第128話「白龍再び」
レイラ、ルクス、レイモンドの三名は現在、セレスティア家のもう一人の女性、レイラの母親探しの最中であった。
「ルクス、目星は付いてるの?」
「はい、恐らく『アルファ宮殿』という所に居ると思います」
「……お前も成長したな、ルクス」
「父親面は辞めてください」
「……俺は両方に嫌われてんだなぁ」
「「当然っ!」」
似た境遇であるルクスとレイラは共感した。ルクスは行く宛ても無く、生きる事が精一杯だった。そんな彼女に生きる術を教えたのはレイモンドだ。ルクスからすれば父親同然である。しかし、そんな彼女もレイラ同様この男に置いていかれた身。
理由があったとはいえ事実として置いて行ったのだ。
それが彼女達からすれば、頭では分かっていても気に入らない。
何か手紙でも残していけば良かったのだろう。
しかし、レイモンドにそんな真似は出来ない。
彼はそれ程までに不器用な男であった……。
「……で、ルクス。その『アルファ宮殿』ってとこにアイツ……レイラの母が居るってのはどこの情報だ?」
「情報源は…………私、ですね」
「……どういうことだ? お前が情報源? お前が直接その『アルファ宮殿』ってとこに、アイツが居るとこを見たってことか?」
「いえ、私は見ていません。色々考えた上での推測です。でも多分間違いありません」
ルクスは自信満々である。
「……あー、まぁ分かった。分からんけど分かった」
考えるのが苦手なレイモンドは思考を止めた。
「はい、分かって頂けてなによりです、レイモンド。……あの、それより気になったのですが……」
「ん? なんだ?」
「なぜ、自分の妻を名前で呼ばないのですか? いちいち遠回しでレイラの母などと……色んな家庭があるので嫌なら答えなくてもいいのですが……」
ルクスは遠慮気味で言う。直後、これは言ってはいけなかったかもしれないとルクスは思った。
「…………俺にはアイツの名前を呼ぶ資格すらない……それだけさ」
「……レイラは勿論知ってますよね?」
「うん、当たり前だよ」
しかし、レイラもそれ以上は答えてくれない。ルクスはやっはっぱりこれは聞いてはいけない事なのだと、そう思った。
そして、こうも思った。
|この親子は何かを隠している。《・・・・・・・・・・・・・・》
ルクスはそう直感する。
「……では向かいましょう。場所は私が知っていますので」
「向かうって……こっからどれくらいかかるんだ?」
「徒歩で行けば一ヶ月程では無いでしょうか」
「…………そんなにかかるのか」
「このやり取りも何だか懐かしく感じます」
「ルクスお前……大変だったんだな……」
ルクスは懐かしみ、レイモンドは同情した。ルクスとしても、こうしてレイモンドとまた一緒に旅が出来ると思うと嬉しく思った。
「にしても一ヶ月ってまたえらく遠いんだな」
「はい、一応国境を越えるので」
「国境? なんて国だ?」
「『シーレンハイル』です」
「……聞いた事ねぇな」
「私達には馴染みのある場所です」
「……お、おう」
レイモンドはどうせ聞いても分からないと、またしても考える事を辞めた。
「……えっと、つまり『アルファ宮殿』とやらに行く為にはそのシーレル――」
「『シーレンハイル』です」
「そう、それだ! その国を越えなきゃならねぇってことか?」
この男、本当に分かっているのだろうか。しかし、レイモンドという男はこういう男だったと再認識した。
「はい、その通りです。しかし、今回は私が送りますので『アルファ宮殿』まではそれ程時間がかからないと思います」
レイラとレイモンドはルクスの言っていることが理解出来なかった。
「……送るって……まさかおんぶでもしてくれんのか? ルクス、言っておくが、お前のそのちいせぇ体で運べる程俺達は軽くねぇぞ?」
「レイラは重くない」
「あ、ああ悪いな」
「私もそこまで小さくありません……」
ルクスは胸に手をあてた。
「…………いや、そこじゃねぇ。まぁとにかく、無理だって事だ」
「そうですね…………はい。やはりこれは実際に見せた方が早いですね。私も迂闊でした」
ルクスは言葉で説明するのは難しいと、実際に見せることにした。どうせどれだけ説明した所で二人はきっと理解出来ない。レイモンドなら尚更だ。この男はそれどころか馬鹿にしてくる、そう思い、ルクスは行動に移す事にした。
ルクスはレイラとレイモンドから少し距離をとる。
「――っておい! どこ行くんだよ」
「少し待ってて下さい。今準備しますので」
「準備って……馬でも呼ぶってのか?」
「私はエルザでは無いのでそんな事は出来ません」
