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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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四十話 「業火の縁 その1」


 アピュラトリスの地上一階から五階までは、地下に降りる人間をチェックするシステムが大量に設置されている。


 カメラはもちろん、波動による検知も常時行っている。エレベーターでもあったような検査も再度行われるため、アピュラトリスの地下がいかに重要かを思い知るだろう。


 しかし現在、そのエリアに人はいなかった。すでに警備装置が発動し、スタッフのほぼすべてが神経ガスによって昏倒している状態にあった。武装した警備兵も隔離されたか、あるいは射殺済みである。



「六階に最上階へ向かう直通エレベーターがあります。そこを使ってください」



 オンギョウジたち結界師と護衛のロキたちは、マレンの誘導もあって首尾良く地上一階に出ることができた。周囲の安全はすでに確保されているので隠れるまでもない。全力で地上六階に向けて駆ける。



「サカトマーク・フィールドは、あと八分で使用可能となります」



 フィールドが展開されれば内外の出入りは完全に封鎖される。そうなればこの富の塔は、まさに絶対盗難不可能な大金庫と化すだろう。


 フィールドは自動的に一ヶ月は続く仕様になっており、一度発動すれば力付くで解除することは難しい。内部から解除されるかエネルギーが尽きるかしなければ、誰にも手出しはされなくなるのだ。


 第二ステージは、オンギョウジたちが最上階での仕事を終えた段階で終わりを告げる。それと同時にフィールドが展開される手筈となっていた。



「承知した。それまでに仕事を終わらせる」


「タイミングは延期可能です。多少の猶予はあります」


「それだけあれば問題ない。実際、余裕はなかろう。しかと成し遂げると主にお伝えいただきたい」



 マレンは相手を気遣ってそう言うが、すでに敵に察知された以上、いずれは外にも伝わるのは道理である。そうとわかれば一秒とて無駄にはできない。できる限り早く発動するのが望ましいのだ。


 あと八分。それがリミットである。


 オンギョウジたちは順調に六階にまで到着。ここは外との連絡口がある場所であり、今まで以上の警戒が必要である。ロキたちを前衛に出して慎重に進む。


 この階層の通路はいくつもの四角いブロック状に分かれており、何かあればすぐに分断または隔離が可能なシステムになっている。志郎が閉じ込められそうになったブロックも、おそらくそのまま居座っていれば自動的に隔離されていただろうと思われる。


 しかし、今はマレンが制御を奪っているので、そうした妨害に遭うことはないだろう。それどころか誘導の明かりが常に灯されるので、オンギョウジは迷う心配もなく一本道を進んでいく。



「マレン殿、エレベーターは問題ないか?」


「…はい。大丈夫です。付近に生体反応はありません」



 マレンの言葉はそう告げたが、一瞬の間をオンギョウジは見逃さない。



「何か問題でも?」



 マレンの指示は今まで機械のように的確で、言い淀むこともなければ逡巡することもなかった。言葉も簡潔なので、彼という存在が頭脳明晰で落ち着いた人間であることがうかがえる。


 そのマレンが一瞬気を取られる。単純に興味深いし、このアピュラトリス内においては非常に重要な意味を持つと考えるべきである。



「申し訳ありません。直通エレベーターには問題はありません」



 マレンが把握している直通ルートに障害は存在しない。生体反応もなく、安全なルートであった。


 しかし、それは次のことも意味している。



「では、エレベーター【以外】には問題があるということかな?」



 その鋭い質問を受ければ隠しておくことはできない。マレンは申し訳なさそうに白状する。



「一部のブロックの制御がこちらから離れているのです。この状態は入り口付近に集中しているので現在の作戦行動には支障はないのですが、第三ステージに影響する可能性は否定できません」



 地下制御室を押さえた今、警備システムは現にこうしてマレンの意図通りに動いている。軍司令室も制圧したので、アピュラトリスのシステムの【ほぼすべて】は掌握したと言ってよい。


 ただし、すべてではないのだ。


 アピュラトリスのシステムは万一にそなえていくつかに分かれており、最上階にだけ与えられる特殊権限もいくつかある。それは最高責任者である【塔の管理者】、つまるところヘインシーの権限で使えるシステムが残っているのだ。


 今はヘインシーがいないので妨害を受けているわけではないのだが、なぜか一部のシステムがマレンの制御を拒絶し、入り口付近のエリアについては何もわからない状態が続いているという。


