アルジャーノンに黄金を
翌日。
僕は渡川が用意してくれた長袖のシャツを着る。用意された日焼け止めクリームも塗る。
(ほんとに日焼け止めかこれ?)
昼前、部屋に1人の男が訪ねてきた。
金髪、サングラス、アロハシャツとラフな格好をしている。
男は部屋に入ると、スマフォを操作して動画を途川と僕に見せた。
そこには拉致された羽場さんがテーブルでご飯を食べている様子が映っていた。そばにある新聞の日付は今日である。
「アルジャーノンからの使いで間違いないな」渡川が男に言う。
立ち話もなんだから、と渡川は言って男を椅子に座らせた。男は口を開いた。
「俺の名前はフランク、まあ偽名だ。
俺はアルジャーノンのメンバーではない。日本語とZ国公用語の英語を話せる俺が彼らに雇われただけだ。交渉が無事に終わるまでよろしくな、渡川」
フランクは右手を差出し渡川と握手した。その後、僕と握手した。「早速だが金塊を見せてくれ」フランクに言われた渡川と僕はカバンを開けて金塊をテーブルに並べた。
フランクはそれを手に取りじっと見つめた。そして自分のカバンから特殊な機械を取り出して、金塊にあてていた。
「本物だ。すげえな」フランクという男は名前の通りくだけた話し方をする男のようだ。
フランクは僕を見た。
「それで、この少年は誰だ? 羽場の親族か?」
「私の教え子の夏木君です。交渉という現場に連れていき経験を積ませます」渡川が答える。
「てことは凄い子なのか?」
「ええ、息止め7分もできる超人ですよ」
「すっげえな、テレビ出れるじゃん!」
適当なこと言っている……。
「アルジャーノンのアジトに行く前に準備がある」
フランクは金属のアタッシュケースを取り出した。
「スマートフォン、GPS、発信器などは持ち込み禁止だ。電波を遮断するこのケースに入れてもらう」
僕と渡川はスマフォをフランクに私、彼はそれをケースに入れた。
「戻ってきたら返却する」
フランクは先ほど金塊を調べたのとは別の金属の棒を取り出した。
「服や体に発信器があるかを調べる」
そして、僕と渡川の頭の先から足先まで金属の棒を当てて調べた。
「うん、大丈夫そうだな。では早速アジトに向かおう」
僕らは金塊の入ったカバンを持ち、フランクと一緒に宿を出た。
宿の前には黒い車が止まっており、フランクは後ろの席に乗るように命じた。
運転席には口を三角の布でおおった目つきの鋭い男がいた。
突然だが、ここからの文の表記について書いておく。
英語で話された言葉は『』で表記する。
ちなみに僕は英語が聞き取れるので、『』内は日本語表記しておく。
運転手は渡川と僕を見た。
『おい、俺はフランクみたいに優しくねえからな。妙な真似をしたら撃つぞ』と、男は英語で語り手に持った拳銃を見せつけてきた。
助手席に座っている、フランクが僕と渡川を見て口を開く。
「こんにちは、君たちをアジトまで安全に運ぶよ。悪いやつが来たらこの銃でバキューンさ、と彼は言ってるぞ」
「……」
こいつマジか? 真面目に翻訳する気ないのか、と僕はいぶかしみフランクを睨みつけた。
「……へえ、君は英語がわかるのか。これからは真面目に翻訳するよ」と、フランクは僕に言った。
「よろしく頼むよ」と渡川はのんきにあいさつをした。
フランクはひものついた黒い布を僕と渡川に渡した。
「道を覚えられると困るからアイマスクをつけてもらう」
僕と渡川はアイマスクをつけた。
車は発進した。
数時間後、なにやら車が建物の中に入るような気配がした。
シャッターの閉じる音がする。
「着いたからアイマスクを外しな」
僕はマスクを外した。
車の窓から外を見る。
ここは車庫の中だろうか。中は電灯に照らされていて日光は入っていない。
