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第147話 「おやすみなさいⅡ」

 亜久津との戦いを終えたアスフィは、アイリスの元へと急ぐことにした。


 当然彼女の姿はもう見えない。


「アイリスはもう着いていますかね。走れば今からでも追い付きますか……あ」


 アスフィは自分の足元に転がっている馬の死体を見て思う。

 こいつをどうするべきかと。


「……直せば走る」


 歩いていくより、馬を使った方がいいに決まってる。これを直せばまた走る。そうだ、直そう。


「……………………いや、違う」


 まるで玩具を直すかのように考えてしまっていた。

 僕は何を考えて……友人の馬だ。悲しむのが普通だろ。


「……すみません、いま治しますから」


 元は輝くような毛並みをしていた白馬にアスフィは手をかざすし、


「ヒ――」

「ちょっと待てよフィー」


 回復魔法を唱えようとしたアスフィを遮る声。その正体は血塗れではあるが、何も無かったかのように立っていた亜久津だった。


「……まだ息あるんですか。しぶといですね」


 ……おかしい。僕が投げた『爆炎石』は確実に当たった。それも直撃だ。

 なのに生きてる……?


「普通なら頭が吹き飛んでもおかしくないんですけど」

「ああ、だから吹き飛んだぜ? あ・た・ま」


 どこからどう見ても元通り。頭はもちろんある。


「俺はあの人から寵愛を頂いたんでな」

「……寵愛、ですか?」

「そう、お互いの体と体を重ねるのだ。……貴様にはわからんだろうアスフィ・シーネット」

「そうですね、僕にはいまいち理解できない感情です。ですが、何度復活した所で同じ事ですよ」

「いや、それは違う。あの人の力はな、言わば『呪い』のようなもんなんだよ」

「……『呪い』、ですか」


 そのワードは何度も聞いた。僕らにとっては憎き存在。

 それを今なぜこんな時に……


「アスフィ・シーネット。貴様にはフィー……ケンイチの記憶が引き継がれてんだろう?」

「……ええ一応は」

「フン、なら分かるだろう? 『呪い』というものが何を意味するかを」


『呪い』……『呪い』……? 亜久津は『呪い』にかかった?

 いや、だとしてもそれはおかしい。『呪い』にかかった者は覚めることの無い眠りにつく筈。マキナを除いて。……ん? 何故マキナを除く必要がある? マキナも『呪い』にかかった被害者だ。


 それは僕……いや、フィーとマキナが起こした過ち……。


 ――そもそも『呪い』って何だ……?


「……フ……フフフフ、分からないか? アスフィ・シーネット。『呪い』とは、言わばまじない(・・・・)の類さ。そんなに珍しい事じゃない。ほら、催眠術ってあるだろ? あれも他者をコントロールする事が出来る」

「……何が言いたいんですか」

「俺はあの方に『死ぬな』、と命令された」

「……ただそう言われただけで死なないのですか。……その、あの方という人は神バステトのことですか?」

「ああ、そうだ」


 やっぱり。薄々気付いていた。この不死身じみた回復力。あの猫騎士によく似ている。あの猫も首が跳ねられてもまだ息をしていた。


「しかしあなたは、完全に頭が吹き飛んだはずです。まさか、トカゲのように生えてきたんですか?」

「ははははははは! 面白いな事を言うな! やはりケンイチとは違う……だが、不正解だ」

「では何故……」

「答えは簡単だ。俺は何も食らってない(・・・・・・・・・・)


 アスフィにはこの男の言葉が理解出来なかった。今も身体中血塗れ、何も無かった等ありえないのだ。


「では、食らってないというのならその血は一体誰のものですか?」

「……ん? 俺のだ」

「頭大丈夫ですか……?」


 いや、大丈夫じゃなかったのだっけ。吹き飛んだのだし。


「ほら、大丈夫だろ? この通り。俺はあの方に『死ぬな』と命令された。つまり、お前と同じだ、アスフィ・シーネット」

「僕……と? 僕は誰かに命令された訳ではありませんが?」

「違ぇよ。お前も死ねないだろ? 無意識に蘇生されんだろ? あの方から聞いたぜ?」


 神バステトが何故僕の事を……。でも、この男とは決定的に違う部分がある。それは――


「僕のは『呪い』ではありませんよ」

「ああ、そうだな。『呪い』じゃあない。お前は死ぬと生き返る。……俺の場合、死ぬと巻き戻る(・・・・)のさ。肉体の時間が巻き戻る。死ぬ度に、な。つまり、死なないってことだ」

「…………そうですか、それはとても厄介ですね」

「そうだ。お前も死なない、俺も死なない。この戦いは初めから超持久戦だったって訳さ。どちらかの心が死ぬまでお互い何度も何度も死んでは戦っての繰り返し……だが、俺にもうさっきの様な技は通用しない」


 やはり、見切られますか。『真・ヒール』は常に相手を回復し続ける必要がある。それは大きな隙を生む。……それに殺すことまでは出来ない。唯一の攻撃手段である『爆炎石』も残り少ない。


