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第16話 「逃げ場なし!エルザの鍛錬地獄」

「ねぇ、レイラ……いい加減機嫌直してよ」


俺は横目でレイラの様子を窺った。

だが、彼女はまだ頬を膨らませたまま、視線を逸らしている。


――やっぱり、まだ怒ってるか。


ついさっきまで、この部屋にはエルザもいたのだが、今はもう姿がない。

何をしでかしたかというと――


「いやー! 私は王としての仕事が残っているんだった! すまないが私はこれで失礼する! では!」


……などと、実に見え透いた言い訳を残し、あっさりと逃げやがった。


まさに嵐のように現れ、嵐のように去っていく女。

場をめちゃくちゃにした張本人が、いとも簡単にこの空間から消え去ったのだ。


残されたのは、気まずい雰囲気と、怒りの火種を抱えたレイラ。


俺は改めて彼女の方へ向き直り、何とか機嫌を直してもらおうとするのだが――

レイラは、腕を組んだままピクリとも動かず、俺に向ける視線すらくれなかった。


「……ねぇ、レイラ?」


無言の圧力が痛い。

これは長期戦になりそうだ……。


「……分かった。もういいよ。別に怒ってない」


レイラはため息混じりに言った。

少し肩の力が抜けたように見えるが――いや、これ、許してくれてるのか?


「え? ほんとに?」


恐る恐る聞き返す。


「うん……アスフィが覗くことなんて、大体想像ついてたから」


「……え?」


言葉が詰まる。なんだ、そのサラッと流す感じは。


「前も覗いてたよね」


「……え、なんで?」


思わず問い返す。

まさか、バレていた……? いや、そんなはずは――


「そりゃ気づくよ。いくら中から外の様子が見えなくても、声、丸聞こえだったよ?」


――あ。


完全に失念していた。そういえば、あの時ガラスが曇って、風呂の中が見えないことに絶望していたんだった。


出かけるフリをして部屋を離れた後、タイミングを見計らってレイラが風呂に入った所でまた部屋に戻る――


そう完璧に計算して動いたつもりだった。


なのに……


「……あとなんか、ハァハァ……とか、あとちょっとぉ、とかも」


「……」


――あれ? 俺、そんなに声出てたのか?


心の中で叫んでいたつもりが、どうやら漏れに漏れていたらしい。

いや、待て。これってつまり……


俺の覗きは 完全に レイラにバレていたってことか!?


「……本当にごめんなさい」


俺は潔く、そして綺麗なフォームで地面に額を擦り付けた。

――土下座である。


ここまでくれば誠意は伝わるはずだ。何せ、俺は 心の底から 反省している。


「……アスフィ、もういいよ」


天使のようなレイラの声が降ってくる。


「アスフィがその……えっちなのは知ってるから……」

「レイラ……! ありがとう!」


――やった! ついに許された!!


感動と感謝の念を込めて、俺は勢いよく顔を上げる。

そして、ここぞとばかりに確認しておく。


「じゃあもう、これからはレイラがシャワーを浴びていても、この部屋に我が物顔で居ていいってことだよね!」

「……やっぱり反省してない」


悪魔のようなレイラの冷えた声が降りてきた。


レイラはジト目を俺に向けると、くるりと踵を返す。


「エルフォードさんに部屋変えてもらうように、レイラ言ってくる」


「そんなああああああああああ!!!」


俺の叫びが虚しく部屋に響く。

さっきの土下座は何の意味もなかったのか!?


――いや、違う。


俺は誠心誠意謝った。反省の意も示した。それなのに……。


ああ……神よ。

俺はただ、 健全な男としての探究心に従っただけなのに。


なぜ、こうも理不尽な運命が俺を襲うのか――!?


この後、レイラは本当に部屋を変えてもらうようにエルフォードに掛け合った。


そして――翌日。


「……本当に変えやがった……」


俺の目の前には、新しい部屋が広がっていた。


相変わらず無駄に広い。王城の客室というだけあって、余裕で十人は泊まれそうなほどだ。

家具も高級感に溢れ、まるで貴族になったような気分に……


――なるわけがない!


