五十二話 「王気、世界を導く炎よ その1」
「助けに来たわよ」
半死半生の志郎とデムサンダーの前に現れたのは、エリス・フォードラであった。
彼女は悠然と歩きながら、今度はハンドガンを取り出すと何の警告もなしにユニサンにフルオートで全弾撃ち込む。
ユニサンはよけない。ロケットランチャーをくらっても、まったくダメージを受けていない彼がよける必要はなく、わざわざロングマガジンをセットして五十発近く撃ち込んだものの、すべて弾かれる。
だが、エリスはかまわずスペツナズ・ナイフを取り出し、刃を発射。これもユニサンの鋼鉄の胸に弾かれる。それを見たエリスは、手榴弾の安全レバーを外して投げると同時に壁の突起に隠れ、身を伏せる。
そして爆発。
爆風と破片はユニサンに当たるも、当然ながら効かない。そもそも志郎やデムサンダーでさえどうにもならないのだ。彼女にどうにかできるわけがない。
問題は、その行為である。
「ちょっ、バカ!! いきなり手榴弾なんて投げるな!!」
感動の再会を祝するデムサンダーの第一声はそれであった。
いきなり登場したエリスに呆気にとられていた二人であったが。さらにその行動に唖然としていた。警告なしにロケットランチャーを撃ち込み、その後もひたすら無言でユニサンに攻撃を繰り返し、あまつさえ志郎たちに断ることもなく手榴弾を投げる。
おかげで二人は慌てて逃げたものの、破片の一つがデムサンダーの尻に刺さった。すでに戦気を出す力が残っていない二人には、普通の手榴弾でもそれなりに危険な武器なのだ。
「あら、まだいたの」
「見ればわかるだろうが!」
「まったく、ずいぶんと派手にやられましたのね」
そんな抗議の声をまったく気にしていないミリタリーお嬢様は、改めて二人の様子を見る。
二人のやられっぷりは相当なものである。志郎の身体は、一応五体はかろうじて存在しているだけの状態であり、中身はボロボロ。臓器もいくつか潰れているので、武人でなければ死んでいる大怪我である。
デムサンダーは見た目だけでもかなり酷い状態。両腕を失い、足にも大きな裂傷がある。ユニサンに殴られたので顔も腫れており、もともと彫りの深い顔が、さらにすごいことになっている。背中も大きく斬られ、これまた生きているのが不思議なほどの重症である。
普通の【か弱い女性】ならば見ただけで失神しているところだが、エリスはただ黙って一瞥するだけである。特に慰めの言葉もない。
「エリス、どうやってここまで…。いや、どうやって目覚めたの?」
あの睡眠ガスはかなり強力なものであり、数時間は確実に起きない代物である。志郎たちはともかく、エリスがこんな短時間で起きれるとは予想できなかった。
「そういえばガスで眠っていた…のですわね」
エリスもおぼろげながら、ガスが注入され意識を失ったことを覚えていた。
「理由なんてわかりませんわ。勝手に目が覚めましたもの」
が、それだけのこと。なぜ目覚めたのかなど、彼女にとっては興味がないものであった。当然、理由など知る由もないし、知る必要もないと思っている。
「おいおい、そんな話でいいのかよ? ずいぶんとデタラメなお嬢さんだぜ」
「あら、あなたほどデタラメではありませんわ。それはそうと、なんか虫みたいで気持ち悪いですわよ」
「虫とか言うなよ!! こっちは必死だぞ!」
デムサンダーの様子は、脚を失った虫のように哀れなものである。それが身振り手振りで抗議するので、さらに気色悪いことになっている。
「お二人とも、ご無事で何よりでございます」
「ディズレーさんまで…!」
「ご安心ください。今回の運転は私が担当しておりますので」
そう言って、ディズレーはアピュラトリス内部移動用の車を指さす。車はバギーのような形をしており、大きめの荷台が付いていた。最初にエリスが撃ったロケットランチャーも、ここに搭載されていたもののようだ。
「まったく、どうなってやがるんだ」
デムサンダーも状況についていけず頭を抱える…そぶりをする。そういえばもう手はなかった。
「ところで、どうなっているのかしら?」
エリスは異形のユニサンと二人を交互に見つめ、頭の上に?マークを浮かべる。
「おい、状況もわからずに撃ったのか」
「助けてもらってその態度は、あまりに失礼じゃないかしら」
デムサンダーの抗議の声もエリスにとっては心外である。二人が襲われていたので、とりあえず撃っておいたのだ。感謝されることはあれど、非難される筋合いはないのである。
といっても、それらの攻撃はすべて無意味ではあった。ユニサンは平然としてエリスを観察している。
(エリス? この女はもしや、エリス・フォードラか?)
