第28話「触れる鼓動、交わる唇」
過激かも…?発情期編の完結版みたいなものです!
俺は今、人生最大のピンチを迎えていた。
レイラからの、あの一言。
「ルクスとレイラ、どっちが大事なの?」
その問いに対して、俺は正直に答えたつもりだった。
「レイラに決まってるじゃないか! だってほら! ……胸! そう! 胸だって触った仲だよ? ルクスのはまだ触ってないから!」
……うん。
今思えば、どう考えても言葉選びを間違えた。
女心は難しい……本当に難しい……。
「……『まだ』?」
レイラの声のトーンが、ひどく低くなる。
「……ふーん。ってことは触るつもりなんだね、アスフィ」
「いや! 違うよ?! いや、まぁ気にならないと言えば嘘になるかもしれないけど――」
俺の口は、俺の意思に反して勝手に喋っていた。
――俺もどうやら、嘘はつけないらしい。
そして、当然のようにレイラの拳が飛んできた。
ゴッ!!!
女の子が男の子の顔面に、全力のグーパンを入れるなんて……!
俺は鼻から血を流し、軽く吹っ飛んだ。
慌てて『ヒール』で治したものの、流石に相手の気持ちまでは癒せなかった。
「……『ヒール』も万能じゃないんだよなぁ」
そのままレイラは無言で部屋を出ていき、それ以来、彼女は俺とまともに口をきいてくれなくなった。
***
そして数日後――
レイラが口をきいてくれない以外は、俺の日常は変わらなかった。
朝は剣術、昼は魔法。だけど、夜になると部屋に居づらくなり、俺は街へと出て時間を潰す日々を過ごしていた。
「……俺、なんか間違ったこと言ったかなぁ……」
噴水広場近くのベンチに座り、ぼんやりと夜空を見上げる。
「――君は大体間違えているぞ、アスフィ!」
突然、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「……エルザ?」
視線を向けると、そこにはピンクの水玉模様の部屋着を着たエルザがいた。
――なんだ、その格好は!?
「どの辺が?」
「……うーん、大体だ!」
「いやだからどの辺だよ!」
相変わらず、この女王様は適当だ。
その上、まるで悪びれた様子もなく、堂々と街を歩いている。
さすがに、女王がその格好で外出するのは問題あるだろ……。
「……レイラと喧嘩でもしたのかい?」
「まぁね」
「なるほど! アスフィ、君は今部屋に居づらくて、こんなところで時間を潰しているのか!」
「そうだよ! ……いちいち言わなくていいよ……」
エルザは勘が鋭い。気が利くわけじゃないけど、こういう時は余計なことまでズバズバ言ってくるから厄介だ。
「……私はこの国の女王だ。君たちの恋愛事情は分からない」
「なんだよ、急に」
「レイラは、アスフィのことを好いている」
「……うーん、どうなんだろうね。僕らまだ子供だし」
「子供で子供を作ろうと……?」
「……」
エルザは毎回、なんでそんな言葉選びをするのか。
「まぁ、それだけじゃないさ。レイラも、アスフィも、そして……私も。恋愛というのがよく分かっていないのだろうな」
「……らしくないね」
「私も恋する年頃だ。恋で悩むことくらいあるさ」
「ふーん……そうなんだ」
エルザが恋する……?一体どんな相手なんだろう。
「だから君たちはもっとイチャイチャするべきだ!」
「……なぜそうなる」
「だが、程々にしたまえよ?」
「……なにが?」
「イチャイチャするのは構わんが、する時はひに――」
「分かった分かった! 過激なことはしないよ!」
この女王様は一体何を言っているのやら……。
「ま、要するに謝って仲直りしろということだ!」
「何回も謝ってるよ……でも許してくれない」
「近づいて謝ってみたらどうだ? レイラもそれを望んでいるはずだ」
近づいて……か。
そういえば、今まで謝る時、俺は扉の入口付近からレイラに声をかけていただけだった。
そのことをエルザに伝えると――
「……バカか君は!!!」
と、怒鳴られた。
「だって殴られるの嫌だし……痛いし……血だって出るし」
「君が悪いんだから殴られる覚悟くらいするべきだろう? それにアスフィ、君には『ヒール』があるだろう」
ぐっ……!
「いいか? 次はちゃんと近くで目を見て謝ってやれ」
「わ、分かったよ……ありがとうエルザ」
「礼などいいさ! ……それに、アスフィもレイラも私の友達だ。友人同士がこのまま喧嘩をしたままなんていうのは、私は嫌なのだ……」
エルザは夜空を見上げていた。
その横顔は、いつもの野蛮なエルザではなく――
どこか、儚げで寂しそうだった。
「…………ルクスも、レイラと仲直りして欲しいものだな」
彼女は、そう呟いた。
***
そして――
俺は再び、レイラの部屋の前に立っていた。
扉の前で深呼吸をする。
「――レイラ! この前はごめん! ……あれ?」
部屋の中に彼女の姿はなかった。よく見ると、浴室の方から水の音がする。
「……なんだ、風呂かぁ」
俺はしばらく待つことにした。レイラは風呂が好きで、いつも長風呂をする。
この時間、俺はちょっと好きだった。
――妄想が捗るからだ。
「……って何を考えてんだ俺は!!」
我に返る。だが、気づけば脳裏に浮かんでしまう。
レイラの濡れた髪、しっとりとした肌――
「……いやいや! まずいまずい!」
俺は必死に頭を振った。
【妄想は俺の十八番だ】
(……ん?)