問題はそこじゃない!!


俺の目は一点に集中していた。風呂場。


そう、ここが最も重要なポイントだ。


「……終わった……」


俺は膝から崩れ落ちた。


目の前にあるのは、完全に壁で覆われた普通の風呂。

透けない。見えない。何も分からない。


――俺の日々の楽しみが消え去った。


「チキショーーーーーーーー!!!」


俺の魂の叫びが、無駄に広い部屋にむなしく響き渡った……。


***


王都に来てから、一週間が経った。


その間、特に何もなかった。刺激もなく、ただダラダラと過ごす日々。ワイバーンの件以降、大きな出来事は一切なし。


強いて言うなら―― 夜、エルザが部屋に遊びに来ることくらいだ。


「王の仕事って……そんなに暇なの?」


何度かそう聞いてみたが、彼女の答えは 「大丈夫!」 の一言で片付けられた。

どこまでも自由奔放な王である。


俺たちの王都でのスケジュールは、こんな感じだ。


朝 王都を見て回る。


昼 レイラは素振り。俺は『呪いの解呪』について情報収集。


夜 王とお戯れ。


以上。


……なんというか、俺たちは本当にこの国に何しに来たんだろうと思うくらい、平和な毎日を過ごしていた。


そして、毎晩のように訪れる女王様。


「エルザって……本当に王なの?実は他に本物の王様が居たりして」


と、一度聞いてみたことがある。当然の疑問だった。

だが、返ってきたのはやはり 「大丈夫!」 だった。


全然回答になっていないところで俺は諦めた。


本当に大丈夫なのか?国の行く末が心配になってくる。


とはいえ、俺にとって大きな問題はもうなくなった。

風呂がガラス張りではなくなったし、覗きがバレる心配もない。レイラはこれで気兼ね無く風呂に入れる。


ただ――強いて言うなら一つだけ心残りがある。


「あの風呂に入るエルザ……見たかったなぁ……」


そんな後悔を胸に、俺はまた退屈な一日を過ごすのだった。


***


そんなこんなで平和な一週間はあっという間に過ぎた――


ある日の朝、エルザが部屋を訪ねてきた!


「やるぞ!」


とただその一言だけを残して。


……

…………

………………


そんなこんなで、平和すぎる一週間はあっという間に過ぎた。


変わり映えのない毎日。

退屈ではないけれど、何かが足りない。


そんなある朝――


「やるぞ!」


バンッ!!


突然、部屋のドアが勢いよく開き、エルザが謎の一言を残した。


「……は?」


意味がわからない。

だが、エルザは俺の疑問など意に介さず、そのまま部屋を出て行った。


……え、どういうこと?


俺とレイラは顔を見合わせ、しばし沈黙。

その後、仕方なくエルザの後を追った。


***


そして俺たちは城の道場にやってきた。


「へぇ……こんな場所もあったんだな」


想像以上に広い空間。そして何よりも目を引いたのは、周囲の石壁に刻まれた無数の傷跡。


「なにしたらこんなに傷だらけになるの」


思わずそう呟くと、エルザは軽く笑いながら答えた。


「ああ、これか。これはおじいちゃんと遊んでいた時に付いたものだな」


……遊んでいた?


俺はゴクリと唾を飲む。ワイバーンを一刀で斬り裂いたあのエルザ。その彼女が「遊んでいた」と言う。


遊びでこんな傷がつくなら、本気を出したらどうなるんだ……?


