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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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六話 「アナイスメル その2」


 話は国際連盟会議場に戻る。



「まあ、あれだけの面子がいれば、私などいなくてもかまわないだろうがね」



 気を取り直したバクナイアの表情は子供そのものであった。


 各国の首脳が来るとなれば護衛の者たちもいる。その面子たるや、ダマスカスの主要人物であるバクナイアでも見惚れてしまうほどだ。



「ルシアの雪熊ジャラガンにロイゼンの白騎士シャイン・ド・ラナー卿、シェイクの始末人シャーロンにGGの守護天使までいたぞ!」



 資料でしか見たことのない大物ばかりであり、彼らはすべて一騎当千の猛者。


 普段は列席しないが、今回は各国が【見栄】を張る場でもあるので、ネームバリューのある人物を連れてきているのだろう。



「それにな、たぶんあれは紅虎べにとら様だ! 本物の【剣聖】だぞ! わかるかね、その意味が! いや、ラナー卿も剣聖だが、紅虎様といえば剣聖の中の剣聖。ああ、サインが欲しい」



 握手までしたら妻への浮気になるだろうか、と変な妄想をしつつバクナイアは身悶える。


 その気持ちは、少しでも武を志す者ならば誰もに共通するものだった。空手を学ぶ子供だろうが殺しの技術を叩き込まれた軍人であろうが、彼らの前にあっては同じなのだ。


 特に紅虎がこのような場に出ることはまずありえないので、護衛として出席している者たちであっても密かにサインをもらえないかと注目の的であった。


 そして、これほどの大物揃いならば、どのような敵が攻めてきても瞬く間に返り討ちになるだろう。


 だからバクナイアがここにいても問題にはならないのだ。万一さえもない面子が会議場を守っているのだから、むしろ邪魔になる可能性が高い。


 ヘインシーは技術屋なのでバクナイアほどの熱はなかったが、彼らの名前は知っていた。それほど大きな会議がすぐ近くで開催されているのだ。


 だからこそバクナイアもヘインシーに呼ばれた理由が気になる。



「それで、問題が起こったのかな?」



 バクナイアが熱っぽく語っていた間に入れた紅茶を一口飲み、ヘインシーは実に冷静な口調で切り出した。



「長官は、アナイスメルはご存知ですね」


「まあ、一応の知識だけはな」



 【アナイスメル〈蓄積する者〉】。


 アピュラトリスと呼ばれているダマスカス中央銀行の中でも特別な意味をもった言葉である。


 アナイスメルの情報は超がつくほどの国家機密であり、バクナイアのような国家運営に関わるトップクラスの政治家か、ヘインシーのような特殊な役割を持った一部の人間にしか知らされていない。


 そう、アピュラトリスの中で働いているスタッフ及び、ユウトのような実際に見ている人間にすら何も教えられていないのだ。


 この存在だけは現在のシステムを維持するうえで絶対に守らねばならないものである以上、仮に戦争中であっても、仮にどこかの国が滅亡したとしても維持されるべき秘密と認識されている。


 しかし、アナイスメルには多くの謎があり、バクナイアも「アピュラトリスの中核となるもの」としか知らされていない。



「アナイスメルが我々が構築したものではないこともご存知ですか?」


「ふむ、建国前よりあったことは知っているよ」


「そうです。ダマスカス共和国が建国されたのは、およそ千二百年前。あれはそれ以前からあの場所にあったものです」



 ヘインシーが窓の外にそびえるアピュラトリスを見る。


 ここからは距離があるが、あの建造物はこの街のどこから見ても視界に入るほど大きい。グライスタル・シティの観光名所にもなっているほどだ。


 しかし、アナイスメル自体は、ダマスカス人が造ったものではない。


―――元からそこにあった【何か】である


 その上に塔を建てたのだ。けっしてアナイスメルをアピュラトリスに持ち込んだわけではない。そもそも人が勝手に動かせるものではないからだ。


 嘘か真かわからないが、ダマスカスが建国された理由は、あの謎の装置を守り、有効活用するためだともいわれている。


 現在の状況を見れば、あながち言いすぎだとも思えない。



「誰が造ったのかはわかりませんが、【賢人の遺産】の一つだといわれています」



 ヘインシーは神妙な口調でその言葉を発した。


 この世界には誰が造ったのかわからない建物や装置、あるいは技術が存在している。


 それらは現在の人類の叡智を遙かに凌駕しており、使えはするがどういった仕組みなのかわかっていないものが圧倒的に多い。


 すでに滅んだ大陸歴以前の【前文明の遺産】であるという説もそれなりに説得力があるが、研究者の間では【賢人説】が最有力である。



「賢人か…。君は実在すると思うかね?」



 賢人という言葉は一般層には浸透していない。その言葉自体がタブーとなっており、伏せられている。


 賢人という存在が実際にいたかは重要ではない。事実として遺産が存在することが問題なのだ。存在する以上は政府としては隠しておきたい言葉である。



「難しい質問ですね。賢人が何を指すのかもわからないのでは証明しようがありません。ただ、あれは普通の人間が造れるものではありません」



 ヘインシーは、もし賢人がいるのならば別の生命体ではないかとも考えていた。


 世界の中央にある『魔王城パンデモニウム』に住む者たちの中には、異様なほど高い知能を持つ者たちがいる。彼らならばけっして不可能とは思えない。


 ただし、と付け加えてヘインシーは語る。



「少なくともアナイスメルは人間が扱うことを想定して造られています。とすれば、人が造った可能性は高いでしょう」



 そう、アナイスメルは【人が使う】ことが前提なのだ。


 ここが非常に重要な点である。



「あれの類似物にルシア帝国の【バン・ブック〈写されざる者〉】があります。あれも人が使うことを前提としていますが、そもそもの用途が違います」



 賢人の遺産はいくつか存在するが、アナイスメルと同規模のものはバン・ブックのみである。



「アナイスメルの内部には【二百の階層】があります。このうちの百層は我々が構築したものです。これはバン・ブックがデータの蓄積だけに特化しているのに対し、アナイスメルは【運用】を前提にしたものだからです」