……
…………
………………
しばらくすると、レイラが風呂から出てきた。
「や、やぁレイラ。……風呂は気持ちよかったかい?」
レイラは俺を一瞥し、無言でベッドに向かう。
相変わらずの無視だ。
――もうこうなったら、実力行使だ!
俺は意を決し、彼女の目の前に立つ。
「レイラ……!」
距離は、わずか二十センチ。
「……な、なに?」
レイラは本で顔を隠した。
「こんなの今は必要ない邪魔だ! えいっ!」
俺は本を取り上げ、放り投げた。
「アスフィ!! 何するの!」
そして――
「僕はレイラが好きだ!」
俺は彼女に、真正面から想いをぶつけた。その言葉が、俺の口から飛び出した瞬間、レイラの体がピクリと震えた。
――沈黙。
俺の心臓は、爆発しそうなほどに高鳴っていた。
レイラの顔は本を取られて素顔が露わになり、俺の視線と真正面からぶつかる。
距離は――わずか十センチ。
逃げることはできない。
「……え?」
レイラの声は、驚きと戸惑いに満ちていた。だけど、俺はもう引けなかった。
ここで逃げたら、一生後悔する。ここで誤魔化したら、もう二度とこの気持ちを伝えることはできない。
そして、これで断られたら俺は本当に死ぬ。
「……レイラはどうなの?」
たった一言。
だけど、この一言を言うまでに、どれだけの勇気を振り絞ったか。
鼓動が耳の奥で暴れまわる。
体が強張る。
呼吸が浅くなる。
レイラは、俺の言葉に驚いたように目を見開いていた。
沈黙が長く続く。
レイラの頬がじわじわと赤く染まり、揺れる瞳が俺を映していた。
「……レイラも……アスフィが好き……だよ?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は心臓が一瞬止まったような気がした。
だけど――
「でも……」
レイラは、俯きながら言葉を続ける。
「これが恋愛としての好きなのかが分からないんだよ……」
俺は思わず息を呑んだ。
――恋愛としての好き。
それがどういう意味を持つのか、俺は考えたことがなかった。
レイラが好きだという気持ちは確かだ。彼女と一緒にいたい。守りたい。
手を繋ぎたいし、胸も揉みたいし、抱きしめたいとも思う。でも、それが本当に恋なのか?
「……正直僕もよく分からない……だから」
俺は、ゆっくりとレイラの胸に手を当てた。
「……ア、アスフィ……?」
レイラが小さく声を上げる。
もちろん、揉んでるわけじゃない。俺はただ――鼓動を確かめたかった。
「……どう? ドキドキしてる?」
「……うん。恥ずかしいしドキドキしてるよ」
レイラの心臓の鼓動は、俺の手のひらを通して伝わってくる。
速い。
俺と同じくらい、速い。
「なら、これが好きって感情なんじゃないかな?」
「……そう……なの?」
レイラは、じっと俺を見つめていた。
――分からないことばかりだ。
でも、今この瞬間、俺たちの間に確かにあるこの感情は、たぶん間違いじゃない。
俺たちはまだ子供だ。大人のような恋愛なんて、きっと分からない。
でも、それでも――
「僕たちはまだ子供だ。だからその……そういうのはまだ出来ない。だから、これで許してよ」
俺は、レイラの唇にそっとキスをした。
たった一瞬の触れ合い。
でも、それは俺にとって初めてのキスで――
「……アス……フィ?」
レイラが驚いたように俺を見つめている。
俺も驚いていた。なんで俺、キスなんて……。
「……ごめん。嫌だったら謝るよ」
「……嫌なんかじゃない……嫌なんかじゃないよ!!」
突然、レイラが俺を押し倒してきた。
「わっ!? レ、レイラ!?」
次の瞬間――
レイラの唇が、もう一度俺に触れた。
それは、最初のキスよりもずっと長くて、ずっと深いものだった。
獣人だからなのか?それとも、レイラだからなのか?
レイラは何度も何度も俺の唇を求めてくる。
俺の心臓は、もう壊れるんじゃないかってくらいに高鳴っていた。
このまま、俺はレイラに呑み込まれるのかもしれない――。
もうこのまま身を任せて……そう思っていた。
――ガチャッ。
と、扉が開く音がした。
嫌な予感がした。すごく、すごく嫌な予感がした。
「――どうだいアスフィ! ちゃんと謝れ……た……かい」
聞き覚えのある声がした。
その瞬間、レイラの動きがピタッと止まり、俺も硬直する。
「……パ、パ、パ」
エルザが何か言おうとしている。
「パパパ?」
何かのパーティーでも始まるのかな?
「パパーーーーーー!! レイラとアスフィがいやらしいことしてるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
その場の空気が崩壊した。
……なんか、この光景、前にも見た気がするんだけど。
ご覧頂きありがとうございました!
ちょっと過激になりすぎたでしょうか…心配です。
次回も良かったらどうぞ!まだまだ続きます!