第175話「刃のプログラム」
俺は一体何をしているんだ。
こんな事をしている場合ではない。急いでアスフィの助けにならなければ。
【アスフィはもう居ない】
誰だ貴様は!
【俺はお前だよ刃】
その姿は……
【まだギリギリ十代のお前だ】
何故今になってお前が俺の前に現れる。
【おいおい本気で言ってんのか? だとしたらお前も歳を取ったってことだ】
俺はもう若くない。
【自分の姿を見てみろ。それでもまだそんな事が言えんのか? 】
……なんだこれ。俺の体が……ん? 俺……?
【今頃気付いたか。……俺はお前を助けに来た】
助けだと?
【そうだ。今のお前は精神が死んでいる。厳密に言えばギリギリ生きてはいるがな】
……確か何かを思い出したハズなんだ。だが思い出せない。
【そりゃ、俺が思い出せないようにしているからな】
やめろ。俺の記憶だ、返せ。
【それは許可できない。そんな事をすればお前は死ぬ】
思い出せば死ぬ? 何故だ?
【お前は記憶を自ら封印した。思い出せばショックで死ぬと考えたからだ】
ショック死すると言いたいのか?
【そうだよ。今まさに三途の川を渡り終えようとしている。あと一歩踏み出せば渡り切るぞ? 】
俺は何をした……?
【だから言えないって言ってんだろ? 】
だったらどうするつもりだ! このままではアスフィや俺の娘が――
【いや、お前に娘なんて居ない】
俺にはエルシアという娘が……エルシア……そうだエルシアだ。
【よせ! これ以上思い出せば死ぬことになるぞ! 】
ならどうしろと言う? このまま俺が動かねければ世界は終わりを迎える。そしてまたゼロから始まり、少年が苦しむことになる。
【……】
結局このままじっとしていれば向かう先はバッドエンドだ。だったら動く他にない。だいたい、命を繋ぎ止めるだけってなんだ。俺は何をやってんだ。
【お前がした救済プログラムは命を繋ぎ止めるだけじゃない。天才ともてはやされた日名川 刃という男はそんな馬鹿な真似はしない】
なら俺は何を思い出せないようにしたんだ! 殺人でも犯したってのか!? それで気が狂って――
【いいや、違う。……むしろその反対だ……】
……反対? なんだ、どういう事だ?
【……俺はただのプログラムに過ぎない】
随分とよく喋るプログラムだな。
【それ程までにお前は天才だったということだな】
で、どんな救済プログラムだ。
【名付けて、”克服しちゃおう大作戦”、だ】
……なんだそのくそダサい名前は。
【そうか? 俺は結構カッコいいと思うが】
克服というからには、その思い出せば死ぬ恐れのある記憶を――
【恐れじゃない。死ぬんだ。確実にな】
あ、ああ。その記憶に似た事を追体験するとかそんなとこか?
【いいや、追体験じゃない】
じゃあなんだ。
【俺は一度限りの、刃が生涯かけて作り上げた救済プログラム。天才が生涯かけて作ったんだ。追体験なんて甘いもんじゃない】
何をすれば良い……?
【今から二十分、お前を向こうに戻す。ただし、正気に戻ったらお前はこの事を覚えてはいない】
待て!
【何だ】
覚えていないのに俺にどうしろってんだ!
【良いから話は最後まで聞け。全く、若いと落ち着きというものを知らないから困る。お前はその二十分の間に目の前にいる少年と協力し、迫りくる『アンノーン』というやつらを残らず殺せ】
『アンノーン』だと。
【そうだお前も知っているハズだ。詳しい話は今はできない。記憶を思い出すことになりかねないからな。だからお前がやることは、二十分という限られた時間で『アンノーン』全員の息の根を止めることだ】
全員か?
【そうだ。一人でも逃がせば歴史は繰り返される……】
そう……なのか。
「『アンノーン』は四人。中には十代の少女もいるが躊躇うな】
なに!? 俺に女を殺せっていうのか!? しかも子どもを!? ふざけんな! できる訳無いだろ!
【出来なければ歴史……世界は繰り返される。そもそも『アンノーン』は既に……いや、何でもない】
おい、なんだ。言いかけたのなら言えよ。
【俺はお前を救うプログラムだ。お前に不利益となるような事はしない。そういう風に作られている。誰でもないお前にな】
……しかし、二十分では……
【その二十分は”この記憶を維持出来るタイムリミット”だ。死の記憶を思い出せない時間というべきか? 二十分を過ぎればお前は全てを思い出しショック死する。間違いなくな】
二十分か……。
【思い出せない様にするため、作り上げたプログラムだ】
天才が生涯かけて作ったプログラムにしちゃ、二十分とは随分短いな。
【それは仕方ない。頭脳はあっても資材や作る環境が無かった。……とにかく、何も考えるな。疑い始めれば、いくらプログラムとはいえ、二十分と経たずに思い出す可能性が出てくる】
……分かった。
【よし、それでいい。……準備はいいか? 】
ああ。
【では今からお前を向こうに戻す。『アンノーン』は厄介な連中だ。いいか、一人で相手をしようとするな。周りを頼れ】
……あ、ああ……分かった。
【ん……? なんだ? まだ何か不満でもあるのか? 】
いや、プログラムにしてはよく喋ると思ってな。
【…………俺を生みだしたやつが天才だっただけだ】
そうかよ。じゃあ、早いとこ戻してくれ。ちょっくら世界救ってくるわ。
【ああ、頼んだ】




