第55.5話「水の都最終決戦 Ⅱ」
ご覧いただきありがとうございます。最後までアイリスをお楽しみ下さい。
「図星をつかれて怒るのですか? 仮にも神なのに?」
ルクスの冷静な声がアイリスを射抜くように響いた。その一言には、神を前にしても一歩も引かない強い意志が込められていた。
「私は貴方のような人が好きではありません。人間を見下した態度を取るくせに、心の奥底ではその人間になりたいと渇望している。図星をつかれると怒る……素直になればいいじゃないですか。人間になりたいと」
『…………黙りなさい』
アイリスの声が低く震えた。だが、ルクスは一切怯むことなく、さらに追い打ちをかける。
「いえ、黙りません」
「おい、ルクス、これ以上はやめろ! ……エルザも止めてやれ!」
焦る俺の言葉をよそに、エルザはルクスを止める気配を見せなかった。仁王立ちのまま、冷静な声で言う。
「……言わせてやれ、アスフィ」
エルザのその態度に俺は内心で歯ぎしりする。このままではルクスが殺されるかもしれない。それでも、ルクスの“口撃”は止まらなかった。
「アイリス、あなたが人間になりたいなら、なればいい」
『…………神は万能です。しかし、人間にはなれません』
「それはアイリスのプライドが邪魔をしているだけですよ。そんなもの捨ててしまえばいい。なりたいならなればいいじゃないですか」
ルクスの言葉には、アイリスの心を動かす力が込められていた。その真っ直ぐな眼差しが、アイリスに向けられる。
『……わたくしには『水の都フィルマリア』を元に戻すという目標が――』
「そんなものもうありません。……ほら見てください、アイリス。ここは湖です。もうあの街も住民も、どこにも存在しないんです。幻想に囚われるのはやめましょう」
ルクスは静かにアイリスを促した。
「……辺りを見てください、アイリス」
アイリスが視線を動かすと、そこに広がっていたのは、一面の湖だった。太陽の光が水面に反射し、眩いほどに輝いている。しかし――それだけだった。
湖以外には何もない。建物も、街の喧騒も、そこに生きていたはずの人々の気配すらも消え去っていた。
ただ静寂だけが広がるその光景に、ルクスの声が再び響いた。
「これが今の現実です……」
『…………そう……ですね』
「人間になりたいならなれば良いです。まずは形から入っていくのが大事だと、誰かが言っていました」
誰だよそれ、とは言えない空気だった。
ルクスはそっとアイリスの頭に手を置き、優しく撫でた。その仕草にはどこか母親のような温かさが宿っていた。
『……なれるのでしょうか』
「なれます。必ず」
その言葉に込められた確信が、アイリスを動かす。
『…………分かりました……わたくし、人間になります』
「……え、そんなことできるのかよ」
『……ただし、フリをするくらいしか……完全に人間になるのは不可能です』
「それでいいじゃないですか。なりましょうよ、人間に。私が一から教えてあげます。なぜなら私はお姉さんですから」
ルクスはアイリスを強く抱きしめた。その光景はまるで姉妹のように見えた。
……抱きしめられたアイリスは、目から静かに水を流していた。
【水神ポセイドンは孤独の神だった。 かつて『水の都フィルマリア』は、人々の歓声と活気に満ち溢れていた。その住民たちは、水神ポセイドンによって救われた者たちの集まりだった。
それは、砂漠で遭難し命を落としかけていた者、魔物や魔獣に襲われて絶望の淵にいた者たち――。
水神ポセイドンは、助けを求める人々の声を聞き、次々と救いの手を差し伸べた。そして、人々は神として彼女を崇め、その恩恵を心から感謝していた。
しかし、水神ポセイドンはただの救済者ではなかった。彼女は人々を愛し、彼らと心を通わせることに喜びを見出していた。神でありながら、人間の生活に溶け込み、共に笑い、共に泣き、その交流を誇りに思っていた。人々もまた、そんな彼女との交流を何よりも大切にしていた。
――だが、その日常は、ある日突然終わりを告げた。
何者かによって『水の都フィルマリア』は滅ぼされたのだ。
民は全て失われ、街も跡形もなく消え去った。
水神ポセイドンは、悲しみのあまり涙を流し続けた。それは、彼女にとって唯一無二の居場所を奪われた悲嘆の証だった。
時が経っても、愛していた民たちの姿や、街の賑わいを忘れることができなかった彼女は――その記憶に囚われたまま、自らの手で『水の都フィルマリア』を再び創り上げた。
しかし、それはあくまで幻影。かつての温もりはどこにも存在せず、虚しさだけが彼女の胸を満たしていった。
そうして永遠に過去を追い求める存在と化した水神ポセイドンは、次第に孤独と絶望の中で生きる道を選んだ。
……そして、彼女は名乗った。希望と――】
ご覧いただきありがとうございました。
アイリスには色々な花言葉があります。
そしてルクスがお姉さん?次回、『ルクス、お姉さんになる』巻。(嘘)




