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『十二英雄伝』 -魔人機大戦英雄譚- 【RD事変】編  作者: 園島義船(ぷるっと企画)
RD事変 一章『富を破壊する者』
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二十五話 「ヨシュアの憂鬱 その1」


「ふぅ…」



 国際会議場、そのスペースの一つに座っていた青年は深い息を吐く。


 慣れない仕事であり、そもそも自分がここにいることに今でも疑問を抱いている。こうして休んでいても、気持ちが張っていてろくに落ち着けるものではない。


 そんな彼の前に紅茶が差し出される。



「お疲れ様です。ヨシュア様」



 紅茶を差し出したのはまだ小学生くらいの少女。浅黒い肌に癖毛の長い金髪をたなびかせた、まるで人形のように愛らしいエシェリータである。



「ありがとう、エッシェ」



 ヨシュアと呼ばれた青年は、エシェリータを労いながら紅茶に手を伸ばす。



「エッシェも疲れたのではないかな? 休んでいてもいいんだよ」


「ありがとうございます。でも大丈夫です。いろいろなものが見れて楽しいですから」



 ぺこっとお辞儀をする姿は年相応に愛らしい。ただ、その顔からは高い知性が溢れ出ており、この場にいることからも普通の少女ではないことがうかがえる。


 そして、その隣にはもう一人、白い服を来た金髪の青年がいた。



「ヨシュアさん、俺たちは何をすればいいんですかね」


「ここにいればいいんだよ、ゼファート。私たちは代理人でしかないんだし」



 隣にいたのはゼファート・ベクトラー。彼はガネリア動乱後、かつてヨシュアが率いていた第三騎士団の騎士団長補佐を命じられており、それなりに責任のある立場にいる。


 とはいっても、まだ若いゼファートに対して周囲はそこまで信頼を寄せておらず、相変わらず大変な日々を送っていた。


 それだけならばよいのだが、今回は連盟会議への帯同を命じられており、ヨシュア以上に当人が一番困惑していたのである。結局、何をすることもなくとりあえず護衛をしているのだ。



「そうですよ、【お兄さん】。あまりきょろきょろしないでください。恥ずかしいです」


「そんなこと言われても…」



 周りは各国の精鋭たちばかりである。その大半は常任理事国に意識を向けているが、ゼファートの挙動不審さにも多少警戒しており、たびたび視線が集中する。


 そのたびにエシェリータは恥ずかしい思いをしていたのだ。そして突き放す。



「べつにお兄さんは来なくてよかったです」


「何を言うんだ。エッシェを一人で来させるわけにはいかない。というか、どうしてお前がここにいるのかわからないよ」



 ゼファートとしては【可愛い妹】を一人で海外に行かせるわけにはいかなかった。たとえ命じられていなくても、ついてきたであろうことは想像に難くない。



「はは、たしかにそうだね。エッシェのほうが立派だ」


「ヨシュアさんまで…まいったな」



 両者はまるで正反対であった。しっかりした妹が落ち着きのない兄を迷惑がっている様子は微笑ましい。


 しかし、エシェリータに関してはヨシュアもゼファートと同じ気持ちであった。彼女という存在をどうしてここに連れてきたのか、それも不思議であった。



(陛下のご指示とはいえ、エッシェはあまりに目立ちすぎる)



 ゼファート以上にエッシェは目立つ。その理由は彼女が子供だからではない。それ以上のものを【表現】しているからだ。


 彼女の帯同はガネリア新生帝国、初代皇帝ハーレム・ベガ・ガーネリアの指示である。今回用事があってハーレム皇帝は出席していないが、その代わりとして第一騎士団長となったヨシュア・ローゲンハイムが代理で出席している。


 しかしながら、今回のような大きな会議において国家元首が出ていない国のほうが少ない。なにせルシア天帝すら出席している会議だ。その意味においてもガネリアの態度に不満を持つ国があるのも事実であった。


 若い筆頭騎士団長はそれほど珍しくはないが、ヨシュアはさらに若く見える。下手をすれば十代に見られてしまうほどだ。これでは目立ってしまうのも仕方がない。



(まったく、ネルカさんが逃げなければ、こんなことにならなかったのに)



 第二騎士団のネルカ・グランバッハはいつもの通りに逃げた。すぐに逃げた。最初から打ち合わせにいなかったという始末である。


 しかし、もともと情勢不安の兆しが見えている東側国家において、防衛部隊を束ねるネルカがいないのは不安につながる。ここはおとなしくヨシュアが出るのが筋でもあるのだ。



(仕方ない。あまり目立たないようにしていよう)