 マレンは忙しい作業のさなか、その原因を特定しようとがんばっているのだがいまだに理由がわからないという。



「外部からの妨害ということか?」


「今のところ会議場での動きはありません。外の軍も気がついていないはずです」



 ヘインシーはわずかな異変を感じて動いてはいるが、まだシステムに干渉するといった行為は行っていない。あくまで危惧としてバクナイアに働きかけているだけだ。


 さきほど外の作戦本部からアピュラトリスへの問い合わせがあったが、こちらは地上二十階にある事務室の人間に拒絶するように命令を出している。


 これは地下制御室からの命令として出しているので、事務員も異変には気がついていないはずだ。そもそも彼らには質問する権限もない。制御室の答えは絶対なのだ。



「オンギョウジ様たちは、そのまま直行してください。こちらの問題はユニサン様たちに調査してもらいます」



 結界師の役目は、このステージにおける最優先項目である。その他に問題があっても彼らは自身の任務を遂行しなければならない。



「このようなことにまで口を出すとは、拙僧も少しばかり緊張しているようだ」



 本来ならば自分の役割に徹し、他のことは考えないのが望ましい。だが、知らずのうちにオンギョウジも緊張していたようだ。まだ完全に集中しきれていないらしい。



「無理もありません。すべてはオンギョウジ様たちにかかっているのですから」



 それは事実である。が、さりげなく圧力をかけてしまっていることにマレンは気がついていない。


 オンギョウジたちが入り組んだ通路ブロックを三十エリアほど進むと、塔のちょうど中心部分に各階に繋がる直通エレベーターを発見。地下とは違い、優先度が低い地上の階層にはこうしてエレベーターが設置されている。


 その一番奥の奥には、いくつもの強固なセキュリティで守られた特別なエレベーターが存在している。これはヘインシーが主に使うもので、塔の管理者専用の特別なエレベーターで最上階に直結している唯一のものだ。


 オンギョウジたちは素早くエレベーターに乗り込む。中は広く、簡素な椅子と机がそなわっている以外はさほど珍しいものはない。簡素さを好むヘインシーの要望で余計なものは取っ払ったのだ。


 しかし、彼が外出するのは年に一度もなく、そもそもエレベーターを使う機会がないので、それすら不要にさえ思えるが。



「最上階はこちらのアクセスが通じない場所となっております。援助はできませんのでご注意ください」



 扉が閉まり、エレベーターは最上階に向かって動き出す。



「承知した。貴殿と話すのもこれで最後であるな。これからも主のためにその力を貸してくれ。拙僧が願うのは、ただそれだけよ」


「オンギョウジ様…」


「フィールドは予定通りに頼む」


「わかりました。…ご武運を」



 マレンからの通信が終わる。これでもう二度と彼と話すことはないだろう。非常に簡単な別れの挨拶であったが、そこには同じ志を持つ仲間への万感の想いが宿されていた。


 すでに想いは同じ。

 ならば余計な言葉はいらないのだ。



(あとわずかか)



 第三ステージに入るまであとわずか。ここまで多少のトラブルはあったが想定の範囲内の事態である。すべては問題ない。


 しかし、オンギョウジはまだ楽観視はしていなかった。自分たちがこのアピュラトリスを狙っていることを誰かが知っている。そして妨害している。その兆候がすでに表れているからだ。


 ダンタン・ロームは誰にでも構築できるものではない。たしかに新技術をもちいれば理論的には可能なのだが、あれだけのものがすぐに開発できるとは思えない。


 オンギョウジたちが属する組織、賢人の遺産を扱えるラーバーンならばともかく、それ以外の者たちが簡単に用意できるものではないのだ。


 ならば、可能性は二つに限られる。


 自分たちと同等の技術を持つ人間が背後にいるか、あるいは技術の穴を何かしらの技能で補っている人間がいるか、である。


 前者とは考えにくい。ラーバーンがほぼ独占している賢人の遺産は、現状の技術体系を遙かに凌駕するものである。それは今の技術の数十年から数百年は先を行っているものだ。仮に流出したとて簡単に真似できるものではない。


 残るは後者。特異な技能を持った何者かが援助している可能性である。これはダマスカス防衛にエルダー・パワーが関わっていることからも推測はたやすい。


 問題は、これだけのことができる人間は誰かという点。そして、それに対するおおよその予測も終わっている。



(業…か)



 自身の顔に広がる火傷の痕が妙にうずく。何年経っても痛みが消えることはない。なぜならばこれは肉体の痛みではなく、心の痛みであるからだ。


 この痕を見るたびに心が痛む。

 それは言葉にできない複雑な感情である。


 かろうじて言葉にするのならば【業】と呼ぶしかない。すべては自らの業が招いたこと。今ここにいることもそうだ。だが、一度たりとも後悔はしていない。


 自分にはやるべきことがあるのだ。

 すべてを犠牲にしても、成すべきことがある。


 ついにエレベーターが最上階に着き、オンギョウジたちは外に出る。


 最上階は、今までの内部とはかなり違う異質な空間が広がっていた。周囲の壁は白い大理石のような鈍い輝きを放っており、床には規則正しい間隔でいくつもの丸十字の紋様が彫り込まれ、それが集まって複雑な紋様を編み出している。