(ははは……これは大ピンチというやつですかね)


「それとな、残念なお知らせだ。純粋な戦闘力としても俺が上なんだよ。お互いさっきは死んでは戦っての繰り返しと言ったが俺はもう、一度たりとも死なないと宣言しよう」


 確かに亜久津と僕の間には圧倒的までの戦力差がある。『真・ヒール』は初見殺しのようなものだ。二回目は通用しない……本来二回目なんてありはしないんだけど。


「まぁそういう訳だ。何千回と殺してやるよアスフィシーネット!!!」


 亜久津は片手を地面に触れた。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 するとアスフィの足元から土製の大きな槍が飛び出してきた。


「うぉっと!?」


 すんでのところでアスフィは避けた。


「フン! 運が良い奴め。だが、今度は外さん!!」

「……あの、あまり僕を舐めないで欲しいです、亜久津さん」

「あ?」


 僕には再構築以前のアスフィ・シーネットとして生きた記憶がある。母さんの息子である僕がこんな輩に負ける訳にはいかない。回復ならフィーより僕の方が上だ。


「『真・ハイヒール』」

「な!?」


 亜久津はまたも地面に崩れ落ちた。それも瞬時に。


「『ヒール』だけな訳が無いでしょう。中級魔法である 『ハイヒール』は初級魔法である『ヒール』よりも一度の回復量が多い。こんなのは誰でも知っている事です」


 短時間で亜久津の体力の限界値以上を回復したアスフィ。

 それは力が湧くなどと言う暇すら与えない程の回復力だった。


「……クックソ……何故初めからそれを使わなかった」

「もしもの為ですよ」

「まさか俺が死なない事を知っていたというのか」

「そんな訳が無いでしょう。未来予知でもあるまいし。僕は常に冷静なんです。実際、今もこの後どうしようかと考えている所ですし」

「……ハッ……そうだよなぁ。お前には俺を殺す手段は無い。その手榴弾も限りがあるだろう?」


 うーん、困った。動けない相手を迂闊(うかつ)に殺すと、また何事も無かったかのように復活し、動き出す。いっその事このまま放置するというのは……いや、それは無しかな。どこまでも追いかけてきそうなストーカーさんタイプそうですし。


 アスフィは考えた。相手が動けない以上、考える時間だけはたっぷりとあった。


 ……

 …………

 ………………


「………………んしょっと」

「……おい、貴様さっきから何をしている」

「何って、暖でもとろうかと。もう日も暮れて寒くなってきましたし」

「てめぇ……ふざけんじゃねぇ」

「ふざけてなんていませんよ。だって寒いでしょう? あなたも暖、欲しいでしょう?」

「…………チッ」


 アスフィは草木をせっせと集める。


「…………ふぅ、まぁこんなものでいいでしょう」

「……こんなにも要らねぇだろ。クソッ……こんなふざけたやつに……動け俺の体…………」

「無駄ですよ。それはダメージじゃないんです。ダメージなら人間の自然治癒力で治りは早いですが、それは回復過剰による毒なので。あと六時間はまともに動けないと思って下さい」


 アスフィがそう説明すると亜久津は舌打ちをする。殺しても貰えず、地面に伏したまま。亜久津にとってこれほど屈辱的なことは無かった。


 そんな中アスフィが集めていた草木の量はとうとうゴミの山程になった。その量は大人が簡単に隠れられる程だ。


「……ま、こんなもので良いでしょう」

「貴様、火炎魔法なんて使えるのか」

「使える訳ないじゃないですか」

「ならどうやって――」

「火なんて起こそうと思えば何処だって起こせます。必要なのは時間と集中力と努力です。丁度今の僕にはこの三つが揃っています」


 時間ならたっぷりあると、アスフィは大量の石を持ってきていた。


「……おい、まさか」

「そのまさかですよ。火うち式発火法を試してみます」


 するとアスフィはその場に座り込み、そこら中から持ってきた大量の石を藁の上でぶつけた。


「…………おい、まじかよ」

「ええ、僕は至ってマジです」


 ――カンッカンッ


 辺りに石と石がぶつかり合う音が響き渡る。


「これも違う……違う……これも……」


 アスフィは一人ブツブツと呟きながら石をぶつけ続けた。


「おい、何してんだ」

「何って石と石をぶつけているんです」

「そんな事は見れば分かんだよ! 何が違うのかって聞いてんだろうが!」

「……はぁ。説明が要ります? ……火うちってただの石同士をぶつけても火は起きないんですよ。まぁ要するに鉄……鉄鉱石です。石と鉄をぶつける事で起きる火花で火を付けるんですよ」


