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Re:第三十三話「先代と後継者」

兄妹は、再び巡り逢った。


「お兄ちゃん」


 その声音には、どこか遠くを見ているような濁りがあった。


「ああ」


 スドウは短く返した。声は震えていなかったが、内心では言いようのない違和感が走っていた。


「お兄ちゃん」


 ルクスがもう一度繰り返す。彼女の瞳はどこか虚ろで、感情の焦点が合っていない。


「ああ、そうだ。お前のお兄ちゃんだ」


 言葉を重ねながらも、スドウは何かが決定的に違うと感じていた。

 その違和感は、次の一言で確信に変わる。


「お兄ちゃん……僕が今からこの世界の全てを破壊するから見ててね」


 世界が音を失ったような感覚。

 スドウは一瞬、耳を疑った。


「ああ……え」


 理解が追いつかないまま、ルクスは前を向く。


 その視線の先にいるのは、エルザ、アスフィ、レイラ、紅蓮。

 かつて味方と呼べた存在。

 だが、ルクスの目には彼らが敵として映っていた。


「見ててね、お兄ちゃん」


 その一言が、背筋を凍らせる。


「待て楓!やめろ!」


 叫んだ。咄嗟に声が出た。


 だが、その声がルクスの耳に届いた様子はなかった。


「……お兄ちゃん、何言ってるの?こいつらがいたら僕とお兄ちゃんだけの世界は終わらないんだよ?」


 ルクスの言葉は、幼子のように無垢で、それでいて絶望的なまでに残酷だった。


「お前……」


 スドウは拳を握りしめる。血が滲むほどに。


 ──紅蓮が言っていた言葉を思い出した。


(もう……あれは俺の知っている“楓”じゃねぇ)


 その言葉が、今になって骨の髄まで沁みてきた。


「わぁ、スドウくんが三人もいるね」


 その場違いな声に、皆が振り返る。


 発したのはマキだった。


「お前、空気読め!バカ!」


 スドウが怒鳴るように返す。だが、その声にもどこか焦りがあった。


 状況の異様さが、全員の神経を極限まで研ぎ澄ませていく。


「…………マキナ。いえ、マキちゃんですね。我の先代といえばいいのでしょうか」


 声を発したのは、ルクス。


 その視線は、マキへと向いていた。


「……そうかもね。ならあなたは後継者」


 二人は、言葉よりも深い何かを通わせていた。


 けれど今、両者の間には、明確な隔たりがあった。


「……お兄ちゃんから離れて」


 ルクスが言う。


 その声は、命令というより懇願のようだった。


「嫌」


 マキが即答した。


 その短い言葉に込められたのは、“信頼”だった。


「……そう」


 ルクスが目を伏せ、ゆっくりと杖を持ち上げる。


 その先端が、マキたちに向けられた瞬間──


「──っ!!」


 スドウの体が勝手に動いていた。

 嫌な予感。電撃のような危機感が、全身を駆け巡った。


「やめろ!楓ぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 叫んだ瞬間には、もう“終わって”いた。


 空気が割れるような音。

 光の一閃。


 誰もが、その速さに反応できなかった。


「………………マキ」


 スドウの口から漏れたのは、絶望そのものだった。


 マキの身体に、大きな穴が穿たれていた。


 血が噴き出し、彼女の体がぐらりと傾く。


 その場に倒れこむ瞬間。

 スドウは、理解してしまった。


 ──妹が、マキを殺した。


 大切な者が、大切な者を奪った。


 その現実に、心がついていかなかった。


「…………そもそもが間違っていた」


 スドウは膝をつき、呟く。


 その声は、自分自身を責めるように重かった。


 ここに至るまでに練りに練った作戦。

 それは、誰もが理解できて、誰もが「無理だ」と思うような道。


 けれど、それを選んだのは他でもない、アスフィ・シーネットだった。


 ──そして。


「──『再び生命を吹き込む蘇(リ・リザレクション)』」


 澄んだ声が、静寂を裂くように響いた。


 空気が震え、時間が再び動き出す。


「まだです。これは全て、想定通りですから」


 静かな、けれど確信に満ちた声。


 それは、もう一人のローブの青年。


 アスフィ・シーネットの声だった──


 「アスフィ!?どうしてアスフィが!?」


 「アスフィだけど、アスフィじゃないよ」


 驚きと困惑が、エルザとレイラの口から同時にこぼれ落ちた。


「そう、僕はどのアスフィでもない」

 

