第171話「主君の為に」
「あはははははははははははははっ!」
オーディンの笑い声がこの宮殿を支配する。
それは文字通り、波動のようなものが彼女を纏い、この場の誰もが動けずにいた。
「……どうしたんじゃオーディン」
「あはははは!! ……は……あは……マキナ、最後に私の障害となるのは君だと思っていたよ」
「おいおいどういうこった! おいじいさん! あの嬢ちゃんどうしちまったんだ!?」
レイモンドが尋ねるもエルブレイドは答えない。何故なら彼自身も見たことがないオーディンの姿がそこにあったからだ。
「……状況を理解しているのは、我だけか」
「いいえ、マキナ。私も居るわ〜」
アリアとマキナは笑うオーディンを前に戦闘態勢に入った。
「エルザちゃん、アスフィちゃんを任せたわ〜」
「う、うむ! アスフィの母上よ!」
「……二人はさ、本当にこれでいいと思ってるの? このままだとエーシル、生まれちゃうよ? エーシルの厄介さを君らが知らない筈がないよね?」
「実際この世界でエーシルと戦った時、アスフィがあの場に居なければ皆死んでいたんだ。あの場に神が何人も居たにもかかわらずね……って言ってもどうせ伝わらないんだよね。だったら強制的にするしか無いね」
オーディンは青白い光を放つ石を、何も無い空間から取り出した。
「結局さ、君等の考えなんて関係ない。私は確実な道を往く。それが例えどれだけ時間がかかろうと。この少年を救うと決めたからにはね」
「それも確実とは限らない。これ以上改変を重ねれば、いつアスフィの精神が壊れ、エーシルのような狂人が生まれるか分からんぞ」
「マキナ……君は本当に変わらないね。それで今まで彼を救えたことがあったかい?」
「……」
マキナは黙ってしまった。
「そう、無いんだよマキナ。だからこの世界があるんだろ?」
「でも今回は――」
「以前もそう言っていた。そう言って変えれたことは一度も無い」
「あら? それならオーディン、あなただってそうでしょう? 今回見たく『強制改変』を行っても結局世界もアスフィも何も変わってないじゃな〜い?」
「……アリア、今君とは話していない」
三人のやり取りを見ている事しか出来ない者達。彼ら彼女もまた、作戦を練っていた。
「おい、レイモンドとか言ったな」
「あ? そうだが? お前はアスフィの父ちゃんだったな」
「ああ、そうだ。……いいか? 男は俺達しか居ない。分かるな?」
「……フッなるほど。分かったぜアスフィの父ちゃん。つまり、レイラちゃんを最優先で守れってことだな……」
「……レイラの嬢ちゃんが苦手意識を持つ気持ちが、たった今俺にも分かった。……そうじゃない。お前、|『ゼウスを信仰する者』《ユピテル》だったろ?」
ガーフィの発言に驚きの様子を見せるレイモンド。
「|『ゼウスを信仰する者』《ユピテル》は俺が作った組織だからな」
「ってことはあんたがボスなのか!?」
「……ボスなんてやめろ。あいつらはただ利用されていただけだ。そこの嬢ちゃんにな」
ガーフィはサリナに目線をやる。当の本人はその視線に気付きはしたが、何も言わなかった。
「お前、あのサリナの嬢ちゃんに嫌われてんのか?」
「……まいろいろあったんだ。……すまん、話が逸れた。お前は魔法、つまり後衛で援護してくれ。俺が前線にでる」
「おいおい待てよ! 相手は神様だ! 俺達じゃ、あん中に入れねぇ。だからこうして見ているだけになってんだろう!?」
「では、わたくし達も手を貸しましょう。ここにも神、居ますので」
女性陣が二人の男の会話に入ってきた。
「いきなり華やかになったな」
「男共はあてにならいでありんすから」
「レイラ達もただ見ているだけなんて嫌だから」
三人が激しい口論を行っている最中のことである。男女は一致団結した。前衛と後衛の役割を割り振り、そして誰が先陣を切るか。
「……俺が行く」
「アスフィの父上、私もお供します。おじいちゃんはあの通り、何故か動かない……動けないので」
「エルザ・スタイリッシュ、だな。良いだろう、実力は把握している。付いて来い」
「うむ! 遅れは取りません!」
前衛は決定した。エルザ・スタイリッシュ、ガーフィ・シーネットの剣士二名だ。
「……ではわたくし達は後衛でこのお二人の邪魔にならないよう、援護射撃でも――」
「わらわ達は参加しない」
セリナ、サリナのビャッコ姉妹である。
「どうしてですか!? お兄様……アスフィを救いたいのでは無いのですか!?」
「……わらわ達が行った所でなにも出来ることなどないでありんす。それに、どうやらその必要も無いようでありんすよ」
「それはどういう――」
狐の獣人セリナの言葉に戸惑うアイリス、もといアリス。その正体はすぐに明らかとなった。
「待たせたね。僕が行こう、お嬢さん方」
声の主はもう一人の剣士だった。