第142話「『真・ヒール』」
ご覧頂きありがとうございます。
後書きに説明書いてます。
今日は快晴だ。気持ちのいい風が吹く。こんな状況じゃなければ、きっとピクニック日和なんて言うのだろう。……まぁ僕にそんな相手は居ないけど。
「僕の間合いにわざわざ向かってきてくれるのですか」
「…………貴様からは殺気を感じない。つまり……貴様は弱い」
「殺気が無いだけで弱い判定ですか。もしかして、喧嘩は初めてで?」
挑発に乗ってくれるだろうか。少しでも時間を稼げればいいのだが。せめて、アイリスが逃げ切るまでの時間を。
「殺気とは自分の命の危機を感じれば、自ずと出るものだ。しかし、貴様からは何も感じない。殺気も、恐怖も」
「まぁ実際、僕って弱いですからね。弱すぎて恐怖を感じる必要すらありませんよ。それに、殺気と言われてもあなたを殺したい程の憎しみは僕にはありませんので」
男は歩みを止めた。アスフィとの距離約四メートル。
「貴様になくとも俺にはある」
男はフードを取り、顔を見せた。
「……どうだ、これでも殺気はでんか?」
「…………はい」
「なん……だと」
男はプルプルと方を震わせていた。多分怒っている。
実は記憶にはある。フィーの記憶だ。フィーの知り合いであり、フィーを向こうの世界で追い込んだリーダー格の男。
その正体は亜久津だった。金髪だった彼だが、いまや毛の一本すら無い。まるで人が変わったかのようだ。
「……まぁいい。どうやらお前はフィーじゃない事がこれで分かった。だが、アスフィ・シーネット。貴様を殺す事も命に含まれている。貴様を殺したところで俺の憎しみが完全に消えることは無いだろう。それでも、主の命は絶対だ」
男は懐から何かを取りだした。
「これは主から頂いた籠手」
「……マジックアイテムですか」
「そうだ。……俺は拳の喧嘩ばかりで剣なんて振れない。当然、魔法も使えない。それを汲み取ってくれた主がこいつをくれたのだ」
亜久津は取り出した漆黒の籠手を両腕に嵌めた。
恐らく、あの籠手マジックアイテムと言うからには何かある。一応警戒はしておこう。
「……ゆくぞ、フィーの皮をかぶった者」
「皮をかぶったなんて酷いですよ――なっ!?」
亜久津が地面を両拳で叩き付けた。その瞬間、地響きと共に地割れが起きた。
「うぉおっとっとっと!!」
まさか超パワーを得るマジックアイテム!? こんな真似出来るのは他にエルブレイドくらいしか思い付かない。
地面に入った亀裂は更に広がっていく。しかし、不思議と亜久津の居る場所だけは亀裂が入っていない。
……あ、そういう事か。僕は分かってしまったよ。
「その籠手、ただパワーを上げるだけのマジックアイテムでは無いですね」
「ほう? なら何だと言うんだ?」
パワーを上げるだけならわざわざこんな真似はしない。僕に向かって殴りに来た方が早い。僕にはこの男から逃げる足も無い。もし本当に超パワーを得るマジックアイテムならその拳で僕を殴ればそれだけで僕のKO負けだ。でもそれをしない。そして、何より亜久津。彼のいる所だけ亀裂が入っていない。衝撃の発生地点に亀裂が入らないのは明らかにおかしい。つまり――
「その腕のマジックアイテム、地を操作出来るマジックアイテム、ですね」
「…………フン、正解だ。確かに、お前はフィーでは無い様だ。フィーなら分からなかっただろう」
やけにフィーに拘るなこの人。一応フィーの記憶はある。この人にやられた覚えはあっても、やった覚えは無いけど。
「あなたはフィーにかなりこだわっていますが、彼に何かされたのですか? 何かをしたの間違いではなく? ……例えば金銭を巻き上げた、とか」
「あいつがなにをしたのか……だと?」
