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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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四十九話 「デムサンダーという男 その1」


 ドゴン。


 その音が聴こえたのは、志郎たちが起きあがって戻ろうとした時であった。


 ドゴン、ドゴン。


 音はどんどん近づいてくる。そのたびに床がわずかに振動するのがわかった。



(この音は…?)



 明らかに異様な音であった。まるで巨大な鉄球クレーンが岩とぶつかりあうような、そんな鈍い音である。志郎もデムサンダーも動けない。すでに二人は、その音のぬしが発する大きな力に気がついていたからだ。


 そしてひときわ大きな音がした直後、志郎たちの目の前の壁が粉々に吹き飛ぶ。そこから出てきた男は、静かに志郎たちとロキとの戦いで生まれた【惨状】を見てつぶやいた。




「やれやれ、ロキを作るのにどれだけコストがかかると思っているのか」




 一人の【殉教者】を作るのには何より時間がかかる。ただの狂信では意味がない。陶酔でも駄目だ。心の底から意思を持つ人間であり、【火の素養】がなくてはいけない。


 あのロキ二人も貴重な人材だった。将来があり未来があり、燃えるような情熱もあった。それを捨ててまで人類の進化のために身を犠牲にしてくれた【英雄】である。強化された以上、いつかは消える運命なれど、こうして一度に二人失うのはあまりに痛かった。


 と、ついつい損失を嘆いてしまうのは貧乏性の自分らしいと、その男、ユニサンは苦笑いする。


 殴ってきたのだ。

 貫いてきた。


 隔壁に閉じこめられたユニサンは、アピュラトリスの壁を殴って破壊してきた。この強固な壁ですら、変質したユニサンにとっては障害にすらならなかったのだ。


 そんな彼が興味を抱くのは、ロキを倒した二人の人物である。



「ロキが自爆しても倒せなかったか」



 自爆したのはわかっていた。ユニサンのコアであるザックル・ガーネットと彼らの強化に使われた【石】は共鳴しているのだ。ロキが死ねば、ユニサンにはすぐにわかるようになっている。


 ユニサンがこちらの方向に向かったのも、ロキの戦いの波動を感じてのことである。いかに閉じこめられようと連絡を遮断しようと、魂の激しい情熱だけは止めることができない。


 その想いが、怒りが、猛りがユニサンを呼ぶのだ。



「なんだ…あの人は」


「またとんでもないのが出てきたな。やっぱり仮面付きかよ」



 デムサンダーは見た目の異様さ、ユニサンの般若の顔についての意見を述べたが、志郎のつぶやきは違うことを意味していた。


 その表面と内面のギャップ。


 見た目はデムサンダーの言うように異形であるが、ユニサンから発せられる気質は不思議な色をしていた。猛々しくありながら静寂。豪気でありながら達観。そのあまりのギャップに志郎は戸惑ったのだ。



「エルダー・パワーだな。ロキを倒すとはさすがだ」



 二人がエルダー・パワーであることはすぐにわかった。情報も得ているが、何より二人の気質がジン・アズマに似ていたのだ。



「俺たちを知ってやがるのか。何者だよ」


「そんなことを知っても意味はない。重要なことは、俺がお前たちの敵であるということだけだ」



 ユニサンは挑発するように、二人を見回しながら状況を把握する。基礎能力の高さで補っているものの、志郎はすでに重傷。デムサンダーは軽傷であるが若干の疲労が見える。


 だが、それはロキも同じであった。地下での戦いによって消耗していたからこそ、この程度で済んだのだ。もし万全のロキと出会っていたら、志郎たちはもっと深手を負っていたに違いない。あるいは一人は死んでいたかもしれない。