俺は背筋に冷たいものを感じながら、改めてこの道場の異様さを実感した。


「先代の王はとても強かったんだね」


レイラが道場の壁に刻まれた傷跡を見ながら呟く。


「……レイラ、ちょっと怖い」


彼女の声がわずかに震えていた。


「ハッハッハ!心配するな!私はそこまで鬼じゃない!もちろん手加減はするつもりだ!」


エルザは豪快に笑いながら宣言する。


「よかったね、レイラ」


俺が軽く言うと、レイラはじとっとした目でこちらを見た。


「……全然良くない」


うん、まあそうだよな。


俺はすっかり他人事だった。剣術の才能がない俺には無関係な話だと思っていた。


――しかし、それは大きな勘違いだった。


「……他人事のように言っているが、君もやるんだぞアスフィ」


エルザの視線が俺に向けられる。まるで心を読まれたようなタイミングだった。


「あ、やっぱり僕も?」


「当然だろう。君も剣術を学ぶんだからな」


この道場の無惨な壁を見て、俺が出る幕じゃないと勝手に思い込んでいたのに……逃げられないのか。


「では早速始めよう。そこある竹刀を使いたまえ」


エルザは部屋の隅を指さす。


そこには大量の竹刀が山のように積まれていた。……いや、それだけじゃない。


「これ……全部、ボロボロじゃないか」


全てが今にも壊れそうなほどのダメージを負っていた。

その隣には、完全に折れた竹刀の瓦礫がもう一つの山を作っている。


「エルザ……まさか、これ全部……?」


「うむ。これまでの稽古で壊したものだ」


あっけらかんと言い放つエルザ。


「……え、これ、何本あるの?」


「数えたことはないが、ざっと千本は超えているだろうな」


「……」


「安心しろ。君の分もたっぷりあるからな!」


全然安心できない!!!



(……あれ? 竹刀を見るのは初めてのはずなのに、何故か手に馴染む)


不思議な感覚だった。まるで前世で剣を握っていたような……いや、そんなことはありえないはずなのに。


【フフッ】


どこか遠くから、微かに声が聞こえた気がした。耳元で誰かが笑ったような、そんな錯覚。


「……ねぇ、僕たちここで死なないよね?」


俺はレイラに向かって震えた声で言った。


「死ぬならレイラも一緒だよ」


その言葉には、冗談の色は一切なかった。

レイラの瞳は真剣そのもので、まるで覚悟を決めた戦士のように静かに燃えていた。


「ハッハッハ!死にはしないさ…… 死にはね」


エルザの笑い声が響く。その声が、俺たちの背筋を凍らせた。


こわいこわい。今の「死にはね」の言い方、どう考えても「死なない」とは言い切ってなかった。


俺とレイラは、お互いに視線を交わしながら、恐る恐るボロボロの竹刀を手に取った。

持った瞬間、軽く振るだけでギシギシと軋む音がする。


――こんなもので、本当に戦えるのか?


