マル秘のレシピ
ドラゴン・レディ様は、アワアワしながらツバキへ聞きかえしてきました。
「あ、赤い大根と白いニンジン?」
「そうにゃ!」
「白い大根と赤いニンジン……の間違いでは、ないのですか?」
「赤い大根と白いニンジンにゃん。魔女のご主人様が、アタシに『夕飯のため、赤い大根と白いニンジンを買ってきてくれ。どうしても、赤い大根と白いニンジンが欲しいんだ。赤い大根と白いニンジンを、食べたいんだ!』と言ったのニャン」
ツバキ……。コンデッサはそんなこと、言ってませんよ。
コンデッサがツバキへ頼んだのは、あくまで『大根とニンジンを、買ってきてくれ』ということだけです。
皆さんも、早とちりや勘違いをしないよう、人の話はキチンと聞くようにしましょうね。
「アタシは、使い魔ニャン。だから、ご主人様の望みは絶対に叶えるのにゃ!」
「むむむ……」
「お願いしますニャン! ドラゴン・レディ様!」
「ううう……」
ドラゴン・レディ様が、うなっています。
この世界に、〝赤い大根〟と〝白いニンジン〟などという、野菜は無いのです。無いものは、出せません。
けれど今さら、『わたしに、その願いごとを叶えるのは無理です』とは、ドラゴン・レディ様は口に出来ませんでした。
見栄っぱりですね。
「ドラゴン・レディ様は、とっても偉くて、とっても親切で、とっても賢くて、出来ないことにゃんて無いんでしょ!? 〝バンノーの竜〟ニャんだよね!」
期待をこめてドラゴン・レデイ様を見る、ツバキ。その瞳は、キラキラと輝いています。
「え~と、え~と、え~と、ツバキさん、その……」
「ニャニ? ドラゴン・レディ様」
「…………なんでもありません」
追いつめられる、ドラゴン・レディ様!
しかし『ドラゴン・レディ』という誇り高き名にかけて、引くわけにはいきません。なんとか良い解決策は無いものか、頭の中をグルグルさせながら考えます。
ほどなくして、ドラゴン・レディ様の顔が明るくなりました。
「うんうん……分かりました! それではアナタに、赤い大根と白いニンジンを与えましょう」
「ありがとうございますなのニャ!」
ツバキは喜びます。
ドラゴン・レディ様が空中に両手を掲げると、どこからともなく、1本の大根と1本のニンジンが現れました。ドラゴン・レディ様は右手に大根、左手にニンジンをつかみ、ツバキへ差しだします。
「これを、受け取りなさい。こっちが大根で、こっちがニンジンです」
「……でも、この大根は白くて、ニンジンは赤いニャン」
ツバキは戸惑います。
そうです。ドラゴン・レディ様がくれたのは、普通の白い大根と赤いニンジンだったのです。
「慌てないでください、ツバキさん」
ドラゴン・レディ様はそう言うと、再び両手を空中に掲げました。すると今度は、2つの容器が現れます。ソフトチューブの形をした半透明の容器で、それぞれ中身は、赤と白――赤いドレッシングと白いドレッシングのようです。
「これも、アナタに上げます」
「…………ケチャップとマヨネーズにゃん」
「ハイ、そのとおりです。白い大根に赤いケチャップをぬれば、〝赤い大根〟になります。赤いニンジンに白いマヨネーズをぬれば、〝白いニンジン〟になります。赤い大根と白いニンジン……これで、問題は全て解決ですね。わたしは、本当に賢いです」
ドラゴン・レディ様は、得意そうに胸を張ります。
「そうなのかニャ~。これで、良いのかニャ~」
ツバキは、しきりに小首を傾げました。納得がいっていない様子です。
「これで良いのです。アナタの主人である魔女も、間違いなく『大根とニンジンとケチャップとマヨネーズを、買ってきなさい』という意味で、アナタに『赤い大根と白いニンジンを、買ってくるように』と言ったはずです」
「本当ニャン?」
「疑り深い猫さんですね…………そんなに心配なら、これも持っていきなさい」
1枚の紙をツバキへ手わたす、ドラゴン・レディ様。
紙には『アナタも美味しく作れる、マル秘レシピ! 大根のケチャップ煮と、ニンジンのマヨネーズサラダ』とのタイトルが、書いてありました。
「大根にはケチャップを、ニンジンにはマヨネーズを使って、上手に料理するための手順を記したレシピです。これがあれば、美味しい夕飯が食べられますよ」
「わ~、うれしいニャン。ありがとニャン、ドラゴン・レディ様!」
ツバキは大喜びで、大根とニンジンとケチャップとマヨネーズとレシピが書かれている紙を、マジック袋の中へ、しまいました。
そして、ドラゴン・レディ様とハッピキとサンビキへ別れの挨拶をして、コンデッサが待つ家へ向かって駆けだしました。
でも、ドラゴ山からコンデッサやツバキが住んでいる家は、遠いのです。ツバキは大丈夫でしょうか?