 それもまた過ぎたこと。意味あることは現在の状況だけである。



「ジン・アズマは強かったぞ。お前たちはどうかな」



 ユニサンの言葉に志郎の血の気が一気に引いた。



「アズマさんを知っているんですか!?」



 その答えはもう知っているはずなのに、志郎は訊かずにはいられなかった。ユニサンがアズマを知っていて、なおかつここにいる。その答えは一つしかないのだから。



「地下に行けば会える。…すでに刀は折れているがな」



 ユニサンは懐かしむようにアズマを思い出す。彼との戦いは、自分にとって大きな変革を意味したからだ。まるでかつて失った戦友を思い出す老兵の気分であった。



「そんな…! アズマさんが…!」



 志郎にはまだ信じられない。アズマの剣の才はずば抜けていたし、実戦経験も自分たちより遙かに多かった。単体でも志郎たち二人に匹敵する力を持っているはずなのだ。


 そのアズマが死んだ。


 虚言とは思わない。すでにロキと戦って、その恐ろしさを感じた志郎たちにはわかるのだ。ユニサンの目も嘘を言っているようには見えなかった。



「へー、あいつを殺したってか。そいつはすげぇな」



 ショックを受けてうなだれる志郎とは違い、デムサンダーはユニサンに向かって歩きながらごくごく普通に訊く。



「何人だよ。あいつ相手に単独じゃないだろう?」



 デムサンダーが知るジン・アズマという男は、ロキが相手であっても簡単に負けるような、やわな剣士ではない。仮にさきほどのロキ二人と単体で出会っていても、おそらく圧倒したはずである。


 同じくそれを知るユニサンも正直に答える。



「俺を含めて三人がかりで殺した。それも、かなり卑怯な手を使ってな」



 ザックル・ガーネットがなければ負けていた戦いである。ユニサンが一度死んだのも事実。もし奥の手を使って倒さねば、そのままアズマは司令室のロキたちすら倒していたかもしれない。それだけの剣士であったのは事実である。


 されど、それほど強い武人が死んだのも事実である。


 殺したのだ。

 ユニサンが。

 三人がかりで。

 賢人の遺産を使って。

 手段を選ばずに。



「文句があるのか?」


「いや。あいつにとっちゃ相応しい死に方だと思っただけさ。あいつは死ぬほど戦うことが好きだったからな」



 そんな戦闘中毒バトルジャンキーが戦いで死ねたのならば本望というもの。それにデムサンダーは、ユニサンの身体に縦に走る【刀傷】にも気づいていた。


 その太刀筋こそがすべてを証明している。


 魂の一刀。その本気の一撃を見れば、アズマがどんな気持ちで戦っていたのかよくわかる。


 満足。

 昇華。

 そして、愛。


 それが当人にとってどんな意味を持っていたのかはわからないが、ジン・アズマは生きたのだ。精一杯生きた。ならばそれでよいのだ。文句はなかった。



「あんたらが誰かは知らねえ。ジンがあんたと戦って死んだのだって、俺には関係ないことだ」


「ディム…、そんな…」


「志郎、あいつはそういうやつだったんだ。自分から飛び込んで、それで死んだだけだ。あいつはそれでいいんだよ。きっと満足したさ」



 アズマに悔いなどないだろう。相手が何人だろうと関係ない。ただ武を求めて武に生きて死んだ。武人とは生来、そういう存在なのだ。むしろ喜んでいるに違いない。



 ただ。しかし。だからといって。



 デムサンダーは軽い蹴りを放った。

 とても軽く、サンドバッグで準備運動するくらいに軽く。


 ユニサンはそれを左腕で受ける。


 ミシッ。


 ユニサンが剛腕であることは、アピュラトリスの壁を拳で破壊した段階でわかっている。戦士タイプ、それもロキ以上に恐るべき強さを秘めた存在であることも。


 実力ではユニサンが上なのは一目瞭然。


 だがしかし。



「ぬっ」



 受けたユニサンの腕が異様な重さを感じる。受け止めた蹴りが、まだ腕から離れていない。重い、さらに重くなって…


 ボキッ


 へし折る。その剛腕を。

 あっけなく。当然のように。

 それが事実であるように。



 そして言うのだ。



「俺はよ、志郎みたいにいやつじゃねえし、アミカみたいにお利口さんでもねえ。ジンみたいに何かに夢中になれるやつでもねえ。言ってみりゃ半端もんだ」


「だがよ…」



兄貴ファミリー殺されて黙っていられるほど、人間できてねぇんだよ!!」



 ジンは死んで当然だと思う。あんなことをしていれば当然だ。

 しかし、同じ仲間として同じ里で育ち、家族としてともに暮らした存在。

 唯一デムサンダーにとって本当に守るべきものは、ダマスカスでもなければアピュラトリスでも富でもない。


 ただ家族のみ!

