第118話「獣人の少女」
僕達は見知った世界に再び戻ってきた。幻想世界でも、それによって造られた日本でもない、本当の僕の故郷。帰ってきたという方が正しいのかな。
「……帰って……きた」
僕は息の無いキャルロットを抱えながらそう呟いていた。
「アスフィ、これからどうするのですか?」
「僕の育った村。コルネット村へ向かいます」
「…………あそこはもう……」
「知っています。記憶はありますから。……ですが、コルネット村は僕の大切な場所なんです……ちゃんと僕の目で見ておきたいんです」
「……そうですか。ええ、分かりました。では行きましょう」
「ありがとうございます」
アイリスは渋々了承した。
***
途中野営を挟みながら暫く歩くと、見覚えのある城が見えてきた。
「……………………あれは」
陥落した国、ミスタリス王国。
「行きましょうアイリス」
「寄り道ですか? あそこにはもう何も無いですよ?」
「…………いえ、あります」
アスフィの言葉にアイリスは納得していない様子。
まだアスフィ・シーネットとしてアイリスに出会ってから、彼女はアスフィに心を開いていなかった。それもそのはずである。
アイリスが出会い、心を許したのは器であるアスフィ・シーネットでは無く、あくまで外部であり、内部の者であるからだ。
「……流石にまだ酷い有様ですね」
「ここで何があったのか覚えているのですか?」
「…………はい。この目で見た訳ではありませんが、記憶として存在しますから」
ミスタリスで僕は大切な人を失った。それは僕にとって切っても切り離せない存在。だから――
「城の中へ入りましょう」
……
…………
……………………
城の中はまだ大量の死体と血に溢れていた。その殆どは黒いフードを被った者達だ。死体は腐敗が進み、異臭が漂う。
「……酷い匂いです」
「そうですね」
「ここへは何をしに来たのですか?」
「大切な人を迎えに来ました」
「大切な人……ですか? こんなところに……」
アイリスはミスタリスの現状を見て、アスフィが言うその人物は生きている筈がないと感じた。それ程までにこの地は荒れ果てていた。
「……僕の大切な友人です」
「そうですか……」
僕の大切な人でもあり、君の大切な人でもある。でも、きっと彼女は気付かないだろうね。だから君と出会った時のように僕は偽ることにするよ。
アスフィ達は大きな広間にやってきた。
そこはかつて、エルザ親子と食事をした場所だ。現在その卓には料理ではなく、死体が乱雑に並べられている。赤い液体とのフルコースだ。
「……懐かしい……のでしょうね」
「他人事ですね」
「他人事ですから」
「…………」
「……さぁ、目的はその奥です」
アスフィはキッチンの方へと歩いていく。
そこにもやはり死体の山があった。しかし、今までと大きく違う点があるとすれば、ここにある死体には傷がない。
「ここにある死体には損傷が見当たらないですね」
「そうですね。これはフィーの魔法で死んだ者達ですから」
「お兄様の……」
ここに居るのは、彼の怒りの魔法で死んでいった者達。
生命活動を停止させる魔法により、死んだ者達だ。
そして、アスフィは大きな箱の前に立った。自分の身長より何倍も大きい。
「……これは?」
「冷蔵庫です」
「冷蔵庫? 食材でも欲しいのですか?」
「いえ、僕が欲しいのは食材ではありません。もっと大切なモノです」
そう言うと、アスフィは巨大な冷蔵庫の扉を開いた。そこには――
「こ、これは……」
アイリスは驚き、空いた口が塞がらない。
「…………驚くのも無理もありません」
巨大な冷蔵庫の中には氷漬けにされた人が入っていた。
獣人で、胸が大きく、猫耳がある……黒髪の少女が。
「お知り合い……ですか?」
「……はい、先程お伝えした方です」
アスフィは氷漬けにされている少女を冷蔵庫から取り出した。
「……少し生臭いですね」
「あはは……恐らく以前はここに魚が入っていたんでしょう」
「よくこんな所に入れようと思いましたね」
