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始まり

 このお話は『狂人よこんにちは』の続編です。

 ですが、前作を読まなくても大丈夫です。


 前回のあらすじ


 中学生の佐倉夏木さくらなつきは詐欺師の親父を捕まえる決意をしました。

 そして、学校医の渡川三途とがわさんずのボランティアを手伝うことにしました。

 上羅学園中等部 ボランティア部 部室


 僕、佐倉夏木は部室にいる。

 イスに座り長机に新聞を広げて記事を読んでいる。

 1面にはこう書かれている。

『Z国某所未明。

 長年農作業などのボランティア活動をしていた羽場穂集(はばほしゅう)氏(54歳)がテロリスト集団のアルジャーノンに拉致された。

 アルジャーノンは声明にて身代金7億円を要求。要求に従わない場合、羽場氏を処刑するとのこと』


(身代金7億円か)

 とんでもない金額である。

「怖い事件だよね、夏木君」

 僕に声をかける女性。彼女の名は犬槇凪(いぬまきなぎ)。同級生でボランティア部の部長である。

 長くてサラサラした黒髪がよく似合う美人だ。


「海外って怖いですね」

 普段から命を狙われている僕は日本でも十分怖いのだが、それは言わないでおく。

「捕まってる羽場さんはどうなるのかしら?」

 十中八九殺されるでしょうね、と思ったが言うのはやめておく。

「警察や軍隊が、助けてくれるかもしれないですね」


 自分で言っておいてあれだが無理だろうな。

 7億円なんて身代金の金額がおかしい。

 これは払われないことを前提とした法外な金額だ。

 彼らは真剣にお金を手に入れようと思っていない。

 本当にお金が欲しければ常識的な金額を要求する。

 こういったテロ組織は人々に恐怖を振りまくこと、政府に不満を持ってもらうことを目的としている。

 本気で金を手に入れようとしていない。

 だから、人質を簡単に殺すし、救出されることはめったにない。


 部室のドアが開き1人の大人が入ってくる。

「やあ、こんにちは」

 渡川三途。上羅学園の学校医でありボランティア部の顧問である。

「こんにちは渡川先生。今日も素敵ですね」と凪さんが言う。

 僕も「こんにちは」と言う。


 渡川は僕を見た。

「お、夏木君が部に馴染んでいるね。いいことだ」

「夏木君、子どもと遊ぶのうまいよね。前に行った病院の子たちすごく喜んでたよ」と凪さんが褒めてくれた。

「……どうも」

 昔、母さんからもらったボードゲームの数々が役に立ったようだ。


「そうだ夏木君、ちょっと頼みたいことあるから、一緒に校長室に来てくれないか」

 僕は今までしょうもないボランティア活動をしていたが、どうやら本命が来たようだ。

「ええ、わかりました」そう言って僕は立ち上がろうとしたところ、

「渡川先生」凪さんが声をかけた。

「どうしましたか?」と渡川。


「その頼み事、私も参加できますか?」

 渡川は少し困った顔をした。

「……力仕事で、男のほうがやりやすいやつだから、凪さんはまたの機会にお願いするよ」

「私けっこう力ありますよ。あと、私が髪を切れば男に見えませんか」

「……」

 怖いこと言うなあ、凪さん。

 凪さんが髪を切ってもショートヘアの美人になるだけだ。


 押しの強い凪さんに渡川はうろたえている。

「長い髪似合っているから……切らないほうがいいと思うなあ」

「そうですかー。そういえば家のジローちゃんが渡川先生に会いたがっているから今度来てくれませんか?」

「う、うん。今度行くね」

「絶対来てくださいね。約束ですよ」

 すごくグイグイくるなあ、凪さん。


 僕と渡川は2人で校長室に向かった。

「先生、凪さんと付き合っているんですか?」

「そんなわけねえだろ、捕まるぞ」

 どうやらそういう常識は持っているようだ。


 僕と渡川は校長室に入った。

 中には高級な大きな机があり、その奥の椅子に一人の初老の男が座っていた。

 男の名前は上羅心造(かみらしんぞう)、この学園の校長である。

 上羅校長は僕らを見て、座るように促した。


 そして僕を見た。

「学校には慣れましたか? 夏木君」

 それは優しい口調であった。

「ええ、おかげさまで。みんな僕と仲良くしてくれています」

「それはよかったです。来たばかりのころはかなり緊張していましたね」

「渡川先生みたいな危険な人ばかりかな、と警戒していました」


 上羅校長はふふふと笑った。

「彼ほどやばい人はいませんよ」

 じゃあなんでやばい人雇ってんだよ。

「……」

 僕は渡川の顔を見た。

「それで渡川先生。今回の任務はなんですか?」

「ああ、とある人に大金を渡しに行く。一緒に来てほしい」


「大金を、渡しに行くのですか?」

 僕は聞き返した。

「そうだ」

 それは実に変な任務だ。

「大金なら銀行で、相手の口座に振り込めばいいじゃないですか」

 そのほうが確実に届くはずだ。

 大金を運ぶのはリスクがある。


「そいつ、銀行口座作れないんだよ」

「えっ!?」

 僕は驚いた。

「中学生の僕ですら口座作れましたよ。それやべえ人じゃないですか」


「夏木君は口座持ってるのか。作るときなんか言われた?」

「僕が反社会勢力に属していないかヤクザじゃないか、銀行員に聞かれて書類にサインもしました。『親父が詐欺師で国際指名手配されているけどいいですか?』と聞いたら、苦笑いしていいですよ、と言われました」

「ははは」

 僕の発言を聞いて上羅校長が吹き出した。


「渡川先生、相手はヤクザですか」

「うーん、ヤクザより上」

「はっきり言ってくださいよ」

「テロリスト」

「……」

 嘘だろこの人。

 テロリストに金を払えば何に使われるのか知っているのか?


「……正気ですか。いくら持っていくのですか?」

「7億円」

「……」

 やっぱ頭おかしいぞこの人。

 待てよ、7億円?

 そういえば7億円という数字は新聞で見た記憶がある。

「そのテロリストって新聞に載ってたアルジャーノンですか」

「お、よく知ってるな。それだよ」


 ……。

 拉致された羽場を救うために7億もの大金を払う人がいるのか?

