第86話 「追憶」
ご覧頂きありがとうございます!
もしよければイイネ押して頂けると嬉しいです!
俺はオーディンに言われた通り、幻想世界――精神世界を旅することになった。そして、レイラを救うために、必ず元の世界へ戻る。
この世界はオーディンが作り出した紛い物。しかし、それでも確かに "存在した" 世界だった。微細な違いはあるものの、ほとんどが現実と変わらない。
ここで俺は強くならなければならない。さもなければ、現実には――
……現実?
俺にとっての現実とは、一体なんだっただろうか。
「おはよう、フィー」
「……ああ、おはよう」
目を覚ますと、見慣れた天井が視界に入る。
俺とマキナの部屋だ。朝が来たのか。
昨夜の出来事が、まるで夢のように思える。
それにしても、「おはよう」とは……。
向こうで体はまだ眠っているはずなのに、意識だけは鮮明に覚醒している。不思議な感覚だ。
「……マキナ、俺ともう一度旅をしてくれ」
「フィーがそれを望むなら、我はいくらでも付き合おう」
俺はマキナを強く抱きしめた。
この温もり――向こうの世界では『呪い』のせいで、触れることすら叶わなかったもの。
だからこそ、俺は今、この瞬間を強く噛み締める。
「……よし。じゃあ、早速行動開始だ」
俺はベッドから降り、部屋を出る。
向かう先は王室。エルブレイド・スタイリッシュのもとへ。
***
「……うむ。覚悟ができたようじゃな」
「ああ。俺はアンタを知っている……『師匠』」
間髪入れず、エルブレイドは笑った。
「ガッハハハッ!面白い」
俺は腰に手を伸ばし、剣を抜く仕草をする。
もちろん、そこに剣はない。しかし、俺は "そこに剣がある" と感じていた。
ギンッ――
「ガッハハハッ!ワシの一撃を防ぐか」
「……もう、何度も見たものだ」
俺の手には、銀色に輝く刀身があった。
剣などどこにもないはずなのに、俺は確かに "握っている" 。
予備動作なしのエルブレイドの斬撃――それはまさに神業。
「さすが師匠だ。またこうして手合わせできるとは思わなかった」
「……なに、ワシは幻想に過ぎん。お前の記憶の中の一人」
自分を紛い物と認識出来ているのか。
再構築された向こうの世界では、俺はエルブレイドとは会えなかった。
マキナ曰く、生きてはいるらしいが――
「……アンタはこれから何をするつもりだ、師匠」
「『炎城ピレゴリウス』へ向かう」
やはりか。
これはエルザやエルフォードにも内緒で行ったんだったな。
「何をしに?」
「まだ言えん」
「……分かった」
エルブレイドは俺の手元を見つめる。
「フィー。強くなったな……その剣」
「……ああ、これか」
俺の記憶から生み出された剣。
エルブレイドは、それをじっと見つめていた。
「アンタが孫に『伝説の剣』とか言って渡したやつだ」
「ガッハハハッ!やはりそうか!……確かに伝説の剣じゃわい」
何が "伝説の剣" だ。ただの古びた剣じゃねぇか。
それでも俺は、この剣と共に旅をしてきた。
「結局、この剣はなんなんだよ」
「……言ったじゃろう。『伝説の剣』じゃ」
教えるつもりはない、か。
まあいい。
俺が "必要ない" と感じた瞬間、手にしていた剣は霧のように消えた。
幻想世界――この世界は、俺の記憶をオーディンが再現したもの。
つまり、俺の記憶の中にある武器や魔法ならば、すべて "再現可能" ということだ。
「……便利な世界だな、まったく」
エルブレイドは静かに言った。
「フィーよ。ワシはもうすぐ『炎城ピレゴリウス』に向かう。きっとお前はエルザと共に来ることになるじゃろう。その時までワシは待っておる」
「行けば何か教えてくれるのか?」
「うむ。この世界について。そして――『エーシル』についてもな」
エーシル――あいつは倒した。
なのに、なぜか拭えない "違和感" がある。
「分かった。アンタにはいずれ勝たなければならないからな」
「ガッハハハッ!ワシを超えてこそ、剣王」
「……そんな称号はいらん。ただ、悔しいだけだ」
負けっぱなしは、もうごめんだ。俺は "あの時のフィー" じゃない。
惨めな人間では、もうない。
「また会おう、師匠……次に会う時は、元の世界だ」
「……うむ。楽しみにしておる」
翌日、エルブレイドは姿を消し、エルザが王となった。
***
俺はマキナのいる部屋へ向かう。
「出るぞ」
「ああ」
黒のローブを羽織り、城を後にする。
「……フィー、アイツらに別れはいいのか?」
「ああ、どうせまた向こうで会えるからな」
「そうか……フィー、また強くなったな」
「………そう……なのかな」
でも、まだ足りない。
この幻想世界を "クリア" しなければ、元の世界には帰れない。いや、正確には俺自身をクリアか。
「懐かしいな、マキナとこうして二人で旅をできるなんて」
「そうか?」
「……とても偽物とは思えないな」
「……我の愛はホンモノだぞ?」
「それは俺も同じことだ」
これから始まるのは、エルザが十五になり冒険者となるまでの——俺とマキナが二人で旅をしていた物語。
だが、すべてが同じわけではない。これは”追憶”の旅だ。
本物の記憶が、偽物の世界をなぞる——そんな話。
第二章開幕!