Re:第十五話【疑念】
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前回の続きです!
「アスフィ、落ち着いて」
レイラの言葉が静かに響く。けれど、今の俺の胸の奥にある焦燥は簡単には鎮まらない。
「レイラ、悪いがこれは重要なことだ。今まで俺達が共にしてきたエルザはエルザであってエルザじゃなかった」
自分でも意味が分からないことを言っているのは分かっている。だが、この違和感を放置するわけにはいかなかった。
「……それは違う。私は私だアスフィ」
エルザの言葉は揺るぎない。だが、俺にはその"揺るぎなさ"がかえって不気味に感じられる。
「なら、俺達にも分かる様に説明してくれっ!お前は何者なんだ?一体いつから俺達を騙していた!?」
自分の声が震えているのが分かる。怒りや苛立ちだけじゃない。この問いの背後にあるのは恐怖だ。
ずっと信じていた。共に戦い、命を預け合ってきた仲間。だが、今その信頼が音を立てて崩れていくような感覚がする。
「アスフィ、君は何か勘違いしているようだな」
「何がだ」
エルザは一瞬も目を逸らさない。その冷静さが、俺の胸に刺さる。
「私は君と出会った時からずっとエルザだ。君の話ではまるで私が途中で入れ替わったかのような言い方に聞こえる」
「違うってのか?」
「――ああ、違う」
その一言が場を支配する。冷たい霧のように広がるエルザの声。
「……しかし、君に詳細を語る意味がない。だから答えない」
語らない――否定するのではなく、答える価値がないと断じるエルザの言葉が俺の心に棘のように突き刺さる。
「なら誰だったら答えてくれるんだ」
「……君以外の”君だ”」
まるで謎かけのような言葉に、俺は思考を巡らせる。だが答えは見えない。ただ、エルザの片目が黄金色に輝いたその瞬間――"何か"が脳裏を閃光のように走る。
そして――エルザの声色が変わった気がした。
「俺以外……?」
「ああ、そうだとも。それに、君だってそうだろうアスフィ?君はアスフィであるのに、何故未だ言葉遣いが変わっていない?本来のアスフィ・シーネットはそんな言葉遣いでは無いはずだ。『僕』、じゃなかったのかい?まさかまた猫を被ったのか」
"僕"、と――そう、アスフィは本来、名乗っていた。
だが、今の俺は……アスフィは"俺"と言っている。気づけば、ケンイチやフィーの名残をそのまま引きずっている自分にエルザの一言で気付かされた。
「安心してくれ。私は君達の敵ではない。私はあくまで『観測者』の一人に過ぎない。この世界を見届けるね」
観測者――それがエルザの正体だと言いたいのか?
「……アンタの目的はなんだ?」
喉の奥が渇くような感覚を覚えながら問いかける。
「…………私の目的はこの間違った世界を元に戻すこと。……後は、愚かな娘を殺すことだ」
その言葉の意味を、俺は即座に理解できなかった。ただ、彼女の両目が再びいつもの黄色に戻った瞬間、薄ら寒いものが背筋を駆け抜けた。
エルザの語る"間違った世界"とは何なのか――。そして"愚かな娘"とは誰を指すのか――。
すべてが霧の中だ。それでも、ただ一つだけ分かることがある。
目の前のエルザは、俺が知るエルザではない――。
それでも、俺の仲間だと思いたいという、愚かな希望が俺の胸を締めつける。
「……俺はお前を信じていいのか」
小さな声で問いかける俺に、彼女はただ微笑むだけだった――。
エルザの微笑みを信じて良いのか分からず、俺はその場で動けずにいた。
「……信じるかどうかは君次第だよ、アスフィ」
その一言が胸に響く。 だが、その響きは温かさとは程遠い。
冷たい刃物のように、心の奥に刺さった。
「俺次第、か……。お前、ほんと都合のいいことばっか言うよな」
思わず笑いがこぼれる。 けれど、それは自嘲に近いものだった。
「私が都合が良い存在だと思うのなら、それで構わないさ。君にとって私はただの駒であってもね」
「……お前は、自分のことをそんな風に思ってるのか?」
「違うかい?」
エルザは首を傾げる。 その仕草は、以前と変わらない。
なのに、どこか"別のもの"に見えるのはどうしてだろうか。
俺の胸の中に湧き上がる違和感。
それは恐怖なのか、怒りなのか、あるいは悲しみなのか――。
「……俺に分かるわけねぇだろ」
「分からなくていいさ」
そう言いながら、エルザは一歩俺に近づく。
その目は、いつものエルザのように優しさを湛えている――はずなのに。
俺の中の何かが、その優しさを拒絶している。
「ただ、これだけは覚えておいてくれ、アスフィ」
彼女の手が、そっと俺の肩に触れる。 その手のひらが、やけに冷たく感じられた。
「君が何を選ぼうと、私は君の敵にはならない。……たとえ、君が私を拒絶するとしても」
「……なんだよ、それ」
エルザの言葉が、ますます俺を混乱させる。
「なら、教えてくれよ!お前が"観測者"だって言うなら、この世界のどこが間違ってるのかを!観測者のお前なら分かるんだろ!?なぁ!?」
俺の声が響く。 レイラが不安げな目を向けているのが分かったが、今の俺には気にする余裕はなかった。
しかし返ってくる言葉は――
「……それを”君”に教えることはできない」
エルザは静かに首を横に振る。 その仕草は決して嘘をついているわけではないと分かる。
だが、それでも納得できない。
「どうしてだよ!」
「君がその答えを自分で見つけるべきだからさ」
「……そんなの、ただの言い逃れだろ」
「そうかもしれないね」
エルザの声は、ひどく淡々としていた。
俺の怒りや焦燥を受け流すようなその態度に、俺は拳を握りしめた。
「アスフィ……」
レイラの声が、静かに俺の耳に届く。
「……いったん、落ち着こう?今のままじゃ、何も見えなくなっちゃうよ」
その言葉に、俺は深く息を吐いた。
「……悪い。レイラ、エルザ」
俺は拳を開き、俯いた。
「大丈夫だよ、アスフィ。私たちはいつだって、アスフィの味方だから」
レイラの言葉に、俺は小さく頷いた。
「ありがとう……でも、エルザ」
俺はエルザを真っ直ぐに見つめた。
「今のお前を信じるのには少し時間がかかるかもしれねぇ。考える時間も必要だ。……それでも、今まで通り一緒に戦ってくれるか?俺達にはお前の力が必要だ」
エルザは一瞬だけ目を見開き、それから微笑んだ。
「もちろんだとも。私はいつだって君の仲間だ」
その微笑みが、果たして本物なのか――
俺には分からない。
けれど、それでも今は前に進むしかない。ここで大切な戦力を失うわけにはいかない。
(信じることができなくても、信じているフリくらいはできる。それが今の俺の限界だ)
「……行くぞ」
俺は静かに言い放った。
その言葉に、レイラは小さく頷き、エルザもまた微笑みながら歩き出す。
この不確かな世界の中で、確かなものを見つけるために――。
たとえ、それがどれだけ険しい道であろうとも。
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