 半端者にはそれしかできない。それで十分!!

 それだけで十分な理由!!



「だからここからは俺の喧嘩だぁ!!! ただで済むと思うなよ、般若野郎!!」



「なるほど…、ロキを倒すわけか」



 ユニサンは折れた左腕を見つめながら、デムサンダーと対峙する。




 デムサンダーという男。


 この男にはもともと名前などなかったので、自分で勝手に付けた。特に気に入っている名前でもないが、かといって嫌いなわけでもない。ないと不便であったにすぎない。


 人種はわからない。おそらく西大陸の南部に密集する発展途上国家群のどこかだと思われるも、やはりはっきりしない。それもまた当人は気にしていない。


 八歳か九歳くらいの時、ダマスカスの寺院にホームレスとして生活していたところを、エルダー・パワーの人間に保護されて里にやってきた。


 最初は違う国にいたそうだが、密航した船がたまたまダマスカスに着き、その後もなんとなく寺院の境内に住み着きつつ、坊主と一緒に生活していたらしい。


 幼い頃から武人としての力を発揮していたが、里でも寺院でも不当な暴力行為を働くことはなかった。極めて普通で問題を起こすことなく生活し、静かに日々を過ごしていた。


 弟分の志郎が里にやってきた時も快く迎え入れた。ゴロツキのような年上のアズマがやってきた時も普通に接していた。里において彼が誰かに迷惑をかけたことはない。


 修行の際も、彼は何でもそつなくこなした。言われたことは何でもやるし、可もなく不可もなく課題をクリアしていく。


 そして気がつけば、戦士第五席の地位を与えられていた。当人は席を持ったからといって傲慢になることもなく自慢することもなく、普段使わないスーツをプレゼントされ、苦笑いするニートのような気分であったにすぎない。


 この男にとって、それらは価値がないものである。指導していた戦士特別第二席のダイモン師範も、デムサンダーという男について尋ねられると答えに窮し、「よくわからないが、いいやつだと思う」と返ってくるだろう。


 それは事実である。

 しかし、もう一つの事実も存在している。


 ある時、マスター・パワーが、デムサンダーについてこう語ったことがある。



「雨を降らせてはいけない。嵐を起こしてはいけない。雷が落ちれば火事が起きてしまう。人に雷は掴めないし、火事を止めることも難しい」



 その意味を理解した者がどれだけいただろう。雷が落ちたことなど今まで一度もなく、これからも落ちないであろうと思っていた。


 いや、誰もが雷を侮っていたのかもしれない。地震は起きてみて初めてその恐怖を知る。雷もまた、近くに落ちてみて初めてその威力を知るものなのだ。



(まったく、予想外のことばかり起きるものだ)



 ユニサンはここ一年、数えきれないほどの予想外の出来事に遭遇していた。アーズがラーバーンになったこと。バーンやメラキ、マレンのような天才たちと出会い、世界の広さを痛感したこと。


 今まで自分が見てきた世界は小さなもので視野が狭かったことを知った。この世には、まだまだ人が知るには大きな秘密がたくさん存在するのだ。その中で自分が果たす役割は小さなものであり、またそれでよいと思っていた。


 だからこそ、こうした予想外のことが起きることは嬉しいのだ。新しい世界が目の前で広がることは心躍るものである。


 それが自分に降りかかる災厄であったとしても。


 身体が軋む。賢人の遺産によって因子そのものが変質したユニサンの肉体は、通常の人間を凌駕する漆黒の筋肉をまとっている。


 それはまるで鋼鉄の塊。戦気なしでも銃弾すら弾き、名刀すら削り折り、強固な壁すら破壊する暴力の権化。ただ敵を倒すためだけに生まれ変わった武器そのものなのだ。


 それを目の前の男はあっけなく破壊していく。削る。抉る。ヒビを入れる。打突する。へし折る。幸か不幸か痛みは感じないので、冷静にその行為を見物する余裕はあった。もしこれが生前の肉体だったならば、当に意識を失っていたかもしれない。


 ユニサンは雨を降らせてしまった。

 嵐を起こしてしまった。

 嵐は雷を呼んでしまった。


 それは掴めないものであった。


 デムサンダーの蹴りがユニサンの頭部を襲う。それを右腕で防ぐ。すると折れる。へし折られる。何度見てもこの現象が信じられない。何度見ても飽きない。これだから予想外は楽しいのだ。



