第172話「あえて」
突如現れた一人の剣士。…………いや、騎士と言うべきだろう。
「僕なら必ず、アスフィくんが居なくてもオーディンを止めて見せますよ」
モフモフとした白い毛が生え、二足歩行で歩く猫の獣人。
「……あなた……キャルロット!? 死んだはずじゃ!?」
「バステト様……いえ、今はサリナ様ですか。正直僕も何が何だか……あなたの加護を受けていながら申し訳ない。ですので、ここで汚名返上といかせていただきます」
「何故……誰が彼を」
サリナは理解出来ない。サリナもアスフィ同様、バステトというもう一つの人格を宿していた一人だ。
だが、アスフィと違う点は、バステトとなっても人格が一人である為、その殆どを覚えていること。
「――私が生き返らせたのよ〜」
と、遠くから声が聞こえた。アリアだ。
「……あなた一体何者なのアリア……いえ、それよりキャルロットあなた腰の剣はどうしたの!?」
「ああ……申し訳ありません。色々あって失くしてしまいました」
キャルロットがいつも大事にしていた剣。
「ですが、僕には『獣化』がありますので、大丈――」
「だったらこれを使え猫」
そう言うと己の剣をキャルロットに向かって投げたガーフィ。キャルロットはそれを見事にキャッチした。
「……全く、こんな扱いは剣が可哀想です…………ん?」
「どうした猫のあんちゃん」
「……これ程のものどこで?」
「俺の知り合いのだ。いいだろう」
「ええ、申し分ない。是非とも紹介していただきたいものです」
「ああ、いいぜ。これが終わったらな」
ガーフィとキャルロットは意気投合。しかし、そうもいかない者も居る。エルザ・スタイリッシュである。
「王子キャルロット……」
「女王エルザ、ここは一度休戦としよう。君を殺したことについては今も後悔はしていない。必要さえあれば君を殺す。それがあの方の為になるならばね」
「うむ、私の実力不足が招いた事だ、仕方が無い。……だが、許してはいない事だけは覚えておけ」
「……フッ、そうですね。僕らの距離感はこれでいい。そして、エルザ、君も下がると良い」
獣人キャルロットはガーフィから受け取った剣を手にオーディンら三人の元へと向かう。
「……ん? 待て! 一人で行く気か王子キャルロット!? よせ!」
エルザが制止の言葉を投げかけるが獣人は歩みを止めない。それどころか一歩、また一歩と歩みを進める度に体が大きくなっていく。
「『獣化』……レイラと同じ……ううん、レイラなんかよりずっと精錬されてる」
歩む獣人の後ろ姿に少女は言う。その言葉を聞いた獣人は後ろを振り返る。
「……そうか、君がエルブレイドが言っていた獣人の少女か。確かに、実際にこの目で見て分かったよ。君はいずれ僕を超えるね。面白い、こんな気持ちは久しぶりです、サリナ様」
既にキャルロットの体は大きな岩程に巨大化していた。
「僕がオーディンを引きつける。だからその間にアスフィくんを起こしてやってくれ。レイラくん」
「え? レイラが?」
「アスフィくんにとって君は大事な恋人、なんだろう?」
「レイラがアスフィのこい……びと……うん、分かった。恋人のレイラに任せて」
レイラはキャルロットの言葉に一瞬の戸惑いを見せるも、すぐに自分がアスフィの恋人だと認識した。
勿論その言葉に異を唱えたい者が複数いたが、空気を読むことを優先したようだった。
「ーーキャルロット!!」
「……なんでしょう?」
サリナは一人オーディン達の元へと向かうキャルロットに向かって声を掛けた。
「死なないで」
と、たった一言。そして彼もまた、
「それが命令とあらば」
獣人は神々の嵐が吹き荒れる場へと足を踏み入れた。
「ねぇ、聞こえる? アスフィ。レイラ達、アスフィの帰りを待ってるんだよ? だから早く……戻ってきてよ……アスフィ」
レイラの涙はエルザの膝で眠るアスフィの顔へと落ちた。
***
俺達を守る……? 何言ってんだアスフィ。改変を起こせば俺達は再びゼロへと帰り、また新たな一が生まれる。そうして何度も失敗に終わったんだろうが。だから俺らが生まれた。
「そうですね。僕も一部記憶はあります。アスフィ・シーネットとして生涯を終えた記憶を。結局、この世界を救うには、エーシルを倒す事でも、第二、第三のエーシルを生み出すことでもない」
ならどうすればいい良い? オーディンを倒すか? 相手は神様だ。この世界の創造者であり、「死の神」なんて名前や、全知全能なんて名前もあるんだ。
勝てるわけがねぇ。
「君は……ケンイチですね。オーディンを倒すなんて不可能です。彼女はただのシステムに過ぎませんから。大元を叩かなければ意味がない」
大元? 初耳だ。誰だよ、大元って……オーディンじゃないのかよ。
「『アンノーン』。彼らです」
『アンノーン』……確か、フィーの世界の……
「そう、『アンノーン』は神を嫌っている。そしてもう既に死んでいる」
死んでいる!? おい待て! どういう事だアスフィ!?
「今度は……フィーですか。良かった、返事をしてくれました」
そんなことはどうでもいい! 『アンノーン』は生きていたぞ!?
「フィー、君はオーディンが創造した世界で、フタバという人物と遭遇したはずです」
ああ、幻想世界のことだな。
「行方不明者は四人ということも突き止めたはず」
ああ、楓のお陰でな。そういえばどうなったんだっけ……
「それらは全員『アンノーン』です。アンノーンは四人で構成された組織」
まじかよ……でもなんでお前がそんな事知ってんだ。お前はこの世界で生まれた俺達の内の一人だろ。
「言ったでしょう、僕はアスフィ・シーネットとして生涯を終えたことがあると」
……ってことはアスフィ・シーネットとして生を受けたのは今回で二度目ってことか!?
「そうです」
そんな偶然あるものか……? 改変すれば名前も歩む人生も変わるはずだろ!? それに改変前の自分は忘れるはずだ! 思い出せたとしても、エーシルが生まれる……
「その世界の僕はなんとか自分を抑え込めました。|ある人の助けのおかげで《・・・・・・・・・・・》」
誰だよ、そいつは。
「言うなと口止めされておりまして……」
そんな場合じゃないだろ! 聞いたか? レイラの声を! 俺達が早く決断しねぇと皆が危ねぇ!
「それは僕がエーシルとなり、アリア母さんを殺したらってことですか?」
ああそうだよ! 蘇生魔法をもつアリアが殺られたら終わりだ……
「僕等がいる」
俺等が意識を保っていられたらな。俺等の中からエーシルが生まれればオーディンでも苦戦する。……いや、恐らく勝てんだろう。
「……では、こうしましょう。あえてエーシルを呼び出すんです」
……はぁ? お前……何言ってんだ?




