第120話「親子」
レイモンド・セレスティア。聞いたことがある名前だ。
「……まさかレイラの父親ですか?」
「ピンポーン! 正解だ」
「………」
「そうシラケるな」
「何故あなたがここに?」
レイモンド・セレスティアはレイラの父親で勇者のパーティーに加わったとルクスから聞いた記憶がある。これは僕というより、フィーの記憶。
「たまたまだ」
「たまたま通りがかったと?」
「……ああそうだ」
「あなたは勇者のパーティーに加わったとルクスから聞きました」
「ルクスはどこだ?」
「今は別々で行動しています。それより、僕の質問に答えてください」
だだっ広いキッチンで向かい合うアスフィとレイモンド。
正直僕はこの男を信用出来ない。ルクスやレイラを置いていった人物だからだ。僕は父親になったことは無いし、父親の気持ちなんて分からない。でも理由がどうあれ二人を置いていったのは事実。
「こりゃあまり好かれてないみたいだな。ははっ、まぁそうだよな。…………勇者のパーティーは俺を除いて全滅したよ」
「全滅、ですか」
「ああ……正確には俺だけ逃げてきたってのが正しいな」
勇者を全滅させたとなると、余程の実力者のはず。勇者の等級はSSだと。そのパーティーが全滅したというのは――
「魔王ですか」
「違う」
「……え? 勇者は魔王を倒しに行ったのでは無いのですか?」
「そうだ、勇者は魔王を討伐する為に創設されたパーティーだ。だが、|魔王は見つからなかった《・・・・・・・・・・・》」
見つからなかった……? 魔王は最初から居なかったということだろうか?
「では誰にやられたんですか?」
「……神、と名乗る者にやられた」
「名は?」
「知らん」
「特徴は?」
「……ん〜そうだなぁ」
レイモンドは顎に手をやり考え出した。
そして――
「……確か、仮面を付けていたな」
「エーシルですか……」
「なんだ、お前さんの知り合いか?」
「ええ、全ての元凶です」
「……それはとても悪いやつってことか。俺達も変な奴に目を付けられたもんだ」
果たして本当にそうだろうか。エーシルが勇者達を狙う動機が分からない。まさか魔王と結託していた……? いや、それなら尚更理解できない。そもそも、エーシルは自分の目的の為だけに動くような者であり、味方を道具としか見ないような奴だ。結託なんて考えられない。
「……僕の考えでは恐らく、あなた達はエーシルに狙われた訳ではないと思います」
「何故そういう考えに至った?」
「エーシルがあなた達を狙う理由がありません」
「だが! 俺たちは現にあの仮面野郎にやられたんだぞ!?」
レイモンドは声を荒らげた。
「……すまん」
「いえ、大丈夫です。……エーシルは恐らくあなた達を狙っていたのでは無く、あなた達がエーシルの前を通ったからだと思います」
「…………なんだよそれ。ってことはなんだ? 俺達は人の道を歩く蛾の様に見えたってことか?」
「……はい」
レイモンドはキッチンの台に拳を叩き付けた。
「くそっ……! なんなんだ……アイツはよ!!」
「言ったでしょう。全ての元凶です。僕はいずれ奴を倒します。その為に僕が存在しますから」
「……勝てる訳がねぇ。勇者のパーティーはこの世界で一番強いんだ。自慢している訳じゃない。ただ事実として言っているんだ」
「この世界ではそうでしょう」
「…………なに?」
レイモンドはアスフィの言葉に困惑していた。この少年は何を言っているんだと。
「この世界の者では奴を倒すのは難しいでしょう。しかし、この世界では無く、外の者なら話は別です」
「……その外の者とやらのお前が倒すってか?」
「はい、僕が倒します。この世界の生まれでは無い、内なる僕が」
アスフィは右手で胸をトントンと叩き言う。
「……やはり、話は本当だったのか」
「レイモンドさん、僕の事を誰に聞いたんですか?」
「………………人類最強の男と噂の名高いエルブレイドだ」
やはりフィーの師匠……エルブレイドさんか。あの人の動きは僕にもよく分からない。
