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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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九話 「制圧開始 その2」


 アピュラトリスの警備は、地上から地下に攻め入る敵を想定して設計されている。


 配置されている軍も地下上部に対して重きを置いていた。より強いものを上の階層へ。そのため徹底抗戦が可能なように備蓄などはより地下に格納している。


 大切なものは地下に埋めていたのだ。


 今回はこれが仇になった。まさか相手が最下層から攻めてくるなど誰も考えていなかったからだ。


 警備システムにはこうした事態も考慮し、最低限の迎撃装備は用意されているものの、あくまで最低限である。


 それは最深部では【防犯システム】の神経ガスしか用意されていないことにも見て取れた。


 それに加えて内部の兵は、長年の平和によって緊張感が欠けている。アピュラトリス自体が外部からの攻撃に非常に強く、戦艦の主砲をもってしても簡単には壊れないように設計されているからだ。


 内部には蓄えや娯楽も多くあり、一年間の籠城も可能である。それだけの期間を守れれば外部から援軍が来るはずであった。


 なにせアピュラトリスは全世界にとって守るべきものであり、ルシア軍やシェイク軍でさえもダマスカスに味方するからである。


 よって、配備される兵は新兵か退役間近の人間が多く、実戦を経験している者たちは少なかった。


 もちろん例外もいる。アピュラトリス防衛司令官のガナリー・ナカガワ准将である。


 彼は退役間近でアピュラトリスの司令官に任じられたことから、この役職は名誉職に近い意味合いがあることがわかる。


 今まで尽くしてくれた軍人に対して、最後はダマスカスの象徴であるアピュラトリスに関わったという名誉を授けるためのものだ。


 退役後は家族にも孫にも「おじいちゃんはアピュラトリスを守っていたんだぞ」と自慢できる特典がある。


 だが、彼自身はこうした名誉職にまったく興味はなかった。もともとは海軍将校として国防に携わっていたからという理由もある。


 ダマスカスは島国である。周囲は海で囲まれ、その重要性からも国防には力を入れており、実質的には陸軍よりも海軍のほうが人員も多いのだ。


 ただ、海軍はどの国家においても立場が低いものだ。特に水陸両用の戦艦と魔人機まじんきが生まれてからは肩身が狭い思いをしていた。


 海軍という存在がそれによって消されることはないだろうが、彼らの中には強い危機感を覚える者も多い。


 今後、戦闘の華が艦隊戦からMG戦闘に変わっていくのは間違いないだろう。いや、すでに変わっているかもしれないのだ。


 ナカガワはまだ幸せだ。退役してしまえばそういった権益争いからも解放されるし、今回の名誉職も引退後の仕事にも繋がっていくはずだ。もう関わることもあるまい。


 しかし、それはあくまで退役後の話である。今はまだ現役なのだ。


 彼は長年の経験から妙な胸騒ぎを感じていた。今日が連盟会議の日なのだから慎重になるのは当然なのだろうが、こうした日にテロや騒ぎが起こるのは海外では日常茶飯事であるからだ。


