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Re:第三十四話「破滅のセカイ」Part1

それは悲劇。

 どうして。

 どうして私だけが、こんな目に遭うの──。


 ルクス・カエデは、一人で地面に膝をついていた。

 その肩が、小さく、小さく震えている。


 痛みはない。

 傷一つない体。

 けれど──それが、余計に彼女を追い詰めた。


 (……壊れているのは、きっと私の心)


 彼女の目からは、止めどなく涙がこぼれていた。


 「……世界が、私を敵だと言うのなら」


 もう、何も残っていない。

 この世界に、彼女の味方は存在しない。


 思い出すのは、かつての言葉──

 温かな手紙と、最後の願い。


 ──『アスフィへ』


 元気にしていますか?

 私は元気です。

 ……あなたに言いたいことがあります。

 だけど、今はそれを伝えることができません。

 私は大丈夫ですので、探さないでください。

 お兄ちゃんを、救ってきます。


 ◆◆◆


 「……これでお願いします」


 そう言って差し出した手紙を、目の前の存在が静かに受け取った。


 「うん!しっかりと受け取ったよ!戻ったら、ちゃんとどこかに置いておくね!」


 明るく返してくれたその声に、少しだけ、胸が温かくなった。


 ……それも、今はもう遠い記憶。


 彼女がいるのは、すべてが“才能”で序列づけられる世界。

 自分の意思ではない。“飛ばされた”と言うべきだろう。


 理不尽に。理由もなく。孤独に。


 「……私はここで、死ぬのでしょうか」


 呟いた言葉に、脳裏に直接、あの声が返る。


 (さぁね)


 オーディンの声。


 「どうして……なぜ、私だけをこの世界に」


 (ある目的のためだよ)


 「……目的?」


 (私はね、自分のことが分からないんだ。君もそうだろう?ルクス)


 ──自分のことが、分からない。


 「……あなた、神なんでしょう?なら……」


 (神だからこそ、分からない。神は“どうやって生まれた”のかさえ、知らないんだよ)


 その声は、どこまでも静かで、どこか寂しげで。


 (私は、自分が“何者”かを知りたい。何のために生まれ、何をすべきなのかを)


 「そんな話……今、関係ありますか」


 (関係ないかもしれない。でも、全ては“私のシナリオ”通りに動いている)


 言葉の意味を、彼女は理解できなかった。

 でも──一つだけ、確かなことがあった。


 この世界は、彼女を拒絶していた。


 それは、痛みではなかった。

 暴力ではなかった。

 もっと残酷で、冷たいものだった。


 ──無視。


 存在を“なかったこと”にされる、絶望。


 「やめてください!アスフィ!」


 ──その声は、誰にも届かなかった。


 「ルクス!お前のせいで……レイラは……ッ!」


 いつか一緒に笑った、仲間の瞳。

 それは今、彼女を睨みつけていた。

 怒りに歪んだその表情は、あまりに見慣れたものだった。


「違います!私は……私は、何もしていないのに!」


 声は震えていた。

 けれど、心の奥はそれ以上に、崩れかけていた。


 ──信じてくれると思っていた。


 仲間として、家族のように共に旅をしてきた日々。

 命を懸けて共に戦い、笑い、支え合ってきた。

 その全てが、ただの幻想だったかのように。


「……ルクス。私は君を友だと思っていた……なぜ、父を……」


 信じていた声が、否定へと変わる。

 悲しげに呟いたその言葉は、まるで刃だった。


「ちが……私は……っ!」


 その瞬間、何かが──音を立てて、折れた。


 心が、砕けていく音が聞こえた気がした。

 頭では理解していても、心が追いつかない。

 否定され、拒まれ、怒りと悲しみに塗り潰されたその視線が、ただ、痛かった。


「ルクスを許さない……アスフィを殺した罪。絶対に、償わせてやるッ!!」


「待って……レイラ……」


 けれど、もうその名前を呼ぶ資格すら、与えられていなかった。


 ────誰も、信じてくれない。


 ────誰も、手を伸ばしてはくれない。


 この世界では、私は“敵”なんだ。

 この世界では、私は“悪”なんだ。


 たった一つの誤解が。

 たった一つの間違いが。

 皆が信じた“虚構”が──


 私を壊した。


 そして、光は閉ざされた。


 ---


  光が消えた世界で、私はただ立ち尽くしていた。


 あの日からずっと。

 この“正しさ”という名の狂気に囲まれた場所で、

 私は誰にも触れられず、ただ孤独に、風を浴びていた。


 傷は一つもない。

 痛みもない。

 ──けれど、泣くことさえできなかった。


「……なんで、私だけが……」


 呟いた言葉は、自分の声ですら他人のように遠く感じられた。


「なんで……私だけが、こんな目に……」


 崩れたわけじゃない。

 壊れたわけじゃない。

 ──最初から、もう“ここ”に私はいなかったのだ。


 争いが終わらない世界。

 差別が日常のように行き交う世界。

 誰かの過ちを、罪なき誰かが背負うことが当たり前になっているこの場所で──


「アスフィ……助けてよ……」


 誰にも届かない、祈りのような声だった。


 胸の奥にある“何か”が、冷たく沈みゆく。


 そこにいたはずの、優しかった仲間たちは、もういない。


 レイラは怒りのままに叫び、

 エルザはその目を信じたまま、私を拒み、

 アスフィは、もう──“いない”のだという。


 ……ひとりきり。


(……これは想定外だったね)


