鳥籠桃源郷
とにかく、老人は退屈だった。
お金は吐いて捨てるほどあったが、満たされない毎日である。
その上、体が言うことを聞かない。致命的だ。
ベットの上でさしも興味のない本を読んだり、聞き飽きた音楽に身をゆだねるぐらいしか娯楽がない。
そんな老人は、退屈しのぎにセールスマンを自分の部屋にまで通した。
セールスマンの打算的な丁寧さに辟易し、自分の部屋にまで連れてきたことを後悔する。
「退屈だそうで」
一本の杖を老人に渡す。
「この杖さえあれば、退屈な日々から解放されます」
杖を使って外へ出かけてみろとでも言いたいのか。
老人は、金を払わないことを決意し、渡された杖を握りしめる。
<Hello World>
空間に文字が浮かび上がる。
「なんだこれは」
老人の質問に対して、セールスマンは取扱説明書を片手に答える。
「他にも文字が浮かびあがってはおりませんか」
確かに、<Hello World> の下に<Go to another world>という項目がある。
「そこを注視してください」
すると<Which world do you want to go to?>と表示される。
「当社でおすすめしている世界は、<Interactive World>です」
「なんだその世界は」
「唱えていただければ全てわかります」
老人は仕方なく唱える。
「インタラクティブワールド」
途端、世界は闇に包まれる。
<Hello Interactive World>
<Now Loading......>
<The world will soon begin>
視界には、この家の使用人が見える。
浴室で体を洗っている。
最初は使用人をカメラ越しに見ているのかと判断したが、どうやら違うらしい。
視点は使用人そのものなのだ。
その姿態を、鏡越しに確認しているのである。
それから、浴室の湿気具合や使用人の陽気な鼻歌、そして健康な裸体を動かしている感覚に老人は狼狽するばかり。
視界が再び暗転。
そして、自分の部屋に戻っていた。
「いけません。途中で杖を離してしまっては、元の世界に戻ってしまいますよ」
「一体、今のはなんだ」
「ご自分で唱えたではありませんか。インタラクティブワールドですよ」
老人はもう一度使用人へ視点変動する。
洗い終え、浴槽に浸かっている。
彼女の視線が自分の体に向いていないため、こちらとしては何一つ面白くない。
「他の視点は見れないのか」
「<Setting>で<Viewpoint change>していただけば別の人物に移りますよ」
老人は<Viewpoint change>の項目を注視する。
今度は、使用人の夫の視点である。
リビングでテレビを視聴している。
その退屈な光景とは裏腹に、老人は久方ぶりに寒気以外で鳥肌が立った。
それからというもの、老人はインタラクティブワールドにのめり込んでいった。
老人は今までの退屈を取り戻すかのように、インタラクティブワールドの世界を探索していく。
他者の視点を借りて何でもできるのである。
イメージで捉えると、他者の視点というものは超自我の領域に居候するようなものだ。
超自我から見える光景は、老人がこれまで接してきた人間とは全く別の存在であった。
他者には見せない本性というものが、むき出しで現れている。
そして、老人を何よりも喜ばせたのは、官能の観察である。
最初は、使用人とその夫の性交を、夫の視点から観察することであった。
意外にも、普段気弱な使用人の方が積極的であり、夫は文字通り尻に敷かれていた。
こいつのケツは前から興味あったが、まさか顔面で味わうことができようとは。
部屋の中は、皮膚と皮膚が接触する音と、喘ぎ声だけが存在していた。
忘却の彼方にあった空間を久方ぶりに体感した老人は、感情も肉体も失禁した。
それからは、手当たり次第に考えられる官能の空間に視点変動していった。
男子禁制の地である浴室や更衣室、試着室には、一人の女の視点に入り、堂々と女の裸体を拝んだ。
それから、赤ん坊の視点に入り、母乳を合法的に戴くことにも成功した。
ぼやけた目線の先にいる母親は、全そのものであった。
あらゆる種類の女の体を拝見したあとは、ラブホに視点を移す。
そこでは、様々な性癖と男女の関係性が存在した。
不倫をしている女の視点は、背徳による高揚感と女が感じるオーガズムとはこういうものなのかと体感することができた。
しかし、男の醜い顔が間近であったことには辟易とした。
こうして、あらかたの快楽を知り尽くした老人は、異常性癖を有し、なおかつそれを実行している人間の探索を始める。
中には全く理解できない変態もいたが、2人ほどこれはと感心した視点があった。
一つ目の視点は、とある写真家の視点である。
この写真家はいわゆるセレブ御用達のカメラマンなのである。
そして、彼による撮影は個人で所有しているアトリエで行われる。
この家で、男は被写体と二人きりになるのだ。
そして、その被写体は、セレブたちの子供である。
要は、セレブ同士で自分たちの子供をペドフィリアの慰み物として利用しているのだ。
まったくもって最低の行いであり、そして最高の思想である。
この日、写真家は女児の撮影を行う。
「では、このドレスに着替えてもらおうか」
少女は男の目を気にする。
恥じらいが大切なのである。
男がいるにもかかわらず着替えられても困るのだ。
「私は隣の部屋で待っているから、着替え終わったら扉をノックしてくれ」
ただし、と男は続ける。
「下着は付けてはいけないよ」
訝しげに男を見る少女。
それはそのはずだろう。
だが、男は微笑むだけで部屋を後にする。
ペドフィリアたちのためにとは、言えるはずがない。
部屋を出た男は、隣の部屋から少女の着替えを覗く。
少女がいる部屋にかけられた絵画がマジックミラーとなっているのだ。
要するに、男が部屋を移動した意味はない。
ワンピースを脱ぎ、下着姿になる少女。
そして、その下着も外し、全裸になる。
疑問と恥じらいを感じながらも、全裸の上から服を着ていく。
