第146話「家系」
アリス、アイリスの二人はそれぞれ別々の道を行く事となった。
アイリスは『水の都フィルマリア』建国の為に。
アリスは当初の目的通り、『シーレンハイル』へと向かう。
「では……頑張ってくださいアイリス」
「そちらこそ、頑張ってくださいアリス」
どこかぎこちない二人は、やけにあっさりと別れた。
……
…………
………………
「アスフィ……」
後で合流するとは言っていましたが、一体いつになるのでしょうか。
アリスは彼が来ているか気になり、何度も後ろを振り返り確かめる。が、誰も居ない。別れてから既に二時間程経過していた。
「仕方ありません。アスフィを信じて先に進むとしましょう」
ふとアリスは一人考えていた。
「そういえばわたくし、これからはアリスを名乗る事にしましたが、皆さんに会った時また説明するというのは少しめんどうですね……」
今まで通りアイリスとして居るか、それともアリスとなった事を説明するか。アリスとなったと言うと、本当の自分の名前の筈なのに変な感じだが、しかしそれが本来のわたくしだ。そんな事を考えながら彼女は『シーレンハイル』へと足を運ぶ……。
「……ん? あれは」
アリスの視界に入ってきたのは、半壊した建物が数多く見える街だった。
「えっと……あれが『シーレンハイル』、でしょうか」
アリスは思った。今も人が住んでいるとは考えにくい程崩壊していると。
「――やぁお嬢さん、『シーレンハイル』へ何用だい?」
「……えっと、ここが待ち合わせ? 場所になっておりまして」
酒瓶片手に飄々とした男が話しかけてきた。
額にはキズがあり腰には立派な剣を携えた金髪の戦士風な男。
(門番……ではありませんね。それにこの方、かなりの手練のようですね)
「あなたは? 『シーレンハイル』の者ですか?」
「んにゃ、ちげぇよ? おらぁ『ウィスタリア諸国』の人間だ。お嬢さんは?」
「わたくしは……『水の都フィルマリア』の者です」
「ほう? ゴクッゴクッ……ぷはぁ! ……ヒック……なるほどなぁ。あそこは中々にひでぇ街と聞く」
酷い、なんてこれはまた酷いですね。何なんでしょうこの方は。
アリスのこの男の第一印象は失礼な男、だった。
「綺麗な街ですが?」
「あぁ……昔はなぁ。今にゃもう昔の名残なんてねぇだろうよ」
「昔……」
「おっと口が滑ったかにゃ〜? ゴクッ……ヒック」
(この男、昔の『水の都フィルマリア』を知っている? それはフィルマリアになる前の……)
「あの、少々お聞きしたいことが――」
「おっとすまねぇなお嬢さん。おらぁこれでも忙しいんだ。また会える事を楽しみにしているよ。……大丈夫、必ず会えるさ。そういう運命にある。んじゃ、またなお嬢さん」
(またオーディンのような事を……)
男は酒瓶を一瞬で飲み干し、その場から千鳥足で立ち去っていった。
「……よく分からない人」
アリスは不思議な人物と出会った。
「……しかしあの目、死を覚悟した目でした。……あの方、酔ったフリなどして一体わたくしに何用だったのでしょう」
アリスもまた元冒険者。人を見る目には自信があった。
「……まぁ、それも少し前まで憎しみに染まりきっていた訳ですが。さて、では入りますか」
目的地と思われる場所、『シーレンハイル』の城門前に立つ。
「ん? 何だ? お前、『シーレンハイル』に何か用か?」
(この方は間違いなく門番ですね)
「ええ、実はここを通りたいのです……あと、少しばかり滞在出来ないかと」
「……まぁ、怪しいものでは無さそうだしなぁ。だが悪いな嬢ちゃん。一応決まりでここを通るには身分を証明出来る物が必要なんだ」
(身分を証明出来る物、ですか……)
アリスは身分を証明出来る物がなにか無いか考えた。
「…………あの」
「ん? あったのか?」
「こんなのではどうでしょうか――」
アリスは門番の前でを水の球体を生成してみせた。
「な!? 無詠唱で水の生成!? ……まさかあなたは『白い悪魔』様!?」
「白い悪魔……」
(……ああ、お姉様の事ですか)
「いえ、違います」
「ではあなたは一体……このように自在に水魔法を扱えるとなると、『白い悪魔』か……もしくは伝説の神ポセイドン……いやしかし、そんなはずは無い……まさか他にも居たというのか? だとすると……」