ユニサンはエリスの写真を見ているので容姿を知っている。彼女は【電池】であり捕獲も任務に入っていたからだ。しかし、一目見てそうとはわからなかった。
まるで印象が違う。
写真で見た彼女は普通のお嬢様であり、あそこまで目に生気が宿ってはいなかった。一方、今のエリスの目には強い意思が宿っている。強固で不屈。闘魂の炎がちらついて見える。
(電池ならば捕らえておくか?)
時間に余裕はないが、相手から出てきてくれたのだ。放っておくこともない。ユニサンにとっては造作もないこと。まるで逃げない虫を捕まえるくらいたやすいことだ。
その気配に気がついたのは、志郎であった。
「っ…! エリス、逃げて!」
今の志郎たちにエリスを守る余力はない。それなのに彼女が来てしまった。再会は嬉しいが、なんという不運だろうか。最悪の事態も覚悟しなければならない。
(エリスが死んだら僕は絶対に後悔する)
守ると決めたのだ。エルダー・パワーとして自覚が芽生えたあの時に決めたのだ。
どんなことがあっても目の前の仲間は守ると誓ったのだ。
だから志郎はエリスを守らねばならなかった。
だから志郎はエリスの前に立とうとした。
だが、ユニサンの手がエリスに向かおうとした時、落雷が起こった。
それはデムサンダーの技ではない。そういうものではない。
もっと違う、もっと強烈なものであった。
「本気でない者が私に触れるな!!」
杏色の髪の少女が叫ぶ。
直後、信じられないことが起きる。
あの巨大な体と剛腕を持つユニサンが、弾けるように手を引っ込めたのだ。
その顔は、その表情は、その目は驚きに見開かれていた。まるで何が起こったのかわからないような驚き。なぜ自分でそうしてしまったのか理解できないような、きょとんとした顔。
まるで親に怒られた子供のように、教師に叱られた小学生のように、驚いた般若の顔が、そんな童子のように映った。
子ウサギが巣穴に入ったので、軽い気持ちで捕まえようとしたら指を噛みちぎられた。そんな心境にも似ている。まさかの出来事に呆然としてしまう、そんな感覚である。
「な…んだ?」
それにはデムサンダーも驚く。
あのユニサンの剛腕を引っ込めさせるのに、デムサンダーは何発の蹴りを必要としただろう。どれだけの痛みを我慢しただろう。それが、少女の言葉たった一つで悪鬼は引っ込んでしまったのだ。
あまりに滑稽。あまりに喜劇。
だが、事実である。
この時、ユニサンだけに【視えた】ものがある。
それは彼の死期が近づき感覚が増大していたことと、ザックル・ガーネットの力によって【力場】が見えやすくなっていたことに起因する。そして、現在のアピュラトリスが、やや異様な状況下にあったことが影響していた。
ユニサンは見たのだ。
エリスから発せられた【光】を。
声が、目が、意思が、巨大な光を生み出してユニサンの手を押し退けたのだ。それは女性でありながら凛々しく、厳しく、やや刺々しい印象を与える力であった。
色は少女の髪と似た杏色。
輝きを与えた生気溢れるゴールドの波動であった。
それは波動ではあったが、ユニサンには物理的な力にさえ感じられたのだ。だからこそ力ある声は、簡単にユニサンの剛腕を押し退けたのだ。
(今のは…まさか…)
ユニサンは、自分の手とエリスの光を見て呆然としていた。ユニサンは、エリスがただの電池であることしか教えられていなかった。それは誰の手落ちでもない。
事実そうだったのだ。
エリスはユウト・カナサキの代用品。次の電池でしかない。
それがなぜこうなったかを説明するのは非常に難しい。
これにはいくつかの要因がある。
(ああ、そういうことだったのですわね)
エリスは自分の中に、何か今までとは別の力が湧き上がってくるのを感じていた。燃えるような熱い、それでいて整然とした力である。