男の視線は、脱いだばかりの下着に注がれる。
どうやら、こいつは女児の下着が性癖に刺さるらしい。
そして撮影が始まる。
「今、下着をつけてないけれど、どんな気分だい」
「なんか、変です。心もとないです」
そうかと言って、男は女児のスカートをめくり上げ始める。
「動かないで」
「恥ずかしいです」
「だからこそだよ」
ひざ上20センチのところでストップする。
これ以上は過剰である。
「下着を見てもいいかい」
女児の許可なくクローゼットの中に仕舞われていた下着を取り出す。
被写体は動いてはいけない。
「大きいな」
「そう、ですか」
「何、遠慮することはない。着替えの時に他の子の胸をみるだろ」
確かに、この年の女児にしては立派なものである。
「では、今度は自分でスカートをあげてみよう」
「こう?」
「膝よりも下ではないか。君のすべてを見せなくてはいけないよ」
女児は赤面しながらも、下半身を露出させた。
<Connection lost>
<Now that the connection is confirmed, restart the interactive world>
「今日の撮影はこれで終了だよ」
撮影した写真を手に、男はだだっ広い風呂場に向かう。
そこには、黒い手袋を付けた女がおり、その手はぬらぬらと光輝いている。
男は椅子に座り、一心に写真を見る。
その写真は少女がスカートをたくし上げ、下半身を露にしているものである。
また別の日、今度は男の子がやってきた。
「これを着なさい」
そう言って男の子に渡した服は、女児に渡したようなドレスであった。
それから下着も女児向けである。
「着方がわかりません」
「それなら、私が着せてあげよう」
そして男の子の服を脱がせ始める。
ブラは単に体を拘束する布に過ぎず、パンティは心もとないが、男の子ぐらいのペニスであれば容易に収めることができる。
男は着脱の最中、男の子の耳元で「可愛いよ」、「君は女の子なんだよ」といった言葉を囁く。
<Viewpoint change>
なんと色気のある声なのだ。
耳のくすぐったい感じが堪らない。
<Viewpoint change>
男児は女装を終え、撮影していく。
翌週、また少年の撮影である。
「今度は自分で着替えられるね」
男は隣の部屋に行く。
少年は服を脱ぎ始める。
なんと、ペニスが勃起しているではないか。
これではパンティに収めることができない。
そして、男の子はその状態を解消する方法をまだ知らないのである。
その様子を見ていた男は部屋に入る。
「僕、変な気分なんです」
ペニスの膨張は依然続いている。
「帰りなさい。今日の撮影は中止です」
冷酷な一言であった。
泣き出しそうな男児である。
「君はまだ女の子になれていないのです。男の子でいたいという邪念がペニスに象徴されています」
どうやら、男は男児を性的に見ているが、性的な存在にはなって欲しくないようだ。
それから一月後、男児の撮影である。
隣の部屋からのぞく。
そこからは、一人の女の姿が見えた。
セックスを知らないにもかかわらず、その直前であるような面持ちで下着とドレスを着用していく。
すね毛は綺麗に取り除かれていた。
二つ目の視点は、とある夫人の使用人である。
夫人は最愛の息子を亡くしており、人生に絶望していた。
その夫人を少しでも慰めようと、使用人は息子の代わりとなる存在を提供することを決意する。
使用人は、コインロッカーに向かう。
そこは、無計画に子供を産んだ男女がその子供を捨てに来る場所である。
使用人はそこから男児のみを連れて行く。
そうして連れて来られた男児は、顔を整形させられ、そして去勢も施される。
使用人が男の子たちを夫人に提供すると、夫人はいたく喜んだ。
そして、夫人は息子そっくりの男の子たちと、昼は雅な芸術に戯れ、夜は淫らなまぐわいを繰り広げるのだった。
ようやくママと一体になり、舌を溶かし合いながら行為に耽る子。
その甘美な瞬間を今か今かと待ちわびているのが二人。
すでに一度果て、夫人の乳を吸う幼児に退行した子。
それから、我慢できずに性交している様子を見ながら自分の手で慰めている子。
そうした状況を使用人はただ観察している。
異様だ。
まるで俺のために用意された肉林と、それを見る視点のようだ。
穢れた存在がなく、悦びに包まれた空間である。
饗宴が終わり、子供たちは寝床に移る。
そして、深夜近くなって旦那が帰ってくる。
夫人は、すでに眠っているので、使用人だけが応対の相手である。
見るからに仕事人間という風体をしている旦那は、着替えをすると、明日のために夫人が寝ている閨房に足を踏み入れる。
「夫人は薬で眠っております。あと10時間は目を覚ましません」
「そうか」と旦那は機械的に答える。
寝ている夫人の唇にキスをする。
童話のようにキスでは目覚めないことを確認すると、旦那は夫人の体をまさぐりだす。
憂鬱そうな香気を纏いつつも、淫靡な姿態によって旦那の官能を煽情させていく。
執拗に夫人の過敏な箇所に触れていき、ときおり夫人の体が小刻みに震える。
俺はドニアザードなのか。
彼女もまた、こうした光景を千夜一夜見ていたのだろうか。
旦那は夫人を力強く抱きしめながら終焉を迎えた。
「ありがとうママ。これで明日も頑張れるよ」
老人は別の世界にも行ってみたくなっていた。
インタラクティブワールドを一通り満喫したからである。
果たして次はどんな世界があるのか。
世界選択画面に移行する。
すると、<World after death>という項目があるではないか。
死んだ後の世界を先に体感できるとは不思議以外のなにものでもない。
そして、老人は何の疑いもなく、<World after death>を選択する。
一瞬の激しいスパークが老人の全身を襲う。
<Hello World After Death>
<Now Loading......>
<The world will soon begin>
老人は次の世界にいった。