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攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。-俺は何度でも救うとそう決めた-  作者: 水無月いい人
第六章 《第一部》ヒーラー 絶望と反撃の覚醒篇

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第78話「マキナ」

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 俺は……何をしている……。


 何を見せられている……?


「じゃあ甘いキッスも見せてもらったところで! これからどうするか考えようか!」


 オーディンの明るい声が響く。


 それに反して、俺の意識はどこか遠のいていた。


 俺はエルザとお互いの存在を確かめ合い、涙を流し、抱きしめ合う。口付けまで交わした。


 しかし、それはエルザからの一方的なものだ。


 ……俺の心は冷え切っていた。


 なにも考えられない。頭が真っ白だ。


 そう言えば……俺の中にいたアイツは、何をしているんだ……?


『我と半身、オーディンはエーシルを追う。やつを何とかしなければ、まだ終わらない。……お前達は暫く休んでいろ』


「……すまない、神マキナ」


 エルザの声は沈んでいた。


「…………我も少しここに残っていいか?」


 と言うのは、ゼウスだ。


『半身……分かった。では我とオーディンで追う。後から来い』


 そう言うと、マキナとオーディンは姿を消した。


 残されたのは、俺とゼウス、そしてエルザの三人だ。


「……では、我が変わろう、エルザ」


 ゼウスが静かに歩み寄る。


「何を言う。アスフィは私のひざ枕がいいのだ!」


「…………我はアスフィと話がしたい」


「アスフィは今、話せる状況じゃないだろう」


「だから話せるようにする。誰でもない、我がな」


 ゼウスはアスフィに近づき――


「――我と盟約を交わそう。アスフィ・シーネット」


 その瞬間、アスフィとゼウスの体が淡い光に包まれた。


(正気か……ゼウス)


 俺は何かに引きずり込まれるような感覚を覚えた。


 ✳︎✳︎✳︎


 ここは…………どこだ。


 目の前に広がるのは見慣れない街並み。古びたアパートが並び、狭い路地が入り組む。空はどこまでも曇っていて、灰色の世界が広がっている。


 見覚えはない。


 ……はずなのに、胸の奥が苦しくなる。


(俺の故郷だ)


 あいつの声が響く。


 故郷……?


(お前の故郷でもあるかもしれないな)


 俺の……? 俺はこんな場所を知らない。こんな陰鬱な街に心当たりなんて――


「おいケンイチく~ん? 金貸してくんない? 俺達今月ピンチなんだよね~?」


 突然、男の声がした。


 振り返ると、そこには数人の男たちがいた。いや……“不良”とでも言うべきか。髪を染め、だらしなく制服を崩し、薄汚れた笑みを浮かべている。


 こいつらは?


(俺の敵だ)


 ……敵?


「おいコラ……早く出せやフィー(・・・)ッ!!」


 フィー……?


 何故だろう。その言葉を聞いただけで、吐き気がした。


(あだ名だ。俺は高校に通う、ただの(みじ)めな人間だった)


 惨めな……?


「絶対返すからよ?そうだな、 百年後になっ! あははははははは」


「お前それぜってぇ返さねぇやつじゃん!!」


 クズ共が下品な笑い声を響かせる。


 何なんだこいつら……こんなやつらに、どうして金を渡している……?


(最初は抵抗した。でも、無駄だった。複数人に囲まれたら、どうしようもない。逆らう気なんて起きなくなる)


 ……戦うことすら諦めたのか。


 これが、ゼウスの……いや、俺の過去だというのか?


 ……


 …………

 

 ………………

 

 おい俺、何してんだ。


 ここは?


(学校の屋上だ)


 屋上……?


 何しに来た……?


(人生を終わらせに来た)

 

 ………。


 ふざけるな。


(……正直怖かったさ)


 ならやめればいいだろ。


(怖さよりもウンザリしていたんだよ。この世界に)



 ゼウスと俺が、屋上の柵の向こう側に立っている。


 その足が、今にも浮き上がりそうになっているのを、俺はただ見ていることしかできない。


「……もう俺はうんざりだ。こんな世界とはさっさとおさらばだ……とは言え怖いな……」


 ……だったらやめろ!!