 巨大な天窓からは光が差し込み、無数の色合いとなって世界を照らす。

 神々しく荘厳で、見る者に安らぎと信仰を与える。


 その様相はまるで神殿。教会。礼拝堂。


 富の塔と呼ばれ、金融システムを自在に操る近代的な世界に、こうした宗教的な場所が存在する事実。これこそが、人は単に物質だけの存在でないことを如実に表していた。


 地下が物的安定を求めた場であるのに対し、頂上は精神的安定を求めた場。それはまるで人そのものを示しているようでもあった。大地で這いつくばりながら物質にまみれて生きる人間が、ついには頭上を見上げて神を探すように。


 そして、精神性を表現した最上階は、そのさらに上にある天を覗いている。それこそ【霊】たるものへの憧憬を示し、人の可能性を欲する象徴であるかのようにも思えた。


 最上階のエリアは全六つのブロックで構成され、まず周囲五つのブロックで五芒星を生み出し、その中心部に最後のブロック、ヘインシーの執務室にもなっている中央システムが存在する。


 この形に見覚えがあるだろうか。


 そう、これはアナイスメルの石版、その台座を模して造られているのだ。あれも同じ星形であり、その中心にすべてを制御する六つ目の頭脳が設置されて初めて完全なる制御が可能となる。


 この最上階は、いわば【疑似アナイスメル】。


 最上階にいながら地下の石版にアクセスできる唯一のポイントなのだ。ここを押さえることこそ第二ステージの肝であり、次のステージに欠かせない要素となる。



「手筈通りに! 中央の間には拙僧が向かう!」



 オンギョウジが合図を送ると、四人の結界師と護衛のロキは周囲の四つのエリアに散る。


 彼らを見送ったあと、オンギョウジは【用事】を済ませるために一人中央の間、ヘインシーの執務室がある場所に向かった。そこはエレベーターから真っ直ぐにつながっており、障害となるものもない。


 また、執務室とはいっても普通の部屋ではない。それどころかこのアピュラトリスの中央に鎮座する、広さ直径一キロにも及ぶ巨大な玉座であり空間なのだ。


 オンギョウジは、ただただ静かにその場に向かう。近づくごとに周囲の壁は光を増していき、徐々に世界が白く染まっていく。入り口に着いた頃には、もはや壁と天井の境目もわからないほど白い世界が広がっていた。


 その白い世界の中に一つ、高さ五メートルほどの大きな【門】がある。門からは七色の光が溢れ出ており、まさにこの世ならざる光景、天上の世界かと思わせる神秘的な空間が広がっていた。


 アナイスメル(正確には石版と台座)が発見された時、同時にいくつかの【祭具】も見つかっている。この門もその一つである。


 オリハルコンで作られていること以外はよくわかっていないが、この素材を特定の位置に持ってくるとアナイスメルとの連結効率が上がるなどの効果が確認されており、試行錯誤の末にこうして最上階に設置されているという。


 オンギョウジが近づくと、門の中心部の宝珠から一筋の光が胸に放射され、リィンという不思議な音を響かせる。それは彼がペンダントとして胸につけている【鍵】に反応したものである。ヘインシーも同様のものを持っており、これがないと中央エリアに入ることはできない。


 余韻が幾重にも広がったあと、門は静かに開いた。


 オンギョウジもまた静かに中に入る。それと同時に世界が変わった気がした。これは比喩ではなく、実際に変わったのだ。


 その場はもう違う世界。

 すべてが白に包まれた光の世界である。


 そして、彼はその中心部にいる【人物】と出会う。



「やはりあなたでしたか」



 オンギョウジは光の空間の中央にいる人物に視線を向ける。驚きはない。すでにそうであろうと考えていたことが実際に起こったにすぎない。


 白い空間にいたのは、一人の老婆であった。


 赤い狐火が円を巻いたように描かれた白い着物、すでに長い年月を経てそうなったであろう長い白髪を後ろで結わき、穏和そうな表情をした老婆。


 アピュラトリスの最上階はヘインシーしか入れない領域。そこで出会った老婆という存在。本来ならば、もっと驚いてしかるべきである。


 しかし、オンギョウジは老婆を見据えると、初めからわかっていたように歩みを止めて対峙する。



「ご無沙汰しております、羽尾火はびか殿」



 オンギョウジは老婆を羽尾火と呼んだ。その名に反応してか、羽尾火はゆっくりと視線をオンギョウジに向ける。



「おやまあ、どこかで感じたことのある気質だと思えば、やはりボウズか」



 羽尾火は、とぼけたような口調でオンギョウジに笑いかける。だが、対するオンギョウジに笑みはまったくない。


 それも当然。



「エルダー・パワーの術士師範ともあろう御方とこのような場所で出会うとは、時代は変わりましたな」



 羽尾火。エルダー・パワー術士特別第二席に位置する術士師範である。通常の席は第一から十まで存在し、数字が小さいほど強さと権威があることを示す。


 しかし、そこで終わりではない。


 その先、第一席を超えた先には師範と呼ばれる者たちがおり、彼らは特別席として扱われている。特別席は各分野別に二席存在し、羽尾火は術士の中でナンバー2である特別第二席という存在であった。



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