第70話「先客」
ご覧いただきありがとうございます。
次回、第六章を迎えます。少しずつでも誰かが見てくれていると思うと嬉しいです……最後までお楽しみ下さい。
俺達は母さんの元へ向かう。
「ここからだとどれくらいだ」
「……ここからコルネット村までは歩いてだと二週間はかかるかと……」
「うむ、そうだろうな」
二週間か……そんなに待てない。一刻も早く向かわなければならない。
「エルザのパトリシアも使えないしな……どうしたものか」
「――なら僕の『虎車』なんかどうだい?」
その声、その顔は見覚えがあった。
白い耳に白い顔。もふもふとした毛が生えた二足歩行の猫――王子キャルロットだった。
「王子キャルロット……」
「久しぶりだねエルザ女王」
二人が顔を合わせるや否や、いきなり睨み合いが始まる。
「今はそんなことをしてる場合じゃないキャルロット。何の用だ」
「おっと、そうだったね。君たちにプレゼントだ。今の君達が一番必要としているモノを届けに来たんだよ」
キャルロットの後ろには二頭の虎が控えていた。
「行くんだろ?だったらこの虎達を使うといい。二頭しか居ないからどっちかは相乗りになるけどね」
王子キャルロットの申し出は有難い……だが、
「何故俺たちの場所が、目的が分かった?」
「……君に持たせている赤い欠片、覚えているかい?」
赤い欠片……ああ、あの『ゼウスを信仰する者』のリーダーが持っていたというアレか。
俺は懐からキャルロットから渡された赤い欠片を取り出した。
「……これがなんなんだよ」
俺が欠片を取り出すと、エルザの顔が引き攣った。
無理もない――これはエルザにとって忌まわしい記憶そのものだ。
「その赤い欠片は発信機の様なものでね、君たちの声と場所が筒抜けなのさ」
「なんだと!」
これが発信機……だとしたら、受信機となる物があるはずだ。
「……この赤い欠片の情報を受信するものを持っているな?キャルロット」
「………ご名答。実は僕も赤い欠片を持っていてね。これはあの時拾った物だ。君と僕用にね」
キャルロットは懐から同じ赤い欠片を取り出し、見せてきた。
「……そうか。まぁ今回はそれによって助けられたんだ、何も言わない。だが、次怪しい真似をしたら息の根を止める。覚えておけ、キャルロット」
「……分かったよ、そんな怖い顔をしないでくれ。僕はいつだって市民の味方さ」
「……感謝する、王子キャルロット」
「ありがとうございます、王子キャルロット」
俺たちは虎に跨る。
ルクスは真っ先に俺の後ろに着いた。エルザは何も言わなかった。
「ではご武運を」
キャルロットはそう言い、虎に乗って帰って行った。
***
そして――
「…………着いた」
コルネット村に着いた俺たちは、異様な光景を目にする。
緑豊かな村だったはずの土地は、目に映る限り真紅に染まっていた。
草地には何十もの黒いフードの者たちが倒れ込んでいる。
「………………なんだこれ」
「死体……ですね」
「……うむ、この格好は」
『ゼウスを信仰する者』達だ。
その場は鉄の臭いと血の生温かい感触が漂っていた。
死体の多くは首を切り落とされており、残った胴体からは内臓が飛び出している者もいる。
まるで誰かがこの場を“処理”するかのように効率的に殺していった痕跡だ。
「どうしてこんな所にコイツらが居るんだ」
俺の声は震え、喉が痛むほど詰まっていた。
この村に暮らす人々は……どこだ?まだ、無事なのか?
ルクスが手で口元を押さえながら言葉を呟く。
「……この痕跡……相当な腕の者がやったようですね」
その言葉が指すのはただ一人――父さんだ。
村の奥へ進む。
赤黒い泥濘と化した地面が、嫌でも足元に生々しい感触を伝えてくる。
歩くたびに靴が吸い込まれそうになり、湿った音を立てた。
「……来ましたか」
不意に聞こえた冷たい声に、俺たちは立ち止まる。
視線を向けた先には、一人の女が立っていた。
黒い着物を纏い、頭には禍々しい黒い角を生やした彼女――その存在は場の空気を一変させた。
「――誰だ!」
エルザが鋭く問いかける。
女は涼やかな仕草で一歩踏み出すと、微笑みを浮かべながら名乗った。
「初めまして、私の名前はハクと申します。以後お見知りおきを」
「これはお前がやったのか?」
エルザが血気を帯びた声で詰め寄る。
だがハクは首を横に振り、静かに否定した。
「いえ、私が来た時には既にこの有り様でした。恐らく腕利きの剣士がやったのでしょう」
「……腕利きの剣士……」
エルザの表情が微かに曇る。
この村でそれが誰なのか、答えは分かりきっている。
俺たちの村で剣を扱える者――それは父さんしかいない。
だが、その父さんがここにいる保証などない。
「お前は何をしに来たのだ、ハクとやら」
「……エルザ嬢、私はお前達と遊んでこいと命を受けました」
「誰からだ」
「……さぁ、誰でしょう?」
ハクは口元を隠しながら不敵に笑う。
その態度には挑発の色が滲んでいた。
「私はお前達相手に負ける気などありません。特にアスフィさん。あなたの対策はバッチリですから」
対策……? 俺の力を封じる何かを持っているのか?
ならば、試しにやってみるしかない。
|「『消失する回復魔法』」《ヴァニシングヒール》
魔法の光がハクを包み込む――だが、その笑みは崩れなかった。
「…………やれやれ、だから効かないと言っているでしょう」
ハクの声には余裕があった。
何も効いていない。俺の魔法が、まるで届いていないのだ。
「……お前の魔法は生命に干渉するものと聞いています。私にそれは効きません。なぜなら――」
ハクは着物で隠れた手を口元に当て、不気味な笑みを浮かべながら言い放った。
「――私は既に死んでいますから」
その言葉は、俺たちの心を鋭く抉った。
生気のない存在――ハク。
俺の力を封じる天敵が、今目の前に立っているのだ。
村の夕焼けは、静かな絶望を映し出していた。
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