「……なら何するって――」
「黙っててお父さん」
「……………………え、お前いま俺の事をお父さ――」
辺りが明るく光出した。
ルクスが何かをブツブツと唱えるとその一帯は眩い光を放ち、ルクスの体がみるみるうちに大きくなっていく。やがてそれは姿を現す。
「………………おい、なんだよ……これ」
「うわぁ……ドラゴンだ……レイラ初めて見たよ……」
レイラとレイモンドの前に神々しく、それでいて神秘的な美しさを併せ持つ白龍が現れた――。
少女のその変わり果てた姿に二人は開いた口が塞がらない。
「……お待たせしました」
「おい……まさかお前、ルクス……なのか?」
「はい、ルクスです」
「お前……『龍神』……だったのか」
「やっぱりレイモンドは知っていましたか。『龍神』を」
『龍神』。この世界の伝説の存在。はるか昔、この世界で大暴れした竜種。その中でも神に等しい力を持つ龍は『龍神』と呼ばれていた。
「…………ハク」
「龍神ハクを知っているんですか?」
「…………ああ。俺の…………ダチだ」
「…………そうでしたか」
「ねぇ、何の話? レイラちっとも分からないよ?」
レイラはルクスとレイモンドの話についていけずにいた。
「すみません、レイラ。この話は長くなるのでまた時間がある時に説明します」
「……分かった。約束だよ?」
「はい、約束です」
レイラは白龍に近付き、その大きな龍爪に触れ、約束を交わした――。
「ねぇ、ルクス。この場合、ルクスの胸はどこになるの?」
「………アスフィと同じ事を言うんですね。流石と言ったところですかね」
レイラはかつてのアスフィと同じ事を言う……。
その言葉にルクスは少し懐かしさを感じた。
レイラはアスフィと同じ、というルクスの言葉に嬉しく思った。
「では、私の背中に乗ってください。『アルファ宮殿』まで飛んで行きます」
「おい……マジかよ。龍の背に乗れるなんて……俺は夢でも見てんのか……」
「ルクスだよ、レイモンドさん」
「……おい! もう一度お父さ――」
「レイモンドさん。早くして」
レイラは既にルクスの背に乗っていた。そのはしゃぎ様はまさに子供さながらであった。
「お二人ともしっかり掴まってて下さいね。落ちたら死にますから」
「……死なない程度のスピードで頼むぜ?」
「一応そのつもりです」
――ルクスはセレスティア親子を背に乗せ『アルファ宮殿』へと向かう。
「なぁ! ルクスーー!」
「そんなに大きい声じゃなくても聞こえます」
「あ、そうなのか」
「背に言の葉の振動が伝わり、微細な音でも聞こえますので。ちなみに、今の私は触れている相手の心の声を聞くことも出来ます」
「マジか……」
「はい、マジです。ですので変な事は考えない事ですね。……特にレイモンド、あなたは私をバカにしている傾向がありますから。もし、バカにしたら問答無用で落としますので」
ルクスは本気だった……。かつてその背に乗り、振り落とされそうになった者達が居た。
レイモンドはその者達程バカではなかった。この男はルクスが本気だと、すぐさま理解した。それはレイモンドがルクスの性格を理解していたというのもあるが、この男の場合はほぼ勘である。
女を何度も怒らせる事に定評があるレイモンドには、女が本気なのかそうじゃないのかが感覚で理解出来るようになっていた。
「……で、なんですか?」
「あ、ああそうだった。その『アルファ宮殿』に向かうには『シーレンハイル』とかいう所を越えないと行けないんだろ?」
「……本来はそうですね」
「その言い方だと、俺達は『シーレンハイル』を通る必要は無いって事か?」
「はい、こうして空を飛んでいますので『シーレンハイル』を通る必要はありません」
「……ははは! こりゃすげぇな! こんな移動手段がありゃ、この世界の端から端まで行けんじゃねぇか!?」
ルクスの言葉を聞き、レイモンドはハイになっていた。
「まぁ、行けない事はないとは思いますが。その必要性がないのでやりませんよ?」
「…………へっ……そうかよ」
「レイラはずっとこの背に乗って……いた……い……」
レイラはルクスの背にしがみつき、眠りについた。
「……まだ目覚めてから日が浅いですから、仕方ありませんね。起こさずこのままにしておきましょう」
「…………ああ、そうだな…………レイラ……頑張ったな」
レイモンドは眠るレイラの頭を優しく撫でた。
「……んん……お父……さん」
「お、おい! 聞いたかルクス! 今レイラがお父さ」
「――起こさないと言ったばかりでしょう。……全く」
「……すまん」
白龍は獣人一人とヒューマン一人を背に乗せ飛翔する――。