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攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。-俺は何度でも救うとそう決めた-  作者: 水無月いい人
第二章《第一部》ヒーラー 王国騒乱篇

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第26話 「痛みが刻む、生の証明」

気がつくと、俺は見慣れた天井を見上げていた。


どこかで聞こえる風の音。窓の外で揺れるカーテンの隙間から、月の光がうっすらと差し込んでいる。


ここは……城の部屋だ。俺たちが借りている、いつもの場所。

なのに、胸の奥に刺さるような痛みがある。

まるで、ここが見知らぬ場所であるかのような違和感が、体の奥から滲み出ていた。


「……あれ、模擬戦は?」


そう呟いた瞬間、強い衝撃を受けた。


「アスフィ!!」


俺の体に飛び込んできたレイラが、強く、強く抱きしめる。

彼女の体は、小さく震えていた。鼓動が、痛いほどに伝わってくる。


「アスフィ……レイラ、本当に死んだかと思った……!」


レイラの声は、震えていた。

耳元で聞こえる、彼女のか細い声が、まるで胸の奥を掻きむしるように俺の心を締め付ける。


「……ごめん、レイラ」


言葉が、妙に重く感じた。俺のせいで、彼女を泣かせてしまった。

気づくと、レイラの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちていた。


「……謝るのは、私の方です」


不意に、聞き慣れない声が耳に届く。振り向くと、そこにはルクスがいた。

彼女の顔は、強者のそれではなかった。

彼女はただ、俺を見つめ、申し訳なさそうに眉を寄せていた。


「すみません……アスフィ……あなたには、大変失礼なことを……謝罪させてください」


そう言い、ルクスは深々と頭を下げた。


彼女の言葉は、どこか弱々しく、儚げだった。


だけど――


俺の脳裏には、まだ焼けつくような痛みが残っていた。

皮膚が爛れ、焼き剥がれ、焦げる臭いが鼻を突き、痛みが脳を焼き尽くす――


「うっ……」


思わず、喉の奥から嗚咽が漏れた。


「大丈夫!?アスフィ!?」


レイラが慌てて俺を支える。俺は、自分の手をじっと見つめた。

焼かれたはずの腕。今は、綺麗なままの皮膚がそこにある。


だが――


体が、震えていた。


傷は治っている。だが、心の傷は消えない。


「私のせいです……アスフィ……」


ルクスの声が、震えていた。


「あなたは……とても、辛い思いをしたはずです……」

「……いや、大丈夫ですよ」


そう言ったものの、俺は自分でも何を言っているのか分からなかった。


「本当に強いですね、ルクスさん……僕なんかじゃ、勝てるわけがありません……」


俺はただ、言葉を羅列するしかなかった。

言葉を紡ぐことで、何かを誤魔化そうとしているみたいに。


「そうだ!僕、初めて詠唱を見たんですよ!僕の母さんは詠唱なしで魔法を使うんです!僕の自慢の母さんなんです――」


「……アスフィ」


レイラが、俺を強く抱きしめた。


「もう、心配しないで……大丈夫だから」


「え?レイラ、どうしたの?今日はやけに心配性だね!でも、そんなレイラも可愛いね!ほら、胸が当たってるよ!また触っちゃうよ~ほらほら――」


「いいよ、アスフィが触りたいなら、いくらでも……」


「どうしたの……さ……僕は何とも………………こわかった」


言葉が詰まった。


胸の奥から込み上げるものが、言葉にならないまま、ただ俺の喉を塞いでいた。


焼かれる感覚が、まだ残っている。


ダメージは、すでに完治している。


だけど――


何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。


焼かれて、回復して、焼かれて、回復して――。


それが、俺の記憶の奥深くに刻まれていた。


「僕は……俺は…………怖かったんだ……レイラ」


「…………うん、分かってる」


レイラは、俺の背中を優しく撫でた。


「……何度も炎に焼かれる感覚が消えないんだ。何度も死にたいと思ったんだ!でも……母さんが俺を引き留めてくれた。死ぬなって……」


「……うん」


「だから僕は……俺は生きることに……した」


そう呟いた瞬間、溢れた。俺は、レイラの胸で、ただただ泣いた。

どうしようもなく、情けなく、みっともなく――。


けれど、それでもいいと思えた。


レイラの胸は、温かかった。


彼女の腕が、俺を包み込むように、優しく抱きしめる。

俺は、何度も何度も、彼女の胸で泣いた。


あの炎の痛みが、消えてくれますように。


「………本当にすみませんでした」


ルクスの声は、震えていた。彼女も、きっと後悔しているのだろう。