「――では、二人で私にかかってきたまえ」


その瞬間、空気が凍りついた。


エルザの雰囲気が一変する。それは王でもなく、ましてや毎晩遊びに来るおてんばお嬢様でもない。


ここにいるのは、ミスタリス王国騎士団副団長、エルザ・スタイリッシュ――戦場を駆ける猛獣だった。


ゾクリと背筋が冷える。


俺もレイラも、一瞬息を呑んだ。それすらも石造りの道場に響いたように感じるほど、場の空気は張り詰めていた。


……やばい。これは、本当に死ぬかもしれない。


「……いくよ、レイラ」


俺は竹刀をしっかりと握り、隣のレイラに目を向ける。


「……うん」


レイラも深く頷いた。その目には迷いがない。


ここで逃げたら、次はない。そういう空気を、俺たちは肌で感じ取っていた。


――やるしかない。


「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


気合とともに、俺たちは一斉にエルザへ向かって踏み込んだ。


……

…………

………………


視界がぼやける。痛い。体の節々が悲鳴を上げていた。気づけば俺は天井を見つめていた。


「……あれ? いつの間に……」


とりあえずヒールだ。体に温かい光が包み込み、痛みが消えていく。同じくレイラにも掛けてあげた。


「……ありがと、アスフィ」


レイラもまた、地面に倒れ込みながら呟く。


――そして。


「……フッフッフッ……」


聞き覚えのある笑い声が、静かに場に響いた。


「……ハーーーーッハッハッハッハ!!!!」


エルザが、突然豪快に笑い出した。その声は道場の石壁に反響し、まるで場全体が彼女の笑いに包まれるようだった。


完全に、俺たちは遊ばれていた。


「いいないいなぁー!これは!ダメージを負えば何度でも『ヒール』で回復できる!まるで壊れないおもちゃのようだ!!こういうのだ!こういうのが欲しかったんだ!!今の騎士団は生ぬるい!すぐに壊れるんだ!!でも君達ならずっと楽しめそうだぁ!」


エルザはフハハハと興奮気味に高笑いをしながら、長々と言い放った。まるで悪の親玉のように。


「盗賊よりこえぇ……」


「レイラも怖い」


俺とレイラは小さく囁き合った。逃げ場のない戦場で、悪魔と対峙している気分だった。


「……ふぅ、いやすまない。久しぶりに手応えのある者が来たものでね。少し興奮が抑えられなかった」


なるほど、そのボロボロの竹刀の山は騎士団達の成れの果てか。これは辞める。少なくとも俺はもう辞めたい。はやく部屋に戻ってレイラと風呂に入りたい……入ったことないけど。


「では、回復しただろう。再開しよう!」


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「ん?どうしたアスフィ」


「これ僕達死んじゃうって!」


「……うん、もうすこし手加減してほしい」


レイラも同じ意見だった。あの瞬間エルザの竹刀は見えなかった。気づけば俺達は天井を見ていた。痛みと共に。


「何を言っている。君は『ヒール』でダメージを回復出来るでは無いか」


「ぐっ……」


確かにもう回復した。ダメージは残っていない。恐らく(あばら)は数本折れていた。それも俺の『ヒール』で回復し今はなんともない。だが、恐怖と痛みは刻み込まれた。


俺の『ヒール』はその時の精神的ダメージなども回復できる。しかし、それはあくまで一時的なものに過ぎない。今回のような、また何度も同じ痛みがくると、そう感じるような度が過ぎたものは、後々に響いてくる。エルザの大量の血を見て『盗賊』を思い出し、嘔吐しかけたレイラがそうだった。


「……うむ、そうか。一応手加減したつもりだったのだがな」


あれで手加減だと?嘘つけ絶対してないだろ!


「難しいな……ちょっと待っていてくれ」


そう言い残し道場を出ていくエルザ。そして暫く待っていると、何かを手に持って帰ってきた。


「これならどうだ!」


そう言ったエルザが手に持って居たのは、木の棒だった。


「これは特殊な加工をした木でな、このように……フニフニとしていて折れないのだ!凄いだろう!」


そう言いながら、両手でその木の棒をクネクネさせるエルザ。


「そんなモノがあるなら最初からそれ使ってよ!!」


「……アスフィの言う通りだよ」


「うむ、すまない。アスフィの『ヒール』があれば必要ないと思っていたのだ。……これはある騎士の要望で作られた木でな――」


と説明するエルザ。どうやらこの木の棒には歴史があるらしい。幼少期のエルザに修行相手に、と道場でボコボコにされた騎士がその日の夜逃げ出し、それを追いかける少女エルザに恐怖を覚えたからだそうだ。


……恐るべし幼少期エルザ。確かに逃げても追いかけられるのならこのような武器を開発してもおかしくない……か。


「――とまぁそういう経緯で作られた所謂おもちゃだ」


「その騎士不憫すぎる……おいたわしや」


「でもこれでレイラ達、怪我しなくて済みそうだね」


確かに。柔らかいのなら骨が折れることは無さそうだ。ほらほら~とエルザが再び自慢げに柔らかさを自慢してくる。


「……よし!では再開だ!」


こうして俺達の鬼教官エルザ副団長にしごかれる日々が始まった。

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