これは眠りから目覚めた時から火種として生まれ、ロケットランチャーを手にした時からさらに膨れ上がった。そして、ここに来た時には半ば確信に近いものを感じていた。
目覚めの予感。
何者かが自分に力を与えてくれている感覚。全包囲から包み込まれ、守られているような安心感。
そして、内部からほとばしる強い意思。
エリスは自分が完成されていくのを感じていた。
自分はアピュラトリスに選ばれた。
そう実感するのだ。
それは間違いではない。より正しく述べるのならば、アナイスメルが彼女を欲し、彼女が応えたのだ。これにも、この場にいる誰もが知らない事実が一つある。
アナイスメルは電池を必要としていた。
それはなぜか。
アナイスメルそのものは、目に見えない領域に存在し活動している。ならば、それでアナイスメルそのものには問題がないのだ。
電池を必要としているのは地上側の人間である。アナイスメルの能力を物的に変換するために電池が必要なのであって、アナイスメルが必要としているわけではない。ここが重要な点である。
しかし、アナイスメルは求めている。
自己を表現する媒体を欲している。
これもまたもう一つの事実が必要となる。
実はこのわずか前、エリスが目覚める前。アナイスメル百九階層にダイブしているルイセ・コノは、その階層にある【とあるシステム】を起動させていた。
これは百十階層に入るための補助システムとして都合が良かったので起動させたのだが、急いでいる彼女は、システムを切らないまま次の階層に移ってしまった。
ルイセ・コノにとっては些細なこと。ある意味、偶然の産物。どうでもいいこと。目的のもの以外は、べつにいらないもの。それがまさかこのような事態を引き起こすとは、さすがのルイセ・コノでも予測はできなかったに違いない。
しかし、すべてはつながっていることである。その行動がたまたまであっても、彼女らのいい加減さが引き起こしたことであっても、エリスにとっては世界創造に匹敵する巨大な変化であったのだ。
それは、アナイスメルに【自我】を芽生えさせるためのシステム。
アナイスメルを作った存在が、戯れと実験のために置いておいた【使われないであろうシステム】であった。
それが起動した時、アナイスメルは激しい自己表現を欲したのだ。もともと無意識下で人を欲していた【彼女】であったが、それが意識的に表現を欲し始めた。これは画期的であり異常なことである。
そのために必要だったのは【媒体】。表現するための道具。これは当然ながら、自己と波長が合う存在でなくてはならない。拒否反応がない存在でなければならない。
ユウト・カナサキでは駄目だった。
肉体の強さは平均的であるが意思が弱い。
善人ではあるが、犠牲的精神に欠ける凡夫である。
これではアナイスメルは満足しない。
重要なのは心。自己表現。発する能力が弱ければ、アナイスメルという赤ん坊が叫ぶことができない。
そう、叫びたいのだ。
―――彼女は叫びたい!!
「そうよ! 私を使いなさい!! 私は力! 私はあなたの意思!! だからあなたは私なのよ!!!」
アナイスメルは、エリスの中に眠っていた炎に気がついた。そして波長を合わせた時に、彼女の魂の中に眠っていた【資質】の扉を開けたのだ。
開けてしまったのだ。
そしてアナイスメルは、初めて自己表現の手段を手にした。それはほんの一部、大海の一滴でしかないが、大きな表現であった。
「二人とも、立ちなさい! あなたたちは男でしょう! 男児たるもの、立派に立ち上がりなさい!!」
エリスの声がアピュラトリスを駆け巡る!
熱風に煽られたように、志郎とデムサンダーは背筋を伸ばして立ち上がり、感じた。絶望を感じていた心が高揚していく。諦めそうになった心が、再び何かを欲していく。
かつて子供の頃に捨ててしまった夢を、大人になって改めて目指そうとしたあの気持ちが、燃えるような熱情となって湧き上がる!!!




