大根とニンジン
猫と魔女と竜の女の子の童話です。
皆さんが住んでいるところとは違う、王様が居て、魔法使いが居て、ドラゴンが居て、妖精が居て……そんな遠い世界での、お話です。
ここは、ボロノナーレ王国のはしっこにある村。
魔女のコンデッサと彼女の使い魔である黒猫のツバキは、とっても仲良く暮らしていました。
〝使い魔〟というのは、魔女とズッといっしょに居ることを約束し、お仕事を手伝う代わりに、特別な力をもらった動物さんのことです。
たとえばツバキは人間とおしゃべり出来ますし、普通の猫は危ないから口に入れちゃいけない、タマネギが入ったカレーライスも美味しく食べられます。
スゴいですね!
コンデッサは20才を少し超えたくらいの年齢の、若い魔女です。赤い髪の美人さんです。
ツバキは、まだまだ子猫。使い魔として頑張っていますが、ときどき失敗してしまいます。
ある日、コンデッサはツバキに言いました。
「ツバキ。お使いを頼まれてくれないか?」
「良いにゃよ~、ご主人様。それで、アタシは何をすれば良いにょ?」
「八百屋さんに行って、野菜を買ってきて欲しいんだ」
コンデッサとツバキが住んでいるお家は村の外れにあり、八百屋さんは村の真ん中にあります。
「にゅ? お野菜?」
「大根とニンジンを、買ってきてくれ。夕飯のメニューに必要なのさ」
「大根とニンジン……にゅにゅにゅ……」
ツバキは悩んでいます。
どうやらツバキは、大根とニンジンがどんなだったか、思いだせないみたいです。
子猫だから、仕方ありませんね。
皆さんは大根とニンジン、知っているかな? どちらもスゴく栄養がある、お野菜なんですよ。
大根とニンジンについてツバキがよく分かっていないことに、コンデッサは気がつきました。それがどのような野菜なのか、教えようと思います。
ですが残念ながら、手もとに大根もニンジンもありません。
そこでコンデッサは、大根とニンジンの簡単な絵を画用紙にエンピツで描くことにしました。めんどうなので、色はぬりませんでした。
ツバキは、マジマジと絵を眺めます。
「大根とニンジン……形が似ているニャン」
確かにどちらも縦に長くて、先にいくにしたがって細くなっていますね。そして太いほうの端には、いっぱいの葉っぱがついています。
「アタシ、八百屋さんに行っても、大根とニンジンを見分けることが出来るかニャ?」
自信が無さそうなツバキを、コンデッサは励まします。
「心配するな、ツバキ。大根とニンジンは、色がぜんぜん違うんだ」
「そうなニョ?」
「ああ。大根は白くて、ニンジンは赤い。これだけ覚えていれば、大丈夫だ」
「大根は白くて、ニンジンは赤い……分かったニャン!」
ツバキは張りきって答えて、お買い物へと出かけました。
ツバキは、ちっちゃな子猫です。それなのに、大根やニンジンを持てるのでしょうか? 問題ありません。コンデッサはツバキに、ちゃんとマジック袋を渡しているのです。
ツバキが首に掛けている、このマジック袋。とっても小さい袋ですけど、どんな大きいモノでもしまえてしまう、魔法の袋なのです。しかも、中に入れると重さまで無くなってしまいます。
本当にスゴいですね。
ツバキはトコトコと八百屋さんへ向かいながら、その道中で、大根とニンジンの色を忘れないために、ズッとつぶやいていました。
「にゃん。大根は白い、ニンジンは赤い、大根は白い、ニンジンは赤い、大根白い、ニンジン赤い、大根白い、ニンジン赤い、大根、白い、ニンジン、赤い、大根、白い、ニンジン、赤い大根、白いニンジン、赤い大根、白いニンジン……」
八百屋さんに着いたツバキは、出むかえてくれたお店のおばさんに、元気よく告げました。
「こんにちは! 〝赤い大根〟と〝白いニンジン〟をくださいニャ!」
「いらっしゃい、ツバキちゃん…………え! 赤い大根と白いニンジン?」
お店のおばさんは、ビックリしてしまいました。同じ村に住んでいるおばさんは、もちろんコンデッサやツバキとは顔なじみです。
おばさんは、ツバキへ尋ねます。
「ツバキちゃん。コンデッサさんが『赤い大根と白いニンジンを、買ってきなさい』とおっしゃったの?」
「そうにゃ! ご主人様が『夕飯にして食べたい』って」
「困ったわね~。大根は白くて、ニンジンは赤い――それが、普通なのよ。うちのお店でも、白い大根と赤いニンジンしか売っていないわ」
「それじゃ、どこに行ったら、赤い大根と白いニンジンがあるのかニャ?」
コンデッサは『八百屋さんに行って、大根とニンジンを買ってきて』と言っただけなのに、ツバキは〝赤い大根と白いニンジンを見つけなきゃ!〟と思いこんでしまっています。
赤い大根と白いニンジンを、コンデッサのところへ持って帰りたい――ツバキはコンデッサのことが大好きなので、彼女の喜ぶ顔が見たかったのです。
「う~ん……ねぇ、ツバキちゃん。本当にコンデッサさんは『赤い大根と白いニンジンが、欲しい』ってアナタに言ったの?」
「間違いないにゃ!」
自信まんまんに答える、ツバキ
ツバキの返事に、八百屋のおばさんは考えこんでしまいました。
「弱ったわ。赤い大根と白いニンジンがある場所なんて、私も知らないのよ。ゴメンナサイね、ツバキちゃん」
「そうなんニャ」
ツバキは、しょんぼりしてしまいます。
「ドラゴン・レディ様なら、ご存じかもしれないけど」
「にゅ? ドラゴン・レディ様?」
おばさんの言葉を聞いて、ツバキはパッと顔を上げます。
ドラゴン・レディ!
なんと恐ろしく、なのに雅やかな響きのする名前なんでしょう。
だって『ドラゴン』で『レディ』なんですよ。
『ドラゴン――竜』で『レディ――貴婦人』!!!
どのような姿をしているのか、想像もつきませんね。
「ドラゴン・レディ様って、誰なにょ?」
「ツバキちゃん。あっちのほうを見て」
ツバキは、おばさんの指さす方向へ顔を向けます。
「遠くに、高い山が見えるでしょ?」
「見えるニャン」
「あれは、ドラゴ山。そのてっぺんに、ドラゴン・レディ様は住んでいらっしゃるの。すごく賢いお方で、どんな質問にも答えてくれるし、試練を受けてそれに合格したら、どんな願いごとも叶えてくれるそうよ」
「しれん……厳しいテストかにゃ? 分かったニャン! アタシ、ドラゴ山に行って、ドラゴン・レディ様に会ってくるにゃ!」
そう叫ぶや、ツバキは山のほうへとタタタッと駆けだしました。
「あ! ツバキちゃん!」
おばさんは止めようとしましたが、ツバキの姿はたちまちのうちに見えなくなってしまいます。
「ツバキちゃん…………」
おばさんは、心配そうな顔になりました。
ツバキの行く手には、何が待ち受けているのでしょう?
ツバキ「ドラゴ山を、目ざすのニャ」