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第53話「戦神――襲来」

『炎城ピレゴリウス』に向かう事になった俺達。 しかし、まだ終わらない――


俺たちはアイリスに別れを告げ、『水の都フィルマリア』を離れ、歩き出す。


「ルクスよ、方向はどっちなのだ?」


エルザが地図を持つルクスを覗き込みながら尋ねる。その問いかけに、彼女は地図を確認しながら口を開いた。


「えっと、この地図を見る限り西ですね」


「西か……うむ、わからん」


あっさりと言い切るエルザに、思わず俺はため息をつく。


お前今までどうやって冒険者していたんだよ。仮にもS級だろうが。


「ここからだとかなり遠いですね……一ヶ月はかかりますね」


「え……まじかよ」


「伝説の剣があるのだ!仕方あるまい」


また歩くのかぁ。それも一ヶ月ときた。エルザは伝説の剣があるなら、と張り切っている。だが、俺の足は早くも不安を訴え始めている。どっかで馬車でも無いものだろうか。


辺りを見回しながら、そんなことを考えていた次の瞬間――


後ろで『水の都フィルマリア』が大きな音を立て崩壊した。


「うむ!?何事だ!?」


「これはどういう事でしょうか!?」


「おいおい、もう終わったんじゃないのか!?」


突然の轟音に驚き、全員が声を上げた。振り返った先には……目を疑うような光景が広がっていた。


『水の都フィルマリア』。そこはもう水上都市では無くなっていた。ただの大きな湖となり果てている。


湖の中心にはアイリスの姿があった。彼女は悠然と水の上に立っているように見える。


だが、アイリスだけではない。もう一つ、人影がある。


「誰だあいつは?」


俺たちは思わず足を止め、湖を見つめる。その男の姿は明らかに普通ではなかった。


赤いハチマキに赤と黒の鎧を身にまとい、手には大きな槍を持っている。この男もまた、水の上に立っていた。いや、立っているというより浮いている。


その存在感に、俺は思わず言葉を失った。


一体何が起きてんだ?


『アイリスよ。あまり人間に入れ知恵をするな』


静かに響く声。だが、その低く深い響きには、何か圧倒的な力を感じさせるものがあった。


『入れ知恵、ですか?わたくしがいつ人間(・・)に入れ知恵をしたというのでしょうか』


アイリスが冷静な声で応じる。その表情は普段の穏やかなものとは異なり、緊張感が漂っているようだった。


『俺はそんな事を言いに来たのではない。……そうかあいつ(・・・)がそれか』


『戦神アレス。あなた何をする気ですか?』


その言葉に、俺の背筋が冷たくなる。戦神アレス……? その名を聞いた瞬間、俺の中にある嫌な予感が一層強まった。


アイリスと向き合う男――アレスと呼ばれたその存在からは、全く殺気を感じない。だが、だからこそ恐ろしい。


アイリスが街を維持出来ないほどということは、あの男もやはり……神なのだろうか?


『俺たちは人間に干渉しない。それがゼウス・マキナとの盟約だろう』


『……そんな事もありましたか』


二人の会話を聞きながら、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。アイリスの言葉の裏にあるものが、何なのかを考える余裕も無いまま……。


