第182話「恋する乙女:喪失」
マズイです、あのエルザが一方的に押されています……。私の知る限り、エルザは最強の剣士。他に強そうなのと言えばあの王子キャルロットやエルブレイドでしょうか。
しかし、恐らく……いや、間違いなくその二人より強い。特にスピードが早いとかパワーが有るとかじゃない。エルザの戦い方は有り余る力を相手にぶつける所謂脳筋タイプ。
それに比べて、フタバという方はそれらすべての剣筋を見極め弾いている……パワーやスピードという点においてはエルザが上回っている。
けれど、技量という点で負けている……。
「はは! そんなものなの? この世界の剣士ってさ」
「まだだ! 私は本気を出してないからな!」
……多分エルザは見栄を張っている。エルザの戦い方は何度も見てきた。防げなくとも太刀筋や癖なら私でも分かる。
エルザには致命的な弱点がある。
それは――
「君さ、よくバカとか言われない?」
「なんだと!? そんな安い挑発に私は乗らんぞコノヤロー!」
そう、バカだ。……って認めてどうする私! でも敵の言うとおりだ。エルザの戦い方はとにかく相手を仕留める事に意識が行き過ぎている。
故に、手元の癖などが読まれやすい。エルザにとってこのフタバという方はまさに天敵。
何度剣を振っても全て弾かれている。エルザの奥の手である『超身体強化』まで使ってこれです。
これはどちらかがバテるまでの消耗戦となることでしょう。ただ、フタバ……彼女は殆どその場から動いていない。一方でエルザは攻めては下がりを繰り返している。
エルザの体力がいくら化け物だとしても、このまま行けば先にバテるのは明らかにエルザ。
「……ハァ……ハァ……クソッ……何故当たらんのだ」
「エルザちゃんって言ったね。君は分かりやすい剣筋をしているね。誰に剣を教わったの?」
「……おじいちゃ……エルブレイドだ」
「あ〜この世界の人類最強って人か〜。当ててあげようか。君はその人になろうと焦っている、そうでしょう?」
「……ああ、私が知る限り最強の剣士だからな。当たり前だ」
「でも、その人って多分『才能』持ちなんだよね」
「『才能』、だと」
フタバの言っている事が理解できないエルザであった。
「聞いたことあるでしょう? この世界では『祝福』、なんて呼ばれ方しているんだっけ」
「それが何だと言うのだ。才能なら私も持っている。剣の才能をな」
「ううん、違う。君のは『才能』なんかじゃない。それは努力によって勝ち得たものだ」
「何を言って――」
「私が生きた世界ではね、『天才』って言葉と『才能』って言葉があるんだよ。天才は周りより優れている、まさに君のことだ。一方で、『才能』はその分野において右に出るものは居ない、そんなレベルの事を指すのさ。つまりね、自分の『才能』を自覚している者は最強なんだよ。ちなみに、私の『才能』は目が良い。私はそれを自覚している。どこを狙えば力を必要とせず受け流せるのか、私はそれを見極め、君の剣を見ている。だから当たらない」
お前は強いと周りから言われ育ってきたエルザ。だから自分は強いのだと錯覚する。勿論鍛錬を積めばその分能力は上がる。しかし、”才能持ち”が同じくらいの努力をしていれば勝ち目はない。
天才と才能の違い。現実を突きつけられたエルザは剣を持つ手を下ろした。
「エルザ!」
「あらら、相当効いたみたいだね」
「……私はどう頑張ってもこの先最強には……おじいちゃんを超えることは出来ない……」
エルザは剣を持つ手の力が弱まり、とうとう剣を手から落としてしまった。
マズイです! このままではエルザの心が……!
「これで一人は戦闘不能だね。まぁ私達の敵は神だから別にトドメを指す必要はないけど……でも、ごめんねエルザちゃん。一応、神退治の障害となり得る者はそれがどれだけ弱いものであろうと殺せって言われてるんだよね。なんて言ってたっけ? 確か……覚醒がなんとかって……まぁそういうことだから、悪いけど死んでもらうね。ほんと悪いけど」
フタバは戦意を喪失したエルザに向かって歩み出した。
ああ、どうすれば……! 相手は刃物を扱う前衛。私は魔法を扱う後衛なので相性は最悪。このままではエルザが……!
「しっかりして下さいエルザ! あなたは強い! 私が見てきた剣士の中でも実力はトップです! だから――」
「でも最強じゃない。白髪の……今はルクスちゃんでいいんだよね。それはあまりに可哀想だよ? 自分は最強の剣士になれると思いもてはやされ育ってきた。にも関わらず、実際は最強になることは出来ないと知ってしまった。……君もエルザちゃんに最強って、言ってあげれてないのがその証拠。うやむやにし、言葉を濁した。結果、実力はトップなんて……それは追い打ちって言うんだよ?」
私はエルザにそんなつもりで言ったんじゃない。けど……このフタバの言う通り、私はエルザに掛ける言葉を躊躇してしまった。
最強だよと、言ってあげられなかった。だって私はエルブレイドの強さを知っているから。嘘でも最強だよと言ってあげればよかったのだろうか。でも、エルザは変に勘が鋭い。私が最強と言った所できっと彼女は気付くでしょう。
私は……仲間を、親友になんて声をかけてあげれば良いのか分からない。
「――そんなの関係ない。才能とか天才とか何が違うのかレイラにはよく分かんない。勝てばいい、そうだよね」
「……初顔の獣人……見たことがないね、君」
「レイラはレイラ。アスフィ・シーネットの現妻であり、未来の妻だよ」
「そうかい、本当にあの子はモテモテだねぇ。でも、君の剣を持つ手。それは剣士って感じじゃないね? 誰に剣を教わったの?」
「レイラの師匠は二人居る。アスフィのお父さんと、エルザのお父さん。だからレイラは無敵だよ」
レイラはエルザの元へと近付くフタバの前に出た。
「ルクス、エルザ下がらせて」
「……え? でも相手は――」
「早く。レイラが相手するの」
「は、はい……くれぐれも気を付けて下さい」
「うん」
ルクスは戦意喪失のエルザの肩を持ち、フタバとレイラの元から離れていく。
……レイラには悪いですが、この勝負レイラに勝ち目は無いでしょう。レイラよりエルザの方が実力は上。そのエルザがやられた。
せめてレイラが時間を稼げる程の戦いをしてくれれば、私がその間に何か手を……ダメです。仮にレイラが時間を稼げたとしても。私にどうにか出来る相手ではない……。龍神ハクのような火力勝負では無い。これは剣と剣の戦い。私に出番は無い。……せめてこの場にアスフィが居てくれれば……。
……また私は彼を……アスフィを頼る事を考えてしまった。私はどうすれば良いのでしょうか、アスフィ……。
しかし、ルクスの予想は外れる事となる。