車がほかにもあり、出口はシャッターで閉じられていて、外を見ることができない。
なるほど。アジトの外見を僕らに見せないということか。
外に出たフランクがドアを開けたので僕と渡川は外に出た。
そしてフランクに案内され、備え付けの扉を開けて中に入った。
運転手はついてこなかった。
廊下を歩き、広間に案内された。
中には大きな長方形の机、椅子があった。向かいあって10人は座れそうだ。机の上に鳥カゴが置いてあった。
「アルジャーノンのメンバーを呼んでくるので座って待ってろ」
と、フランクは言い、奥の部屋へ行った。
僕は机の上の鳥カゴを見た。
中に2羽の黄色い鳥がいて鳴いている。
カナリアだ。
僕は昔、母さんからカナリアの特別な能力を教えられたことを思い出した。
「お、かわいい鳥がいるぞ夏木君」と渡川。
この鳥の意味、そして何のために置かれているのか知らないのか。
「あの鳥は…」
と僕が言いかけたところ、奥のドアが開いてフランクが戻ってきた。彼の後ろから男が7人ほど入ってきた。1番後ろに腰に荒縄をつけられた初老の男がいる。羽場穂集氏だ。
羽場以外の彼らはおそろいの半袖のカーキ色の服を着ている。
鍛えているようで全員が筋肉質だ。ベルトを付けた銃を肩からぶら下げている者もいる。
そして、フランクと羽場を除く全員が顔にガスマスクをつけていた。
8人は僕らと反対側の席に座った。
向かいあって真ん中にフランクと羽場と、服の胸に勲章をつけた男が座っている。
羽場は僕らを見た。目を開いて驚いている。
「うわっ、渡川だ……、最悪だ、みんな終わりだ」
「……」
過去に何があったか知らないが、わざわざ外国まで助けに来た相手にその発言はひどくないか。
あと、みんな終わりという発言には僕も含まれているのか?
勲章を付けた男がマスクをつけたまま話す。
『俺がリーダーのギンピィだ』
威圧感のある、くぐもった声だ。
ギンピィが話すと即座にフランクが日本語に訳して言う。
『取引が無事に終わり、羽場とお前らが生きて帰れることを願う』
「ギンピィさん、よろしく頼むよ、私は渡川、横にいるのは助手の夏木君だ。ところでなんでマスクしているんだ? 声がくぐもるから取ったらどうだ?」
渡川の発言をフランクが英語に訳してギンピィに伝える。
ここから先はお互いの発言をフランクが訳して話しているが、同じ発言であるのでそれをわざわざ書かないことにする。
『渡川、俺はお前が危険な人間だと知っている。マスクは外さない』ギンピィは冷静に言い放つ。
「……」
渡川って有名な危ない人なのか?
ギンピィは鳥カゴを指さした。
『渡川と少年、あの鳥を知っているか?』
「うん? インコだろ。かわいいな」と渡川。
「あれはカナリアです」と僕は言った。
ギンピィは僕を見た。
『少年、この鳥が持つ能力を知っているか?』
僕と会話するのかこの人。
「えっと、カナリアは歌が上手なんですよね」
とりあえず、無難に答えておこう。
『昔、お前たちの国でサリンという毒ガスをまいた宗教団体がいた。警察が彼らの施設を捜査するときにカゴに入れたカナリアを連れて行った。なぜかわかるか?』
「……いえ、わからないです」
『カナリアは人間より先に毒ガスの影響を受けて死ぬ。昔は炭鉱でも使われた。天然の毒ガス探知機というわけだ』
「へえ、すごいんですね」
ガスマスクをしてカナリアもいる、めっちゃ毒ガス対策してるぞ、この人たち。
『お前ら毒ガスをまくとか考えるなよ。カナリアに何かあればお前たちを殺す』
それはドスのきいた恐ろしい口調であった。
お前らって、僕も疑われているのか。
「そ、そんなことしませんよね。渡川先生」
「あ、当たり前だろ。夏木君」
渡川は目が泳いでいるし明らかに動揺していた。
マジかこの人?
