表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/285

第71話「全滅」

不吉なタイトルで始まった回ですが。最後までご覧いただけると嬉しいです。

ハクという女が俺達の前に現れた。

彼女の微笑みは、まるで勝利を確信した者のそれだった。


どうやら俺の魔法は彼女には通用しないらしい。


「なら私が遊んでやろう」


エルザが前に出た。

その言葉とは裏腹に、彼女の動きにはいつもの余裕がなかった。


「……くっ」


「エルザッ!」


「……大丈夫だ、問題ない」


エルザは短くそう言ったが、明らかに無理をしている。

ハクは微動だにしない。ただ立ち尽くしているだけだ。それなのに、エルザが攻撃を仕掛けるたび、逆に自らが傷ついていく。


「その小細工はなんだ……どんな魔法だ」


「教えるわけないでしょう」


「防御魔法の一種ですね……見たことは無いですが、聞いたことがあります」


「……さすが博識ですね、『白い悪魔』さん?」


よく見ると、黄色の薄い膜のようなものがハクの体を覆っていた。


なるほど、防御魔法か。俺は初めて見るな。


「お前達は私に傷一つ付けることすら出来ません」


「……そうか……そうかもしれないなぁ……だが、そこまで防御に特化していては攻撃手段もあるまい」


「……」


「図星か……」


さすがの観察眼だエルザ。

確かに、祝福(さいのう)は一つだ。ルクスのような『あらゆる魔法を扱える』というチート以外は……。


「なぁ、ルクス。お前あのハクの魔法使えないのか?」


「詠唱を聞けば再現できますね。魔法に必要なのは詠唱よりもイメージです」


それはかつて、ミスタリスでルクスが教えてくれたものだ。


「しかし、初めて使う魔法の場合は別です。詠唱を聞かないとその魔法のイメージすら出来ませんので」


ルクスは冷静に答えるが、その瞳には焦りの色が浮かんでいた。


「私が攻撃出来ないから?それがどうしたと言うのです。お前達は、この私を見過ごす事ができるのですか?」


その言葉に、俺の心はさらにざわついた。

逃げられるわけがない。だが、このままでは勝ち目もない。


「私がやります」


ルクスの声が静かに響いた。


「ルクスっ!?」


「やめておけルクス、私の攻撃さえ通じないのだ」


「……しかしこのままでは埒が明きません!」


ルクスの瞳には恐怖と決意が入り混じっていた。

小さな体が震えているのが分かる。それでも彼女は前に出ようとする。


「さぁ、早くしないと夜になりますよ?」


ハクの挑発的な笑みに、胸の奥で何かが軋んだ。


なぁ……聞こえるか?


(なんだ)


どうすればいい?


(なぜ俺に聞く)


お前なら何か知ってるんじゃないのかと思ってな。


(知るわけないだろ。ハクなんて初めて見たよ)


そうか。


(……お前のその杖をルクスに貸してやれ)


なに?母さんの杖をか?


(俺が知る限り、魔法という分野において、ルクスに勝る者はいない)


どういうことか分からんが、とにかくルクスに渡せばいいんだな?


(ああ……どうなるかは知らんがな)


内心で舌打ちをしつつ、俺は決断した。


「ルクス!!」


「はい、なんでしょうアスフィ?」


「……これを使って最大威力の魔法を放て」


「アスフィの杖を使って……ですか?……しかしそんなことをしたら――」


「お前たちは俺が守る。心配するな。死なせやしない……すこし地獄を見ることになるかもしれないが……」


それはかつて俺が模擬戦で経験した、永遠とも感じた絶えず続く”死ねない痛み”だ。


俺の言葉に、ルクスは一瞬だけ目を伏せ、そして頷いた。


「………お前達、まさか私に魔法を放つ気ですか?バカですか?さっき見たでしょう、私の防御魔法はあらゆる攻撃を反射します。ダメージを負うのはお前達だけです」


ハクの声には、冷たくも確かな確信が宿っていた。

だが、もう後戻りはできない。


「………分かりました。アスフィの言う通りにします」


「うむ、考えは分かった。私も覚悟を決めた。元より未来の夫の考えに反対する気など無いがな!!」


エルザの堂々とした言葉に、俺は思わず苦笑した。


「ルクスっ!やれ!」


「はいっ!!」


「まさかお前達、本気なのか……?」


「天から授かりしこの祝福(ちから)


「無駄だと言うのに……死ぬのはお前たちだけです」


「ああ、双黒(そうこく)よ。我が魂に打ち震えよ――」


……ん?いつもの爆炎の嵐(ファイアーストーム)じゃないのか?


(これはルクスの取っておきだな)


……なに?