門番は一人でブツブツと呟いていた。
(流石に後者です、とは言えないですね。それに今のわたくしは事実、もう神では無い)
特にこの行為に意味はなかった。ただ、実力を示せばもしかしたら通してくれるかも、という安易な考えでの事だった。
「あの……一人で盛り上がっているところ申し訳ありません。わたくし、冒険者協会には冒険者登録をしていないので、ご存知でないのは当然です。……わたくしはただの通りすがりの者です」
「……冒険者では無いのか。まぁ確かにそんな者も居るか。だがな嬢ちゃん、それなら尚更ここに入れる訳には行かないってもんだ」
(やっぱりダメですよね。まさか身分証が必要だとは思いませんでした。これはわたくしの落ち度ですね)
アリスは自分が管理していた国もまた、門番が身分調査をしていた事など知る由もなかった。
アリスは分かりやすく落ち込んだ。
「…………まぁ、だが。それは決まりの話だ」
「……え?」
「嬢ちゃん、”嘘”ついてんだろ?」
「嘘……とは?」
「とぼけても無駄さ。……嬢ちゃん、冒険者じゃないって言ったろ? ……俺はな、所謂冒険者オタクってやつでな。A級はもちろんS級からSS級まで全員の名前を知ってんだ。それも既に引退した者、死んだ者、現役の者、全て俺のココに入ってんだわ」
門番は自らの頭を指差しアリスに言う。
「……そうですか」
「その中にな、昔。……そう、昔だ。その中に居たんだよ」
「……何がでしょう?」
「『冷徹の魔女』と、呼ばれた冒険者がな。まぁ、俺以外に知ってるやつなんざほとんど居ねぇだろうな。どの書物にもそいつの功績は残っちゃいない。……だが、俺のじいちゃんがよ『ウォーターヘブン』って所の出身らしくてな。よく話を聞かされていたんだ。『冷徹の魔女』は存在する、とな」
アリスは黙って男の話を聞いていた。
「俺のじいちゃんはそいつに助けられたようでな。話を聞いたら……いや、無理やり聞かされたの間違いか。まぁいいや、そいつは『才能』もねぇのに冒険者の真似事をして死にかけていたじいちゃんを助けた様でな。ずっと、話してた。いつか恩返しがしたいってな」
「……そうなんですか」
「ああ。まぁ結局会えなかったみたいだが」
「……なぜそんな話をわたくしに?」
「…………なんとなく、だな。まぁじいちゃんに聞いていた容姿に似ていたからってだけだ。悪いな、長くなっちまって。要するに、まぁ入れってことだ」
(…………)
「良いのですか?」
「ああ、悪いやつじゃなさそうだしな。いいだろう」
「……適当、ですね」
「ははは! 門番としては失格だな……でも、悪い気分じゃねぇ」
「そうですか…………あの、ひとつ聞いても?」
「ん? なんだい?」
アリスは門番の話を聞いて、聞いてみたい事があった。その昔話という話に出てくる、人物の名を。
「あなたのおじい様のお名前はなんと?」
「……レヴィ・ハイディだ」
「…………ありがとうございます」
「ああ。いいって事だ。ちなみに俺のはハイディ。ロヴィ・ハイディだ。聞いちゃいないか。別に覚え無くてもいい」
「いえ、覚えておきます……生涯忘れずにいますよ」
「ははは! それはありがてぇな! 気に入った! 入ってくれ。俺は何だか気分がいい。嬢ちゃん……もし良かったら嬢ちゃんの名前も教えてくれないか?」
アリスは迷った。どちらの名を名乗るべきかと。しかし、ここは……ここだけは絶対に、こう名乗らなければならない。
「アイリスです」
「そうか、アイリスか。……いい名前だ」
その後、門番は快くアリスを中に入れてくれた。
…………。
「…………アイリス、ねぇ。『冷徹の魔女』様と同じ名前じゃねぇか」
ロヴィはポッケから取り出したペンダントを片手に空を見る。
「……なぁじいちゃん、あんたの言っていた事、俺にもようやく分かったよ。俺もまたあんたと同じように魅入られちまった様だ」
男は目に涙を浮かべていた。
「綺麗だったよ」
ロヴィ・ハイディは久しく忘れていた記憶を思い出すのだった。
そして同じくアリスもまた、
「――あの家系は下の名前から名乗らなければ気が済まないのでしょうか」
彼女もまた、遠い昔の思い出を懐かしんでいたのだった――。