もしかして僕は今、彼の地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「奴は俺の……俺の下だ。いつだって俺の下なんだ。下であるべきなんだ!! ……だというのに、ここに連れて来られてから奴はまるで俺を奴隷の様に扱いやがって……それにあのマキナとかいう女! 奴だけは絶対に許さん。裸にひん剥いてフィーの前で犯してやらねば気がすまん!」
「……そんな事をしたらフィーの怒りを買うことになりますよ」
「望むところだ」
そろそろアイリスが逃げ切るくらいの時間は稼げたかな。下手にここから動くと地割れの狭間に落ちそうだ。ここから動かずにこの男を倒す必要がある。
「……さて、そろそろ話は終わりだ。俺は貴様を殺しマキナとかいう女も殺す」
「そうですか。……まぁ、僕を殺す事なんて出来ませんけどね」
「フンッ! 戯言を。俺のこのフードには貴様が扱う闇魔法を無効化する。お前にできる事など何も無い」
まぁそんな事をされた所で元より僕に闇魔法は使えないけど。エーシルと『盟約』を誓ったのはあくまでフィーであって僕では無いし。
……だから僕が使えるものと言えば。
「回復魔法くらいですね」
「俺を癒してくれるのか?」
「ええまあ。それくらいしか僕には出来ませんからね」
アスフィは亜久津に杖を向け――
「『ヒール』」
と唱えた。亜久津の体は癒しの光に包まれる。
「バカか。『ヒール』なんぞして何がしたいんだ貴様」
「『ヒール』って結構勘違いされがちなんですよね」
「なに?」
「『ヒール』は対象者の体力を回復するもの。そこまでは合っています」
「他に何があるってんだ」
「まぁ落ち着いてください。皆さんは『ヒール』を扱う時、対象者の体力を回復すれば、そこで満足してしまうんです。でも、僕は違います。僕の『ヒール』は対象者が持つ体力の限界を超えて回復するんです」
「……は? 何言ってんだ貴様」
説明しても分からないでしょう。これは誰にも知られていないのだから。新種の生物を見つけた時、発見者が名前を付けられる様に。僕はこの『ヒール』をこう名付けるとしよう――
「『真・ヒール』」
亜久津の体を纏っていた光は更に輝きを増していく――。
「ハッハッハ! バカが!! どんどん力が溢れてくるぞ!」
アスフィは杖を向けたまま微動だにしない。
「どこまで癒してくれるってんだ? 俺の力が溢れるだけで貴様に勝ち目……は…………力が溢れ……る?」
亜久津は自分の体に違和感を感じた。
「どういう事だ? 止まらねぇ……力が溢れて止まらねぇ!」
「……ようやくお気付きになりましたか。万能な薬も過剰に摂取すれば毒なんですよ。『ヒール』だって同じです。この事は誰にも知られる訳には行かないので、アイリスを先に行かせました。これが広まると悪用する方が出かねないので」
「……くそっ! 体が……動かねぇ……」
亜久津は地面に膝を着いた。
「さて、終わりにしましょうか。『ヒール』はあくまで回復魔法なので殺す事までは出来ません。なので……」
アスフィは腰に着けていた麻の小袋に手を入れ、ある石を取り出した。
「これ、ここでは『爆炎石』って言うんです。あなたならこれが何か分かりますよね」
「…………手榴弾」
「正解です。では、さようなら。フィーのお知り合いさん」
アスフィは地に膝を着く亜久津に向かって『爆炎石』を投げた。
それは地に着いた瞬間、落ちた衝撃によって男の前で大きな爆発が起こし、辺りを吹き飛ばした。
『ヒール』の過剰摂取による毒はアスフィ以外誰も知りません。これが広まると初級魔法でヒーラーなら誰でも使える『ヒール』で悪用する者が増えてしまう可能性があります。それを危惧したアスフィでした。……けど、対象者の体力を限界値以上に回復出来るのはアスフィくらいなので、実際はアスフィ専用の魔法みたいなもんです笑