「レイモンドさん、あなたはここにどれくらい居たのですか? 僕の考えでは貴方はこの陥落したミスタリスに暫く滞在していたと予想します」
「……ああその通りだ。もう三年ほど経つか」
三年……。もうそんなに経つのか。色々あったけど、そこまで経っているとは……。全てはフィーがやった事だから、僕にはあまり三年という実感が湧かないかな。
「ここで三年も何をしているんですか」
「……話すと少し長くなる――」
レイモンドはここまでの経緯を語り出した。
と言っても、簡単な話である。
エーシルはレイモンドを除き、勇者パーティーを全滅させた。
なんとか仲間の犠牲によって逃げることに成功したレイモンドは、命からがらこの陥落したミスタリスに辿り着いたという訳だ。そこで何日か過ごした後、食べ物を探しに今アスフィ達が居るキッチンにやってきた。食べ物を求め冷蔵庫を開けると、中には氷漬けにされた人間が入っていた――。
――レイモンドはそれが自分の娘だと直ぐに気づいた。
しかし、レイモンドは考えた。何故自分の娘は氷漬けにされ冷蔵庫に入れられているのかを……。この城に辿り着いた時、既に大量の死体が死臭を放っていた。そして答えを導き出した。
誰かがレイラを生き返らせようとしている、と。
ありえない話だ。誰がそんな馬鹿げた魔法を使えるのかと。
レイモンドはそう思った。しかし、何度考えても氷漬けにし冷蔵庫に入れる理由がそれ以外見つからなかった。いや、その様に考えたかっただけかもしれない。希望を捨て去る事が出来なかったのかも。
そうしてレイモンドはキッチンにあった大量の食糧で、陥落したミスタリスで生き長らえることが出来た。
――そして気付けば三年が経っていた。
……
…………
………………
「……あの光景を見ていたんですね」
彼は……レイモンドは僕達がレイラを運ぶ瞬間を見ていたのだ。
「お前達が敵なら殺すつもりだった。だが、お前達は俺の娘を見て、助けようとしていた様に見えた。そして俺はお前達に尾行し……」
「僕の魔法を見た」
「…………ああ。俺の娘を助けてくれて感謝する。アスフィ・シーネット」
レイモンドはアスフィに深く頭を下げた。
レイモンドからすれば自分の娘に見知らぬ人間が手を出す様にも見えたはずだ。しかし、丁重に扱う様子を見た瞬間、その考えは直ぐに消え去った。もしかしたら、この少年達が自分の娘を救ってくれる救世主なのかもしれないと。希望だったものが現実になるかもしれないと。
「別にあなたの為ではありません。僕がやりたかったからしただけです」
「そうか。それでも礼は言わせて欲しい。……にしても蘇生魔法を使える者が居るなんて聞いたことがない」
「……僕の力ではありません」
「だが、お前さんがやったことだ。自分の力を誇りに思え」
レイモンドはアスフィの肩を叩いた。
……
…………
………………
「……レイモンドさん、あなたはこの後どうするのですか? 三年間も待ってようやく、あなたの娘は生きて戻ってきました」
「連れて行く」
「行く宛てはあるのですか?」
「……分からん。だが、俺の娘だ。娘は親と一緒に居るもんだろう?」
レイモンドはずっとレイラを置いてきた。仕方が無いとはいえ、レイラはそれを良く思わないはず。
「……言っておきますが僕は手助けしません。僕はいつでもレイラの味方であって、セレスティア家の味方ではありませんので」
「ああ、娘の命を助けてくれただけでも感謝しているさ。あの子が行きたくないと言うなら俺もゴネはしない……」
レイモンドは少し悲しそうな表情で笑った。
***
「――嫌!!」
部屋に戻りレイモンドが父親だと紹介した。そして、レイラが死んでいた等を省略しながら事情も説明した。その結果がコレだ。
まぁ分かっていたけどね……。
「パパだよ!? レイラちゃん!? 頼むよ! 父さんと一緒に行こうよ〜!!!」
レイラの冷たい言葉にレイモンドは早速ゴネた。
その光景はどこかで見た今は亡き親バカを連想させるものだった。
パパ……