「……ここしか無かったんですよ」
「………この方、生きているんですか?」
「いいえ、死んでいます」
「では、何故氷漬けに?」
「死体の腐敗が進まない為です」
事実、氷漬けにされている少女は生前の姿のままだ。ここに来てから転がっていた死体とは違い、腐敗はしていない。
「…………ああ……そういうことですか」
アイリスは暫く考えたあと、理解した。
「生き返らせるのですね?」
「はい」
「質問ばかりですみませんが、聞かせて下さい。何故当時では無く今なのですか?」
「……使えなかったんです。記憶が混濁していて使えませんでした。……その後、使える様になったのですがタイミングが悪く……」
「そうですか……では、早くこの方を起こしてあげましょう」
「そうですね、では…………」
アスフィは言葉に詰まる。
「………えーっと……どうしました?」
「……僕には氷を溶かす方法がありません」
回復専門である僕には氷を溶かす手段はない。そう言うと、アイリスがため息をつき、前に出た。
「……下がっていて下さい。わたくしがやります」
「すみません、お願いします」
アイリスは氷漬けにされた彼女に手を翳す。
「水よ…………はぁ……ついクセが……」
「どうかしたのですか、アイリス?」
「いえ、なんでもありません」
アイリスは再び集中する――
「『ディゾルブウォーター』」
アイリスがそう唱えると、氷はみるみる溶けていく。そして氷の中から獣人の少女が出てきた。
――ついに。
「ありがとうございました、アイリス」
「……構いません」
アスフィは氷から解放された獣人の少女を抱き抱える。少女の体は冷たく、やはり死んでいるのだとそう思わせる。
「……待たせてしまってごめんね……今起こしてあげるから」
アスフィは獣人の少女を抱えてキッチンを出る。
「ここでしないのですか?」
「ここは寒いでしょう? 僕らの部屋で起こしてあげます」
「……そうですか」
アスフィは獣人の少女を抱き抱え、部屋に向かった。
その扉には名札が付いていた。
「ルクス……セルロスフォカロ……様? 長くて覚えにくい名前ですね……あ、ルクスお姉様の……この部屋で起こすのですか?」
「はい、ここを使わせてもらいます。先程僕らの部屋を覗いてみたのですが、その……あまり寝起きには向いていないかなと……」
「……なるほど、そういう事ですね」
アイリスはアスフィの言うことに納得した。
アスフィの部屋には死体が散乱していた。襲撃にやってきた賊達のものだ。
その為、隣にあるルクスの部屋に入ることにした。
「……これがルクスお姉様の部屋ですか。流石お姉様です。ぬいぐるみがいっぱいで可愛らしいお部屋ですね」
「そうですね。可愛らしいと思います」
ルクスの部屋には賊が侵入していない。少しホコリがあったり、壁にヒビが入っているとはいえ、比較的部屋の中は綺麗な状態であった。
アスフィは獣人の少女をベッドに寝かせた。
「綺麗な寝顔ですね」
「はい。綺麗で可愛いくて優しい子です」
「……わたくしそこまでは言っていません」
アスフィは少女に杖を向けた。そして唱える――
「『|再び生命を吹き込む蘇生魔法』」
獣人の少女の体が淡い光に包まれる。
「これがわたくしにも…………」
アイリスは確かな温もりを感じた。今は居ない彼の温もりを。
「………………お兄様会いたいです」
初めて好きになった。初めて呼び方も変えた。初めて……口付けをした。初めて人を好きになったのだと自覚した。だというのに、彼はまたすぐ遠い所へ行ってしまった。いつ帰って来るのだろうか。
「……お兄様」
……
…………
………………
「………………………………ここは?」
「おはよう、レイラ。もう夜だよ? レイラ少し寝すぎじゃない?」
「…………え……アス……フィ?」
獣人の少女、レイラ・セレスティアが長い眠りから目を覚ました。
ご覧いただきありがとうございました。
お待たせしました、皆大好きレイラ様の復活です。
え?覚えてない?
次回もお楽しみに。