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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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五十三話 「王気、世界を導く炎よ その2」


(これは…なんだ!?)



 志郎は驚いていた。驚かずにはいられない。心が高揚していくにつれて身体が軽く感じられる。実際に身体の奥底から、血の中から何かが絞り出されるような感覚。


 もうとっくに尽きてしまったはずの熱意が、生体磁気が、【闘志】が湧き出てくる。身体は痛い。だがそれも心地よい痛みとなる。心は苦しい。だがそれも立ち向かう喜びとなる。


 これが力。

 これがエリスに隠されていた力。

 人々を勇気づけ、その心に炎を灯す力。

 それは人々を動かす大いなる意思の力!!!



「さあ、志郎。私を守りなさい。そう誓ったのならば、守ってみせなさい」


「え? そんなこと言ったっけ?」



 志郎はたしかに守ろうとは思っていたが、エリスに直接伝えたことはないと記憶している。


 事実、ない。そんなことはない。

 が、エリス当人が、それが当たり前だと思っていることが重要なのだ。

 それが【アナイスメルとの融合】をさらに強めていく。



「私に指一本触れることは許しません!」



 エリスから凄まじい圧力が発せられる。炎が揺らめき、燃え上がり、噴き出し、周囲の事象を歪めてしまうほどの波動を引き起こす。


 それにはユニサンも一歩後退せざるをえない。



(まさか、このようなところに…)



 ユニサンは、予想を遙かに超えた事態に戸惑っていた。これこそ完全なるイレギュラー、想定外である。


 これだけの力を見せられても、今のユニサンならば力付くで彼女を取り押さえることはできなくはない。だが、それも彼女一人ならば、の話である。


 彼の目の前には志郎の姿。少女の言葉を受け、明らかに今までとは違う段階に入っている。そして、志郎の後ろにはデムサンダーの姿。たしかに半死半生であるが、その目には初めて見せる光があった。


 エリスと志郎を死んでも守り通す。決死の目をした黒い戦士の姿。その覚悟は、自分たちとなんら変わらぬ強い意思である。



(まずいな。手間取りそうだ)



 こうなった相手は強い。手負いだからこそ怖い。なにせ自分自身がそうだったのだ。身をもって知っている。


 そうしてユニサンがどうするか迷っていると、背後から接近する気配が二つあった。ロキN5とN9がマレンの指示で駆けつけたのだ。これで戦力としてはユニサンたちが有利となった。


 が、直後、ユニサンとロキの二人は真上を見上げた。


 それは【狼煙】。


 第二ステージの終わりを告げる合図であった。



(オンギョウジ、やったか)



 その波動はザックル・ガーネットと共鳴し、ユニサンに狼煙を伝えている。なにせこのガーネットもまた、神の脊髄と深い関わりがあるものなのだ。最上階の様子は見えずとも、何が起こっているかは手に取るようにわかった。


 そして、オンギョウジとの別れも意味している。



(短い付き合いであったが、お前も誇り高い戦友ともであった。先に行っていろ。もうじき俺も行く)



