど」


 玲苑が濁りのない目で見つめてくる。


「熱でおかしくなった?」

「おかしいかもね。水葵が可愛くてたまらないから」


 玲苑の額に手を当てる。


「まだ熱あるじゃん。さっきよりも熱高くなってない?」

「水葵、一緒に寝よ?」

「はぁ!?」


 玲苑が私の服の裾を掴んで言う。


「あのさぁ。何もしないけど、どうなっても知らないからな…!」


 勢いよく布団をめくってベッドに潜り込む。


「そういうとこ決断早いよね水葵って」


 玲苑があの悪い顔で言う。


「あれ、水葵も顔赤くない?」

「うるさい、病人は早く寝ろ!!」


 そういって玲苑に背を向ける。


「今日はありがと。助かった。おやすみ水葵」

「お、おやすみ」


 ぎこちなく挨拶をして目を閉じた。

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