 色々と疑問がわいてくるのでとりあえず聞こう。

「拉致された羽場さんは7億払うほど、重要な人なのですか?」

 人の命に値段をつけるのは失礼なことである。しかし、羽場について知っておきたい。


 僕に聞かれた渡川は上羅校長を見て言った。

「羽場さんの評価ってどうですか?」

「昔は偉大な薬学者でした、というか君の元上司だから君のほうが詳しいでしょう」


「えっ? 知り合いなんですか?」

 僕は渡川に聞く。

「私が研究所で働いていた時の所長だ。日本における薬物研究の第1人者だった」

「過去形? なにかあったんですか?」

「羽場さんの妻が反対したんだよ。人を殺すような研究をしないでほしいってな。羽場さんは肥料づくりの才能もあったから、農業分野にうつってZ国で研究している」


 羽場は愛する人のために仕事を変えたのか。

「立派な人なんですね」と僕は言った。

「羽場はな…」上羅校長が口を開いた。

「羽場は才能があり研究をするのが彼の使命でした。人類のために必要であったがそれを放棄しました」

 そう吐き捨てるように言った。

 どうやら、上羅校長は羽場に失望しているようだ。

 そして、話を聞く限りでは、現在の羽場は大金を払うに値する人間ではないようである。

「なるほど、昔の仲間だから渡川先生は助けに行くんですね?」

「ん? 私と羽場さんはすごく仲が悪いぞ」

「じゃあなんで助けに行くのですか?」

「羽場さんの妻に助けを求められたからだ。昔、職員とケンカしたとき仲裁してもらった恩がある」


「……」

 行動原理がわからねえな、この人。

 いや、そもそもだ。

「渡川先生、7億円持っているのですか?」

「持ってるわけないだろ」

 渡川は堂々と言い放った。


「じゃあどうするんですか?」

「借りる」

「どこから?」

 渡川は上羅校長を見た。

「校長先生、7億円貸してください」

「いいですよ。渡川君になら貸しますよ」

「……」

 僕は言葉を失う。


 7億借りようとする渡川もおかしいが、それを貸す校長はもっとおかしい。

「いやあ、いつも助かりますよ」

「気にしないでください。お金を返せなかったら渡川君を10年冷凍保存にします。行動力ありすぎて君は迷惑です」

「ははは、面白いですね校長先生」

 渡川は笑って言った。

「そうですね」

 上羅校長は笑っていなかった。


「……」

 なんだこの2人のやり取り。どういう関係だ。

「渡川先生、7億円ものお札を運ぶのですか?」

「現金では運ばない。大量のお札は体積が大きすぎて運ぶのが大変だ。そこでアルジャーノンの担当と相談して7億円分の金塊で運ぶことにした。校長先生、お願いします」

 上羅校長が携帯で連絡を取ると、学園の職員が布がかけられた台車を運んできた。

 渡川が布を取ると光り輝く長方形の金塊が7本あった。

「金塊が7本で70キロある。7億円に相当する」と渡川。


「金1グラムが1万円……あれ? 金ってそんなに値段しましたっけ?」

「いくらだと思っていたんだ、夏木君は?」

「1グラム4500円ってゴールドラッシュとかいうネット小説で読みましたよ」

「それ書いたやつ古いな。時代遅れのモグリ野郎だ」

「なるほど」

「私が金塊を40キロ持っていくから、夏木君は30キロ運んでくれ」


 30キロなら持ち運ぶことも可能だ。

 とても簡単な任務だ。

 しかし。

「なにか話がどんどん進んでいますが、この任務はお断りします」

 僕は断る。


「へえ、どうして?」と渡川。

 どうしてって、荷物運びに中学生誘うとか怪しすぎるんだよ。

 絶対に渡川は何か企んでいる。

 僕が毒耐性を持っていることをいいことに、交渉の場でテロリスト相手に毒ガス散布する可能性すらあるぞ、この人。

「テロリストは危険集団です。そんな人に会いたくないです」

 僕は正論で断る。


 それに対して渡川は金塊を指さした。