銃を持ったテロリスト、そして人質がいる状況で毒ガスまくきだったのか?
非常識にもほどがある。
『少年、金塊を机の上に置け。渡川が持ってきた金塊も君が取り出して置け』
「……?」
どうして僕が渡川の金塊も取り出さなければならないのだ?
僕はいぶかしみながら、自分のカバンを開けて金塊を置き、渡川のカバンからも同様に取り出して、机の上に並べた。
ギンピィは隣に座る羽場の肩をたたいた。
『羽場、お前が取ってこい』
『えっと、私ですか』と羽場。
なんでだ?
何で人質に取りに行かせるのだ?
何の意味があるのだ。
「え? 羽場さんが金塊に触るのですか?」と渡川が発言した。
僕も含めた部屋の全員が渡川を見た。
なんだその発言?
なんかおかしくないか。
『問題があるのか?』とギンピィ。
「いや……まあ、羽場さんならいっか。問題ないです」
場に沈黙。
ひょっとして、あの金塊なにかあるのか。
渡川の発言を聞いた羽場は動揺している。
『あ、あの手袋貸してください。渡川が持ち込んだものに素手で触りたくないので』とギンピィに言った。
羽場はフランクから手袋を受け取り、それをはめた状態で金塊をギンピィの方に運び始めた。
羽場は素手で金塊に触れたくないと凄く警戒している。
つまり、金塊に毒が塗られていると思っているのか。
だいたい、金塊に毒が塗られていたら、今素手で触った僕は無事ではすまないだろう……。
(……あれ?)
僕の手は湿っている。
いつもの手と違う。
(日焼け止めクリームを塗ったほうがいい)
と渡川は言い、渡されたそれを僕は塗った。
クリームを手に塗った。
……。
アレか、アレなのか!
こいつどこかで金塊に毒を塗ったのか?
そして僕に渡したクリームに毒の中和剤か保護の効果があり、クリームを塗った僕は金塊を触っても大丈夫ということか?
ありえる。
渡川という男なら金塊に毒を塗ることをやりかねない。
しかし、仮に毒を塗っていたとしても無駄になったようだ。
彼らは金塊に素手で触らない。
そして、羽場は金塊を運び終えた。
ギンピィは運ばれた金塊を見た。
『ふむ、確かに本物だ』
そして隣に座っている仲間に声をかけた。
『手袋をしろ。そしてこの金塊をきれいに洗浄しておけ』
『わかりました、ボス』
そう言って隣の男が立ち上がったところ、渡川が口を開いた。
「ちょっと待ってくれ」
……。
渡川は何を言うつもりだ?
『……なんだ、金塊を洗われると困るのか?』
「いや、洗うのはいい。ちょっと待ってほしい」
『俺たちは暇じゃない、用件を言え』
「身代金が7億円って高すぎないか?」
『何が言いたい』
「4億にまけてくれないか?」
……。
こいつ。
人として最低だ。
ケンカを売るなんて聞いてないぞ。
『笑えねえな』
ギンピィは右手で銃の形を作り、指先を渡川の頭に向けた。
即座に周りの部下がアサルトライフルの銃口を渡川の頭に向ける。
『死ぬ覚悟はあるか』
「……悪かった。値切ってしまう悪い癖が出た。最後に一つ言わせてくれ」
『手短に言え』
「私は医者だ。世界中の毒とウィルスの抗体を持つ専門家だ」
『お前の異常さは知っている』
「君たちが未知の病にかかり他の医者がさじを投げても私なら治せる。そんな時、金塊をすべて返せば治してあげよう」
「……」
渡川は何を言ってるんだ?
何が目的なのだ?
この発言ケンカ売っていないか? 大丈夫か。
『この国には優秀な医者がたくさんいる。仮に何かが起きてもお前なんかには頼らない』
「何かは必ず起きる。私は専門家だ。そして君たちの中で1番初めに来た1人だけは無料で治す」
『気味の悪い奴め。取引は成立だ、羽場を連れて帰れ』