だけど――


それでも、俺はまだ、あの痛みを忘れられない。


***


ひとしきり泣いて、ようやく俺の呼吸は落ち着きを取り戻した。

それでも、心の奥にこびりついた恐怖が消えることはない。


レイラの胸に顔を埋めたまま、俺は静かに目を閉じた。

このまま、時間が止まってくれたらいいのに。


「……そのニヤケヅラに戻ったということは、落ち着いたかな、アスフィ?」


ふと、聞き慣れた声が部屋に響く。


「……え!?いつから居たの!?」


俺は慌てて顔を上げた。


「……うむ、ずっといたぞ」


エルザは腕を組み、何やら満足げな表情を浮かべている。


――最悪だ。


つまり、俺がレイラの胸で散々泣きじゃくっていたのを、最初から見られていたということか。


死にたい。


「……まぁなんだ、泣きたい気持ちは分かる。私も昔はよく泣いていたものだ。だから私は何も言わない。その柔らか~い胸で今日は休むといい」


「うん、そうするよ。なんだか今日はレイラが優しいから、この胸で休むことにする……」


「……アスフィがそうしたいなら……いいよ」


俺は再びレイラに寄りかかる。


あれ?いいの?


いつもなら、冗談を言えばすぐに拳が飛んできてもおかしくないのに。


「……あの……アスフィ……すみませんでした」


ルクスが再び謝罪の言葉を口にする。


「もういいのに」


そう思った瞬間だった――


「アスフィに近づくなっ!!!!!!!!!」


レイラの怒号が、部屋中に響き渡った。


空気が、一瞬で凍りつく。


「お前のせいでアスフィがこんなことになったんだ!!!!お前はアスフィに近づくな!!!さっさと出てけ!!!」


レイラの体が一瞬で変化する。


『獣化』――彼女の力が宿り、全身の毛並みが逆立つ。


レイラは俺の頭を胸に抱きながら、牙を剥き、ルクスを睨みつけていた。

俺はその光景に、息を呑む。


こんなにも怒るレイラを見るのは、いつ以来だろうか。

俺が剣術の才能がないことを嘆いた、あの日以来じゃないか?いや、それ以上かもしれない。


「お、落ち着いて、レイラ。僕はもう平気だから……」


「……大丈夫だよ、アスフィ。アスフィはレイラが守るから。心配しないで」


レイラの腕が、俺を強く引き寄せる。


その温かさは、安心感を与えるものだった。

だけど――


「……ウソツキ。アスフィ、体が震えてる」


レイラが、俺の腕をぎゅっと握りしめる。俺は気づいていなかった。自分の体が、まだ震えていることに。


何度死んでも死ねない時間。何度も何度も焼かれては回復する。

それが、体に、頭に、記憶に……深く刻み込まれた。


「……ルクスを許してやってくれ、レイラ」


静かに、その場にエルザの声が響いた。


「……確かに彼女は手加減を知らない」


お前が言うな!!!!


「だが、アスフィもまた私が止めなければ、ルクスを殺していたところだ。……痛み分けというところではどうだろうか」


エルザはルクスも悪いが、俺も悪いと結論づけた。


たしかに、俺は模擬戦の最後、ルクスを殺しかけた。

"ヴァニシングヒール"を使い続けていたら、彼女は――。


「……そうだよ、レイラ。僕はもう大丈夫。だから許してあげて?」


「……レイラはまだこの女を許さない。……でもアスフィがいいなら、レイラはもう何も言わない……」


許せはしないが、理解はしたようだ。

レイラは俺をぎゅっと抱きしめたまま、静かに目を閉じる。


「……ありがとうございます。レイラさん」


ルクスが小さく息を吐き、そう呟いた。


「……別に許したわけじゃない」


レイラは最後までレイラだった。


「よし!では仲直りできたということで!本題に入ろう!」


エルザがパンッ!と手を叩き、話し始める。


彼女の切り替えの早さには、もはや驚かない。

でも、空気の読めないエルザが、今はただただありがたかった。


「今回の模擬戦、勝者はアスフィだ!よってルクスはアスフィに魔法を教える!いいね?」


「……あ、そうですね……でも私に教えられるものなんて」


「僕はルクスさんの魔法をもっと知りたいです。使えなくても構いません。この世界にどんな魔法があるのか……それを知るだけでも価値があります。実際僕は今回の魔法を初めて見ましたし」


今回の魔法は、俺にとってトラウマになったかもしれない。だけど、知っていれば対策も練れる。

俺は今まで、攻撃魔法を使える人物に出会わなかった。そもそも、母さん以外の魔法使いに会ったことすらなかった。それが今回の模擬戦で、仇となったわけだ。


「……分かりました。私は敗者の身……教えましょう」


「ありがとうございます!」


こうして俺は、ルクス・セルロスフォカロから魔法を教えてもらうことになった。

レイラ、ルクス嫌いになる、の巻。

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