大丈夫でした。
ツバキはあっという間に、我が家へ帰り着きました。
「ご主人様! ただいまニャン」
「おかえり、ツバキ」
元気よく家の中へ跳びこんできたツバキを、コンデッサは温かく迎えてくれました。
「ご主人様! アタシ、ちゃんと〝赤い大根〟と〝白いニンジン〟を買ってきたニャン」
ツバキはうれしそうに、マジック袋の中から、大根とニンジンとケチャップとマヨネーズとレシピが書かれている紙を、取り出します。
そんなツバキをコンデッサは優しい瞳で見つめ、とても褒めてくれました。
「そうか、そうか。ご苦労さま。良くやったぞ。ツバキは、偉いな~」
「アタシはご主人様の使い魔にゃんだから、当然ニャン」
コンデッサとツバキは顔を見あわせ、どちらもニコニコと笑いました。
あれ? これは、どういうことなのでしょう? どうしてコンデッサは、これほどツバキへ、優しく接してくれるのでしょう?
ツバキは買い物に出かけてから帰ってくるまでに、ずいぶんと時間をかけてしまっています。
『ツバキ! 帰ってくるのが、こんなに遅くなって! どこで、道くさを食ってきたんだ? しかも、マヨネーズやケチャップなんて、余計なモノまで買ってきて』とコンデッサは怒っても良さそうなものなのに……。
実はコンデッサは、ツバキが出かけてしばらく経ったあとに「おや? ツバキの帰りが、ちょっと遅いな」と心配になって、探しはじめていたのです。
コンデッサは魔女ですから、ホウキに乗って飛べます。すぐに八百屋さんに、つきました。
八百屋のおばさんから事情を聞いたコンデッサは、またホウキに乗って空を飛び、たちまちのうちに地面を走っているツバキを見つけ出しました。
けれど、声はかけませんでした。『ご主人様の願いを叶えるのニャ!』と頑張っているツバキの姿にコンデッサはジ~ンと感動してしまい、ひそかに見守ることにしたのです。
そう。
コンデッサはホウキに乗り、はるか空の上から、ドラゴ山であったことの全てを最初から最後まで、ちゃんと眺めていたのです。
ツバキがドラゴ山へ行くときも、ドラゴ山から帰ってくるときも、短い時間ですんだのは、コンデッサが魔法でコッソリ助けてあげていたからでした。
ツバキに気づかれないように、魔法で道を短くしてあげていたんですね。
そしてコンデッサはツバキが帰ってくるより早く家へ戻り、何も知らないことにして、優しく出むかえてあげたというわけです。
コンデッサとツバキは、とっても仲良しなのです。
その日の夕ご飯のメニューはもちろん、大根のケチャップ煮とニンジンのマヨネーズサラダでした。
「美味しいニャン、ご主人様」
「美味しいな、ツバキ」
ドラゴン・レディ様がくれた料理のレシピは、たいへん役に立ちました。
ツバキ「まだ、続くのニャ」