(でも、この世界で生きるよりはいい。俺がここを飛び降りれば、俺をバカにしてきた連中も、それを見て見ぬふりした連中も、裁きを食らうはずだ)


 そんな確証……あるわけがないだろ……!


(そう、そんな確証あるわけない。ただの願望だ……)


 願望で……死のうとしたのか。


 そうして、俺は――


 飛んだ。


 …………


 ………………


 ……………………終わりか。


(………終わったな)


 これが、ゼウスの過去。


 ……いや、俺の過去だと言うのか?


(お前を呼び覚ますためだ。すまない)


 ……なぜ謝る。


 俺は……俺自身が、これを忘れようとしていたのか。


 ゼウスは、俺を……“アスフィ”を目覚めさせようとしている。


(そのためにあいつはお前を生かすことを選んだ)


 ✳︎✳︎✳︎


 ――うわあああああああああああああああ!!


 気づけば、俺は空中を自由落下していた。


 周囲には、見慣れない景色が広がっている。


 見下ろせば、遥か彼方の地面が迫ってくる。スカイダイビングのような感覚……だが、そんな余裕はなかった。


 このまま落ちれば――死ぬ。


 [地面衝突まで残り五百メートル] 


 やばいやばいやばい!! 死ぬ! 死ぬ!! 死ぬーーーーー!!!


 風が耳を裂くように唸り、恐怖が心臓を握り潰すように襲いかかる。


 俺は死ぬ。


 二度目の死を迎える――はずだった。


 だが――


 死ななかった。


「……あれ?」


 気づけば、宙に浮かんでいた。


 地面に激突する寸前で、何者かの手が俺を掴んでいたのだ。


 視線を上げると、そこには白髪の少女がいた。


 どこか冷静な顔で、俺を見下ろしている。


「いきなり空から降ってきたが、お前、自殺志願者か? 止めない方が良かったか?」


 無機質な声。


 だが、その言葉の裏に隠された意味を、俺はすぐには理解できなかった。


「……いや、その……ありがとう?」


 俺は、助けられたのだ。


 ……この世界で、再び生きることになってしまった。


「お前、名は?」


 少女が問う。


「……名前より先に、ちょっと降ろしてくれない?」


「ああ、我としたことが忘れていた」


 少女は軽く手を動かすと、俺の体はふわりと宙を舞い、ゆっくりと地面へ降ろされた。


 足が地に着く。


 今度こそ、生き延びたのだと実感する。


 ……死のうとしたのに、結局また生きてしまった。


「とりあえず礼を言うよ。俺は……フィーだ」


「フィー? なんか変な名前だなお前」


「まぁ……元いた世界のあだ名みたいなもんだ」


 そう言いながら、俺の胸にチクリと痛みが走る。


 ――フィー。


 それは俺が過去に呼ばれていた、侮蔑のあだ名。


 “料金”や“手数料”を意味する言葉。


 あのクズ共が俺を金づる扱いし、勝手に押し付けた名前だ。


 その名を呼ばれるたび、俺は自分の存在価値が“金を取られるだけの存在”でしかないと痛感した。


 そんな嫌な過去を背負いながら、俺はここでまた“フィー”と名乗ることになった。


 ……皮肉なもんだな。


「……ならフィーよ、我は忙しい。花に水をやらないといけないからな。お前もするか?」


「え? あ、ああ……うん?」


 俺は一体何をしているんだろう……。


 戸惑いながらも、目の前の少女の言葉に従い、俺は水を汲み始める。


 それにしても――


「……そうだ」


 俺はふと思い出す。


 この少女の名を、まだ聞いていない。


「君の名前、教えてくれよ」


 少女は振り向くと、静かに答えた。


「我か? 我はマキナだ。そこの花はもう水をやったから、その隣をやってくれ、フィー」


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


 ――マキナ。


 俺は、ようやく“原点”へと辿り着いたのだ。

マキナ、彼女は一体。

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