 ユニサンはロキに合図を出し、この場を去ろうとする。

 止めたのはデムサンダー。



「オッサン、逃げるのかよ!」



 満身創痍のデムサンダーが言う台詞ではないが、ユニサンには不思議とそれが可笑しいとは思えなかった。それだけ今の彼らは力に溢れていた。


 だからユニサンは素直に認める。



「ああ、逃げるとしようか。【王】と戦うには準備が足りなかったよ。俺の負けだ。まさかこんな場所に王がいるとはな…。大誤算だ」


「王…? 何のことだ?」



 デムサンダーは首を傾げた。それも仕方がない。誰もにとって理解しがたい状況が生まれてしまったのだから。



「二人とも、もっと強くなれ。本物のバーンは、もっともっと強いぞ。お前たちの王を守れるくらいに強くなれ」



 その言葉に敵意はなく、純粋に武人として、人生の先輩としての言葉であった。自分よりも遙かに才能豊かな人間を、ここで殺さずにおけた安堵感も滲んでいる。



「ジン・アズマは強かった。だが、死んだ。所詮、生の喜びとは縁遠い存在だからだ。だからお前たちは、俺やあいつとは違う生き方をしろ。生きるために闘い、強くなれ」



 ユニサンは楽しかった。純粋に戦いを楽しめた。だが、こうして戦うことも、これで最後になるだろう。外に出れば、もはや死闘は免れないのだから。


 だから最後は、般若の顔を歪ませて笑うのだ。



「では、さらばだ」



 そう言い残して、ユニサンとロキ二人はエリスたちを抜いて入り口へと向かっていった。もちろん、志郎たちに追いかける余力はない。彼らを見送ることしかできなかった。



「本当に…助かったんだ」



 志郎から力が抜けていく。ロキが加わった状態で戦闘となっていたら間違いなく負けていた。エリスを守るどころではなかっただろう。



「何を弱気なことを言っているの。私たちが追い払ったのよ」



 だが、エリス当人は、まったくそんなつもりはないらしい。さも当然の結果だと言わんばかりに堂々としていた。



「そういう見方も…できるかな」


「はは、はははは!! まったく、とんでもない大物だよ、お前はよ!」



 その言葉に志郎は苦笑いし、デムサンダーも大笑い。そんな二人に対し、一人だけわかっていないエリスが「何が可笑しいのかしら?」と首を傾げていた。



「でもエリス、さっきのは何だったんだい?」



 さきほどユニサンを気圧した力は見間違いではない。ユニサン当人も、その力を認めたからあっさり退いたのだ。


 彼はそれを【王】と呼んだ。



「さあ、私にもわかりませんわ」



 エリスにも具体的なことはわからない。どうして眠りから目覚めたのか、どうしてユニサンを追い払えたのか、いまだにわからないことだらけである。


 ただ、感覚として今は少しずつ落ち着いているのがわかる。


 今は【あの声】もよく聴こえず、高揚感もさほど感じていない状態だ。それでもエリスの中には火種が残されていた。一度燃え広がったあの感覚は忘れることはできず、その気になればまた点火させることができるかもしれない。


 それは可能性。

 ドキドキする。ワクワクするもの。


 人が持つ無限の可能性の一束を感じ、エリスは高揚していた。アピュラトリスに向かう時の、不安と憂鬱の感情とはまるで正反対の感情。勇気と自信と期待に満ちた感覚が、何よりも心地よいのである。



「これからどうしよう? 外は危険だろうし…」



 志郎は、ユニサンたちが入り口に向かったのを警戒していた。今、表に出ようとすれば鉢合わせる可能性がある。



「待てよ。外には陸軍がいるじゃねえか。むしろ、危険なのはあいつらのはずだぜ」



 ユニサンは外に出るつもりだろう。だが、そこには陸軍二万が陣取っている。


 あんな奇妙な連中が出ていけば、即座に拘束されるに違いない。当然、相当な犠牲は出すだろうが、いくらロキたちがいるとはいえ数が違いすぎる。


 しかし、ユニサンは死を覚悟はしていても無駄死にするような雰囲気ではなかった。それは実際に戦った二人にはよくわかる。



(勝算があるのだろうか。それとも何か目的が?)



 どう考えても今の志郎たちに、ユニサンの目的はおろか素性さえ理解することはできそうもなかった。


 それらはエルダー・パワーの忍者たちに任せるほうが賢明だろう。志郎たちはあくまで戦士。戦うのが仕事だ。



「それより何とかなりませんの、それ」



 エリスが顔をしかめたのはデムサンダーである。


 改めて観察すると、右手は車にひかれたカエルのような状態。左腕は上腕二頭筋の真ん中あたりから完全に消し飛んでいる。わき腹も骨折しているようであり、志郎も相当なダメージであるが、デムサンダーの見た目は相当悪い。


