傾国と傀儡
俺は何者だ。
俺は、とある公園の噴水の縁に座っている。
公園に設置されている時計の確認すると、深夜の1時過ぎである。
何かあったからこそ、ここにいるはずなのに、何も思い出せない。
辺りを見回しても誰もいない。
まあ、いた場合の方が困るのだが。
そして、今になってようやく、自分が膝の上に全身濡れた女を乗せていたことに気づく。
確か、噴水の中で溺れていたところを救出したのか。
いや、そんなはずはない。
誰かを助けるなんて、俺がすることじゃない。
そもそも、深夜に外に出歩くようなタイプではない。
俺は何でここにいるんだ。
「逃げるのよ」
全身ずぶ濡れの女は、迫真の表情で俺に訴えかける。
そうか、逃げればいいのか。
「誰から逃げるんだい」
俺はバイクのエンジンをかけながら、能天気に質問する。
「宇宙人」
彼女はバイクに乗り込みながら答える。
「誘拐されてたのよ」
そうか、思い出した。
彼女は先週から行方不明になっていた女だ。
テレビやネットで騒がれている、ある種の有名人である。
バイクのライトが照らす先に人影が見える。
俺はバイクのアクセルを全力にして逃走を開始する。
その人影は人間ではなかった。
異形の存在、宇宙人であった。
「最初に誘拐されたのは、小学校に入学するちょっと前だったから、6歳とかかな」
俺と彼女を乗せたバイクは深夜の高速道路を疾走する。
後ろからは何台ものバイクと車が追って来る。
「それからは、毎年のように誘拐されている。それも宇宙人限定」
勘弁してほしいわ、という彼女の声は、風の音でかき消される。
「最初は家族も心配してくれたけど、何回も続くわ、決まって数週間すれば戻ってくるわで、完全に厄介払いされたってわけ」
「それで、こんな辺鄙な田舎にまで来たのか」
「そういうわけ。で、相も変わらず誘拐される日々」
ここで疑問。
「ちょっとまて、今まで何回も誘拐されてて、家族も愛想つかせてたんだろ」
「そうよ」
「だったら、何で今回の失踪はテレビとかネットとかで話題になってるんだ」
「そんなの簡単よ。電波ジャックしただけ」
いとも簡単に言ってのける女。
「じゃあ、そろそろお遊びは終わらせますか」
「どうやってだ。ちなみに、俺のバイクのスペックには期待するなよ。こうしてチェイスできてる時点で十分働いてる」
彼女は電話をする。
「前だけ見ていた方がいいわよ」
「どうして」
「いくら宇宙人でも、臓物が破裂するところは見たくないでしょ」
俺は前進することだけに集中する。
数秒後、バイクや自動車が衝突する音と、それに伴って爆発する音が生じる。
サイドミラーに臓物が張り付いた。
「うげ」
「ねえ、このバイクもっと飛ばせないの。全身臓物まみれで気持ち悪いんだけど」
ここがうちの実家、として紹介されたのは、山の中に突然現れたお城である。
中世を彷彿させるお城の駐車場にバイクを止め、俺たちは城内に入る。
「受付はいいのか」
「マスターキーがあるから、いつでもどこにでも入れる」
最上階の豪奢な部屋に入り、彼女は早速浴室へと向かう。
風呂から彼女が出てくる。
何とも色っぽい雰囲気を醸し出している。
宇宙人たちが誘拐したくなるのも頷ける。
「何見てんのよ」
俺が答えないでいると、彼女は語を紡ぐ。
「私が今、何考えてるかわかる?」
「ああ、わかるよ」
「なんでよ」
「それは、俺が君だからだよ」
俺は彼女を誘拐する。
彼女にとっては、初めて人間に誘拐された記念すべき日である。
僕は何者だ。
「それじゃ、よろしく」
彼女はリビングを後にする。
そうか、彼女のために家事をするのか。
同棲をしているのだろうか。
手に持っている手帳から、やることを思い出すことにする。
細かい指示が書いてあり、僕が几帳面な性格であることを感じさせる。
それとも、彼女が家事に対する注文の多い性格なのか。
色々と書いてあるが、やることは三つである。
洗濯、掃除、そして犬の散歩である。
とりあえず、洗濯機を回しに行こう。
扉を開ける。
奥の浴室では、彼女がシャワーを浴びている。
洗濯機はなかった。
代わりに顔だけの女が口を開けていた。
仕方なく、僕は女の口に洗濯物を放り込み、鼻の中に洗剤を投入する。
女は苦悶の表情を見せたが、くしゃみをしたり不満を述べたりはなかった。
目玉を押して運転を開始させる。
手がぬるぬるとして気持ち悪い。
洗濯機の運転が終わるまで、他の作業を終わらせる。
掃除をするために掃除機を探す。
あった。
逆立ちをした女子高生である。
スカートはめくれ上がり、セーラー服は胸ではなく顔を隠している。
右の尻を叩いて起動させる。
ホコリや食べカスなどを丁寧に吸い取っていく。
机のしたや角なども、ゴンゴンとぶつけながら掃除していく。
左の尻を叩き、水拭きモードに変更する。
口に含んだ唾液を床に垂らし、舌で執拗に舐めていく。
フローリングの隙間にも舌が入り込み、綺麗に拭き取っていく。
右の尻を叩き停止させ、今度はトイレ掃除を始める。
トイレの便器は、口であった。
僕は歯磨きの要領でその口内を磨いていく。
舌がブラシの進行を邪魔してくるため、掃除は難儀であったが無事終了した。
ここで、便意を催す。
綺麗にしたばかりということで、もったいない感があるが、排せつを行う。
便座である唇は柔らかく温かい。
そして汚れた肛門は、舌で奥まで丁寧にほじくり返された。
さて、スッキリしたところで、犬の散歩である。