 この平和なダマスカスではまずありえないが、海外派兵に加わった彼には、どうにもこの場所は居心地が悪く感じられた。


 そして、もう一人の例外。


 『彼』はナカガワの居心地の悪さよりも遙かに鋭い嗅覚で異変に気がついていた。


 司令室の片隅で目を瞑って仁王立ちしていた男は、静かに出口に向かう。その男にナカガワは声をかけた。



「ミスターアズマ、お出かけかね?」



 アズマと呼ばれた男。


 松葉色の着物にマントを被り、一本の【黒刀】を手にした明らかに兵士とは異質な男は、振り返ることなくナカガワに答える。



「ミスターナカガワ、あなたも【飼い犬】なのか?」



 その言葉にナカガワは刺激されなかったが、周りの何人かの兵士は露骨な敵意を示す。上官を侮辱されたと思ったからだ。


 ジン・アズマという存在は、アピュラトリスの兵士にとって【余所者】である。


 そんな彼が司令室にいるだけでも納得がいかないのに、上官に対して無礼な振る舞いを取ることはさらに納得がいかないのである。


 言葉にはせずとも厳しい視線と空気がアズマに向けられる。当の本人は何事もなかったようにいなしているが。


 ナカガワは彼が言おうとしていることに気がついていた。彼もこの胸騒ぎを感じているのだ。おそらく自身より鮮明に。



「当然君も知っているが、今日は国際連盟会議の日。警備はいつも以上に厳重だ。それでも何か起こると思うかね?」



 ナカガワは単刀直入に聞いた。


 アズマという人物と接したのはこの一週間程度だが、彼の気質はよく理解していた。その意見を訊きたかったのだ。



「貴殿らはこの塔の警備に自信があるのだろう。それもわかる話だ。だが、それはあくまで【箱】としての機能にすぎない」



 アズマもアピュラトリスを間近で見たのは一週間前が初めてであったが、これ自体はなかなか立派なものであった。


 緊急時に外壁に展開される【サカトマーク・フィールド〈富を守りし鏡〉】があれば、外部からの攻撃にはほぼ無敵となる。装備を含めて防衛力に関してはまず問題はない。


 だが、内部の兵の質には大きな不満があった。



「ダマスカス軍は戦いの本質を忘れてしまったようだ。このような【家畜小屋】にいれば頷けるものだが」



 その言葉にさらに周囲の敵意は増大するも、アズマには通用しない。


 一般人ならば卒倒しかねない殺伐とした空気であっても、彼にとっては涼やかな風に等しいのだろう。むしろ煽っているようにも感じられる。



「君の言いたいことは理解できる。だが、これだけの警備システムと兵数、それに武器も揃っているのだ。まず問題はないと思うが」



 それはナカガワ自身がそう思いたいものであった。


 誰が考えても万全の警備だ。アピュラトリス内部の人員は増強されているし、武器を使えば新兵とて使える存在となる。戦いで重要なのは数なのだ。


 地上では新たに配置された防衛部隊が周囲を守っている。交通規制も行っており、一般人は半径五キロ以内に入ることもできない徹底ぶりである。


 加えて国際連盟会議場には各国の屈強な護衛もいるし、その配下の各国騎士団も近くに配置されている。MGもすぐに出せる状況だ。


 問題はない。ないはずなのだ。


 だが、アズマに遠慮はなかった。



「武人の生き方は武人にしかわからぬもの。ミスターナカガワ、貴殿がただの飼い犬でないことを祈るのみ。…失礼する」



 そう言ってアズマは出ていった。



「誰が飼い犬だ。あっちは【野良犬】のくせに!」



 アズマが出ていくと、オペレーターたちが罵る。


 野良犬、それもそうかもしれない。【彼ら】は軍の統制とはまったく関係のない存在なのだ。彼らが従うのは規律や命令ではない。



「【エルダー・パワー〈武を継承する者たち〉】、本当に信用できるのですか?」



 司令室警備の兵もアズマに対して懐疑的であった。


 いや、エルダー・パワーそのものに対して疑念を感じている。いきなりやってきて横柄な態度を取るのだから当然といえば当然である。



「大統領自らの命令だ。受け入れるしかなかろう」



 一般には知られていないが、ダマスカスには富の国の側面とともに【武の国】としての顔も持ち合わせていた。


 ダマスカス建国から数百年間は、アナイスメルの有用性に気がついた各国の権力者たちとの激しい戦いの日々であった。その頃のダマスカスには富を守るという理念ではなく、ただ生き残るためとしての武が必要だった。


 そこで結成されたのが、『エルダー・パワー』という武力組織である。


 これもあまり知られていないが、ダマスカスにはかつて初代剣聖であり【偉大なる者の一人である紅虎丸】が肉体を持って滞在していた時期がある。


 彼は人々に剣を教えた。人を殺めるものではなく、自らの心を鍛えるものとして剣術を教えていたのだ。


 紅虎丸の弟子たちは守るために力を使い、見事ダマスカス防衛に成功する。その後、さまざまな独自の武術がダマスカスで生まれていき、一時期のダマスカスは武の国として栄えた。