 エリスに虫呼ばわりされるのも仕方ない惨状である。



「右手はジョー先生に治してもらうとしても、左腕はきつそうだね」



 志郎が言った先生とは、草片くさかたじょうのことだ。エルダー・パワーの医者で、医療と真言術によって怪我を治すことができる名医である。


 右手は簡単に治りそうだが、根本から失われた左腕は難しい。義手にする必要があるかもしれない。



「まっ、そこはしゃあないさ。命があっただけでも儲けものだ」



 デムサンダーは仕方ないという面持ちで自分の左腕を見る。生死をかけた戦いである。その後のことまで考える余裕はない。まだこの程度で済んだことを喜ぶべきだろう。



「ふーむ」



 エリスは、デムサンダーのなくなった腕を見ながら呻いている。


 何度も何度も呻いている。



「おい、なんだよ。仕方ないだろう。気持ち悪いなら見ないでおけよ」


「…う~ん」


「おい、大丈夫か、お前?」



 デムサンダーがエリスの前で、千切れそうな右手をブラブラさせてみるが、エリスに反応はなかった。



「…何か、来ますわ」



 それどころか、ふとエリスが上を見上げてつぶやく。



「え? 何?」



 志郎もつられて天井を見上げるが、特に何もなかった。その後も何も変化しない。だが、エリスは天井をじっと見つめたまま動かない。



「おい、エリスのやつ、少し変じゃないか?」



 デムサンダーが小声で志郎に異変を告げる。それは志郎も薄々気がついていたことだ。


 言葉にするのは難しいが何かが違う。もともと突飛かつ気丈な性格の少女ではあるのだが、明らかに目覚めてから何かが変わった。その彼女が天井を見て何かを感じている。それを見過ごすほど志郎たちは凡夫ではない。


 だが、志郎たちが予測できたのはそこまで。

 これから起こることは、彼らの想像を遙かに超えるものであったのだ。



「左腕をみせてみなさい」



 エリスがデムサンダーに振り向いて言う。



「見せろって…もう見てるだろう?」


「そういう意味ではありませんわ。左腕をこちらに向けなさいな」



 相変わらずの上から目線であるが、エリスの顔は真剣だった。その視線に負けて、思わずデムサンダーは左腕を上げる。



「たぶん、こう…」



 エリスがデムサンダーの左手があった場所、今は失われた何もない空間に手を差し伸べ、元の形に沿ってなぞるように動かす。


 それを何度か繰り返す。

 何度も繰り返す。

 彼女は淡々と繰り返す。


 その奇行を志郎とデムサンダーは黙って見ていた。あまりにエリスが熱中しているので、声をかけるにもかけられなかったのだ。



「おい、いい加減に…」



 さすがにその場の空気に耐えられなくなったデムサンダーがそう言おうとした時、左腕の根本が熱くなる。そして、何かがもぞもぞと這い出てくるような嫌な感触がし、実際に何かが出てきた。



「うわっ! なんだぁー! 蛆か!? 蛆虫か!?」


「違いますわ。じっとして!」


「いや、これ…大丈夫か?」



 蛆ではなく白い泡のようなもの。それらがぞわぞわと這い出て、次第に固まっていく。気がつくと石膏に似たソレは、デムサンダーの失われた左腕を完璧に元のままかたどっていた。



「大丈夫。もう少し。これでできる…はず」



 少し時間が経つと、白い色が徐々に浅黒い彼の色に変色し、デムサンダーの肉体と同化していく。色も最初はちぐはぐであったが、少しずつ肌の色と同じになっていった。



「まあ、こんなものでしょう。さあ、動かしてみなさい」



 呆気に取られる二人をよそに、エリスは事も無げにそう言う。



「動かしてみろって…」



 あまりのことにショックを受けているデムサンダーは言われるがままに、今までやっていたように手に意思を込めてみた。


 何気なく、何ともなく、ただいつも通り手を、指を動かすように指令を出しただけ。すると新しい左手は多少ぎこちなくではあるが、デムサンダーの意図した通りに動いた。何度か動かしてみると、そのたびに動きはスムーズになっていく。


