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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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三十五話 「アピュラトリスの理念 その1」


 アピュラトリスの入り口は地上六階に存在している。そこにたどり着くには専用のエレベーターに乗らねばならない。


 エレベーターは全部で二つ。


 一つは搬入業者が使用するエレベーターで、幅三百メートルはあろうかという大きさである。これはMGや戦車を搬入するためにも使われるので、二万人のスタッフの生活を維持していくためには小さいくらいでもある。


 もう一つは主に人間が乗り降りするためのもので、密閉された巨大なテラスのようなデザインになっている。


 内部には椅子やテーブルがあり、くつろげるスペースがいくつも存在していた。常備されている軽食を取ることもでき、簡易ベッドやトイレまで完備されている。


 これは各階層で入念なチェックを受けるためで、場合によっては何時間あるいは何日も待つことがあるからだ。仮にどこかに異常があれば、一旦地上に戻して再チェックを行う徹底ぶりである。


 そして、本日運ばれるのはたった四人。招待者のエリスとディズレー、志郎とデムサンダーである。もともとアピュラトリスに出入りする人間は少ないのだが、現在はこの広いエレベーターは四人の貸し切りになっていた。



「なんだか申し訳ないね」



 志郎は、自分たちを運ぶためにわざわざエレベーターを降下してもらったことに、そんな印象を覚えた。降りてくるのを待っている間、周囲からはずっと注目を浴びていたので、それもまた恥ずかしかった。



「あらそう? 招かれたのですから当然ですわ」



 一方のエリスはたいしたもので、すでにテーブルでディズレーに入れてもらった紅茶を飲み、さも当然かのように堂々としている。


 しかも茶菓子まで用意している周到ぶりである。ちなみにこの茶菓子類は、連盟会議場にあるものとほぼ同じの高級菓子である。



「エリスは招待客だからいいけど、僕たちも入っていいのかな?」



 志郎はいまだに迷っていた。もちろん内部は気になるのだが、入ることにかけては鉄壁を誇るアピュラトリスに、自分たちが入れるだろうかという心配が募る。



「それならそれで帰ればいいんじゃねーの? もともと俺たちには関係ない話だからよ」



 デムサンダーは茶菓子類にはあまり興味がないようで、エレベーターの金属部分を叩いて頑丈さを確かめたりしている。



「あら、もう怖じ気づいたのかしら」


「入れなかったらどうしようもないだろう。俺としては門前払いのほうに賭けるがね」



 デムサンダーの言うことももっともだ。入れるかどうかは行ってみないとわからないし、こうして付き添っている段階でメイクピークへの義理は果たしたといえる。



「そのわりには、ちゃんとついてきてくれたね」



 志郎が茶化すように言うと、デムサンダーはしかめ面になる。


 デムサンダーにしても、エリスのことが心配ではあるのだ。なにせ手榴弾を転がして挑発するような少女だ。何かあれば寝覚めが悪い。



「売り言葉に買い言葉ってやつさ。どうせ暇だったんだ。入口くらいまでなら付き添ってやってもいいと思ってな」


「そういうことにしておくよ」



 志郎は相方の優しさに口元を緩めた。



 エレベーターが二階部分に到着すると同時に、室内の光に、ごくごく薄い赤味が加わる。三秒後、自動音声でアナウンスが流れる。



「武器を携帯している方は、こちらのボックスに入れてください」



 二階は、危険物の持ち込みがないかを厳重に調査するエリアである。この赤味の光はエレベーターの内外全体をスキャンし、さまざまな形態の武器を感知するものだ。


 精度は高く、飲み込んだ爆弾も簡単に見つけだすことができるほどである。まさに身体の隅々までデータと照らし合わせて調査するのだ。その光は、しっかりとエリスの腰にぶら下がっているものをマークしていた。