「今から私がお前の主である。ルクス・セルロスフォカロが命ず。目の前の敵を討ち滅ぼせ――」


「『双黒龍の息吹(ドラゴンブレス)!』」


ルクスが放ったその魔法は、禍々しい黒い炎と共にハクを飲み込んだ。

その瞬間、轟音が辺り一帯を揺るがし、視界が真っ白になるほどの閃光が走る。


「はぁ……はぁ……どうでしょうか」


ルクスの肩が上下している。彼女の全身から力が抜け、杖を握る手が小刻みに震えていた。


「………フフッ」


ハクの笑い声が煙の中から響く。


「やはりダメか……」


エルザが低く呟いた。だが、何かが違う。ハクの声に含まれた、微かな苦痛――。


「……私の防御魔法を貫通するとは面白いです」


煙が晴れると、ハクの身体はボロボロになっていた。防御魔法を持ってしても完全には防ぎきれなかったのだろう。


「……まさか私の祖先の魔法を使ってくるとは……どこでそれを?」


「……分かりません。頭に流れ込んできたのを詠みました」


ルクスが静かに答える。その言葉に、ハクは薄く笑みを浮かべた。


「……フフッ……そうですか……」


俺の時と同じだ……俺の魔法も誰かに教わった訳じゃない。ただ、頭に浮かんできた文字を詠んだ。それだけだった。


「さぁ観念しろハク!私達の勝ちだっ!」


エルザが凛とした声で宣言する。だが――。


「……何を言っているのやら。私はまだなにもしていませんよ(・・・・・・・・・・)?」


「……なに?」


ハクが微笑みながら着物に手を掛けた。


「ア、アスフィ見ちゃダメですッ!!」


「おい!やめろルクス!今はそれどころじゃ――」


ルクスが俺の目を覆ったが、指の隙間から見えた光景に言葉を失った。

ハクの白い肌が、青黒く変色し始め、骨が軋む音と共に体が膨れ上がっていく。


「なに……?」


「ドラゴン……だと」


俺たちは立ち尽くしていた。目の前の女が、徐々に恐るべき姿へと変貌していく。


「そんな……まさかこんな事が……」


翼が生え、尾が伸び、頭には鋭い角が生えた。その姿はまさしく伝説で語られるドラゴンそのものだった。


「……言っておきますが、私はそこらの竜種とは違いますよ?」


ハクは翼を広げ、空中に舞い上がる。そして――。


「私は龍人(りゅうじん)です」


その言葉が俺たちをさらなる絶望の淵へ突き落とした――。


「……龍人(りゅうじん)!?」


俺の喉から搾り出るような声が漏れる。信じられないものを目の当たりにして、全身が硬直していた。


「……おい、エルザ。凄いのかそれ」


俺は分かりきっている事実をエルザに問う。


「……神と並ぶ伝説上のバケモノだ。『アスガルド帝国』にも竜人(りゅうじん)は居ただろう」


エルザの声は低く、緊張で張り詰めていた。俺の脳裏には、かつて帝国で見かけたトカゲ顔の生物の姿が蘇る。

だが、それとハクは明らかに違う。この存在感、この威圧感は比較にならない。


龍人(りゅうじん)竜人(りゅうじん)、呼び方は同じでも竜人(りゅうじん)はドラゴンにはなれない。このハクという女が言う『リュウジン』とはこの場合、”龍の人”と書いて、龍人(りゅうじん)の方だ」


エルザが懸命に説明してくれるが、俺の頭は混乱していた。


「つまり……?」


「……別名、龍の神と書いて、『龍神(りゅうじん)』とも言われます」


ルクスの冷静な言葉がさらに俺の焦燥を煽る。

神……龍神……俺たちに勝ち目なんてあるのか?


「……龍の神ですか……懐かしい響きですね」


ハクが余裕を持って微笑む。その笑みに、全身を冷や汗が伝った。


「………アスフィ、これはかなりマズイ」


エルザが低く呟いたその声に、ただならぬ覚悟が込められているのが分かった。


「エルザ、俺たちの勝率いくらだと思う……?」


「……………………一%だ」


「そうかよ……ならその一%で抗うしかないな」


俺の言葉が自分自身にも聞こえないほど小さな声で呟かれる。全身が震えていた。

だが、もう逃げることはできない。


「私の祖先の魔法を使う者、『白い悪魔』……いえ、ルクスと言いましたか。本物の息吹(ブレス)を味わいたくありませんか?」


「――っ!!アスフィ、逃げましょう!!」


ルクスが急に俺の肩を掴んだ。その瞳には焦燥と恐怖が混ざり合っている。


「おい、ルクスどうした!?」


「アスフィ!!早くしろ死にたいのか!!!」


エルザの叫び声が響く。俺はその場に立ち尽くしたままだった。

何かが来る。今までにない、圧倒的な何かが――。


「――さぁ、逃げられるものなら逃げてみなさい」


ハクが空に舞い上がり、大きく口を開けた。その口内が赤く光り始める。

その光は次第に輝きを増し、俺たちを完全に飲み込む準備を整えていた。


憤怒の双黒龍の息吹(レッドドラゴンブレス)


――その瞬間、世界が崩壊した音が聞こえた気がした。


残されたのは、もはや人の形をかろうじて留めているだけの、黒く焼き焦げたナニカ(・・・)だけだった。

ご覧頂きありがとうございました!!

よろしければ下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価してくださると、今後の励みになります!

イイネ・ブックマークもして頂けると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ 面白かったら応援を! ★

★★★★★評価お願いします!

あなたの評価が、新たな物語を加速させます!


【カクヨム版も公開中!】 攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