 答えたのは青年──

 だがその表情と言葉には確かに“アスフィ”が宿っていた。


「……混乱するのは当然ですが、今は置いておきましょう」


 青年は落ち着いた声で言う。

 まるでこの混乱さえ計算していたように。


「アスフィ……なんで」


 杖を握りしめ、ルクスが震える声で呟いた。


「なんで、ですか。それはこちらのセリフですよ。ルクス」


 淡々と、しかし優しく返す青年。


「僕らは敵じゃない。これは仕組まれた物語です。偶然の連なりが、今の事態を生んだ」


「何を言って──」


 ルクスが杖を構えた。


 その魔力は確かに、殺意を帯びていた。


「僕を殺すんですか、ルクス」


「……」


 杖を向けたまま、ルクスは躊躇していた。


 手が震えていた。

 それは迷いか、恐れか、それとも──


「構いません。そうしたいのなら、そうしても。でも、僕は死にません」


 青年の目は、ルクスを真っ直ぐに見つめていた。


「我の雷は、アスフィの回復でも癒せない」


「なら、どうぞお好きに」


 アスフィ・シーネットは、両手を広げた。

 まるで、すべてを受け入れる覚悟のように。


 その異常な光景に、誰もが言葉を失った。


 そして──


 それを見ていた一人の少年が、叫んだ。


「セルロスフォカロオオオオオオオオオッ!!」


 声を張り上げながら、ルクスの元へ一直線に走ってくる。


 その顔に宿るのは、痛みと怒りと、そして願い。


「アスフィ!ダメ!」


「よすのだ!アスフィ!」


 同時に、他の声が止めようと叫ぶ。


 だが、少年は止まらなかった。


 必死に叫びながら、目の前の少女へと向かっていく。


「俺はフィー!!そうだろおおおおおおおおおマキナーーーーーッ!!」


 その名を、空に向かって叫んだ。


 ここにいないはずの存在──

 けれど彼は、信じていた。その存在を。


「──そうだ。我とフィー。二人で一人」


 その言葉が背後から響く。


「なっ──」


 ルクスが振り返る。


 そこに立っていたのは、

 先ほど“撃ち抜かれた”はずのマキだった。


「悪いな後輩。先輩として、我はフィーの声に応える事にする」


 そう告げたのは、マキ──否。マキナ。


 瞳に宿る光が、以前とは違っていた。


 それは、神としての威厳と、少女としての優しさを併せ持つもの。


「眠れ、後輩」


 その手から雷光が放たれる。


 ルクスが防御に入る間もなく──

 その一撃は、彼女を吹き飛ばした。


「あああああああああああっ!!」


 閃光が夜を裂く。


 暗い森に、蒼白の光が一閃。


 そのあとに残ったのは、仰向けに倒れ込むルクスと、静かに煙を上げる大地。


「……お前、マキの中に居たのか」


 スドウが驚きを抑えきれず、問いかける。


「……悪いな、フィーのオリジナル」


「その呼び方はやめてくれ。スドウだ」


「……ふっ」


 マキナは、少しだけ口元を緩めて笑った。


「……何がおかしいんだよ」


「何も。スドウくんの反応が、面白くて」


「………………は?」


 やがて、そこに一人の少年が駆け寄ってくる。


「無事か!マキナ!!」


「ああ。我を誰だと思っている」


 その声には、微かな誇りがにじんでいた。


「はぁ……まさか今までの俺たちと同じような事になっていたとはな」


「全くだ」


 その姿を囲むようにして、二人の“スドウ”が並ぶ。


 まるで鏡合わせのような、似た者同士。

 だが、確かに“異なる人生”を歩んできた存在。


 そしてその近くには、もう一人の“アスフィ・シーネット”。


「無事か!アスフィ!」


「アスフィーー!」


 エルザとレイラが駆け寄ってきた。


「「無事だ」」

「です」


 返したのは、二人の少年と、ローブの青年だった。


 今、この場所には、

 それぞれの世界から“同じ名”を持つ者たちが揃っていた。


「……うむ、頭が混乱するな」


「レイラには誰がレイラのアスフィか分かる」


 その声に少し場が和んだ気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


いよいよ物語も佳境に入ってきました。

登場人物たちの選択が、物語の結末を形づくっていきます。


ここまで読んでくださったあなたの応援が、

最後まで書ききる力になります。


どうか、ラストまでお付き合いください。

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