(すごい…)



 志郎はデムサンダーの動きに驚いていた。蹴りには力が入っているようには見えないが、触れたユニサンの身体は確実に破壊されていく。


 腕でガードすればへし折られ、肩にかすればヒビが入る。蹴圧だけでもユニサンの鋼鉄の肉体に傷が入っていく。なぜそうなるのか志郎にも理解できない。


 恐ろしいほど速いわけではない。かといって遅いわけでもない。まったく重そうに見えない蹴りなのに、なぜか当たるとユニサンがサンドバッグのように揺れる。


 攻撃の型は基本に忠実で控えめ。いつものトリッキーな動きはせず、まるで空手の型のように小さくコンパクトにまとめている。ただただ淡々と相手を蹴っていく様子は、真面目な練習生のようである。


 里では一度もこのような動きを見せたことはない。デムサンダーは文句なく強い武人であるが、模擬戦で戦っても志郎とさほど差があるようには思えなかった。


 だから自分と互角くらいだと思っていた。今後何があっても本気で戦うことなどなく、頼りになる相棒だとしか思っていなかった。


 ましてや彼が、自分を大幅に抜いているなどとは思わなかった。志郎がどんなに全力で攻撃しても、ユニサンには外傷一つつけられないだろう。少なくともそのパワー、出力は桁違いである。


 それでもユニサンは歴戦の勇士である。防戦一方ではない。デムサンダーの動きの隙を見つけて虎破を放つ。折れたはずの腕からの予想外の虎破。新しいユニサンの身体には修復能力があるのだ。それを利用してのフェイントである。


 折れた腕はまだ完全には修復されていないが、直撃すれば一撃で致命傷を与える自信はあった。それだけユニサンの肉体は凶器そのものである。


 不意に出た拳にデムサンダーは回避できない。胸に直撃。大砲の弾が無防備な胸に当たったのだ。骨が砕けるくらいで済むレベルではない。



(仕留めた)



 ユニサンも手応えを感じる。防戦に徹しながらもデムサンダーの動きを観察し、このタイミングを測っていたのだ。その観察眼は見事に的中した。


 ぐにゃり。


 しかし、次に聴こえた音は、骨が砕けた音ではなかった。骨が曲がった音でもない。それは筋肉が【弾んだ音】だったのかもしれない。


 虎破をもらったデムサンダーは、勢いそのままにバク宙しダメージを軽減。胸には赤い拳の筋が入っているものの、致命傷には程遠い。



(この男、筋肉が異様に柔らかい)



 ユニサンの拳が感じたのは、硬さではなく柔らかさ。


 デムサンダーの肉体はまるでゴムのようであった。しなやかで強く、伸びて縮む。だから衝撃に対しては非常に耐久性があり、虎破といえども威力が軽減されてしまうのだ。


 剣士のロキならば斬撃による裂傷が与えられるので、デムサンダーにも効率よく対応できたが、戦士のユニサンにとってはやりにくい相手であった。


 通常、武人の因子は三すくみの関係にあるわけではなく、剣士が戦士に強い、弱いという枠組みは存在しない。相性は人それぞれである。が、【同属】間においては、属性や相性が大きく関わることは案外多いものである。


 戦士は肉体を武器にする以上、打撃系に依存する傾向にある。修殺や蹴殺などの放出系の技も多いものの、技のキレで勝負する武人は少なく、戦気の量と質、生来の拳の重さで押す者が大半である。


 しかし、デムサンダーの肉体は衝撃そのものを吸収し、押し返す性質を持っている。これは実に戦士泣かせのもので、どんなに良いタイミングで当ててもダメージが半減してしまうのだ。生まれ持ったものなので、後天的に得ることは難しい天賦の資質である。



(打撃系は急所に当てねば効果は薄いな)



 顔面、関節、より筋肉の少ない骨の部分。そこに完全なタイミングで入れなければ致命傷は与えられないだろう。


 しかも今、離れ際に一本指を奪われた。バク宙でかわすと同時に、ユニサンの放った拳の小指に蹴りを入れていたのだ。小指は他の指とは明らかに違う角度に曲がっていた。



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