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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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三話 「黒衣の侵入者 その2」


「準備が整ったぞ」



 ユウト・カナサキは混濁した意識の中で声を聴いた。



「うっ…」



 闇に閉ざされた意識がゆっくりと戻ってくる。非常に気分が悪い。今にも吐きそうなほど胸がムカつく。



(僕はいったい…)



 いまだまどろみの中にあった意識が少しずつ覚醒していく。


 床が見えた。見知った床だ。もう三年もここにいるのだ。見間違えるわけもない。



「コノ、聞こえているか?」


〈にゃにゃーん、OKだにゃ。問題ナッシング。気分は良好だにゃー〉


「制御室の制圧が完了した。例の場所に着いたが…本当にここでいいのか?」


〈いいの、いいの。気にしにゃーよ。じゃあ、渡したアレ、はめてみて〉


「了解した」



 ずいぶんと視線が低い。どうやら床に這いつくばっているようだ。だるい身体に鞭打ってゆっくりと視線を上げると、そこにはさきほどの黒服の男がいた。


 少々違う点があるとすれば、今の男はバンダナを巻いていることだろうか。そのせいか精悍な顔つきと鋭い目がよく見えるようになっていた。


 男は折りたたみ式の携帯電話で誰かと話しており、ネコ型の丸っぽいデザインをした端末から相手の声が少しだけ洩れている。


 それは野太い男の声とはまったく正反対の黄色く甲高い声。おそらく女、少女だろうか。



「ユニサン、【電池】が気がついたぞ」



 その声にユウトが視線を動かすと、さきほどの男以外にも誰かいることがわかった。


 一人、二人、三人。男以外に三人分の足が見えた。



「どうせ抵抗もできまい。放っておけ」



 バンダナの男はユウトを一瞥しただけで特に気にも留めなかったようだ。


 ふと意識を失った時の記憶が戻ってきた。ユニサンと呼ばれた男が自分に近寄って、そっと首に手を伸ばしてきた。


 こういった挨拶をする民族を知っているので、さして警戒もしないまま首を掴まれた瞬間、意識が飛んだのだ。仮に抵抗していても男のあの太い腕には無意味だっただろうが。


 縛られてはいない。ひどく気分が悪いが、ただ床に寝転がっているだけだ。


 ユニサンが言うようにユウト自身は体力にはまるで自信がなく、こんな大男と組み合うなど絶対に不可能だ。だから、動かすことができるもの、目だけを移動させて状況を確認しようとした。



「えっ?」



 ユウトは近くにいた他の人間の顔を見て驚く。


 彼らは全身黒装束の部分まではユニサンと同じだったが、顔がないのだ。


 正確に言えば三人とも【同じ仮面】を被っており顔が見えない。これが仮面舞踏会ならば日常の光景なのだろうが、とりわけこの部屋においては異常な光景である。



「あ、あなたたちは…誰ですか?」



 ユウトは訊かずにはいられなかった。おそらく自分の立場であれば誰もがそう思うはずだ。わからないものがあれば知りたい。それが人間の欲求というものだろう。



「あなたは交代要員…ではない…ですね」


「俺がエリートに見えるか?」



 まだそんなことを考えていたのか、という表情でユニサンは口元を緩める。



「人は見かけではないですから…」



 実際に変人研究者を多く見てきたユウトは、そのことを知っていた。


 事実、天才の多くは欠陥人間ばかりで、一般社会に放り込まれたら確実に落伍者となるだろう駄目な資質をふんだんに持っていた。ユウト自身も畑違いのことには無知だ。それをこの三年間、嫌というほど味わわされている。



「お前さん、名前は?」



 ユニサンはユウトにわずかな興味を抱く。


 こんな場所にいるのだから、さぞ【いけ好かないやつ】かと思ったが、案外そうではないようだ。



「ゆ、ユウト…カナサキです」



 気分は悪いが、なんとか床に腰をつけて座り込む。



「かなり加減はしたが、気分はどうだ」


「悪いです」


「死んでもらっては困るからな。身体は大切にしてくれ」


「…はい。…え?」



 あなたがやったんですけど、と文句も言いたくなるが、とりあえず頷いておく。



「せっかくこうして出会ったんだ。お前に歴史が変わる瞬間を見せてやろう。この特等席に値はつけられないがな」


「な、何をするつもりですか。あれは壊せませんよ!」



 モニターはともかく台座や石版を傷つけることは不可能だった。以前うっかりコーヒーをこぼしたことがあったが、濡れもしなかった。まるで映像のように何をしてもそのままなのだ。


 だからこそ、このような場所にユウトが一人でいることが許されているのだろう。万一のことすらありえないからだ。



「まあ、見ていろ」



 ユニサンはゆっくりと台座に向かって歩いていく。あの五つの石版がはめられた六つの台座だ。



(あれは…)



 ユウトの視線は、男が持っている物に釘付けになった。


 ユニサンはこれ見よがしにあえて見えるように持ち、悠然と歩いていたのだ。

 