「夏木君見たまえよ。美しいだろこの黄金! これを運び、テロリストに会うのは一生に一度あるかどうかの体験だ。良い人生経験になるぞ」

 ならねえよ。

 なんだその誘い方は。

「とにかく僕は行きません」

「そ、そんな……」渡川はうなだれた。


 ぱちぱちぱちぱち。

 部屋に乾いた拍手が鳴り響く。

 拍手の主、上羅校長は口を開いた。

「すばらしい、夏木君。君は危ない大人の怪しい誘いを断った。勇気ある賢い選択です」

「……ありがとうございます。ところで校長先生、この金塊本物なのですか?」

 失礼な質問にはなるが一応聞く。

「上羅の一族は正解を求めます。フリクションボールペンを持つものは不正を疑われる。偽物を持つ者は信用が無くなり正解から遠ざかる。その金塊は本物です」

 上羅の一族?

 よくわからないが、校長は偽物やフリクションボールペンに恨みがあるのだろうか。


 ふと、僕は校長室の奥、壁際のハンガーにかけられた上質な毛皮のコートが目に入ったので指をさした。

「あのコートの毛皮は本物ですか」

「ああ、あれはフェイクファーです。昔、本物使っていたら動物愛護団に襲撃されたので偽毛皮を使うことにしています」

 偽物持ってるじゃねえか。


「……」

 ついでに聞いてみるか。

「校長先生、どうして渡川先生は7億円も借りられるのですか?」

 上羅校長はあごに手を当て考えるそぶりをした。

「残念ながら夏木君はそれを知れる立場にいません」

 どうやら秘密のようだ。


「わかりました。今日は貴重な金塊を見せていただきありがとうございました。僕は部室に戻ります」

「私も君と会話できてよかったです」

 僕はおじぎをして校長室を出ようとしたところ、渡川に呼び止められた。

「待ってくれ夏木君。この金塊を私の車にまで運ぶのを手伝ってくれ」

「……いいですよ」


 僕と渡川はカバンに入れた金塊を車まで運んだ。

「なあ、ここまで金塊を運んだら、アルジャーノンにまで運ぶのも同じじゃないか?」

 しつこいな渡川。

「行きませんよ僕は。他の人誘ってください」

「一緒に運んでくれたら、私が7億円借りれた理由を教える」

「……」

 嫌な大人だなあ渡川。

 めちゃくちゃ気になるよ、その理由。

 この男のどこに7億円を貸す価値があるのか。


「……」

 僕は考える。

 身代金の引き渡しに成功すれば、僕は羽場や上羅校長とコネクションができ、人助けを手伝ったという実績も作れる。

 それは犯罪者の親父を見つけることにつながるかもしれない。

「運ぶだけでいいのですか?」

「それだけでいいよ」


「もし、取引の場で毒ガスまくなら絶対に教えてくださいよ、呼吸の数を少なくする準備とか必要ですから」

「そんなことしないし教えるに決まってる、私を信じてくれ」

「……わかりました。運びますよ」

「じゃあ、車の中で今後について話そう」


 僕と渡川は車の中で打ち合わせをすることにした。

 話した内容はこうだ。

 アルジャーノンがいるZ国への移動はプライベートジェットを使う。着いたら宿で1泊する。翌日、アルジャーノンからの使いの人が来て車に乗せてもらいアジトに行く。そこで金塊を渡し羽場を解放してもらう。翌日帰国。


 2泊3日の予定。ただし渡川はやることがあるので僕と羽場だけ先に日本へ帰ってほしいとのこと。渡川は現地で何をやるのだろうか?

「僕はZ国の気候を知りません。コートでも着ていけばいいのですか?」

「Z国は南半球にある。だから北半球にある日本とは季節が逆だ。今は暑くてコートなんていらないよ」

 そうか、季節が逆なのか。

「では、半袖半ズボンで行けばいいですか?」

「いや、あの国の日光は厳しい。日焼け対策で長袖長ズボンのほうが絶対いい。私が現地になじむ服を用意しておく。あとで日焼け止めクリームも上げよう」

「……わかりました」

 やけに日焼け対策にこだわっている。

 なぜだ?

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