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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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三十二話 「富に招かれし者 その1」


「お嬢様が大変申し訳ございませんでした」



 老紳士、執事のディズレー・イチムラが志郎に謝罪する。



「いえ、ご無事で何よりでした」



 かなり激しい事故であったので、正直エリスとディズレーが無事で良かったと心底思う。


 最低でも、むち打ちは覚悟せねばならない衝撃に見えたからだ。骨折してもおかしくなく、最悪は死ぬ可能性すらあった。ただ、見た目よりもダメージがなかったようで、二人ともピンピンしている。



「ありがとうございます。こう見えてもまだ現役ですので。それにお嬢様もそれなりには鍛えておりますから」



 ディズレーは、相変わらず堂々と先頭を歩いているエリスに目を向けた。



(たしかに訓練している人間の歩き方だ)



 志郎もエリスの後姿を見て、彼女が素人ではないことを知る。少なくとも、あれだけの事故を乗り切るだけの実力はあるようだ。


 それはドレスを着ている少女には不似合いであるが、彼女の強い目を見ていた志郎には、さして不思議には思わなかった。



「彼女は武人なのですか?」


「いえ、資質はあるようですが…まだそこまでは」


「では、心が強いのですね」



 志郎は、心の強さがもっとも大事であることを知っていた。武人が発する戦気も精神エネルギーの結晶なのだ。芯の強さは実際の強さに反映される。エリスが生粋の武人ではなくとも、その心の強さが彼女を強くするのだろう。


 その気持ち。

 その気迫が、人を強くするのだ。


 それは声にも表れる。だからこそ兵士たちもエリスには触れなかったのだ。まるで炎のような彼女の佇まいが、触れることを躊躇させたのだ。これが強さでなくて何と言うのか。



「ところで取り調べは大丈夫でしたか? 少し長引いたようですが」


「そちらも問題ありません。我々は招待客ですから」


「招待…ですか。こんな日に?」


「ええ、まあ。いろいろと事情がありまして…」



 このような厳重な警備が敷かれた日に、アピュラトリスに招待される。その異常さは、都会の事情に疎い志郎でさえ、すぐにおかしいとわかるほどだ。


 あの騒動のあと、即座に軍による身元照会が行われた。それが多少長引いたので志郎は心配していたのだが、結局エリスとディズレーは無罪放免となった。


 それは彼らが【呼ばれた人間】であったからだ。


 エリスは正式にアピュラトリスから招待を受けており、普通に来れば検問も通してくれたはずである。彼女が慣れない運転をしなければ。



「しかしまた、どうしてエリスさんが運転を?」


「お嬢様は昔からああいうところがありまして…。火がつかれると止められないのです」



 エリスは招待されたにもかかわらず、検問がしつこいことに腹が立ったようだ。そして強行突破に出たという。実に短絡的な行動である。


 ただ、ディズレーはエリスが生まれた時から仕えている執事であるので、まるで自分の娘か孫のように彼女には甘い。彼女にせがまれると断れないのだ。


 というよりは、エリスが強引にハンドルを奪ったので、彼では対抗できなかったのが真相である。しかし、執事である以上、今回の一件には強い責任を感じていた。



「このたびはご迷惑をおかけしました。大変申し訳ありません」


「まったくだぜ。いい迷惑だ」


「ディム、やめなよ。もういいじゃないか。誰も怪我がなくてよかったよ」



 冷静に考えると、デムサンダーはまったく迷惑を被っていないのだが、あまり自分たちのことを詮索されたくないこともあり、志郎はそのあたりには触れないでおいた。


 ディズレーたちは、志郎をダマスカス軍の関係者だと思っているようなので、そう思わせておくほうが得策だろう。



「志郎、ああいう女は甘くするとつけあがるもんだ。お前が優しいのは仕方ないが、なめられたら終わりだぜ」


「でもさ、困っているようだったからさ」


「はあ? あれのどこが困っているんだ?」



 エリスは鋭い視線で兵士たちを威圧しつつ、背筋を伸ばして歩いている。エスコートしろとか言いながら、どう見ても誰にも頼っていない姿が印象的だ。



「あんなやつに護衛なんていらないだろう?」


「それでも女の子だよ」


「かー! だからお前は女に利用されるんだ! いつもそうだろう!」


「だって、困っていたら助けたいじゃないか」


「…志郎、お前はやっぱり病気だよ」



 デムサンダーは、相方のあまりのお人好しぶりに呆れるどころか、寒気すら感じる。この男を一人にしたら危ない。必ず騙される。変な女に騙されるに違いない。


 が、これは未来の出来事ではない。

 絶賛今、利用されている最中なのだ。


 現在、志郎とデムサンダー、それとエリスとディズレーの四人はアピュラトリスに向かっていた。軍のほうから彼女たちの案内と護衛を頼まれたからだ。


 周囲にも異常はなく、暇を持て余していた状態なので引き受けたが、デムサンダーはあまり乗り気ではないようである。エリスのようにやかましい女性は好きではないようだ。



(どうにも危ない感じがするんだよな)