 そう、これは間違いなくデムサンダーの腕だ。

 腕になったのだ。今、新しく生まれて。



「嘘…だろう?」



 それはまるで自分の腕そのもの。かつてあったものと変わりないもの。


 恐ろしいのは筋力まで変わらず再生したことだ。鍛えられた身体とまったく同じ釣り合いをもって腕は再生されている。力を込めると、失われる前と同じ感覚で筋肉が盛り上がる。



「しばらくすれば、あなたのものになるわ。確証はないけど義手よりましでしょう。嫌だったら自分でまた切りなさいな」



 さりげなく恐ろしいことを言いながら、エリスはなかなかに満足げな表情であった。初めてやった夏休みの工作が思ったより上手くいって、ほくそ笑んでいる。そんな表情である。



「エリス、これは何なの!?」



 志郎はあまりの現象にたまりかねて、思わず声が裏返る。



「さあ? 何となくできる気がしただけですわ。私もびっくりですわね」



 エリス当人も完全なる自信があったわけではない。できる気がした。それだけのことだ。



(そんな馬鹿な。こんなのは異常だ)



 志郎は激しい違和感を覚える。たしかに世の中にはこうした術はある。医術でも再生医療は進んでいるし、状況が整えば再生もある程度は可能だろう。


 術にしても、高度な真言術や魔王技の中には、一瞬で身体を復元するものもある。魂の欠損さえ癒してしまう術もあるという。


 だが、あくまで限定的なものだ。


 状況と条件、そして高度な医者か術者がいなければ到底不可能なことである。そんなことができる人材は、世界に数人いるかどうかであろう。それが今こんな状況で、医者でも術者でもないエリスにできるはずがない。


 ありえない。あってはならない。

 こんな異常なことが起こってはいけない。


 そう、異常なのだ。

 今、アピュラトリスでは異常なことが起こっているのだ。


 最上階から発せられた巨大な生命力が、塔を埋め尽くそうとしている。それそのものは別の目的のために発せられたものだが、アナイスメルの干渉を受けたエリスにも流れた。


 その強烈な波動を受けた彼女には、デムサンダーの霊体がかすかに見えていたのだ。霊体そのものは物的な要素に関係なく存在している。振動数がそもそも違うからだ。


 磁気を特殊な機器で計測すると、植物でさえ切断された場所には元あった形のままオーラが存在している。デムサンダーの身体も同じ。失われた場所には霊体の手があり、エリスには薄く、かつ濃密な【設計図】がすでに見えていた。


 あとはそこに肉体を新しく【組成】させればよかったにすぎない。その素材は塔の最上階から降ってきていたので、そこらにいくらでもあった。それだけのことである。


 これは奇跡ではない。当然の結果なのだ。

 それだけの条件が整ったにすぎない。



「お嬢様、準備ができました」



 しばし姿が見えなかったディズレーが、軍用車に乗り換えてやってきた。荷台には新しく食料や備品などが色々と積まれている。もともと途中までバギーで牽引してきたのだが、エリスが急いでいたので置いてきたものを拾ってきたのだ。



「ありがとう、ディズレー。では、行きましょうか」



 エリスは、二人に車に乗るように促す。今度は大きめの車なので四人ならば軽く乗れる代物だ。こちらのほうがパワーもあるし、これから先に便利である。



「どこに行くの? 出口?」



 志郎は自分の問いがきっと否定されることを半ば確信している。出口に向かうだけならば、このような車は必要ないからだ。


 そして、当然ながら答えもそうである。



「決まってますわ。会いに行くのよ」


「誰…に?」


「私をここに呼んだ本当の【首謀者】にね。あなたたちも興味があるのではなくて?」



 そう言ってエリスは頭上を指さした。



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