僕は柵に囲まれた全裸の女子中学生に目を向ける。
彼女を柵から出してあげると、散歩に行きたいとばかりに玄関に直行する。
僕は、彼女の髪をポニーテールにまとめて、首輪をつけて散歩に出かける。
途中、同じように犬を連れて歩いている人を見かける。
高貴な夫人は、小太りのおじさんを従えていた。
公園で休憩することにした。
そこでは、子供たちが犬に興味津々である。
ペロペロと子供たちの手や顔を舐める全裸の女子中学生。
それを愉快に受け入れる子供たち。
家に帰り、彼女の手足をタオルで清潔にする。
彼女の手には、指と手のひらに巨大なマメがある。
どうやら、このマメが肉球ということらしい。
「顔だけ女」から洗濯物を取り出す。
ピッチハンガーは、ドレスを着た美女がそのドレスの中に大量の女奴隷を従えている、そんな構図となっている。
僕は、開脚されている奴隷の足を閉じることによって、口を開かせる。
そして、靴下やブラジャーを咥えさせる。
さて、メモに書いてあることは終わらせた。
彼女に報告しなければ。
どうやら、彼女はまだ浴室にいるようだ。
「言われたこと全部終わらせたよ」
返事がない。
僕は不信に思い、浴室の扉を開ける。
そこには、リストカットした彼女と、血に染まった浴槽があるだけだった。
私は何者だろう。
目の前には一つの死体が転がっている。
「これは誰ですか」
私の問いに対して、アンニュイな面持ちの女は気だるげに口を開く。
「神だったものだよ。今はただの器さ」
そして、彼女は神だったものの頭を開く。
脳みそに手を突っ込んでグジュグジュとこねくり回し、やがて何かを取り出す。
「何を取り出したんですか」
彼女の手は真っ赤に染まっており、取り出したものが判然としない。
「視点だよ」
依然として憂鬱な雰囲気を纏っている女である。
私たちは神の視点だけを持ち帰った。
それ以外のものは全て焼き払った。
家に帰り、視点を飲むことにする。
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、その中に視点を入れる。
「私が全部飲んでいいんだね」
「ええ、だって私はあなたで、あなたは私なのよ」
彼女は微笑み、そしてビールを一息で飲み干す。
私たちは神の視点を手に入れることができました。
ありとあらゆる快楽を会得した。
私は初めて彼女が絶頂する瞬間を見た。
別の日。
またしても、私たちの前には死体が転がっている。
「これは何ですか」
「なぜ私に聞く。知っているくせに」
「でも、言葉にしないと、これと一緒になってしまいます」
彼女は億劫がりながらも述べる。
「不信」
そして彼女は不信の脳から、信用できない視点を取り出す。
信用できない視点を取り出した私たちは、何でもできた。
物語るだけで薬物を初めて摂取した時の快楽を得ることができたし、生と死の概念を弄ぶこともできた。
それでも私たちは満足できなかった。
そして、彼女は虚無によって消失した。
物語ることをやめてしまったことが原因である。
虚無は私の存在していることに気づかないまま、ここではないどこかへと消えた。
僕は何者だ。
終点の時間はとうに過ぎたはずである。
それなのに、僕は駅の構内にいる。
照明は煌々と点灯されたままである。
何重にも続いているデジタルサイネージ。
他愛もない広告が同時に流れている。
それらデジタルサイネージの一つに、吸い込まれるようにして近づく。
はいれる。
僕はなぜかわからないけれど、そう直感した。
指の先端が電子画面を通過する。
僕は意を決して、全身を電子世界に委ねる。
そして、駅の構内には誰もいなくなった。
「肉体を捨象することによる、次元超越の有効化。そして、魂の電脳化によってこの世界に入ってきたわけね。とても人間じゃできない芸当だわ。それとも、あなたって人外存在なの?」
「……」
「何か言いなさいよ」
僕は頭が痛い。
世界が僕を嫌っている感覚がする。
「電脳世界の深淵に入りかけてたところを助けてあげたのよ。危うく、あたしまで帰れなくなるところだった」
その後も、彼女は色々と喚いていたけれど、僕が覚えていることは一つしかない。
「あんたって何者」
この問いだけはなぜか残り続けていた。
肉体はいらない。
それに、魂は無くしたんだ。
君がいないと僕は生きられないんだ。
でも、君はどこかへ行ってしまった。
大丈夫、どこに行ってもすぐに会いに行ける。
だってここはそういう世界だから。
僕は退屈をまぎらすため、際限なく娯楽を享受していく。
マンガ、アニメ、ゲーム、ドラマ、スポーツ。
この空間には何でもある。
僕はこの世界を愛し始めていた。
検索:僕は何者
回答:総務省電波課非公式被験体
事故によって脳が機能停止に至った際、偶発的に本省専属電波体一名が付近に存在。
その結果、被験体は脳死状態であるにもかかわらず、通常の人間と同様に生活を送ることが可能となる。
ただし、電波体が付近に存在しない場合、被験体は生命維持不能に陥るため、常に監視をすることが義務付けられる。
そして、被験体の思想や行動様式は、電波体と調和する。
常に誰かの物語に依存していないと生きることができない。
全ての電波体がいなくなるのが先か。
それとも、僕の肉体が活動限界を迎えるのが先か。
僕は何者でも無くなる前、何者だったのだろうか。
思い出せない。
僕はもう、物語の主人公にはなれないのだ。