 デムサンダーがエリスを嫌うのは、単に最初の印象が悪かったからというだけではない。その身にまとう雰囲気が、どうにも危なっかしいのである。


 当然、車で暴走するような少女なので、誰が考えても危ないのは明白であるが、それ以上に危険な雰囲気がするのである。


 デムサンダー自身はいい。そんな修羅場はいくらでも潜っている。が、志郎は見ての通りのお人好しである。相方を変な騒動に巻き込むのは本意ではなかった。


 しかもエリスは、エルダー・パワーがわざわざ護衛するほどの人間とは思えない。それは大統領の護衛にアミカとチェイミーがついていることからもうかがえることだ。


 エルダー・パワーの人材、それも席持ちの武人を、たかが少女の護衛につけるなど、実にもったいない使い方である。それも司令部に伝えたのだが、答えは変わらず「両名にはエリス・フォードラの護衛を最優先事項としてあたってほしい」とのことである。


 どうやらアピュラトリス側の要請のようで軍も断れないような雰囲気である。当然、志郎たちも簡単には断れない状況だ。



「よほど嫌われているらしいな、俺たちはよ」



 デムサンダーは吐き捨てるようにぼやく。



「仕方ないよ。塔からの依頼なんだ」


「そんなの口実だろう。結局、俺たちを信用していないんだよ」



 エルダー・パワー自体に疑念を抱く軍人は多い。個に優れているとはいえ、数万の兵士が警備にあたっているのに、たかだか十人にも満たない人間に頼るなど馬鹿馬鹿しい、というのが彼らの共通認識である。


 それもあながち間違っておらず、この中でエルダー・パワーの武人は突出してはいるものの、何千という兵士を同時に相手にすることは難しいだろう。結局は数と武器なのだ。


 志郎やデムサンダーがもっとも得意とするのは、一騎打ちでの個での戦いや少数対少数の戦い、あるいはもっと限定した場所での戦闘である。つまり敵に強力な武人がいた場合、それを抑えるのが彼らの役目なのだ。


 しかし、軍人には軍人の誇りがある。仮に強力な武人が現れたとしても、けっして彼らの助力を願うことはないだろう。そもそも彼らはエルダー・パワーを必要としていないのである。


 それは、こうして歩いていても周囲からの視線でよくわかることだ。誰もが懐疑的な視線で志郎たちを見ているのだ。



「体よくお払い箱になったってことだ。いいさ、あんなやつら、守ってやる義理はないもんな」


「そう怒らないでよ。大きなことじゃないけど、個人の護衛も悪くない仕事だよ。退屈よりましだろう?」


「お前は護衛が好きだからいいけど、俺は苦手なんだよな。弱いやつを守るのはさ」



 護衛は志郎の得意分野である。こういった類の仕事において、志郎はエルダー・パワーでも相当な力量を持っている逸材だ。


 だからこそ志郎が大統領の護衛につくとばかり思っていたのだが、幸か不幸か大統領が少年ハートを持っていたので、男である彼らはあっさりと除外されたというわけだ。



「それはそうと、アピュラトリスに呼ばれるとは、すごいことなのではありませんか?」



 志郎がディズレーに話しかける。ずっとそこが気になっていたのだ。自分たちでさえ、入るのにはかなり手間取るアピュラトリスに招待されるなど、志郎にとっては驚きである。


 アズマは一週間以上も前からチェックを受けてようやく入れたくらいだ。それからずっと志郎たちも外の警備をしていたが、アズマ以降、この中に入った人間は数えるほどしかいなかったのだ。


 さらに外に出たのは、今日外出したヘインシーだけである。それもまた驚きではあったが、現在は万一のことも考えて業者も立ち入りを禁じているほどなのだ。


 見たところエリスは良家のお嬢様であるようだが、なにせアピュラトリスは富の塔。どこぞのお嬢様クラス程度が入れる代物ではないのだ。大統領でさえ、厳重なチェックを受けなければ入れないのだから。



「どこぞのワガママ姫なんじゃね?」



 デムサンダーは、エリスの振る舞いから適当にそう判断する。半分は、自分を姫だと思っているかわいそうな女、という皮肉の意味合いもありそうだが。


 そもそもダマスカスは王制ではないので、王族や貴族という存在はいない。アピュラトリス(アナイスメル)を研究する学者たちが作った国ゆえに、そういった階級は存在しないのである。


 ただ、東の海を越えればすぐシェイク・エターナルがあるので、人種としてはシェイク系ダマスカス人が三割、ルシア系とロイゼン系が二割と、各国からの移住者も多いのが特徴だ。


 フォードラの名前もシェイク系の響きがある。もしかしたら遠縁か何かが貴族や大金持ちだった、ということもありえなくはない。



「これにはいろいろと訳がございまして…」



 エリスに聞こえないようにディズレーは小声になる。


 フォードラはれっきとしたダマスカスの家柄であり、その歴史はそれなりに古いのである。


 ダマスカスには貴族制度はないものの【家】というものがある。長年ダマスカスに貢献した家柄、政治家の家柄などが影響力を持つのはどの国も同じである。


 フォードラ家もそうした家の一つであり、何より【軍人の家柄】である。


 彼女が軍人に対して物怖じしないのはそのためだ。生まれた時から軍人と接し、その生き方を学んだ彼女だからこそ、あのように凛々しく育ったのだろう。


 ただしフォードラ家は、すでに家としては大した力を持っていない。父親も亡くなり、母と子と執事一人となった現在、慎ましく生きていけるだけの蓄えはあり、静かに余生を過ごす人生でもよいとディズレーは考えていた。