「お嬢様、ナイフと銃を」



 ディズレーがエリスに装備している物を出すように促す。だが、エリスは渋る。



「たかが銃くらいで大げさなものですわね。ここは天下のアピュラトリスでしょう?」


「ですが、ここは従っておきませんと、後々面倒になります」


「むぅ…」



 ディズレーに諭され、かなり嫌そうに銃とナイフを提出する。



「エリス、手榴弾もだよ」



 さりげなく手榴弾を服の中に隠したことを志郎は見逃さない。どうしてもあれだけは手放したくないようだ。お守りにしては物騒である。



「そんなのずるいですわ」


「ずるくねーよ。さっさと入れないと進まないぞ、これ」



 この検査は徹底されており、エリスが武器を入れなければ何日でも停止するに違いない。降ろされて外に放り出される可能性もある。それはエリスも御免である。



「屈辱ですわ」



 これまた渋々手榴弾も入れるエリス。


 ここで回収された武器は、その人物が絶対安全だと判断されたのちに再び戻される仕組みになっている。軍部や警備の人間などがそれに該当する。



「もういいですわね」



 エリスが戻って椅子に座ろうとすると、追加のアナウンスが流れる。



〈髪留めの爆発物も提出願います〉


「ちっ」



 エリスは舌打ちしながら髪留め型の小型爆弾も取り外す。ちゃっかりと隠して持ち込もうとしていたあたり、非常に恐ろしい。



「エリス、他にはないよね? 本当にないよね?」



 志郎も疑念の目を向けざるをえない。自身は戦士なので軍人の装備には詳しくはないが、髪留めが爆弾であった以上、他にもあるかもしれない。



「もうないですわよ」


〈靴底のプラスチック爆弾も提出願います〉


「エリス…」



 力ない志郎の声が響く。もう体中、爆弾で埋め尽くされているようだ。



「物騒なお嬢さんだな。さっさと脱げよ」


「女性に向かって脱げとは、なんて無礼な」


「うるせーな。早くしろ」


「ちっ」



 デムサンダーにも促されて仕方なくブーツごと提出し、予備の普通のブーツに履き変えた。正真正銘、これで全部である。


 余談ではあるが、アズマが入るとき、ここの検査でかなり揉めた。刀は剣士の命であり手放すことはできないと三日間揉めた。激しい抵抗の末、最後はマスター・パワーの顔を立てて折れることになったが、中で刀を受け取ったあとも不機嫌そうであった。何回も拭いていた。


 もともと刺々しい雰囲気を醸し出していた男であるが、その一件もまた周りとの軋轢の原因になったようである。だが、チェックされるのは武器だけではない。当然武人としての資質もチェックされる。


 それは三階でのこと。


〈三番と四番のお二人は、第二番扉においでください〉


 エレベーターに入った時に、各人には番号がつけられていた。三番は志郎、四番はデムサンダーである。



「ちっ、ごまかせないか」


「そりゃそうだよね。アズマさんだって隠しきれなかったんだもの」



 デムサンダーが舌打ち。志郎もやや苦笑いである。


 二人はできるかぎり自己のオーラを常人クラスにまで抑えていた。それなりの腕前の武人が見ても、一般人と間違えるくらいにまで巧妙に隠していたのだ。


 だが、アピュラトリスの警備は伊達ではない。発せられた生体磁気を詳細に感知する高度な探知システムが搭載されている。仮にここを突破したとしても、次に血液検査が待っているのでどのみちわかることであるが。


 二人は致し方なく指示に従い、エレベーター内にある二番と表示された扉を開ける。扉の内部は大きな棚のようになっており、金色の腕輪がいくつも並べられていた。



〈それを両腕にお付けください〉



 二人は指示通り両腕に腕輪をつける。すると力が抜けるような感覚に陥った。重くはないが握力がなくなったような感覚だ。



(対武人用の拘束具だ)



 志郎は、すぐにこの腕輪の正体に気がついた。エルダー・パワーの里にも似たものがあるからだ。


 武人に対して通常の拘束具はまったく意味をなさない。金属であっても戦士ならば簡単に引きちぎってしまうだろう。だが、これは武人用に調整されたもので、生体磁気を抑制する効果がある。


 しかもアピュラトリスの拘束具には、かなり強い抑制効果があるようだ。志郎でも若干の倦怠感を感じるほど強い。


 それもそのはず。これは現状で最高の効果を誇る【リグ・ギアス〈怠惰の鎖〉】である。生体磁気の抑制に加えて、周囲に特殊な電磁波を発生させて戦気の化合を抑える特別製だ。


 戦気の媒体となる普遍的流動体は大気中に無限にあるので、厳密にいえば、腕輪を付けた人間の生体磁気を強制的に別の無害なものに化合させ、戦気を生み出す余地を与えないというものだ。



「なるほど、戦気が出ねえな」



 デムサンダーもその効果を自身で味わっているところだ。試しに戦気を練ろうとしたが、わずかばかり靄もや》のようなものが生まれた程度である。


 多少熱を放出するので、寒い日には暖房器具の代わりにはなるかもしれない。



「ちゃんと外してくれるんだろうな?」


「たぶんね」


「まったく、これだけでも災難だぜ」



 これで二人の武人としての能力は封印された。今の二人は、自身が持っている素の運動能力しか持ち合わせていない。それでも常人の数倍以上は動けるのだが。


 アズマは軍人と一緒に入ったので、この工程は省略されている。あくまで外部から武人が隠れて入らないようにする措置であり、無害と判断されれば内部で解除される。


 それから四階の血液検査と五階の生体身元照会を経て、ようやく六階にたどり着いた。


 その間に要した時間は三十分程度。これはアピュラトリスの検査としては、ありえないほど短時間である。通常は最低六時間は覚悟しなければならない。場合によってはアズマのように一週間はかかるし、一ヶ月以上かかることもある。


