第80話「《ターニングポイント》」
後書きには感謝言葉を……
暫く俺とマキナの旅の思い出を見せられた。
なんてことも無い、ただダラダラと旅をしているそんな記憶だ。
あの頃の俺たちは、ただ前へと進んでいた。何か特別な目的があったわけでもない。
けれど、一緒にいることが当たり前で、別れるなんて考えたこともなかった。
そしてついにやってきた。俺とマキナのターニングポイントが。
それは些細なことだった。俺とマキナは喧嘩をした。
マキナに、出会った日がいつか覚えているか?と聞かれた俺が、覚えてないと答えた。それだけだ。
そんなことで俺とマキナは別々で旅をすることになった。
……今思えば、どうでもいいことだった。
出会った日がいつだったかなんて、正直どうでもいい。
大事なのは、今もそばにいるかどうか――そのはずだったのに。
当然今まで二人で旅をしていたとはいえ、ほとんど戦闘をしていたのはマキナだ。
俺は道中かなり苦戦した。なんせ攻撃魔法なんて使えないのだから。
魔物が襲ってきても、俺にできるのは逃げることか、隠れることくらい。
それでも、どこかで意地を張っていた。
マキナがいなくても、俺はやれる。
俺は俺のやり方で、生きていける――。
そう思いたかった。
そうして俺はしばらくの間、一人で旅をする。
新しい仲間を見つけては、別れ。またある時は冒険者仲間に罠に嵌められたこともあった。
孤独だった。だが、マキナの名前を出すのは癪で、あえて意地を張り続けた。
そんなある時だ。その日は突然やってきた。
『神』と名乗る者が俺の前に現れたのだ。
『やぁ、そこの君、今一人かい?』
妙に馴れ馴れしい声が、俺の背後から響く。
振り返ると、そこにいたのは――赤と青の派手な衣装に身を包み仮面を被った、いかにも怪しいピエロがそこにいた。
「なんだお前は。俺にピエロの友達なんて居ないぞ」
無意識に警戒する。
なんだ、この胡散臭い雰囲気は。
冒険者として、いろんな奴に会ってきたが――こいつは違う。
何かが引っかかる。理由は分からないが、俺の本能が「ヤバい」と告げていた。
『……君、この世界の者じゃないネェ』
心臓が、跳ねた。
俺の中の何かが警鐘を鳴らす。
こいつは何者だ。何を知っている?
――いや、それよりも。
俺がこの世界の人間じゃないと、なぜ知っている?
「………どうしてそう思う」
『私には分かる。何せ神だから』
「へぇ~この世界にも神って居たのか。知らなかったぜ」
わざと軽く流してみせるが、内心は焦っていた。
こいつの正体が分からない――それが、異様に不気味だった。
ピエロは笑い、俺に近付いてくる。
俺は気付かれないように、足に力を込め、すぐにでも動けるように身構えた。
『マキナは今何をしているんだい?』
「なぜ今マキナの話が出てくる……今は喧嘩中だ」
――しまった。
俺は口が軽すぎたのかもしれない。
こいつがマキナのことを知っている理由を考えもせず、自然に答えてしまった。
こんな見るからに怪しい道化に、何をベラベラと……。
『そうかい……うん、答えてくれてありがとう』
「……あ?てかお前誰だよ。名を名乗れ。俺はフィーだ。さぁお前も名乗れ、神さんよ」
『……俺……いえ、私の名はエーシル。この世界の統治者だよ』
道化はそう答えた。ニヤリと笑いながら。
――この瞬間、俺は直感した。
コイツはヤバい。
関わっちゃいけない存在だ。
だけど――もう遅い。
「統治者?なるほど?だから神ってか?」
『この世界には私以外にも神は居る。ただ、この世界を管理しているのは私』
――本能が、叫んでいた。
目の前の道化――エーシルは、ただの神じゃない。
いや、神なんてものが本当にいるなら、俺は今、その「本物」と相対しているのかもしれない。
逃げなきゃならない。
だけど、今ここで背を向けるのは――もっと悪手な気がする。