 しかし、エリスの考えは違った。


 フォードラ家は誇り高き軍人の家柄。不幸にも男子は生まれなかったが、ならば自分が家長となればよいと考えたのだ。そして再びフォードラ家の力を取り戻そうと決意した。


 とはいっても、彼女一人ではどうすることもできない。かつての父のつながりを通じて他家と接触しても、勧められるのは縁談ばかり。あくまで彼女をただの女としてしか見ていない者たちばかり。


 当然エリスの性格上、すべてぶち壊して終わるを繰り返す。国の未来ではなく、自分たちの利権しか考えない人間にも嫌気が差し、当時のエリスは相当荒れていたという。


 そんな時、アピュラトリスから招待状が届いた。これを逃すつもりはない。なにせこの塔こそがダマスカスなのだ。ここに入れば何かが変わるのは間違いない。



「フォードラ家はすごいのですね」



 志郎は素直に感心する。理由がどうあれアピュラトリスに呼ばれるのは光栄なことなのだろう。特にこうした出世を狙う人間にとっては最大のチャンスなのだ。



「そうだとよいのですが…」



 少なくとも外野はそう思う。エリス当人もそう思っている。しかし、ディズレーはアピュラトリス行きには反対だった。


 それはとても簡単な理由である。


 アピュラトリスが、いや、ダマスカスという国家がフォードラ家を必要とする理由がまったく見あたらないからだ。すでに落ちぶれた家にすぎない。エリスは若くそれなりに美しい娘だが、ただそれだけだ。その程度ならばこのグライスタル・シティには山ほど存在している。


 だからこそ、それ以外の意図が怖いのだ。



「で、どうしてドレスなんだ? 浮いてねえ?」



 デムサンダーはずっとエリスの服が気になっていた。どう考えても普段着ではないだろう。自分が言えた義理ではないが、この場でさすがにドレスは浮いているように思えた。



「あれはお嬢様にとっての挑戦なのです」



 エリスは普段、男装のような格好を好む。父親に憧れていたこともあるし、さんざんお見合いを勧められたことでさらに悪化したようだ。


 だが今回は、アピュラトリスに招待されたことに対する彼女なりの挑発、あるいは自己主張なのかもしれないとディズレーは感じていた。



「それがどうして挑戦になるんだよ?」


「アミカさんと同じかもね」


「ああ、なるほど」



 志郎の頭には真っ先にその女性の名が浮かぶ。その名を聞いてデムサンダーもすぐに納得した。


 アミカ・カササギもまた、自分が女であることを事あるごとに嫌っている。それは当人だけの秘密なのだが、「くそっ、女でなければ」「男のくせに」などと言っているのがたまに聞こえるので、ああそうなんだなと周りには筒抜けであった。


 エリスもまた、あえて女であることを強調することで、今まで自分を女としてしか見なかった者たちに皮肉を叩きつけているのだ。そして、屈辱を自ら味わうことで、この痛みと目的を忘れないようにと。なんとも豪気な女性である。



「ディズレー、余計なことは言わなくていいわ。それよりずいぶんと物々しいのね」



 エリスが気になるのは、周囲に武装した兵士だけでなく戦車やMGなども至る所に配置されている点だ。


 アピュラトリスの大きな外周を完全に埋めてしまうほどの量である。よくこれほどの兵を集めたものだと感心すらしてしまう。


 ただ、これでも陸軍の一割強程度である。ダマスカスの領土は比較的小さいので、軍人そのものは三十万程度と少ない。ここに傭兵部隊やその他の勢力を加えるとさらに増えるが、ルシア帝国が純軍人だけで一千万人以上なので、それと比べれば可愛いものである。


 それでもエリスにとっては、十分すぎる戦力に見える。



「ふん、これが力なのね」



 まるでいつか自分が手に入れるかのような口振りでダマスカス軍を見る。


 エリスにとって軍とは特別なものである。父親が陸軍出身だったこともあり身近な存在であることと、今は失ってしまったかつての栄光に対して感じる嫉妬。両者はどちらもエリスにとって大切なものなのだ。彼女が上に行くためには。


 だからこそ自分を売るような真似すらするのだ。


 エリスとて分別ある女性だ。自分が呼ばれることに対して疑念を抱かないわけがない。ただ、一個人の欲望でどうこうしようというものではないこともわかっていた。


 この富の塔が求めるのは富だけなのだから。



(ここには富があるのよ。何があっても入らなくちゃ)



 富の塔に入ればチャンスが生まれる。それだけは間違いないのだ。が、富の塔は逃げはしない。それより今の彼女は、目の前の青年たちに興味があった。



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