 今回のように三十分で終わるのは、アピュラトリスの責任者であるヘインシー・エクスペンサーくらいのものである。それを考えれば特例措置であるといえた。


 それはエリスが、間違いなく招待された者であることの証明である。ただ、こうした事情を知らない彼女たちには、それでも長く感じられたようだが。


 ついにエレベーターが開き、エリスたちはアピュラトリスの六階にある玄関口に出る。


 六階の玄関口は出た瞬間から大きな庭園になっており、見るからに高級そうな彫刻や美しい木々が並んでいる。下は砂利で、歩くと小気味よい音が鳴る。これもただの砂利ではなく、体重や身のこなしなどを探るセンサーが付いている。


 一応ながらここはすでに塔の内部ではあるが、まだ完全に入れたとはいえない。最後のチェックが残っているからだ。



「エリス・フォードラ様ですね」



 アピュラトリスの事務員に支給される青い制服に身を包んだ黒髪の女性が、四人を出迎える。その視線は、しっかりとエリスに向けられていた。



「エリス・フォードラ。ただいま参上いたしました」



 これがドレスならば優雅にお辞儀をしたところだが、今は迷彩服なので軽く頷いた程度である。



「初めまして。担当員のキリル・リラーです」



 キリルはエリスに対して挨拶をしたあと、他の三人、特に志郎とデムサンダーを観察するように見つめる。



「失礼ですが、こちらのお二人は招かれておられないようですね」



 ディズレーのことはアピュラトリス側も把握しており、彼が追従することは問題なかった。ただ、突然加わった二人に対しては警戒を強めているようだ。


 アピュラトリスには、メイクピークから四人の人間が向かうと告げられてはいるものの、そもそも招待されていない人間が来るとなれば難色を示すのは当然である。


 しかもすでにアズマが中に入ってるので、志郎とデムサンダーがエルダー・パワーであることも知れ渡っている。どう説明しても、軍部の関係者である以上は警戒されてしかるべきである。本来ならばエリスがいなければエレベーターにすら乗れなかったのだ。



「あの、僕たちは…」


「この者たちは私の従者です。一緒でなければ入りません」



 志郎が説明するより先にエリスが言い切る。そのあまりの堂々とした嘘は見事としかいいようがない。宣言通りに押し通すつもりだ。



「規則では招待者しか入れないことになっております」



 キリルは好感を抱くスマイルで、やんわりと、しかし反論を許さない凄みをもって断ってきた。


 アピュラトリス側としては、彼らを受け入れる筋合いはまったくないのだ。ただ、招待客のエリスの手前、露骨に不快感を出さないだけにすぎない。そのあたりはさすがプロである。


 その笑顔は強烈で、ただでさえ場違いだと考えていた志郎は萎縮する。非常に気まずい。しかし、同性の強みなのか彼女の性格なのか、エリスはまったく物怖じしない。


 それどころかさらに強気に出る。



「彼らが一緒に入れないのならば、私はここで失礼いたしますわ」


「お嬢様…!」



 その言葉にディズレーは驚く。わかってはいたが、実際にこうしてやれてしまうのがエリスのすごいところなのだ。



「……」


「……」



 心配そうにディズレーが見守る中、エリスとキリルがしばし無言の視線を交わす。


 もしこれが漫画であれば、両者の間には激しい衝突の効果線が入れられたことだろう。志郎とデムサンダーも、ただじっと見ていることしかできない。



「本気なのですか?」



 キリルは探るように尋ねる。それでも言葉には強い力がこもっていた。相手は本気で聞いている。


 だからこそ、答えはこうである。



「私が本気でないことは、今までの人生で一度たりともありませんでしたわよ」



 エリスは本気だった。その目に宿っていたのは決意を超えた覚悟。目の奥の輝きは炎のように燃え盛っていた。もしこれが拒否されるならばすぐに帰る。これははったりではない。目がそう訴えていた。


 キリルはじっとその目を見つめ、しばし思案したのち静かに頷いた。



「わかりました。確認いたしましょう」



 その後、庭園の脇に設置された応接間に案内され、しばらく待つように伝えたあとキリルは去っていった。



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