『俺達が干渉すれば、この世界はアイツ(・・・)がそれを許さない、そういう話だっただろう』


『……分かりました。次からは干渉しないとしましょう。ですので、もうわたくしの街に来ないで頂けますか?』


『ああ、分かった。ここにはもう二度と来ない。………だがそれは別として――』


突然、空気が一変した。アレスの声には冷たい刃のような威圧感が混じり、周囲の空気がピリつくのを感じる。


「………………がはっ……え?」


俺は胸に走る激痛に息を飲んだ。


なんだ……これ? 俺に何をした……あの男。


アレスと呼ばれるその男は、俺に向かって槍を投げた。その槍は俺の腹を貫通し、再びアレスの元へと戻っていく。


『――アスフィさん!? 戦神アレス!! あなたなにを!?』


アイリスが怒りを含んだ声を上げた。だが、その声が届く前に俺は膝をつき、その場に倒れこんだ。


『俺は人間(・・)には干渉しない。だが、あれは例外だ。あいつからは嫌な感じがする。早めに処分しておいた方がいいと思ってな』


腹が熱い……そして……


「『ハイ……ヒール』」


俺は力を振り絞って魔法を発動した。だが――


………………まじか。傷が治らない……くっそここ最近、俺の魔法が効かない相手ばかりだ。嫌になってくる。


エルザとルクスが俺の元に駆け寄り、穴が空いた俺の腹に手を当てる。


「アスフィ! しっかりしろ! ……ルクス! はやく回復を!」


「今やっています! ……なんで!! なんでですか! 回復しません!」


俺の回復が効かないんだ。ルクスの回復が効く訳ないだろ……。


そんな問答をしている俺達に戦神アレスとやらが、俺たちに冷たく言い放つ。


『無駄だ。俺の槍で付いた傷は回復不可能だ。諦めろ』


くっそ……なんてチートだよ……アイリスといい、神ってやつはどいつもこいつも。


このまま死ぬのか……? こんなあっけなく……?


――レイラ……母さん……ごめんな。


二人を目覚めさせることは出来なかった。だけど、その代わりに、会いに行けるかもしれない。


レイラ……もし会えたら今度はちゃんとしよう。キスだけじゃない……こと……を。そして、謝らせてくれ……。


「――アスフィィィィィィィ!」


「アスフィ……そんな……アスフィの回復でも癒せないなんて……ありえません!」


エルザとルクスは取り乱す。だが俺にはその声も、遠くから聞こえるだけだった。


『当たり前だ。神の力に抗える訳が無いだろう』


その言葉と共に、俺の意識は徐々に暗闇へと落ちていった。


「……ルクス、やるぞ」


エルザが震える声で言い放つ。その目には覚悟の光が宿っていた。


「…………はい、勝てなくてもやれるだけのことはやってみせます!」


ルクスもまた、自らの恐怖を押し殺すように拳を握りしめる。


二人は完全に戦う意思を固めたようだ。俺を置き去りにして。


『小娘ども、俺とやる気か?死ぬぞ?』


戦神アレスが二人を見下ろす。その声には、あからさまな侮蔑の色が混じっていた。


『アレス?わたくしもおりますよ?』


突如としてアイリスが一歩前に出る。その美しい顔には、どこか神々しい光が差し込んでいるようだった。 青く神々しく光る髪が彼女の力を増幅させているのを見て取れる。


『……ポセイドンよ、神同士の争いは不死故に、決着が付かない。知っているだろう』


『ええ。ですが、彼女達まで死なせる訳にはいきませんので』


『良かろう。小娘ども、戦神アレスが相手をしてやる』


アレスの言葉を皮切りに、戦場の空気が一変する。風が止み、辺り一面が静寂に包まれる。まるで嵐の前のような――


***


ここはどこだ? 暗闇しか見えない。どこまでも真っ暗だ。


……そうか。俺はあのアレスとかいう奴が投げた槍に貫かれて……死んだのか。


くっそ……レイラも母さんもいないじゃないか。ここは天国じゃないのか? それとも地獄か?


いや、母さんはまだ眠りから覚めないだけで生きているのか。でも、レイラはどこだ?


『――レイラはここにはいない』


突如響く声。その瞬間、背筋に冷たい何かが走る。


「誰だ!?」


闇の中に声を投げかけるが、返ってきたのはさらに冷たく響く声だった。


『俺は――』


「ん? なんて言ってるんだ?」


声が途切れている。聞き取れない。


「おい、聞こえないぞ! 何て言ってんだ!!」


闇がゆっくりと揺らぎ始め、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。真っ白な人型の何か――それが俺の目の前に現れる。


こいつはなんなんだ? まさか、俺の中にずっといた何か(・・)か……?


『……お前は死んだ』


その言葉に、俺は目を細める。


「そんなことは言われなくても分かってる。俺が聞いているのは、お前が誰かということだ」


『盟約により俺の正体は言えないようだ』


盟約……? なんだよそれ。


「俺はそんなものを結んだ覚えはないぞ」


『お前が結んだんじゃない。俺が結んだんだ』


「誰とだよ」


『……この世界の神とだ』


また神か……。こいつら、どいつもこいつも俺に無駄に干渉しやがって。


「そんなもん勝手に結んでんじゃねぇ! 俺はその神にやられたんだぞ!」


『戦神アレスか……一応言っておくが、俺が盟約を結んだのはアイツじゃないぞ?』


俺は苛立ちを抑えきれず、拳を握り締める。


「そんな事はどうでもいい! 何なんだあいつは! 回復ができなかったぞ!」


『そういう力だ。アレスも言っていただろう。アイツの槍に傷付けられた傷は回復できない。神にはそれぞれ固有の力がある』


それはアイリスが水を操れるのと同じようにか?