 それは―――【石版】


 間違いない。もう三年も嫌となるほど見続けてきたのだから、このユウト・カナサキが見間違えるわけがないのだ。


 あれは台座にはめられているはずの石版だ。しかし、五つの石版が台座に収められているのは、この位置からでもモニターからはっきりと見て取れる。


 ユウトほどの頭の回転の速い人間であっても、モニターとユニサンの手の物体を三回交互に見るまでは、その答えを出すことはできなかった。



―――【六枚目】



 そうとしか考えられない。


 それが意味するものは何か。


 わからない。


 わかるはずもない。


 だって、僕には何もわからないから。


 ただ、こうしてよく見れば、六枚目のものは他の石版とは少しだけ形が違った。


 六つの台座は円形に並べられており、中央を除いた周囲五つの台座に石版がはめこまれている。


 あの六枚目の石版はジクソーパズルでいえば中央にはめられる、五つのピースをまとめる中心的なもののようだ。ユウトにわかるのは、せいぜいそれくらいであった。これも小学生でもわかることだろうが。



「コノ、はめるぞ」



 コノと呼ばれた人物――おそらく少女――に報告をしながらユニサンが台座に石版をはめる。


 それは音もなく静かに吸い込まれるかのようにぴったりとはまった。


 はめた直後は特に異変はなかった。ただ、モニターの波形がゆっくりと大きな波に変わっていくのだけはわかった。それが一つの大きな紋様へと変化しただけだ。


 だが、電話の相手にとっては非常に重要なことだったらしい。まるで男性アイドルのライブに来た乙女のような黄色い声が炸裂した。



〈にゃっ! 来た、来た、キターーーーーー!〉


「いけるか?」


〈来たにゃー! ウホッ、いい男! 最高! もうこんなご馳走初めてですにゃん。ぐへへっ〉



 相手のテンションの高さに辟易しつつ、ユニサンはモニターに目を移す。



「何か紋様が映っているが、いいのか」



 ユニサンが見ても、ただの不可思議な模様にしか見えない。これが何を意味するのかもわからなかった。



(やっぱりそうだよね)



 国際大学出のエリート研究者と、無学と称するユニサンが同意見とは非常に皮肉であるが事実は変えられない。


 では、それがわかる少女は、いったい何者なのだろうか。



〈どうせ見ててもわからないだろうから、次のステージにイッていいですにゃん。興味にゃいでしょ?〉


「まあな。警備システムはどうなった?」


〈そっちはマレンにやらせるから心配しにゃーよ。うちはこれから【潜る】から、雑用はあっちにお願いにゃ〉


「しくじるなよ」


〈誰に言っているにゃ。そっちこそしくじったら引っかき傷だけじゃ済まないにゃ。ざまーみろ、ケケケ〉



 通話が切れると同時に違う回線に切り替わり、今度は穏やかな若い男の声が聴こえてきた。



〈マレン・ルクメントです。これよりサポートします〉


「システムはどうなっている?」


〈現在、ルイセ・コノ様が【アナイスメル〈蓄積する者〉】にダイブ中。…百階層突破。警備システム、掌握しました。これより第二ステージに入ります〉


「早いな。そんなものなのか?」


〈コノ様が異常なのです。私だったら一ヶ月はかかりますね〉



 隣のダイブ専用室で狂喜乱舞しているであろう猫耳娘が脳裏に浮かぶ。いまだになぜ猫耳が生えているのか謎だ。



「さすがは【メラキ〈知者〉】といったところか」



 メラキならば相手が少女であろうと油断してはならない。


 その姿が本物であるかもわからないのだ。ユニサンも例に洩れずメラキが苦手であるが、その実力だけは評価するしかない。



「警備システムは掌握しましたが、外部障壁を展開するまで最低三十分は必要です。その間にアピュラトリスを制圧してください」


「目算より少ないな。次の【転移】はどうなっている?」


「御二方の消耗が激しく、しばらくは無理です。第三ステージには間に合わせますので、そちらで対応願います」



 それも仕方ないだろう。このアピュラトリスには特殊な防護壁が張り巡らされている。物理的な攻撃はもちろん、精神的な攻撃に対しても全世界で最高の防御を誇っているのだ。


 特に地下は念入りだ。そこに【直接転移】させるのだから、あの二人の能力は極めて恐ろしいものだといえる。


 とはいえ、送り込めたのは少数。


 この場にいるのはユニサンを入れて四人。すでに制圧した第一と第二制御室に六人の【ロキ】。それ以外にも五人のメンバーがいるが、彼らには重要な役割があるので戦闘は十人で担当するしかない。



「ふっ、ふふ、はははは! 常任理事国のダマスカス共和国に、たったの十人で挑むか。我々らしいな」


「内部の対侵入者用の兵器はすでに掌握しています。地下敵勢力は隔壁で分断しますので、主要箇所のみを狙ってください。まずは地下軍事司令室の制圧をお願いします」


「了解した。三十分で仕上げる。オンギョウジにも連絡を頼む」


「わかりました。オンギョウジ様以下、四名の『結界師』をサポートします。ご武運を」


「ああ、やるさ。死んでもやり遂げる。すべてはここから始まるんだからな」



 通信が切れるとユニサンはやや緊張した引き締まった顔つきになる。もともと眼光が鋭い男だが、その瞳にさらに強い意思が宿った気がした。


 その光景を見て、ユウトはふと思い出した。


 この場所では、あらゆる通信が遮断されることを。



「あなたは…誰なんですか」



 意図したわけではない。自然と言葉が出てしまったのだ。


 この日、初めてユニサンが心の底から笑った。



「俺は最後のアーズ、【飢えざる者】さ」



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