「……へぇ~そうかい。じゃあよ、俺に攻撃魔法を使えるようにしてくれよ。神なんだろ?」
軽い冗談のつもりだった。
だけど、この一言がすべての始まりだった。
『……いいでしょう。あなたの願い、叶えましょう。ただし、私のやり方でネェ』
――俺は、この時の軽率な発言を、すごく後悔している。
俺だけならまだ良かった。
だが、俺のこの発言一つで、どれだけの人間が巻き込まれることになったか――。
あんな結末になるくらいなら、俺はこのまま回復魔法だけで満足しておくべきだった。
今更、後悔してももう遅いが。
『……さぁ、フィー。私と盟約を結ぼう』
ピエロは俺に向かって、手を差し伸べた。
その手を取れば、俺は――もう戻れない。
だけど。
「――誓う」
俺は、何も知らないまま、その手を取った。
この先に何が待っているかも知らずに。
その瞬間、俺の体が光り出し、辺りが、世界が眩い光に包まれた。
気付けば俺は真っ白な空間にいた。
「……なんだ?あのピエロ野郎、何しやがった!」
無重力のような浮遊感。足元に確かな感触はなく、どこを見渡しても白以外の色が存在しない。
音もない。風もない。ただ、圧倒的な”無”だけが広がっていた。
『ようこそ、フィー。私の世界へ』
背後から、あのピエロ――エーシルの声が響く。
「おい、ピエロ野郎!俺に何をした!早くここから出しやがれ!」
反射的に振り返り、拳を握る。
だが、その拳は空を切るだけだった。
『あなたは盟約に誓いました。あなたは攻撃魔法が欲しいと唱えた。私はあなたの願いを叶えますよ』
エーシルは楽しそうに笑いながら、ゆっくりと俺の前に現れる。
『……では、私の願いも聞いてくれなければ困りますネェ』
「……お前の願い?」
俺は奥歯を噛み締める。嫌な予感しかしない。
盟約は絶対――それはゼウスから聞かされていた。
つまり、エーシルが俺に"代償"を求めることは間違いない。
『私は……自分だけの世界が欲しいんです』
「……世界?」
俺の眉が僅かに動く。
『今のこの世界は実質的にゼウスが支配しているようなもの。……しかし、それは仕方の無いことなのです』
エーシルの目が細められる。
そこには、明確な"憎しみ"が滲んでいた。
『彼女は強い。私や他の神でさえ歯が立たない程に――…………違う……違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違ーーーーうっ!!そうじゃない!そうじゃないだろぉぉぉぉぉぉ』
突如、彼の表情が崩壊する。
狂気がその顔を覆い、空間が軋むような異音を発し始める。
ゾワリ、と背筋が凍る。
直感する。こいつは――危険だ。
『私が統治者だ!私が管理者だ!ゼウス、お前じゃない!!……私には救いたいものがいます。その為ならこの世界もどうせ……フン、まぁいいです。フィー、今の君に私の苦しみは分からない。いずれ訪れる絶望を味わえば、初めて私の感情を理解できるでしょう』
「……おい、何言って――」
俺は言葉を挟むが、エーシルは意に介さない。
ただ狂ったように笑い、喚き散らしていた。
『……それを覆すには、あなたが必要なのです』
なんだこの違和感は。このピエロ野郎ふざけた格好をしてはいるが、何故か同情心が湧いてくる。
「なぜ俺なんだ。俺じゃなくても良かっただろ」
『理由は三つありますネェ』
彼は指を三本立てる。
・『この世界の者じゃない』こと。
・何かが欲しいという強い願望があること。
・まだ誰とも盟約を交わしていないこと。
確かに――俺はこの三つに当てはまる。
だが、それがどうした。
「……俺に何をする気だ」
俺の声が低くなる。
『あなたに魔法を授けます。それは圧倒的な闇の力。神をも殺すことが出来る圧倒的な闇の力を』
エーシルは恍惚とした表情で言う。
『これは私が授けるというよりも……この世界が盟約に従い与えるのですがネェ』
