第78話「マキナ」
ご覧頂きありがとうございます!
もしよければイイネ押して頂けると嬉しいです!
俺は……何をしている……。
何を見せられている……?
「じゃあ甘いキッスも見せてもらったところで! これからどうするか考えようか!」
オーディンの明るい声が響く。
それに反して、俺の意識はどこか遠のいていた。
俺はエルザとお互いの存在を確かめ合い、涙を流し、抱きしめ合う。口付けまで交わした。
しかし、それはエルザからの一方的なものだ。
……俺の心は冷え切っていた。
なにも考えられない。頭が真っ白だ。
そう言えば……俺の中にいたアイツは、何をしているんだ……?
『我と半身、オーディンはエーシルを追う。やつを何とかしなければ、まだ終わらない。……お前達は暫く休んでいろ』
「……すまない、神マキナ」
エルザの声は沈んでいた。
「…………我も少しここに残っていいか?」
と言うのは、ゼウスだ。
『半身……分かった。では我とオーディンで追う。後から来い』
そう言うと、マキナとオーディンは姿を消した。
残されたのは、俺とゼウス、そしてエルザの三人だ。
「……では、我が変わろう、エルザ」
ゼウスが静かに歩み寄る。
「何を言う。アスフィは私のひざ枕がいいのだ!」
「…………我はアスフィと話がしたい」
「アスフィは今、話せる状況じゃないだろう」
「だから話せるようにする。誰でもない、我がな」
ゼウスはアスフィに近づき――
「――我と盟約を交わそう。アスフィ・シーネット」
その瞬間、アスフィとゼウスの体が淡い光に包まれた。
(正気か……ゼウス)
俺は何かに引きずり込まれるような感覚を覚えた。
✳︎✳︎✳︎
ここは…………どこだ。
目の前に広がるのは見慣れない街並み。古びたアパートが並び、狭い路地が入り組む。空はどこまでも曇っていて、灰色の世界が広がっている。
見覚えはない。
……はずなのに、胸の奥が苦しくなる。
(俺の故郷だ)
あいつの声が響く。
故郷……?
(お前の故郷でもあるかもしれないな)
俺の……? 俺はこんな場所を知らない。こんな陰鬱な街に心当たりなんて――
「おいケンイチく~ん? 金貸してくんない? 俺達今月ピンチなんだよね~?」
突然、男の声がした。
振り返ると、そこには数人の男たちがいた。いや……“不良”とでも言うべきか。髪を染め、だらしなく制服を崩し、薄汚れた笑みを浮かべている。
こいつらは?
(俺の敵だ)
……敵?
「おいコラ……早く出せやフィーッ!!」
フィー……?
何故だろう。その言葉を聞いただけで、吐き気がした。
(あだ名だ。俺は高校に通う、ただの惨めな人間だった)
惨めな……?
「絶対返すからよ?そうだな、 百年後になっ! あははははははは」
「お前それぜってぇ返さねぇやつじゃん!!」
クズ共が下品な笑い声を響かせる。
何なんだこいつら……こんなやつらに、どうして金を渡している……?
(最初は抵抗した。でも、無駄だった。複数人に囲まれたら、どうしようもない。逆らう気なんて起きなくなる)
……戦うことすら諦めたのか。
これが、ゼウスの……いや、俺の過去だというのか?
……
…………
………………
おい俺、何してんだ。
ここは?
(学校の屋上だ)
屋上……?
何しに来た……?
(人生を終わらせに来た)
………。
ふざけるな。
(……正直怖かったさ)
ならやめればいいだろ。
(怖さよりもウンザリしていたんだよ。この世界に)
ゼウスと俺が、屋上の柵の向こう側に立っている。
その足が、今にも浮き上がりそうになっているのを、俺はただ見ていることしかできない。
「……もう俺はうんざりだ。こんな世界とはさっさとおさらばだ……とは言え怖いな……」
……だったらやめろ!!
(でも、この世界で生きるよりはいい。俺がここを飛び降りれば、俺をバカにしてきた連中も、それを見て見ぬふりした連中も、裁きを食らうはずだ)
そんな確証……あるわけがないだろ……!
(そう、そんな確証あるわけない。ただの願望だ……)
願望で……死のうとしたのか。
そうして、俺は――
飛んだ。
…………
………………
……………………終わりか。
(………終わったな)
これが、ゼウスの過去。
……いや、俺の過去だと言うのか?
(お前を呼び覚ますためだ。すまない)
……なぜ謝る。
俺は……俺自身が、これを忘れようとしていたのか。
ゼウスは、俺を……“アスフィ”を目覚めさせようとしている。
(そのためにあいつはお前を生かすことを選んだ)
✳︎✳︎✳︎
――うわあああああああああああああああ!!
気づけば、俺は空中を自由落下していた。
周囲には、見慣れない景色が広がっている。
見下ろせば、遥か彼方の地面が迫ってくる。スカイダイビングのような感覚……だが、そんな余裕はなかった。
このまま落ちれば――死ぬ。
[地面衝突まで残り五百メートル]
やばいやばいやばい!! 死ぬ! 死ぬ!! 死ぬーーーーー!!!
風が耳を裂くように唸り、恐怖が心臓を握り潰すように襲いかかる。
俺は死ぬ。
二度目の死を迎える――はずだった。
だが――
死ななかった。
「……あれ?」
気づけば、宙に浮かんでいた。
地面に激突する寸前で、何者かの手が俺を掴んでいたのだ。
視線を上げると、そこには白髪の少女がいた。
どこか冷静な顔で、俺を見下ろしている。
「いきなり空から降ってきたが、お前、自殺志願者か? 止めない方が良かったか?」
無機質な声。
だが、その言葉の裏に隠された意味を、俺はすぐには理解できなかった。
「……いや、その……ありがとう?」
俺は、助けられたのだ。
……この世界で、再び生きることになってしまった。
「お前、名は?」
少女が問う。
「……名前より先に、ちょっと降ろしてくれない?」
「ああ、我としたことが忘れていた」
少女は軽く手を動かすと、俺の体はふわりと宙を舞い、ゆっくりと地面へ降ろされた。
足が地に着く。
今度こそ、生き延びたのだと実感する。
……死のうとしたのに、結局また生きてしまった。
「とりあえず礼を言うよ。俺は……フィーだ」
「フィー? なんか変な名前だなお前」
「まぁ……元いた世界のあだ名みたいなもんだ」
そう言いながら、俺の胸にチクリと痛みが走る。
――フィー。
それは俺が過去に呼ばれていた、侮蔑のあだ名。
“料金”や“手数料”を意味する言葉。
あのクズ共が俺を金づる扱いし、勝手に押し付けた名前だ。
その名を呼ばれるたび、俺は自分の存在価値が“金を取られるだけの存在”でしかないと痛感した。
そんな嫌な過去を背負いながら、俺はここでまた“フィー”と名乗ることになった。
……皮肉なもんだな。
「……ならフィーよ、我は忙しい。花に水をやらないといけないからな。お前もするか?」
「え? あ、ああ……うん?」
俺は一体何をしているんだろう……。
戸惑いながらも、目の前の少女の言葉に従い、俺は水を汲み始める。
それにしても――
「……そうだ」
俺はふと思い出す。
この少女の名を、まだ聞いていない。
「君の名前、教えてくれよ」
少女は振り向くと、静かに答えた。
「我か? 我はマキナだ。そこの花はもう水をやったから、その隣をやってくれ、フィー」
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
――マキナ。
俺は、ようやく“原点”へと辿り着いたのだ。
マキナ、彼女は一体。




