Re:第二十四話「迷い猫の復讐」
今回は久しぶりあの子の登場です。
──同時刻。
「はぁ……はぁ……私としたことが油断してしまいましたねぇ」
夜闇の中、男は重く足を引きずりながら歩いていた。両脇には瀕死の少年と少女。力無く、それでも離すまいと抱えたまま。
(私もそれなりに苦労してきましたが……彼女は、それ以上のものを背負っているというのですか)
思考とは裏腹に、彼の胸元には大きな穴が空いていた。致命傷。そのはずだった。
「ぐっ……はぁ……なぜ私は……このような真似を……」
自問する声はかすれていた。
──助ける。
そんな行為は、彼には最も縁遠いものだった。
過去、目的のためなら非情も厭わぬ男だった。迷いなく、冷酷に、道を選んできた。
だが今は違う。
「……私に回復魔法は使えない。アスフィ……彼がいれば……」
口から漏れた名に、己の戸惑いが滲む。
(なぜ真っ先に思い浮かんだのです……)
大量の血が止まらず流れ落ちる。
常ならば、とっくに命は尽きていたはずだ。
(……ああ、レイラ。私はお前を──)
想いが交錯する中、唐突に甲高い声が闇を裂いた。
「あれ?そこに居るのってさぁ?エーシルじゃない?」
思わず足を止める。
前方に現れたのは、幼さと狂気を併せ持つ少女だった。
「……あなたは」
「あは!やっぱりそうだ!……あれ?どうしたの?ボロボロ……っていうか、死にそうじゃん。なんでそれで生きてるの?」
(うるさい小娘だ)
苛立ちと疲弊の混ざる中、エーシルは静かに告げる。
「用がないなら関わらないで頂きたい」
「……あるよ。全然あるよ。私の物語はあなたから生まれたから、エーシル」
「……知らないですねぇ」
「ふーん。殺そうかと思ったけど、やっぱりやめとこ。今殺しちゃったら楽になるもんね」
少女──ヒノデ・フタバは、愉快そうに笑う。
「……お前には苦しんで死んでほしいからさ、私」
(……見たことのない小娘だ)
エーシルは記憶の迷路を必死に辿るが、答えは出ない。
「……そっか。私のこと知らないんだったね。私の名はヒノデ・フタバ。日本って所から来たんだよね。……あなたに殺されて」
「そうでしたか」
「うん。でも、おかしいなぁ。あなたの顔って私の知る……アスフィ?だっけ?にそっくりだね。もしかして双子なの?」
「……世間話に付き合うつもりはありません」
「まぁまぁ、そう言わずにさ。……助けてあげよっか?」
「……何?助ける?」
「勘違いしないでね。あくまでその両脇に抱えてる子たちだよ。あなたは助けない。だって死んでほしいんだもん」
(……いずれこのままでは三人とも死ぬ……)
エーシルは判断する。
選択肢は、ない。
「……それが本当ならこの二人を任せます」
「うん、責任持って任されたよ。だからお前は死んでね。苦しんで悶えて、誰にも知られずのたれ死んでてね」
「…………言われなくとも」
エーシルは二人をフタバに託した。
「なっ──」
「……甘いよ。お前は確実に死ぬべきだからさ。やっぱり殺しとく」
鋭い声と共に、命が刈り取られた。
エーシルは音もなく、その場に崩れ落ちる。
(……私にふさわしい終わり方か。……でも、レイラ。最後にお前の顔が見たかった……私の妻……)
静かに、彼の意識は闇に沈んだ。
──終焉。
「…………やっと死んだ。私にもう心残りはない」
フタバは淡々と言い放つ。
その手には、二人の命が委ねられていた。
「さて、この子達……どうしようかな」
二人を抱えたまま、少女は歩き出す。
「おもっ……!あんな死にかけの体でこの重さを抱えて……どこへ行こうとしてたの?」
すぐそばで絶命した男を一瞥し、フタバは呟く。
(私の人生、間違ってないよね……お母さん)
夜空を仰ぎ、ひとり静かに問いかけるその表情は、あまりにも無垢で、同時に──あまりにも残酷だった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は久しぶりの登場フタバちゃん。182話以来かな。
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