ピエロの笑みが、ますます不気味に見えた。
『その代わりに――』
彼は、にたりと笑う。
『私にこの世界を下さい』
……理解した。
こいつは、俺を利用する気だ。
俺に"神を殺せる力"を与え、ゼウス……マキナを排除させる。
その結果、この世界を丸ごと"奪う"つもりだ。
「……嫌だと言ったら?」
俺は睨みつける。
『もう既に盟約は始まっている。一方的な盟約はリスクを背負います。しかしあなたは誓うと確かに言いました。もう無駄ですネェ』
絶望が、胃の奥から込み上げる。
……俺は、やっちまったのか。
迂闊だった。あまりにも、迂闊だった。
"盟約"がどういうものかも理解せず、ただ勢いで誓ってしまった。
これじゃあまるで――
詐欺に引っかかった馬鹿みたいじゃねぇか。
「フィーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
その時――聞き慣れた声が響いた。
『ちっ……ゼウス……こんなところまで……しかしもう遅いっ!盟約は既に交わされたっ!!』
「……マキナ」
俺は振り返る。
そこに――ゼウス・マキナがいた。
彼女は神々しい力を解放し、白い光を纏っている。
その顔には、今まで見たことがないほどの"怒り"が宿っていた。
『エーシル……お前、フィーになにをした』
静かな問い。
しかし、それが逆に"本気の怒り"であることを物語っていた。
『……私は何もしていないですよ。これから始まるのです。新たな時代が……私の時代が!』
エーシルが狂ったように笑う。
そして、俺とマキナを交互に見て――
『ゼウス……あなたには感謝しています。フィーが居なければ私の願いは叶わなかった………また、あなたが一緒に居れば必ず私の邪魔をしていたことでしょう。まぁそれも私には分かっていたことですが。|運命はこうなるように設定されている《・・・・・・・・・・・・・・・・・》』
確信に満ちた声。
『あなた方が別々で行動していたのは、そのまさに運命っ!!……私はずっと機を伺っていたのです』
俺は拳を握り締める。
「……俺のせいか」
結局、こうなる運命だったのか。
俺があの時、あんな軽率なことを言わなければ――。
この結果は、変わっていたのか。
『さぁ……再構築が始まります。私の世界が……そうそう言い忘れていました。ゼウス・マキナ……お前は私の世界に必要ありません。お前は連れていきませんよ?ではサヨウナラ』
エーシルは高笑いをしながら姿を消した。
「…………マキナすまん」
俺は苦しげに呟く。
『フィーが謝ることじゃない。我のせいだ。今まで黙っていた。悪い。我は神……ゼウス・マキナだ。ずっと隠していた。フィーに嫌われる気がしたから』
「……バカだな」
俺は笑う。
「俺がそんなことで、お前を嫌いになるわけないだろ。それになんとなく察しはついてた」
マキナの目から、涙がこぼれる。
『……フィー、ごめんなさい』
俺はマキナを強く抱きしめた。
「……俺の方こそ、ごめんな」
そして、俺たちは口付けを交わした。
――世界が終わるその直前、俺たちは確かに愛を誓った。
ご覧頂きありがとうございました。
ついに80話にして、作者のずっと書きたかった所までやっと書けたという感じですw
当初の目的は100話まで書くっ!でした。
(この調子だと100話は超えそうです^^;)
とうとう明かされたフィーとマキナの過去。
《フィーとマキナの旅の話:過去編》なんかもいつか書けたらいいなと思っていますので、
引き続き応援よろしくお願いします。
恐らくこの二人のことです。
イチャイチャした旅でもしていたんでしょう。
【改めて皆さんに】
20万字を超える長編をここまで見て頂いている皆様には、本当に感謝しております。感謝の気持ちを伝えたくて長くなりました。すみません。では、次回!