第121.5話「二つの記憶」
レイラ達と別れてから僕達はコルネット村に向かった。
とはいえ徒歩だ。それなりに時間もかかる。
「……野営もいいものですね」
「アイリスは野営とかあまりしないんですか?」
「いいえ、わたくしも元は冒険者です。野営はしていました」
そういえば元冒険者と言っていたっけ。
「良かったらアイリスの冒険話聞かせて下さい。まだコルネット村までは時間があるので」
「……そうですね……まぁ暇つぶしにはなるでしょうか。あれは――」
アイリスは冒険者時代を語ってくれた。特に変わったことは無い、普通の話だった。
魔物や魔獣を倒し、倒したお金で装備を作る。その繰り返し。
冒険者の在り方、そんな普通の話を。
「…………面白くないと言ったでしょう」
「い、いえそんな事は」
……そんな事はあった。
「分かっています。わたくしは冒険者として未熟でしたので」
「……いつ、神になったんですか?」
「それは言えません……今は失くしたとはいえ、わたくしも神の端くれでしたので。……お兄様であれば或いは……」
アイリスは下を向く。これは教えてくれないとアスフィは悟った。彼でなければ……。
「……分かりました。面白かったです、アイリスのお話」
「お世辞はいりません。自分でも面白味のない話だと分かっていますので」
「では……僕の話をしましょうか。アイリスだけというのは不公平ですし」
「知っていますよ? アスフィがフィーになった経緯は」
「――いいえ。そんな話ではありません」
「……え?」
アイリスは首を傾げた。
「フィーの話ではありません。アスフィ・シーネットの話です。僕は|再構築以前の記憶を持っています《・・・・・・・・・・・・・・》」
アスフィの発言にアイリスは驚愕した。
「どういうことでしょうか。エーシルによって再構築されたこの世界を、再構築後と認識しているのはエーシルと一部の神のみのはず……」
「再構築がされる前、僕はアスフィ・シーネットとして生きていました。……生きていました、と言うとなんだかおかしな話ですね。当たり前の事なのに」
「……その当たり前があなたは送ることが出来なかった……違いますか?」
アイリスの問いにアスフィは答える。
「ええ、間違ってはいません。しかし、それはフィーが僕の中に混じった話。今僕が話しているのは、フィーが混じらなかったアスフィ・シーネットの話です」
「…………つまり、別の世界軸という事でしょうか」
「……そうなりますかね。僕には二つの記憶があります。一つはフィーが生きた記憶。そして、もう一つはアスフィ・シーネットとして生涯を遂げた記憶です」
「…………あなたは一体何者なのでしょうか、アスフィ・シーネット」
アイリスは焚き火に照らされ、美しい顔立ちが目立つ。しかし、その顔は険しい顔であった。
「僕は『神の子』です」
「神の子……マキナがよく言っていた言葉……。あなたはアリア・シーネットとガーフィ・シーネットの息子、両親は二人とも人間のはずです! わたくしは神として同類の名前くらい全て把握しています!」
「……では、隠すのが上手だったんでしょう。実際、僕に正体を明かしたのは死ぬ間際でしたから」
「…………それはどういう――」
「言ったでしょう、僕はアスフィ・シーネットとして生きた記憶があります。その世界で僕に教えてくれたんですよ」
アスフィはもう一つの記憶を話し出す。
「――その世界では神による人類大殺戮が行われました」
「一体だれがそんなことを……あ、まさか」
「そんな事をする神なんて一人しかいません。もちろん他の神はそれを許しませんでした」
「……それはわたくしもですか?」
「…………いいえ、あなたは居ませんでした、ポセイドン」
「……そう……ですか」
アスフィは続けた――
「人類大虐殺に反対する神も別に何もしなかった訳じゃありません。しかし皆、その神に勝てなかった」
「……そんなはずは! たった一人の神に負けるはずが」
「――あるんですよ。アイリス、君も体験したはずです」
「それは……」
アイリスは知っている……。たった一人の神に他の神が太刀打ち出来なかった事を。その身を持って体験している。
「エーシル、彼は強い。他の神力を奪う事が出来る。実際、アイリスも奪われたでしょう」
「…………はい」
「エーシルの固有の神力『略奪』。ポセイドンが水を、ゼウスが雷を、オーディンが創造を得意としているように、彼もまた持っているんです。最強最悪の力を」
「…………あなたは負けたのですか、アスフィ」
「いいえ、逃げられました。あと一歩という所で」
アスフィは唇を噛み締める。
「いえ、逃げられたのですから負けたも同然ですね。……エーシルが逃げた先は日本という所でした」