 もう辺りは真っ暗で二人の姿は見えない。聞こえてくるのは石がぶつかり合う音だけ。


 ――カンッカンッ


「……………………あ」


 そして遂に。


「……着きました」

「………………へぇそうかよ」


 亜久津は伏したまま寝そうになっていた。


「ちょっと、もう寝るんですか?」

「あ? もう? だからもうその夜だろうが!」

「いえいえ、だからそんなに早く寝たいのかなと」

「……ん? 何言ってんだ。当たり前だろ」


 亜久津はアスフィの言葉に呆れ、再び瞼を瞑った。


 ……

 …………

 ………………


「…………すんすん……何だもう火着いたのか」

「ええ。早く眠りたいと言っていたので頑張りました」

「にしても随分とでけぇな。ほぼ山火事だろうが」


 アスフィが持ってきていた大量の草木の山が燃え、今まで真っ暗だった辺りに大きく明かりが灯った。


「……暖かいですね」

「チッ……ああ」


 夜は魔獣が出るがやつらは火には近付かない。恐いからだ。


「……さて、亜久津さん。寝ますか」

「…………」


 返事は無い。亜久津はアスフィを相手にするのが面倒に感じていた。一体何を考えているのか分からない男。亜久津はアスフィに不気味さを感じていた。


 しかし亜久津の勘は的中していた。


「んしょっと……結構重いですね」

「………………は?」


 アスフィは未だ地面に伏している亜久津を抱えた。


「おい! 何してやがる!!」

「え? 何って、眠るんですよ」

「……は? 何言ってんだ貴様」


 眠るのならこのまま地面で眠ればいい。しかし、こいつはあろう事か俺を抱えだした。


 アスフィの考えに亜久津は頭の理解が追いつかない。


「いやだってもう眠りたいと言っていたではないですか。僕としてはもう少しだけ猶予を与えてあげようと思っていたつもりなんですが」

「ゆう……よ? ……何を言って――」

「亜久津さん、あなた。死ぬ度に時間が戻るんですよね」

「……ああ。だから俺は死なない」

「そこで僕は考えました……いえ、これはフィーの記憶にあったものですが。……フィーはルクスという少女と出会った時、模擬戦で何度も日に炙られるという経験をした様です。それが相当トラウマになった様で、大泣きしたようですよ。それを見たフィーの事が大好きだったレイラという彼女が、ルクスを酷く嫌った様でしてそれから」

「――そんな事はどうでもいい!!!」


 亜久津は動けない体で怒鳴りつけた。


「ちょっと……耳元で怒鳴らないで下さいよ……要するに、これからあなたには何度も死んで貰います」

「何度も死ぬ、だと?」

「ええ、死ねばその度に肉体の時間が戻る。しかし、それにも欠陥があると僕は考えました」

「……なんだと? あの方から頂いた力に欠陥などあるはずが無い!!」

「……果たしてそうでしょうか」


 アスフィは亜久津を抱えたまま火のある方へと歩き出した。


「おいコラッ! 離せ!! 離しやがれ!!!」


 暴れることすら出来ない亜久津が何度も叫ぶがアスフィは聞く耳を持たない。


「死ぬ度肉体の時間が巻き戻る。確かに厄介な力です。でも万能ではありません。……要するに、より短時間で”死ぬ”、”戻る”を繰り返せばその度に肉体の時間が戻る速さは持続的に加速する」

「…………んなバカな……」


 亜久津はようやく理解した。自分が置かれている状況を。


「では、おやすみなさい亜久津さん」

「おい、辞めてくれ! 頼む! 何でもする! 金もやる! お前の欲しいもの何でもやる! 俺はあの女に騙されたんだ! 俺も被害者なんだよ! 頼むよフィーーー!!! まだ死にたくねぇんだよ!!!」


 動けない体を抱えられながら必死に叫ぶ亜久津だが、とうとう火の前まで来てしまった。


「…………悪かったよフィー」

「……それは、須藤 剣一の時に言うべきでしたね。おやすみなさい」


 アスフィは抱えていた亜久津を炎の中に放り投げた。


「あああああああああぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃクソがああああああああああ」


 炎の中で亜久津は叫び続けた。その声は、悲鳴、罵倒、様々だ。しかしその中に謝罪の言葉は無い。


 何度も焼かれては肉体が戻る。それを何度も何度も繰り返している。まさに地獄絵図だ。


 ……

 …………

 ………………


 亜久津が炎の中に入ってから暫く経った。


「あう…………あうぅ」


 言葉にはならない声を上げてまだ生きていた。いや、果たしてこれを生きていると言っていいものなのか。そう思わされる姿と成り果てていた。


「……なるほど、そう来ましたか」


 アスフィは炎に近付き、中を覗いた。


 その中に居たのは小さな赤ん坊だった。


「赤ん坊にまで戻るとは」


 亜久津は炎の中で赤ん坊となり、そしてそれから暫くするとその赤ん坊の声すらも聞こえなくなった。静寂に包まれた。


「完全に消滅したみたいですね。……さて、これからどうしましょうか。まさかこんなに時間がかかるとは思ってもみなかったですし……僕も少し疲れたので、アイリスと会うのは明日になりそうですね。その時にパトリシアを蘇生してあげますか」


 アスフィは男が灰になった炎を暖にし、眠りについた――。


 

 

アスフィ彼は恐ろしい。

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