 両者とも人間が使うことを想定している。


 ただし、そこには微妙な差異がある。


 バン・ブックは巨大なデータバンクであり、蓄積と閲覧が主な役割である。


 一切の変更を受け付けず、ひたすら無限に蓄積を続けていく巨大な本のようなもの。閲覧はできるが記載は自動的に行われ、人為的に書き込むことはできない。ゆえにその名が付けられている。


 一方のアナイスメルは、蓄積したデータを元に運用されて始めて真価を発揮する。現在のダマスカスの繁栄を見れば、それがどれだけ価値あることかがわかるだろう。



「もちろん、バン・ブックも非常に重要な存在です。ルシアがあれだけ短期間に力を伸ばしたのも、ひとえにバン・ブックに蓄積されていた【賢人の技術】のおかげでもありますからね」



 ルシアは今でこそ大国だが、かつては名も知れぬ小国であった。


 この五百年の間に急速に力を伸ばしてきたのは、バン・ブックという賢人の遺産の恩恵にあずかったからにほかならない。


 具体的にどのような技術が記されていたかはわからないが、その膨大な情報はそれだけでも世界を動かせるだけの価値がある。


 ルシアもまた、バン・ブックという存在があったからこそ生まれたのかもしれないのだ。その意味ではダマスカスとルシアは同種の存在といえる。



「本来アナイスメルは、我々とは違う高度な技術で造られたものである。ここまではよろしいですか?」


「まあ…な」



 それがどうしたのだ、という顔のバクナイアにヘインシーが続ける。



「つまり、アナイスメルの百層以上の階層についてはオリジナルのものなのです。それについては我々も手出しができません」


「技術次官の君でもか? そのための役職だと聞いていたがね」


「申し上げましたように、アナイスメルは運用をしなければ価値がありません。全世界の金融の流れを蓄積しつつ、それを元に予測し利益を出しています。その中で我々が行っているのは、主に【メンテナンス】なのです」



 ダマスカスにとって重要なことは、アナイスメルという存在が何であるかではなく、どう使え、どれだけ利益を出せるか、である。


 ヘインシーは技術次官という金融科学長官に次ぐ立場にいられるのも、アナイスメルの管理を任されているからである。


 そのため、ヘインシーら技術者に与えられた最優先の仕事とは、運用に支障が出ないように管理することとなる。


 まずは通常の金融データ。これは全世界の人間の預貯金のデータが蓄積されている。


 そう、すべてだ。どんなに小規模であろうとも金の流れに動きがあれば自動的に蓄積されていく。小学生がお年玉を預金しても、どこで入金したのか、どうやってやったのか、監視カメラの映像すら一瞬で手に入る。


 こと金融に関してはプライバシーなど存在しない。一国の大臣が愛人に送った指輪の値段も今すぐに照会することができる。一秒もかからない。


 それに加えてアナイスメルには全人類のデータが蓄積されている。顔、骨格、DNA、特技、性癖に至るまですべての人間のデータが日々更新されているのだ。


 そのデータを用いて個人の情報を分析し、さまざまな社会サービスに応用することができる。そうしたデータの他国への販売やコンサルタントも、ダマスカスにとっては貴重な財源になっている。


 これらがダマスカスが自ら築いた百層までのデータ、あるいは運用プログラムだといえる。


 しかし、そうしたデータはあくまでダマスカスが自国の利益になるようにと築いたものにすぎない。アナイスメル本来のものではないのだ。


 では、オリジナルは何であるのか。


 百層以上の階層には何があるのか。



「我々も限られた時間で解析はしています。現在は、百二階層の途中まで解析が終わっています」


「百二? ということは、まだ二階層しかわかっていないのかね」


「申し訳ありません」



 本当に申し訳ないという顔の青年に、バクナイアも手を振ってフォローする。



「いや、責めているのではないよ。君が真面目で優秀な人間であることはわかっているからね。ただ、初耳だったのでね」



 バクナイアの言葉は咎めているものではなかった。単純に驚いたにすぎない。


 だが、その次の言葉でもっと驚くことになる。



「はい。【千二百年もの時間を使って、まだ二階層しか解析できていない】のです。正確には一つの階層がようやく終わった段階ですが…」



 バクナイアは驚いた拍子に、思わず目の前にあった「教えて君」を押しそうになった。


 アナイスメルの調査は建国から続けられていたものだ。その多くの時間は運用のためのシステム造りにあてられたが、同じだけの時間を解析にも使っている。


 されど、それだけの時間を使ってもなお、到達したのは二階層にすぎない。


 それには理由があった。



「アナイスメルの形状はご存知ですか?」


「あの『石版』のようなものか。あれが動かしているとは、いまだに信じられないがね」



 一度だけ見たことがあったが、バクナイアのような人間にはまるで理解できず興味は湧かなかった。最初は馬鹿にされたのかと思って怒ったくらいである。


 ヘインシーはそれも仕方ないと思う。それが普通の人間の反応だからだ。



「あれはデバイスの一種です。アナイスメルそのものではありません。あくまでアナイスメルに働きかける端末、あるいは触媒なのです」


「そうなのか? では、アナイスメルはどこにあるのだ。もっと地下かね」



 一説によればさらに下、地下千メートルに本体があるのではないかという噂である。


 だが、ヘインシーの答えは、バクナイアの思考をさらに深い闇に陥れるものであった。



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