 しかし、次第にダマスカスがもう一つの側面、富の国として栄えていくにつれて近代兵器が導入されると、彼らの存在は忘れられたものとなっていった。


 武人の素養があまりなくとも、強力な兵器があれば簡単に補えてしまったからだ。それは現在の各国の軍部にもいえることである。


 ただし、そうした『生ぬるい環境』は人を脆弱にした。武人としての力が次第に衰え、かつてのような強い人間は少なくなっていく。


 そんな中、エルダー・パワーは都会を離れた山奥でひたすらに自己の鍛錬を続けていた。そう、この四百年間、ただひたすらに武を磨いてきたのだ。


 ジン・アズマという男もその一人。彼は山奥で鍛えるだけではなく、単身海外に渡って傭兵として経験を積んできた経歴を持つ。


 そして、こうした世界の混乱の中、国際連盟会議がダマスカスで開催されることとなり、大統領は万一に備えて彼らにも要請を出していた。


 事実上、エルダ・パワーは独自の勢力であって命令に従う義理はない。


 が、大統領自らが彼らの長、【マスター・パワー〈至高の武を受け継ぐ者〉】と交渉し、人材を派遣してもらえることになった。それだけ大統領には危機感が強いのだ。


 ただ、それに対して反感を抱く将校や兵も少なくないのが現状である。彼らにも軍人としての誇りがあるからだ。


 本来ならばナカガワもそうした感情を抱くのだが、軍部の実情を知っている彼の意見は違った。



(彼は本物だ)



 ナカガワはアズマから発せられる気質を懐かしく思っていた。あれは武人本来の気性である。自らを鍛え、律し、向上しようとする強い気持ちの表れなのだ。


 アズマが横柄という言葉は正確ではないだろう。彼は誇り高い【個】であるがゆえに、普通の兵士とは異なる存在なのだ。だから兵士の緩みが許せないのだろう。


 そして、アズマが放つ気概は、ナカガワ自身がいつの間にか失ってしまった大切なものである。


 彼の言う【家畜】であることを、知らずのうちに受け入れてしまっていた自分に気がつく。



「万一のこともある。各エリアのチェックをしておいてくれ。なに、一応だ。給料分くらいの仕事はしようじゃないか」



 ナカガワは階層の再チェックを命じる。もしアズマがいなければ杞憂だと見過ごしていたかもしれない。




(感じる。感じるぞ。この気配。戦いの臭いだ)



 司令室を出たアズマは突き刺さるような気配を地下から感じていた。


 まだ誰もこの異変に気がついていなかったが、敵が放つ湧き上がる闘争心だけは隠すことができない。


 地下から発せられる力は怨念にも似た強い意思であった。絶対に退かない強固な思念。退路を絶った者たちに共通する感覚だ。



(【死期】すら感じる。いいぞ、これが求めていたものだ)



 常に戦いの中で生きてきたアズマには、これだけ離れていても相手の力がわかる。ひしひしと伝わってくる。


 無手で飢えた大型の肉食獣と出会ったとき、殺意を剥き出しのマフィアに囲まれたとき、溺れた大海の底で鮫に囲まれたとき、人はこの感覚を理解できるかもしれない。


 だが、これこそアズマが求めていたものだ。


 今回の派遣はアズマ自身にとってまったく興味のないものであった。富を守ることに何の意味があるのか。少なくとも彼はそう思っていたからだ。


 俗世に関わることを毛嫌いしていたマスター・パワーの変わりようにも疑問を抱いたほどだ。


 しかし、ここに来てから世界の憎悪がダマスカスに集まってくるのを感じた。その中心地がこのアピュラトリスだとも確信した。


 何かがここを狙っている。


 漠然とした感覚だが、はっきりとした確信がある。


 必ず何かが起こる。敵が現れる。


 そして、その敵は間違いなく強敵。自身の武を試すだけの相手であるという直感。それが現実のものとなったにすぎない。



「我の武を試させてもらおう。世界に刃向かう者たちよ」



 アズマは愛用の黒刀を握り締め、地下に駆けた。



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