 ただでさえガネリア動乱ではシェイクと揉めていたのだ。あまり目立って、いちゃもんをつけられては困る。ガネリアの立場はまだあまりよくないのだから。



「ローゲンハイム殿、お久しぶりです」



 そんな憂鬱なヨシュアに声をかけたのは、さきほど紅虎に好き勝手されていたシャイン・ド・ラナーであった。


 彼はトラウマを払拭するかのごとく、積極的に周囲に話しかけ悪夢を忘れようとしていたのだ。そしてガネリアスペースにヨシュアの姿を見つけた。


 ガネリアでは二十にも及ぶ国家再編が行われていたので、国際連盟加盟国四つ分のスペースが与えられていた。それも目立つ要因ではある。



「これはラナー枢機卿、お久しぶりです」



 ヨシュアは頭を下げる。その姿にラナーは改めてヨシュアに対して好感を抱くのだ。


 ヨシュアは国家元首の代理人。立場では護衛にすぎないラナーよりも上である。それでも礼を尽くすヨシュアに感銘を受ける。



「お声をかけてくださればよかったのに。私とあなたの仲ではありませんか!」



 とラナーは言うが、【あの状況】で声をかけられるほどヨシュアは心が強くない。嵐の日に初心者がサーフィンに出かけるようなものだ。



「【雷光らいこう》のヨシュア】、あなたの噂は広がっておりますよ」


「またそれですか…」



 そう、ヨシュアの知らない間にこの通り名が広まっていた。どうやら発端はラナーとの親善仕合いであるらしい。その時に放った一撃があまりに速かったのでその通り名がついたとか。


 ヨシュアは今も【片腕】である。あの戦いで利き腕の右腕を失くし、武人としては相当のハンデを背負っていた。いくら祖父ジーガンから譲られたハイテッシモが高性能な機体でも、搭乗者が未熟では話にならない。


 そのためヨシュアは、仕事の合間にひたすら鍛錬を繰り返した。それは基本の技、斬る、突く、払うを一日に何万回と繰り返すことであった。技を新しく覚える余裕のない彼には、それしかできなかったのだ。


 その後、ハーレムの指示で半年ほど武者修行に出され、各国の有名騎士と親善仕合いを行っていた。半分は新しくなったガネリア新生帝国の挨拶も兼ねていたが、皇帝自らの書状があったために白騎士と名高いラナーとも対戦ができた。


 ラナーの搭乗機は本来の神機【シルバー・ザ・ホワイトナイト〈信仰に殉ずる白き騎士〉】ではなかったが、剣聖である彼をあと一歩まで追いつめたヨシュアの実力に誰もが驚いた。


 しかし、ヨシュアはこの通り名に困っていた。帰ってくれば国民に定着しているし、事あるごとに「雷光のヨシュア殿と対戦したい」と言ってくる騎士も激増して仕事に支障が出ている。そういう相手にはもれなく【マリリン】が提供され、ぼろぼろになって帰っていくのだが。


 ちなみにマリリンとは、旧ガーネリア帝国、元第四騎士団長のマリー・ザ・ブラッドマン(多重人格者)の【主人格】である。だいぶおとなしくはなったが、大人の女性が幼女言葉で銃を乱射すれば、誰でも恐怖を感じるであろう。ああいう輩には適任者である。



「困りました。いったい誰が言い出したのでしょう」


「ああ、それは私です。どうです? 良い名だと思いませんか?」


「それは…どうも」



 犯人はこいつだった。


 ラナーはいたくヨシュアの剣に感動し、ロイゼンに勧誘したくらいである。当然無理なので断った。ついでにカーリス教への入信も勧めてきたので断固断った。


 同じカーリスの司祭であるマーサ・ハイレーンを連れてくればよかったと思ったが、彼女がいれば玉の輿を狙った可能性もあり、また違う問題が発生したかもしれないので、やはりこの事態は受け入れるしかないのだろう。



「ラナー様、どうぞ」



 そうしている間に、エシェリータがラナーの分の紅茶を用意していた。



「ありがとう、可愛いお嬢さん」



 そう言ってラナーがエシェリータを見たとき、一瞬だが彼の目に驚きの色が宿った。その後すぐに戻り、改めてお礼を言う。



「気の利くお嬢さんですね。娘さんですか?」


「ち、違います。部下の妹です」



 ヨシュアはまだ二十三歳になったばかりである。さすがにこの年齢の娘はいない。


 ただ、ラナーは冗談で言ったわけではない。本当にそう思ったから聞いたのだ。実のところ、この男もどこか【ズレている】のだ。それが紅虎のツボにはまって、遊ばれているだけのことである。


 この男、つまり天然である。



「ところでヨシュア殿、剣聖になりませんか?」


「ぶっ!!」



 突然のラナーの言葉にヨシュアが紅茶を吹き出す。



「何をおっしゃるのですか。無理です」


「いえ、あなたのお力はそれに匹敵する。私が推薦します。ぜひ【剣王評議会ソードマスターズ】にお越しください」



 世界に一人だけいる剣の王者を【剣王】と呼ぶ。


 剣王は必ず存在しなければならず、空席は許されない。それらは常に剣王評議会と呼ばれる、剣聖や有名剣士によって構成された独自の委員会によって選出されるのだ。


 剣王評議会は、各国の意思がいっさい入らない独自勢力である。集った剣士だけが自らの判断で推薦し、票を入れて役員を決める制度が確立している。よって、ここでは国籍や人種は意味を持たない。必要なのは実力だけである。