『そうだ。この世界の(ことわり)を超越する力だ』


やっぱりか。通りで勝てないわけだ……。


「水の都フィルマリア』に来てから三人もの神に会ったぞ。神にはなかなか会えないんじゃなかったのか」


『お前は神に目をつけられているんだろうな。まぁ運命だな』


「……何が運命だ。でも死んだ今、もう俺には関係ない」


俺は一歩、闇の中を踏み出す。


「お前が誰か知らないが、さっさとレイラに会わせてくれ。流石の俺もそろそろレイラの胸が恋しくなってきた」


『ハッ! お前はそういうやつだったな……いや、俺なのか……まぁどっちでもいい』


「何言ってんだ。お前は天国への案内人なんじゃないのか?」


『お前の身体はまだ死んでいないぞ』


「……何を言ってんだよ。死んだからここにいるんだろ?」


『ここはお前の……なんと言えばいいんだ?』


「俺が知るか!!」


『精神世界……? のようなものだ。つまりまだ死んではいない。死にきれてないが正しいのか』


――その言葉に、俺は目を見開いた。


「なら早く俺を戻せ。エルザとルクスが戦ってるはずだ!あいつらも殺されたら俺は……」


その先の言葉を飲み込む。


あいつらが俺を置き去りにして逃げるとは思えない。正直、勝ち目がないから逃げて欲しいところだが……。


『そうだな。神には勝てない。あいつらは死なないからな』


「死なないって……反則だろそれ」


『反則なのはお前もだろ? お前の力。不思議だとは思わないか』


――こいつ……俺が何者なのか知っているのか?


「俺は……何者なんだ。知っているなら教えてくれ」


『お前は――…………やはりダメか』


盟約か。俺はその言葉を噛み締めるように反芻する。


「誰と結んだんだ、その盟約とやらは」


『それも言えない。神、としかな』


神、ね。どうせ碌でもない連中なんだろう。それにしても……。


「めんどくさいな。どうでもいいから早くしてくれ。戻すのか戻さないのか、はっきりしてくれよ」


『……教えたくても教えられないんだ。だがまぁ、そうだな。いずれ分かることだ。……しかし、今戻ったところで、またここに戻るだけだぞ?』


戻るだけ……か。


「死ぬ、とは言わないんだな」


『……』


何か含みのある沈黙だった。だが、それ以上追及する気力は湧かない。


「じゃあどうしろって言うんだよ」


『いい案がある。俺にその体を貸せ。一時的でいい』


「体を貸す? どういう事だ。俺の体をお前に貸して、何をするつもりだよ」


『――俺が戦神アレスを倒すんだ』


――その一言で、空気が一変した。


「倒すだと? 無理だろ。神は死なないんじゃないのかよ」


『神は死なないが、ダメージを与えられない訳じゃない』


「ん……? どういう事だ?」


『死にたくなるまで苦しませる。それだけだ。あーほら、精神的ダメージって言葉があるだろ?それだよそれ』


その言葉には、妙な確信が込められていた。


「だが、やつには俺の魔法は効かなかった。アイリスと戦った時も俺の魔法は効かなかった。だからお前に俺の体を貸したところで、効かないと思うぞ」


『……盟約を誓ったのはお前じゃない。俺だ』


意味が分からない。俺は苛立ちが募る。


「は?」


『つまり、簡単に言えば俺とお前じゃ出力が違う』


「出力? ……お前の魔法だと通じるってか? 俺の魔法は通じないのに?」


『そうだ。お前が持つ不思議な力は〝盟約()の力〟だ。お前が無理でも、俺なら通じる。理解はしなくて良い。どうせ今のお前じゃ分からんだろうからな。いずれは分かる』


もうどうでもいい。そこまで言うならやってみろ。


「 俺は疲れた……少し寝る。使いたきゃ好きに使え」


『……安心しろ、またすぐ返す。俺の目的にはまだお前の器が必要だからな――』


***


戦場では、エルザとルクス、そしてアイリスが戦神アレスと激しい攻防を繰り広げていた。だが、実際にはほとんどアイリスがアレスを食い止めている状況だ。エルザとルクスはその圧倒的な力の前に、一歩も近づけずにいた。


