第165話「再開は空から」
『呪い』の概念がオーディンの手により消えた。それは世界を大きく揺るがす事態だ。今までの常識が変わる。
今まであった深刻な病気が消える事と同じか、あるいはそれ以上のことである。
「ずっとこうしていたかった……」
マキナが強く抱きしめてくる。白炎に囲まれたこの状況で。
「マキナだったな……すまんが今は流石に暑いから一度離れてくれると助かる」
「分かった」
名残惜しそうに俺から離れたマキナ。
「……これどうすれば良いんだ?」
俺達を囲む白炎。いい加減そろそろ暑い。それもなかなか消えてくれない。
このままだと俺達焼け死ぬんじゃないだろうか。
「安心していい。我だけではない」
「だろうな……」
さっきからずっと上空の方がやかましい。俺がマキナに抱きつかれた辺りから更にその激しさが増している。
「もういいよ」
マキナが上空の白竜に向かって手を振った。
すると、白龍の影が段々大きくなり――
「おいおい!まさか降りてくんのか!?」
「大丈夫、味方」
白龍が味方って何をどうしたらそんなことになるんだよ……。
俺がそう思っていると、ついに白龍が俺達の元に降り立った。
「……ふぅ、やっと降りられました……お久しぶりです、アスフィ。バステトの『魅力』が厄介だと聞いたので、合図するまではマキナから降りてくるなと言われていまして……」
「龍が喋った!?」
「当たり前じゃないですか……まさか忘れてしまった……のですか?」
「……ああ、ええと。忘れたと言うか俺じゃないというか」
これはなんて説明すればいいんだ?
「ルクス、我がまた説明する。それよりそこの獣人を取り押さえろ」
「えーー」
「アーーーースフィーーーーーーーッ!」
「うが!?」
胸の大きな獣人の女の子が抱きついてきた。
またコレかよ……。暑苦しい。何だかさっきよりもある部分が大きいせいか、より暑苦しい……。
「レイラずっと会いたかったよっ!! もう離さないんだからね!」
「あ、ああ……」
ああ、もう。アスフィといい、フィーといい何人の女侍らせてやがるんだ。まさか、まだ居るんじゃないだろうな……。
「レイラ、フィーから離れろ。迷惑そうだ」
「アスフィはレイラのものなの。あんたこそレイラのアスフィにさっき抱きついていたでしょ! レイラが一番に抱きしめたかったのに!」
こいつら……。
「レイラちゃんを取り押さえるのは大変だったぜぇ〜……よっ!」
誰だこの男は。白龍の背から降りて来た男。
「俺の名はレイモンド。そこにいる可愛い獣人、レイラちゃんのパパさんだ」
「どうもっす。俺はケンイ――むぐっ!?」
レイモンドの自己紹介に俺も返そうとしたら後ろからサリナに口を抑えられた。
(お、おい! 何すんだ! 自己紹介の途中だぞ!)
(あなたねぇ。自分の立場分かってる!?)
(……ハーレム?)
(本気で殴るよ? あとそのハーレムに私を入れないでよね)
何だよ別に入れた覚えなんてねぇよお前なんて。
(でなんだ?)
(今のあなたはあの子達が知っているあなたじゃない。そんな中、今のあなたを名乗ってみなさいよ! 混乱を招く恐れがあるわ)
あなんだそういう事ね。
「サリナ、我の前でフィーに触れるとはどういう……」
「そうだよ! レイラのアスフィに……というかあなた誰」
なんだこの修羅場は。落ち着いて話も出来やしない。
「はぁ……私が安全な場所へと運びます。皆さん私の背に乗ってください。そこで全てお話しますから、出来れば自己紹介もそちらでして下さい」
白龍がそう言うと、この場にいた全員が黙って頷いた。
すげっ! さすが龍だ! これはつまり、この中で一番強いって事だよな!
「では行きましょう。皆さん、私の背に」
俺達は白龍に言われるがまま、龍の背に乗り安全な場所とやらに向かうことになった。
背に乗るポジションで揉めたことは言うまでもない……。
***
それにしても一体どこに向かっているのだろうか。
安全な場所と言っていたが、この世界に安全な場所なんて存在するのか?
「皆さん、もうすぐ到着しますので覚悟しておいて下さい」
「覚悟……? なぁマキナ、覚悟って何だ?」
「覚悟は覚悟」
いや、だからそれを聞いてるんだろうが。
「説明下手なマキナの為に、レイラが答えてあげるねアスフィ」
「お、おう」
頼むから仲良くしてくれよ二人共。
「ヒューヒュー! あんちゃんモテモテじゃねーか! ……でもな、レイラちゃんは渡さねーぞ?」
「はぁ。了解っす」
めんどくせーよこの立ち位置!! 誰か変わってくれーい!
「レイモンドさんは黙ってて」
「はい」
この二人親子じゃないのか? にしては随分と他人行儀だな。
ま、俺には関係ねぇが。他人の親子関係にどうこう言うつもりなんてない。
「ルクスってば着陸がすごく下手でね、覚悟しておかないと落ちるよって事だよ。分かった? アスフィー」
お前もマキナとあんま変わんねぇじゃねーか!
「……この方向。まさか……」
一人、向かっている先を察した様子のサリナ。
「お前、どこに向かっているのか分かったのか?」
「ええ。この方向は恐らく、私のホームね」
え、サリナのホーム……? こいつマキナに引きこもりとか言われていた気がするんだが、大丈夫だよな……?
ゴミ屋敷とかだと引くぞ俺。
「……なんか変な想像しているようだけど大丈夫よ。私のホームにはつい最近まで執事がいたから。彼が全て身の回りの世話なんかもしてくれていたわ」
「お前、いいとこのお嬢様だったのか」
全然そんな風に見えないんだが。
「…………そんなんじゃない。彼は私の――」
「見えてきました。着陸します。皆さん、しっかり捕まっていて下さい!」
白龍がそう言うと皆がっしりと龍の背に捕まる。
「お、おいコラお前ら! 俺に捕まんじゃねぇっ!!」
約二名、龍の背ではなく俺の背にがっしりと捕まる者達が居た。
その直後、二人が覚悟しておけという理由をまもなく体感することになる俺だった。