 その声は、心の奥から響いた。


 世界を弄んだ張本人──神・オーディンの声だった。


「オーディン……」


(これほどまでに“否定される”とは、思っていなかった)


 皮肉気に笑うその声は、どこか楽しそうですらあった。


「ねぇ……どうして私だけ、この世界に?」


(理由は言っただろう。“君を見たかった”のさ)


「……嘘」


(そう、少しだけね。──君が“壊れる”瞬間を、知りたかったんだ)


 私は理解できなかった。

 神の言葉の意味も、その感情の起伏も。

 だけど、確かに分かったことが一つある。


 ──私の心は、もう壊れていた。


「私を……殺してよ……」


 涙すら流れない顔で、私はそう呟いた。


 でも、風だけが静かに頬を撫でていった。


 誰も来ない。

 誰も信じない。

 誰も救わない。


 ならば、私は──


「私がこの世界を壊してあげる……全部、全部……!」


 その呟きに、ようやく心が動いた気がした。


 冷たく、鋭く、そして静かに。


 誰かのせいじゃない。

 でも──誰も、私を守ってくれなかった。


 なら、私はもう……“敵”で、いい。


 希望を失くした少女の心が、確かに“破滅”へと傾いた瞬間だった。


 その静寂の中──


「随分と苦しんでおるようじゃな、若いの」


 どこか懐かしさを帯びた声が、背後から届いた。

 それは、炎の残り香のように、かすかにぬくもりを持っていた。


「……誰ですか」


 振り返ったルクスの目に映ったのは──

 錆びた金具の付いた道着をまとい、腰に小さな槌を提げた、白髪の老人。


 その顔はどこか煤けていて、表情はひどく穏やかだった。

 けれど目だけは違った。まるで、真っ赤に焼かれた鉄をそのまま埋め込んだように──

 静かに、鋭く、彼女の心の奥を覗き込んでいた。


「皆からは、ゲンジイと呼ばれておった。……ただの鍛治師よ」


 鍛治師──その言葉に、どこか胸がざわついた。

 ルクスは思わず問い返す。


「……どうして鍛治師が、こんな場所に」


「……もっと早く、お主を止めるべきじゃったな。オーディン」


「……!」


 その名が告げられた瞬間──

 胸の奥で眠っていた“声”がかすかに揺れた。


(……ゲン)


 どこか、懐かしげな……それでいて、悲しみに染まった響きだった。


「オーディンと……何か関係があるんですか」


 ルクスが聞いた時、老人はわずかに頷いた。


「ワシは、あいつに創られた。最初の“神”としてな」


「創られた……?」


「そうじゃ。神を名乗るあの娘が、一番初めに生み出した存在──それがワシ、ゲン・バルカンよ」


 言葉の一つひとつが重く、胸に響いた。


「……どうしてそんなものを作ったんですか」


 ゲンは空を見上げるように、しばらく何も言わなかった。


 だが、やがてぽつりとつぶやくように言った。


「寂しかったんじゃろ。……神も」


「寂しい、って……」


「独りで世界を見ているだけの神じゃ。何が正しいかも分からず、ただ人間たちの争いや愚かさに、疲れ果てとった。ワシは……話し相手として生み出された。……いや、本当は違う。あいつは、自分が何者なのかを知りたかったんじゃろう。人の中で生きて、何を感じるのかを知りたかった」


 ゲンの目は、どこか遠い過去を見ていた。


「それでもワシは……従わなかった。神に背いた。いや、理解できなかったんじゃ。ワシには“神”という在り方が、どうしても肌に合わなかった」


「……それで“出来損ない”……なんですか」


「うむ。あいつが言っておった。『出来損ないの完成品』……と」


 不思議な言葉だった。


「完成品なのに、出来損ない……?」


 ゲンは、笑った。


「完成してしまったんじゃ。人の心を持って。だから逆らった。だから自由になった。だがそれは、あいつが望んだ答えではなかった」


「……オーディンは、あなたを通して何を知りたかったんでしょうか」


 ゲンは、静かに目を閉じた。


「それは……“人の心”じゃろうな」

最後までお読みいただきありがとうございます!


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