 剣聖のラナーも当然、そのソードマスターズの一人であり、非公式ではあるがマスター・パワーの赤虎も役員であるという、実に豪華な顔ぶれである。そのラナーの推薦があればヨシュアといえども可能性は十分にあるだろう。


 ちなみに紅虎も剣王評議会の最高顧問として登録されているが、基本的に会議には来ない。当人にとっては剣王などどうでもよい存在のようだ。



「そんな、無理です。それに剣聖は称号ではないはずです。民から認められねばなれません」



 ヨシュアが困惑するのも当然である。


 剣王と剣聖は違う。剣王はただただ強さだけを求められるのに対し、剣聖は民からの支持があって初めて得られるものだ。称号というよりは【尊称】である。


 ラナーも、その剣を人々のために捧げたことによって剣聖の名を得たのだ。彼を有名にしたのは【ラナトーコラムの解放】という事件である。


 ラナトーコラムとは東大陸の南東に位置する国家群の一つで、まだまだ発展途上国である。実態は国というよりは自治領に近い文化レベルにある。


 彼らが主に崇拝していたのは別の宗教で、カーリス教徒は常々非常に苦しい立場にあり、何か事が起こるとカーリス教徒の中から罪人が選ばれるといった横暴も繰り返された。


 これにはラナトーコラムの歴史を鑑みなければならない。ラナトーコラムは、千五百年前にカーリスが派遣した宗教統一を目的とした神聖十字軍によって制圧された歴史を持っている。


 しかし、当時の人員不足により、十字軍の大半は更正プログラムを受けていた受刑者、つまりは罪人によって構成されていた。


 そうしたカーリスの純粋な信仰を持たない彼らは、制圧時に彼らに対して非道な行為を行った記録が残っている。それがカーリスに対する不信感を生み、独立した現在もかつての恨みが非常に強い場所であった。


 そうした中、宗教間の確執によって、貧困区のカーリス教徒たちが強制収容所に連行される事件が起こった。


 当然何ら罪はない一般人たちである。事態を重く見た第一神殿は、使者を送り問題の解決を図った。それが当時のラナー司祭長である。


 その頃のラナーは紅虎との修行を一旦終え、ロイゼンに戻りカーリスの神官騎士として活動を開始していた。彼は貴族出身ではあったが地位は低く、そこまで重要な人物とは思われていなかった。


 第一神殿としては危険な地域に送り込む人材選びに苦慮していたので、それなりに強く、それなりに重要ではないラナーの存在に目をつけたのは当然の結果だったのだろう。


 そう、当時のラナーの評価はその程度だったのだ。


 だが、ラナーは喜んで受けた。紅虎との修行のトラウマ(主に性的な)に苦しんでいた彼は、どんな場所でもいいから独りになりたかったのだ。


 そのため他の従者を一切断り、単独で向かうことになる。さすがの第一神殿も止めたが、彼の固い意思は変わることはなかった。


 もちろん、彼の個人的心情は伏せられていたので、神殿側から見れば「なんという信仰と使命に燃えた男なのだ」と高い評価を受けることになる。


 カーリスにとって自己犠牲こそが最大の徳だからだ。そうして名目上は、信仰のために同胞を守るために単独で向かった敬虔な使徒という扱いになった。


 その後のラナーを襲ったさまざまな苦労を列挙するのはたやすいが、どれも結果として「師匠ほど厳しくない」という理由で切り抜けたことだけ付け加えておこう。


 彼はたった一人で収容所のカーリス教徒を解放し、一ヶ月もの間、暴徒と化したラナトーコラムの民衆から守りきった。その時、ラナーは双方の誰一人として傷つけなかった。


 気がつけば、彼の剣は恐るべき強さを身につけていたのだ。紅虎を相手に毎日戦ってきた彼にとって、民衆の怒りなどそよ風と変わらない。ヨボヨボの老人をエスコートする程度のことだ。


 そうして彼は両者の和解のつなぎ役として貢献し、ロイゼン神聖王国からも騎士団長の地位を与えられる。神殿からは準聖人の位を与えられ、今では枢機卿の立場である。


 こうした【厄介事】をいくつか片づけているうちに、彼は剣聖と呼ばれるようになっていた。剣聖とは、民から認められた剣士、特に弱者のために戦う人間に送られる敬愛の言葉なのだ。


 もっとも、剣王評議会での採決の際には珍しく紅虎もやってきて、散々いびられたのだが。それだけ師匠から愛されている弟子である証拠でもあるが。


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