「――待たせたなエルザ、ルクス」


どこか聞き覚えのある、けれど冷たい声が響く。


「アスフィ!!?」


ルクスが驚きの声を上げる。エルザもまた、目を大きく見開いていた。


「アスフィよ! 生きていたのか!!私は信じていたぞ!」


その姿は、確かにアスフィ。しかし、その佇まいはいつもとは明らかに異なっていた。


『なんだと!? 馬鹿な!! 俺の槍だぞ!!?』


戦神アレスが初めて焦りの色を見せる。その目は、目の前のアスフィを警戒するように見つめていた。


『あら、なんだか面白くなってきましたね……ふふっ』


アイリスが冷たい笑みを浮かべたまま、距離を取る。


――さぁ、そろそろ大人しくしてもらおうか。


そしてアスフィの声が響く――


「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」


『何……息が……』


アレスの表情が歪む。信じられないという表情だ。


「どうだ? 辛いだろ? 戦神アレス」


『く……俺は神だ……不死である俺を殺せるとでも……?』


アレスは苦しみながらも、その目に怒りを宿している。


「殺しはしない。ま、やろうと思えば出来なくはない。だが、今回は違う。そのまま苦しんでもらう。永遠にな」


『く……くそっ……! ポセイドン! 貴様……俺に力を貸せ!』


アレスが喉を押さえ、必死に声を絞り出す。その姿は神とは思えないほど無様だった。


『嫌です。わたくしはあなたが嫌いなので、アレス』


『ポセイ……ドン貴様……!』


喉元に手をやり、もがき苦しむアレスは、最後の望みであるポセイドンに助けを求めたが、その冷たい拒絶に激昂する。だが、抵抗する力も奪われていく。


(いいぞ、アイリス……もっと言ってやれ)


アスフィの中にいる『何か』が静かに笑っていた。


『わたくしは、あなたのような戦いしか興味ない愚かな神とは違いますので……ふふっ』


アイリスのその言葉に、アレスの顔はさらに歪む。


しばらくもがき苦しんだ後――。


『……分かった……もう手を出さん……誓う……』


「本当か? なら、そうだな……マキナに誓え」


アスフィが低い声で言い放つ。その眼差しは冷たく、まるでこの場を完全に支配しているかのようだった。


『……分かった、マキナに……誓う』


アレスは、苦しみに耐えきれない顔で頷いた。


「まぁ、それなら仕方ないな」


(おい、もう終わりかよ。アイツが本当に大人しくなるとは思えないぞ!)


心の中で呟くアスフィだが、その言葉は表には出ない。


***


エルザとルクスが、アスフィのもとに駆け寄る。


「アスフィ! 大丈夫か!!」


「アスフィ! 本当に……無事でよかった……」


二人の安堵した表情に、アスフィは一瞬だけ目を細めた。


「久しぶりだな……それにしても……これも久しぶりの感触だ」


「……あの……なぜ今私の胸を揉んだんですか?」


ルクスが赤くなりながら詰め寄るが、アスフィは顔を逸らしたまま何も言わない。


「……久しぶりにな」


(おい、何やってんだお前! 戦神アレスを倒したんなら、早く体を返せ!)


「……少し待て、うるさいな」


『アスフィ? どうかしましたか?』


「……アスフィ……でいいんだよな?」


ルクスとエルザが不審げに問いかける、鋭い彼女達。特にエルザの目には、目の前のアスフィがいつもの彼とは違うことに気づいている様に見えた。


(やばい……流石エルザ、察しがいいな)


「ああ、俺だよ」


エルザの視線が鋭さを増す中、アスフィはわざとそっけなく答えた。


***


その頃、アイリスは悠然と手を挙げ、『水の都フィルマリア』を再び復元し始めていた。その光景は、まさに神の奇跡そのものだった。


『――さあ、どうぞ。わたくしのホームへ。案内しますよ、アスフィさん?』


「……助かる。少し休ませてもらうか」


アスフィがそう言うと、アイリスは微笑みながら彼らを招き入れた。


戦神アレスとの激闘を終えた俺たちは、再びアイリスの庇護の下、短い安息を得ることになった。しかし、これが嵐の前の静けさであることを、まだ誰も知らなかった――。

ご覧いただきありがとうございました。

続々と神が出てきました。


ちなみにアレスは神の中でもかなり強いです。

少しインフレが進みましたが、それは神だけでは、、、

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